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■000 : プロローグ


 うむ。

 ある日、唐突に眠りから覚めた。

 だが、その表現は微妙な気もしなくはない。


 普通、眠りから覚める時はだいたい突然でいきなりなのではないだろうか。

 あ、寝ぼけているときはノーカウントで。

 それと、なんだかんだで我もひたすらずっと寝ていた、というわけでもなかったりなので、だらだらするだけのごろ寝生活から目覚めた、というのが正しいかもしれないのである。


 もっとも今回の場合「封印の永き眠りより解き放たれし復活を意味する」というところなので、お目覚め事情が一般とはすこし違う。

 だから、ただ眠りから覚めたわけではなく、すごく大々的にめんどくさいことがいきなり始まったという意味でもある。社会的に。

 であるならば、たぶん唐突という言葉を使ってもよいのではなかろうか。


 かつて大陸を席巻した魔王が目覚めたのだから。




「お目覚めですか?」


 我の傍に控える気配は、女の澄んだ声である。

 なるほど。雰囲気からしてどうやら魔族のようであるな。

 というか我は兜を被ったまま寝ておったのでよく見えないのだ。ぐむう。


「うむ……あまり気分がイイものではないのだが」


 なんというか、この感じは割りと二日酔いから目覚める感じに似ているようにも思う。

 そもそも、そこまで酔っ払うことがないので本当に似ているかどうかわからないのだが。

 似てるのではなかろうか。似ているといいな。

 いやその、気分悪いことが嬉しいわけでもないので、似ていてもまったくもってよくないのであるが。


 きっと、あまりにも長いこと寝すぎたせいだろう。

 それに完全鎧のまま寝ていれば体の節々も痛むというものだ。

 寝間着としては最悪である。


「して、どれくらい寝ていたのだ?」


「だいたい600年ぐらいですね」


 そうか600年か、長いなあ。

 んぅ、とゆっくりと身を起こしながらあらためて自分を確認する。


 封印は、いわゆる金庫や保管庫みたいな役目を果たすので、なにかあったらそれこそ問題ではあるのだが、それでも気分は悪いしいろいろ確かめたくなるのである。

 初めて小舟に乗る時に、すごい揺れるんだけどだいじょぶかこれほんとにだいじょぶかみたいになる感覚は大事なのだ。

 我は初めて乗った小舟に穴があいててえらい目にあったので、念のためちゃんと警戒しておるのだぞ。


 よし、異常はなさそうである。

 しかし随分と経っておるな。


 でもそんなに寝ておったなら、封印酔いするのも当然と言える。寝すぎは健康に悪いのだ。

 などと思いつつも、二度寝したくなったりするくらいには惰眠は魅力的なのであるが、さすがにそろそろ起きてもいい気がする。


 封印の中では現実と時間がずれるとはいえ、だいぶヒマであったからな。おかげでつい脳内ひとり占いとかに興じておったせいで、余計に時間感覚がズレている気がする。

 おかげで、占いのうち3種類ぐらいはだいぶ極めた気がする。札が数枚残ってムカつく奴とか特に。


 なお、今日の運勢は上から4番目であった。

 昨日は下から2番目だったので今日でよかったと思う。

 

