014 : アンと買い食い
ストレアージュ。
聖王国の南に位置する都市である。
雰囲気としてはのどかで、まあ、基本的にいい街なのであろうことは想像に難くない。
これだけ整備がなされていれば相応の都市であるとすぐわかる、というくらいには。
荷車のための舗装など、最近の街は進んでおるのう。
南部3王国と仲が悪いという話ではあったが、生活にいきなり影響がある、という感じではないようであるので、おそらくは政治上や商売上の問題が大きいのであろう。
とはいえ民衆も物価が上がって困っておるということはあるかもしれないが。
もっとも、やはり相応に栄えておる場所であり、それなりの格好は必要である。
我もボロボロの服のままというわけにも行かないので、ふたたびアンの服を借りてやってきておるし、幼女もとりあえず魔族っぽいところなどは術で隠し、サイズは合わないものの着れるものは着せてあるのでごきげんである。
ちなみに、幼女は靴がないので仕方なくアンが背負っておる。
まあ、だいぶ妙な組み合わせの三人ではあるが、レミッテンに紹介状はもらっておるので街に入るには特に困ることもなかった。例の災害から避難してきたという形であるしな。
うむ、街の様子などを見ることに逃避することで、ばっくれたという事実から目を背けたいだけなのだが。
「こういうタイミングで口数がなくなると、だいたい現実逃避ですよね」
「いやまさかわれにかぎってそんなことはないのであるぞ」
「本当に?」
「本当にであるぞ」
「絶対の絶対ですか?」
「絶対。絶対の絶対。絶対の絶対の絶対であるぞ」
「なるほど現実逃避ですね」
「ぐむぅ」
バレておる、なぜであろう。やはり開口一番すべてひらがなで話したのがまずかったのであろうか。
まあ、今回の件はアンも同罪であるからしてなんの問題もないのであるが。
そして、街中が物珍しいのか幼女がえらくそわそわしている。
そわそわしておるがそわそわしておらぬ。
此奴、普段から動かないのがクセになっておって、動いても良いとわかっておるのだが自由に動けないのだ。
「うむ、まずは動く事に慣れると良いのである」
「そうですねえ。今まで人の多いところすら来てなかったんでしょうし楽しむといいんじゃないでしょうか」
「……!」
すぐ態度が顔に出るのが可愛いやつであるな。
おそらくどれもこれも見たことがないものだらけなのであろうし、なんでも楽しそうであるが。
まあそれを言ってしまえば、我もそうなのであるが。
なにせ600年ぶりの街であるぞ。
都会に来てわくわくせぬわけがなかろう。
近くで天変地異があったとはいえ、自身に影響がなく収まったとなれば日常はこわごわでもびくびくでもつつがなく進んでいく。
つまり、市場は元気である。
となれば、まずは買い食いである。そして買い食いである。なにはともあれ食べるのである。
特に串焼きや菓子は必須である。ないと死ぬ。死なないけど死ぬのである。
だいたい、このいかにもな安っぽいソースがたまらぬのだ。
ベッタリとしていてコクがなく微妙にしつこい上に妙にくどいが、その割にクセになるところとか。
妙に味付けが濃いのであるが、なんだか後を引く味であったりとかそういう。
中には意外にさっぱりさっくりで口当たりも軽く味もしっかりしている大当たりなども多いから侮れない。
それに菓子の進歩のすごいこと。この飴細工など我が封じられる前は高級品であるぞ? 当時はわざわざ職人を呼んでお願いして作ってもらったものである。
それがこのような屋台で食べられる。しかも別物のように進歩しておるとは、世の中はずいぶんと贅沢になったのであるな。
幼女もはじめはおそるおそる口にしておったが、もう嬉しそうにがっついておる。
手とかぺろぺろ舐めたりとかしつつ。うむうむ。よいのう。
もちろん我も、礼儀正しく手をべたべたにしながら口のまわりを汚しつつ食べるのであるぞ。
「そんな食べ方をしたら威厳とか台無しじゃないですか? そういうの昔はどうされてたんです?」
