018 : 商人の協力
風呂でまったりしてベッドでぐっすり寝た次の朝は格別である。
んんん。伸び。
そしてちょっとごろごろうだうだとした後の朝食がよいのである。
二度寝風のごろ寝は尊い。惰眠ばんざい。
だが、アンはさっくりとすぐ起きてしまう派なのでこの尊さがわからないらしい。おのれ。
朝食をしに食堂に来ると、レミッテンが待っていた。
「ああ、おはようございます。そういえば商業ギルドですが、今日でも構わないらしいですよ」
「お、それはありがたい。其方、なかなか顔が利くのだのう」
「まあそれなりには」
もしかすると此奴、本当に便利なのかも知れぬ。
それだけにある程度警戒をしておく必要はありそうなのだが、縁は大事である。
これだけしてくれるということは、此奴にとってもそうなのかも知れぬが。
そんなわけで、レミッテンのとりなしで昼に商業ギルドにお邪魔させてもらっている。
もちろん上等な服を着て、だ。
なお、今日はクェルはお留守番である。
我らを迎えてくれたのはいかにも商人という感じの身なりも恰幅もいい感じの男だった。
オールバックとヒゲのよく似合う男である。
「これはこれはよくお越しくださいました」
「初めてお目にかかる。紹介に預かった導師オルレアという」
「初めまして。ギルド長をさせていただいとるゴドブレンといいます」
ふむ、とりあえずまあ妥当なところか。
いきなり長が会ってくれるというだけでもだいぶありがたい。
これはレミッテンが気を利かせてくれたのかもしれぬな。
「それで、どういったご用件で」
「南部3王国のことであるがな。その辺の商業事情に関して聞きたいのだ」
「と、申されますと?」
まあ、よくわからぬ理由で参った謎の導師であるからな。当然の反応に思うぞ。
理由もないのに自身の周辺状況や内情など話すようなものはおらぬ。商人にとって情報は大事なものであるし。
とりあえず言葉で一発殴ってみよう。話はそれからである。
「なに、大したことではない。活発になっておる南部の商売に対して対応しきれておらぬと噂で聞いたのでな、なにか力になれることがあるかも知れぬ。と、そう思ったまでだ」
「いえ、その……南部とは問題なく良好な関係ですので、特にお気遣っていただくことはありませんが」
おお、いい感じに気分を害してくれておる。
流石に長だけあって表情には出さぬが、雰囲気が充分に固くなっておるぞ。
こんな事情も商売もわからぬような小娘が、いきなり偉そうに「お前らが不甲斐ないから手伝ってやる」などと言い出せばそれはそうであろう。
どう考えても土足で懐事情を踏みに行っておるので失礼極まりないのだし。
うむ、よきかな。
「そうであるか。なんなら我が解決するなり知恵を貸してやってもよいと思ったのだが、問題がないのであればその必要もないかもしれんの」
「せっかくではありますが、ご慧眼を煩わせるまでもありません。ですが、ありがたい導師様のお言葉となればぜひご拝聴したく思いますな」
むかつく小娘の言葉でも一応は聞いておく、か。
どうしてなかなか悪くない。
役に立とうが立つまいが、聞くだけ聞いてお引き取り願えばよいのだ。
義理も立つし利益にもなるし損もない。
だが、まったりが足りぬ。
取るに足らない小娘との時間を過ごすと思うならば、遊ばせるぐらいの度量が欲しい。
レミッテンの顔を立てるとはいえ、わざわざ長ともあろうものが出迎えねばならんのであろう?
