016 : 閑話・聖王国王都/聖魔術管理院 2
聖魔術管理院。通称、魔術院。
いつもながらこの名称は筆頭補佐官であるフェレを悩ませている。
長いのでバッサリ略すぐらいなら最初から魔術院で良いのではないかと思うところなのだが、ダメらしい。
魔術にはその力を増すため、長ったらしくかっこいい名前、いわゆる大仰な名前が好まれるためだ。
それと国がお金を出しているので、やはりそれっぽくて強そうですごそうな名前がいろいろと都合がいらしい。
たしかに魔術にはそれっぽいことが重要だし好まれるので、それはそれで正しいのかもしれない。
そこまではいちおう都合として理解できなくはない。
だが、書類仕事のサインにいちいち身分を書く身にもなって欲しい。
聖王国国立聖魔術管理院魔術管理事務局筆頭管理補佐官などと、正直書きたくない。
これが院長になれば聖魔術管理院院長で済むのである。略称であれば魔術院院長でも許されるのである。
院長のみ、魔術職としての対応でなく国政としての立場や管理になるので、処理の扱いが変わるためだ。
それが、副長権限である筆頭補佐官の場合は略すことも許されないまま、毎回泣きながら25文字書くしかない。まったくもって不公平極まりない。
しかも、書類のサインが必要なのは主に各部署の長であり、院長はさほど署名が必要ではない。
そうした事務処理が一番多く回ってくるのは各部署の事務を総合管理する私のところである。
こんな暴挙が許されていいのだろうか。いいわけがない。
許せない、マジ許せない。
頭煮えきってすっかり空焚きになってるとしか思えないようなこの名称を決定したヤツを半殺しにしたい。
できれば吊った上でキュッとしたい。服の中に氷水をぶっかけた上で吹きさらしの寒空の下に放置したい。
などと思いつつ淡々と日々のデスクワークをこなしていた。
そんな”氷刃”フェレのもとに、いつものように、いつもじゃないぐらいの大問題が持ち込まれていた。
「それで、大予兆は正しかったと?」
「はい……砂漠の封印ではなんらかの問題が起こったようで、周辺の村でも水源が呪いに汚染されたとのことです」
口元に指を当てて考える。
水源がいきなり呪いに汚染される、というのは砂漠では考えにくい。
そもそも、呪いというのは必ず誰かがなにかをするものであって、どこかに原因がある。
基本的には自然に発生するものではない。自然発生するにしても、どこかの生物が由来になることが多い。
だが、砂漠ともなれば呪いの原因となるような生物は考えにくく、そういう地に放置して恨みぬいて死ぬ、というようなむごい刑罰も特にないはずである。
つまりはなんらかの人為的干渉があった可能性が高い。
「分かりました。そちらは引き続き、かの魔王の封印と呪いの原因とやらを探して調査してください」
「はっ」
本来はそれどころではないのだが、それはそれとして魔王の封印については引き続き調査する必要がある。
なぜなら、南の大森林がありえないほどの局所的な天変地異で壊滅したためだ。
状況から見て、魔王などの仕業であってもおかしくはない、そういうレベルのものである。
「それで、南の大災害についてはどうですか」
報告を見る限り、ひどいとしか言いようがない。それに尽きる。
南部の大森林がまるまる半分吹き飛んだ。
絶句するしかないような状態である。
これで被害者がほとんどいないとか、もしかして奇跡か悪い冗談ではないかと報告を疑うほどだ。
「周辺の者によると、まるで世界の終わりではないかと思うような状況だったそうです。地が裂け、天が渦巻き、もはやどうしようもない状態であったそうです。収まるのを待つのが精一杯だったらしく、とても手が打てる状況ではなかったと聞いております」
「魔術的な可能性は?」
「残留魔法濃度に関しては低めで、魔術災害の可能性は低いとのことです。ですが、魔術でなければ説明できないような状況ですので、おそらくはなんらかの魔術影響があったのではないかと思われます」
ふぅ、とメガネを指で直しつつ嘆息する。
たしかに、魔術的に起こしたとしか思えない内容でありながら、大規模魔術が行われたとはだいぶ考えづらい異常な状態である。
それだけに、とりあえず嬉しくない予想として本当に「魔王の復活」の可能性が出てきた。
儀式にて封印を解き放ち、降臨もしくは顕現した、となれば魔力の行きどころもあり、まあ理解できなくもない。
かねてからの問題であった南の魔族とやらがそれに関与しているなら、十分にありえてもおかしくない話だからだ。
というより、あまりに被害内容が荒唐無稽すぎているので、無茶な話ではあってもそれ以外にあまり予想が立たない。
もしこんなのを戦場で起こされでもたら最後、両軍とも城ごと消し飛ぶレべルなのだから。
うん、頭がいたい。
「この追加報告に関してはどうですか」
「月夜に舞う魔族のようなものを見た、との報告があります。噂の域をでないのでそれ自体の信憑性は定かではありませんが、近隣の村に立ち寄った旅の者が行方不明だそうです。これがもし魔族であるなら、なんらかの儀式を行ったという可能性があります。ただ、確証がありませんので補足、参考までにと」
「わかりました。それで南の魔族については災害の後に報告はないのですね?」
「はい。大災害以降、確認報告はありません」
南の魔族の件は、魔王を鎧に入れて連れ出しでもしたのだろうか。
何かを待っていたようでもあるとも聞いているから、そういったいわゆる再臨や復活の儀式のような処置をしたのかもしれない。
なんにしても嬉しくない話な上にそもそもおとぎ話の考察などしたくはないのだが、あまりにめちゃくちゃな現象なので、ありえないぐらいの最悪な可能性も踏まえておかないといけない。