 なんにせよ、そんなに時が過ぎたのであるなら、ついうっかり国が滅んだり興ったり伝説が枯れたり生えたりするには十分な時間でもある。

 もはや別世界な気もする。

 もしかすると言葉なども変わったり、我のことなど半ば忘れられているかもしれない。

 が、此奴がここに来れて普通に話ができるという以上は、なにか手がかりがあったのであろうし言葉も通じるということでもある。ありがたい。


 なお、言葉については覚え直すとか面倒でやりたくないので、できればこのままでいけると嬉しい。

 600年の眠りから覚めた魔王が単語書き取りしながら言葉を覚えるというのは、ちょっとロマンがなくて悲しいのだぞ。


 そういう、ちょっぴりと嬉しみと悲しみを抱えつつも尋ねてみる。


「そうか……で、なにゆえに、我を起こしたのだ?」


「起こしたかったからです」


 しれっと答えられた。随分と乱暴な話もあったものである。

 でもまあ、魔王を復活させよう、などという輩はだいたいそんなものだとも言える。

 理由はいつもシンプルで、よくも悪くも、それゆえにブレないものだ。


 女は……よく見なくても美人で、魔族としては淫魔の女王クラスでなかろうか。

 長い銀髪、褐色の肌、美しい角、やや扇情的とも言える装備類すらその肢体によく似合う。

 なにより発するオーラが段違いに高い。

 相当の経験を積んできているといえる。

 というか、別に我を起こさなくてもなにも困らないのではなかろうか。


 そう考えると、こんな上等な女が、清められ聖別され何重もの魔法陣で封じられているようなところによく来るものであると思う。

 アレだ。寂れた辛気くさい感じの怪しい勧誘イベントに超絶美人の女性がわざわざ現れるようなもので。

 それに魔王の封印は傷心旅行や気分転換には適しておらぬと思うので、そう言う目的ではないと思う。


 万が一がないとは言えないので、断定はせぬのだが。

 なにごとも決めつけはよくないのであるぞ。


「起こしてどうなるか、とは考えなかったのであるか?」


「まったく。どうなってもよいと思っておりました」


 すごくきっぱりあっさりと言われた。

 さも当たり前のような感じからして、最初から自らの命も周りのこともどうでもよいと思っているということのようである。


 訂正。

 上等な女だと思っていたが、もしかするといろいろ残念なのかもしれない。

 理由はどうあれ、そういう者はだいたい曲がらないし、変なところで冷静である。


 まあ、我はそういう、どこか曲がってしまった真っ直ぐさがわからずに倒されたとも言えるのであるのだが。

 ううむ……しかしどうしたものであるかな、使えそうではあるのだが。


「筋は悪くないようであるの」


「光栄にございます」


 値踏みするようにじっと女を見やる。

 が、物怖じもなければ、気後れもない。あるのは畏敬と信頼のようにも思える。

 見た感じ、多少の問題はあっても現在の案内人とするだけの資格はありそうである。

 ぶっ壊れたところはあるのかもしれないが、度量は申し分ない。


 どこかしらおかしいところはあっても、興奮しがちに「素敵に世界をひねり潰したいです」とか「リア充が許せなくて世をはかなんでます」とか言い出さないぽいのは大事であると思うのだ。

 そういう目的でこられても魔王だって困るし、なによりそういう奴とはあまりそばにいたくない。


「であれば、今はどうなっているのかを知りたい」


「人の世になり永く、魔王軍だったものはとうの昔になくなり各地に散っております。伝承級のものはともかく、そうでない者の多くは森の隅や荒地、山地、火山帯など未開の地に追いやられ、貧しい暮らしを強いられているものが多いです」