「さて、商業同盟にも混ざれぬし物価が上がって困っておるのであったな。それで価格を統制すれば角が立つ、と聞いた」
「まあ、それは」
こういう輩はからかいがいがあるのだ。
もっともらしくもっともなことをもっともだと思って、もっともだから仕方がないと考えるのだから。
そういう者には別のもっともをぶつけてやると面白い。
「なら、南部に責任を取らせればよい」
「は……?」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしておる。
まあ、これくらいの普通の商人であればそうであろうな。
「売りたいのも値段を上げたのも南部の責任で、同盟を組んで価格を釣り上げたのも向こうの都合であろう。そこにストレアージュのギルドがなにかしてやらねばいかん道理があるのか」
「いや、それは、さすがに……ですが」
「今まで通りモノが変わっておらぬのに、向こうの都合で勝手に変わったからといって押し付けられても困るのであろう?」
「ええまあ」
「なら、まずはその解決法を向こうに探らせればよいではないか」
「ちょっと、そういうわけには……その」
なにを言い出すのだ、そんなことができれば苦労しないとでも言いたげだのう。
それに、すっかり「なんだこのめんどくさい小娘は」という状態になりつつある。
こうなれば、あとは面倒を拾うだけであるな。
「我が話をつけてきてもよい」
「……えっ?」
わかりやすい反応をするのう。
いちいち真面目でまっすぐで常識的で可愛いといえる。
小太りのおっさんであるから可愛くないのであるが。
では、思い切りぶん投げてやろう。
「どこの馬の骨とも知らぬ苦労も知らない小娘がいきなりやってきて、さんざん偉そうなことをぶちあげて失礼な発言をした挙句、出来もしないようなことを軽々しく言うなと思っておるのだろう」
「いえ、そんな滅相もない」
そうに決まってるだろうと思うのだが、まあ、優しい我は追求しないでおく。
「よい。普通、なにが出来るかもわからぬ小娘がいきなりこのようなことを言い出せばそういう反応をするのは当然であるぞ。気にせずとも構わぬ」
ここでする我の微笑はおそらく、よくわからないであろうな。
昔を思い出すので楽しいのだ。
よくこうして好き放題いろんな要求をぶちまけたりしたものだ。
ちょっとウチの麦分けるからそっちの砂糖ちょうだいとかそういう。
まあ、死の国からの麦と交換をお願いされた方はたまったものではないかもだが、麦は麦である。
出来ることしかお願いしておらぬのだ。
我、まったリストとしては一流なので、基本的に出来ないことまではお願いしないのだし。
「……なにが、お望みです?」
お、さすがはギルド長。説明がひとつ省けて助かる。
どうやら我のことを、頭のパーツがどこか吹っ飛んでおるか、もしくはとんでもない存在なり貴種であると気付いたようであるな。
うむ、両方であるぞ。
だって魔王だもの。
「南との交渉権限を頂きたい」
「……出来るの、ですか?」
「出来る」
というか、するのであるがな。
出来る出来ないでモノを考えるのではなく、やるかやらないかである。
やった結果どこで折り合いを付けるかであって、喧嘩をしに行く時に殴り合いが出来る出来ないを考えるものはいないであろうと思うのだ。
「その、本当の狙いはなんです」
「うまい飯が食いたいのである」
「は?」
「飯を食すには気兼ねなく楽しく、憂いがあってはいかん。昨日、街で買い食いをしたが街が弱っておる。弱っておる街では心底満足に味を楽しむことは出来ぬ。であるから、もし結果が出たならばうまい飯を我に振る舞え。それで手を打とう」
「っく、はは……あっはっはっ!! コレは一本取られましたな!」
ゴドブレンは額に手をやりつつ、心底愉快そうに大きく笑った。
そうは言っても、まったりには大事なことなのだぞ?
まあ納得してもらえたならそれこそ最良であるのだが。
「わかりました、そういうことなら全面的に協力させてもらいましょう。導師様がなにをするかわかりませんが、我々の基準で物を考えないほうが良さそうですからな」
「そう言ってもらえるとありがたい」
「はっは。いや、最初はどうしたもんかと思いましたが、なるほどあのレミッテンが紹介してくるわけだと今は納得しましたよ」
「む、彼奴は有名なのか?」
「おや、ご存じない? ではコレは仕返しということで私からは黙っておきましょう」
「ぐむ」
「いずれ分かるでしょうし本人が教えてくれるかもですよ。別に隠してることでもないですからね」
「ずるっこだのう」
「お互い様です」
なら教えてくれても良いと思うのだが、こちらからぶん殴った手前言い出せぬ。
コレだから商人は強気に出させるとタチが悪い。
「それはともかく、我も偉そうに言いはしたが相応に時間はかかるとは思うので、ゆるりと待っておるがよいぞ」
「来シーズンまでに答えが出れば問題無いですから、存分に暴れてきてください」
此奴、余裕があるとだいぶ強いタイプなのかもだな。
あまり主導権は持たせないようにしよう。
「まあ、これから太守にも許可を取らねばならぬが、なんとかなるであろう」
「出来ない気もしてないのでしょう?」
「うむ」
だが、それでもギルドの協力は大きいのだ。
変な小娘から謎の小娘にランクアップする。
これで社会的な普段着が出来たとも言える。
あとはよそ行きを準備するだけである。
「アバウトな割には自信たっぷりじゃないですか。いやはや、ずいぶん可愛い導師様もいたものだ」
「む、可愛いとな。もっと言うがよいぞ」
「おや、褒められるのがお好きですか。それではせっかくですから、もしよければ今晩はご馳走しますがいかがでしょう?」
「ではせっかくの厚意であるからご相伴にあずかろう」
きらーん。
タダ飯と聞いてはいてもたってもいられないのである。
他人のおごりで食べるのは同じ料理でも、より味がいいのだ。
なにより振る舞うほうが気持ちよく出す時の飯は、気持ちよく食べることが礼儀であるし最高である。
その日の食事はありがたく3人でいただくことになった。
幸先の良いスタートである。