なにしろ、南部の森と封印の砂漠とは距離もそう遠くない上に大予兆まで報告が来ているのだ、なにがあってもおかしくはない。
タイミングが良すぎるのだ。
こうした時は根拠はなくとも占術師に頼るほうが楽かもしれない。あまりに予想がつかないのであれば、きっかけだけでも増えるのはありがたい。
責任分は働いてもらってもいいだろう。
というか働かせたい。
むしろ働かせる。
「では、占星術にかけて、大予兆の動向を地域的にも深く探ってもらってください。こちらでも準備はしておきます。また、3王国との件については私が対応します。ですから、森の処置および調査に関して地道に進めてください」
大予兆で名前が出たとはいえ、魔王のことはこちらからはまだ口に出さないほうがいいだろう。
封が解けているかどうかの確認をするまでは独自に調べるべきだし、そもそも魔王の封印が本当にあったかどうかの確認も取れないのだから。
「はっ。では占術師と協力して引き続き南の件も調査に当たります」
「よろしくお願いします」
***
その夜。
フェレの自宅。
魔術院からさほど遠くない場所にある便利な屋敷である。
ほとんど魔術院に詰めっきりなのに屋敷が必要かと言われれば難しい部分もあるのだが、いちおう公人としてはそれなりの屋敷を構える必要がある。
なにより、屋敷以外で休まることがほとんどない以上、あまり使わなくても家は必要だった。
仕事の区切りとしての役割において非常に明確かつ忠実。
その意味では自宅という存在は非常に優れた建築物だと言える。
家に帰ってくるというのはほとんどベッドと風呂のためであり、実際問題として屋敷としてより寝床とたまの来客を迎える以外に役に立ってない気がするが、それでも家があるというだけでぐでーと出来るのはそれはそれでありがたかいかもしれない。
少なくとも、今日はありがたいしそのための役に立っている。
「あーもー! うざー、ほんとーにうざー」
そんな感じで風呂から出てバスローブにくるまったまま、ストレス解消に買った豪華なソファにどかーんと座る。
サイドボードに置いたワインを無造作に開け、コップにだばーと注ぐ。
どうせ酔っぱらう用の安酒なのだ、雰囲気とかどうでもいい。
きゅーっと飲んでぱーっと空ける。
「ぷはー。なんでこういつもいつもやってらんないかなもー!」
じたばた。
これできっと南のことに関しても交渉が始まるのは目に見えてるし、どうせ本交渉をすすめるのは魔術院の仕事なのだ。外交のお偉方が魔術や事件に考えなくていいようにするのが仕事だから。
こういう時は全部面倒が回ってくるとも言える。頭が痛い。
で、なんかどうしようもないことだけ全部落ち度扱いされてうだうだ言われたりするのだ。そんなの表向きの都合だろうに、それもわからない輩がいて嫌味を言うのでうざったい。
とりあえず南のあいつの貸しを返して貰う形であれ処理して、あのネタ引っ張ればあそこは処理できそうだし、あんなコトも使えそうだし、南を一通りすぱーんと叩く準備は終わってるけれども、いざというときのために貯めた貸し分を全部吐き出すようなものである。やってらんない。
あんな大災害とかマジそれどころでない緊急事態なのでしかたないとはいえ、やってらんない。
「魔王とか予兆とかなんなのほんとにもう。だいたい南の商業をいい加減にしたツケがこっちに回ってきてるし、森壊滅してるし、あれ別にうちの責任でも何でもないし!」
ソファに深く頭を預ければ、風呂上がりの頭にいい感じで酒が回ってくる。
どうしようもないことはどうしようもないので、誰かに責任を被せたくなるところではある。
残念なことに、世の中ではそういう時にはだいたい誰かが犠牲になる。
まあ自分の場合、そのあたりは酒があることと適度に感情をぶっちゃけることで、ありもしない責任を勝手に作って誰かに押し付けずに済むのではあるが。
ただ、なにもない時であればともかく、こういう時はさすがに自分としても受け皿には限度がある。
あるったらある、氷の刃だって溶ける。
あとそんな御大層な二つ名つけるぐらいならもっとスパスパ切らせて欲しい。
だいたい、南と仲悪くなったのは商業政策の遅れが原因であり、その苦労を全部あの街に背負わせてるせいだ。
しかもあの街の太守、人はいいのだがそれほど有能というわけでもない。私利私欲があるわけではないので平時には良いが、有事には向かない。
そもそも中央の商業ギルドの連中は時代遅れで保守的すぎるし、既得権益に頼り過ぎなのだ。そして政治屋はそこから票をもらっているから、商業政策が遅れまくる。
聖王国も分割前の大王国期ならともかく、100年前の大割譲で影響が小さくなった分、いいかげんそんな保守的なままではやってけないところも出てきているのにだ。
きっと長年それで済んでしまっているから習慣的にそうしてるだけなんだろうけれども。
別に魔術院は関係ないから口をだすところではないが、そのとばっちりがウチに来るのはいただけない。
つまりやってらんないっていうか要するにやってらんない。
もう少し正確にいうとぶっちゃけやってらんない。
そこに今回の魔族と大災害である。
被害はほぼなかったし別に開墾していない土地なだけマシだったが、政治的被害と精神的被害がひどい。
一度、そういった部分も含め、どこか根回しする必要があるかもしれない。
というかこう、また徹夜続きで特盛りA定食を食べるはめにはなりたくない。
それほど忙しくないうちにどれだけ動いておくかということも考えておく必要がありそうだ。
まあこういうことを考えるからいつまでたっても仕事が減らないのだとわかってはいるのだが、ついやってしまうのは悪い癖だと思った。
あと、もし魔王とやらが本当にいて今回のことを引き起こしているのであれば、マジ締めたかった。
できれば2、3回くらい。