 そうか。

 人間に制覇され、魔族は散り散りになったのであるな。

 我が眷属はどうなったであろうか。まあ、今は知る由もないのであるが。

 ……元気でやっておるのだろうか。


 にしてもまとめるのが上手いな此奴。

 とっ散らかしたままテキトーに放置しておく我と比べてだいぶ有能なのでなかろうか。


「其方、名はなんという」


「名も無き魔族ゆえ、名はありません。強いて言えば、アノニマスと」


 名無し(アノニマス)か。

 強すぎる、もしくは流浪の魔族が名乗ることが多い名のひとつであるな。

 名は、知れすぎると余計な情報まで知れ渡る。

 だから真名を隠し、通り名でさえない呼び名として用意するには面倒がない。


 ただし、当然の話だが同じ名前なのでよく被る。

 我の時代でもこの手のは数名ほどいた。


 あと微妙に呼びにくいし、人前でアノニマスさんと呼ぶのは個人的にちょっと痛い。

 どう名乗ろうと自由であるが、付き合う側の気持ちもわかってほしい。


「ふむ……では”アン”であるな」


「アノニマスです」


「アン」


「御意」


 あらためて名を与えてもよいのであるが、もはや我の時代ではない。

 我はかつての魔王ではあっても、今は魔王軍はなく此奴は部下ではないのだ。

 この態度からして嫌がりはしないであろうが、今は呼びやすければ何でもよかった。ゆえに愛称。


 ちなみに嫌がっても許さぬ。

 今は魔王ではないが自称魔王である。魔王はわがまま(わがままおう)なのだ。


「して、復活の対価になにを所望する?」


「許されるのであれば、御身の傍にて永遠に侍ることを」


 あいかわらず堂々と言い切りおるな此奴。


 永遠に侍るというのは、我が魔力の足しにしてもよいし、彼女が普通に仕えるという意味でもある。

 要は「生殺与奪をすべて預けます。好きにしてー、抱いてー!」ということだ。


 そもそも、封を解くのは容易ではない。それ相応に準備や調査が必要なものである。

 まあ、死ぬほどめんどくさい。

 そこまでして我を解き放ち、あまつさえ自らを捧げます、という。

 端的に言って変人である。


 その割には此奴のそれは狂信者のそれではないように感じる。

 自身が王やその存在の一部になろうとする狂気を浮かべているわけではなさそうだ。

 なら、なにか狙いがあるはずだとは思うのであるが。

 どちらかと言うと信頼や信用のような気がするのは、我の都合のよい思い込みであろうか。


「狙いは?」


「御側にて王を末永く観察したいのです、その一挙手一投足を。なんなら観察日記をつけてもいいです」


「ふむ、我に興味を持ち、その様子を見るだけ、と?」


「おおむねその通りでございます、陛下」


 深々と頭を下げつつそうは言うが、それは部下として、己の一切合財をすべて預けるということに他ならない。

 それは先程までの抱いてーというのと違い、自らの興味本位で命をすべて賭し、その存在も思想も全部捧げるということだ。

 先程のは熱心な信者とあまり変わらないのであるが、コレは究極のタダ働きである。

 さらに言えば、その上で我の信用と信頼を勝ち取る必要もあるといえる。


 封を外した手腕や実力を踏まえれば、此奴……アンは、強い信念を持っているか、単に極まった趣味人だと言える。

 共通しているのはどちらも大馬鹿者だということだが。


 まあ大馬鹿であるのなら我も魔王であるからして、大概である。

 馬鹿であれば困るが、大がつくのであればそれは時代に見放されがちで流されない、愛すべき人物といえる。

 なら、決まりである。


「分かった、その願い聞き届けよう。我についてくるがよい」


「ありがたき光栄に存じます」


 深々と臣下の礼。

 うむ、よきにはからえ。


 魔王を興味や一念だけで解き放ち、世を混乱に陥れてもいいと言うのだ。

 それも他人のためだったり魔族の現状を憂いているわけではない。

 単なる個人的理由でやっているだけにすぎないのである。


 その覚悟はできているのだろう。

 むしろダメな人なのかもしれない。

 もしくはちょっとおかしな人のお仲間である。


 だから命も望みも全て個人的に使っていいものなのだろう。

 やらかし魔王の我が言うのもどうかと思うが、割とむちゃくちゃである。


 しかし本人がそう言う以上、我がそれをためらう理由もないし、むしろ変に遠慮するのも失礼である。


 我には、再び世に解き放たれたからには成すべきことがあるのだ。

 あるというと語弊があるかもなのであるが……まあ、ある。いちおう。

 すべきことのために、我は動こう。


 そのためであれば、利用されようとも構わぬ。

 彼女がどういうつもりであろうと、それは我が望みに連なる道であるなら問題ない。


 すべてははるか向こうにある願いのために。


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