アンはあまりこういったモノに興味が無いのか、我らを嬉しそうに見物しておるだけである。
まあ、味がダサいのがよいのであるし醍醐味なので、好き嫌いはあるかも知れぬのではあるが。
「む? 以前も同様にがつがつ食べておったぞ。お忍びでな」
「思ってたより何でもありなんですね」
「普段はずっと鎧であったからの。親しい一部の者以外は我の姿なぞ知らぬし」
「なるほど」
「其方はあまり興味が無いのであるか?」
「……実はその、買い食いとかこういうのやったことがないんですよ」
む、此奴、もしかして誰とも付き合わずにずっと我の封印解除しておったのではなかろうか。
買い食いをしないということは真の意味で街を散策しておらぬということでもある。
コレはいかん。こういう初めて来た市場では不用意にはしゃいで名物の味に一喜一憂すべきである。
「うむ、では上級編を申し付ける」
といいつつ、無造作に半分ほど食べ終わった串を下賜する。
おずおずと受け取るアン。
此奴、いちいちこう、そっと髪を分けて口に運ぶのとかさまになるのう。ぐぬぬ。
「はい、その……美味しいです」
あー、やはり此奴あまりこういうのを口にしておらぬな。
食べ物を大量に市場に持ってくる以上、どうしても腐らないよう味付け濃い目で大味になることが多いので、まあ反応としてはそうした微妙なところであろう。
なぜに我がこのような味を喜んで食べておるのか不思議なのでどう表現していいかわからぬが、マズイとも言えぬので困っておるのだな。
「美味いかどうかはどうでもよい、というよりもこういうのはむしろ微妙に荒っぽくてチープだったり素朴なのがよいのだ。むしろ面白ければアリでもある」
ナンデスカソレワケガワカラナイデスヨって顔をされる。
此奴、案外いろんな苦労が多いのではなかろうか。せつなさ。
「料理なのに、味のよさを楽しむワケじゃないんですか?」
「不思議な事にな、ひとりで食べる味とみんなで食べる味は違うのだ。というと月並みなのであるが、味にはいろいろな楽しみ方もあるのだ」
「物自体は変わらなくても、です?」
「うむ。アンよ、たとえば寸分たがわぬ料理だったとして、我の手作りとこの市場での買い食い、どちらがよいと思う?」
「……あ」
うむ、気付いたようであるな。
「気分でモノが変わるものではないが、味は変わるのだ。戦場では最高級の豪華ディナーフルコースにそれほど価値はないであろう? であるからして、市場での買い食いは街の生活を食しておると言っても過言ではないのであるぞ」
「つまり、時間と認識の共有ですか」
「人と一緒に過ごす、という意味ではそうであるな。が、そもそもまったりには余裕が必要なのだ。予算ぎりぎりの買い物より余裕あるほうが気分が楽なように、それだけモノを見る余地が生まれるのである」
「それで買い食いと」
「まあ、多分に趣味であるのだがな」
「いろいろ台無しじゃないですか」
くすくす笑われた。であるが、やはり笑うと可愛いな此奴。
うむ、アンは笑っておったほうがよい。
それにまあ、雑多なものは面白いのだ、しかたあるまい。
「うむ、当たりの料理かどうかたしかめたりしつつ、この微妙な味なのが良いのだ。あと、よくわからない食感で大丈夫かこれというものや、どうやって噛み切るのであろうかとか、熱すぎてヤケドするとかそういう」
「なんの修行ですか」
「そして次第にダメな物自体にも愛着がわくという」
「謎の自己啓発すぎませんかそれ」
「面白いのであるぞ、そういうの。600年してもあまり代わり映えのしないものもあれば、恐ろしく進歩しているものもある。我がやっておるのはただの買い食いではないのであるぞ。人類の進化を噛みしめるという、魔王としては当然たしなんでおくべき行為なのだ」
「ただの買い食いですよね?」
「はい」
ごまかせなかった。
だって、趣味であるのだし。食べたいのだし。それでよいではないか。
まあ、アンに買い食いの楽しさを知ってもらって笑顔が見れただけでよしとするかの。




