012 : おもいのままにできること
魔術の強さはことの大仰さには比例しない。
術による結び目の強さというものは、信じる強さに比例するのだ。
であるから、信じることが出来るなら形態は重要さを失うのである。
ひとことで言うと、どれくらい出来て当然だと思えるかどうかによる。
今回の場合で言うなら、石ころを適当に投げたら飛ぶのと同じ感覚で、気軽にぽいぽいと山を投げる感覚であるな。
もっとも、普通は山などを気軽に投げられるとは信じられぬから、必死に呪文や儀式や念を入れるのであるが、我くらいになるとあまり物量の問題ではなくなってくる。
山の模型を適当に作ったりちょっと移動することをすごいと思うものはおらぬであろう?
信じるとはそういうことである。
なお、さすがの我も、模型で城を内部まできっちり作れとか言われたらめんどくさい。
我はむしろ砂山をがーっと盛ってばーんと壊すのが楽しいのだ。
ちなみに海水浴では砂の城にダイビングして壊し、だいぶ泣かれたことがある。
「うむ。コレで其方の力を呪い封じ込んでおいたぞ」
「……!!!?」
一見すると、特に大きな変化はない。
そこで気づいたのだろう。
特になにも起こらない、ということに。
周囲の岩石も落下している。
空も叫んでいない。
それどころか地面も揺れない。
風すら揺れていない。
星空の下、我らと此奴だけの状況である。
彼女は、なにが起こったのか理解できない、とでも言いたげに、視線を泳がす。
ああ、そうであったか。
此奴、出会った時に、首を動かさないのではなく動かせなかったのだな。
首を軽く振ることでさえ、気を使わないといけないことだったのであろう。
だから彼女は、おそるおそる。
そっと、ていねいにそおっと。
ゆっくりと指を動かしてみた。
空気が揺れない。
ゆっくりと手も動かしてみた。
空気が揺れない。
ゆっくりと腕まで動かしてみた。
空気が揺れない。
信じられないものを見たようにこちらをうかがうので、うなずいてやる。
「うむ、別に走り回っても特に問題はないぞ」
こんどは、そっと地面にふれてみる。
こわごわと、ふるえる手で。
ほんとうにそうしてよいのかとまどいながら。
どうして良いかわからない気持ちをおさえながら。
まるで、乱してはいけない水面であるかのように。
地面にちゃんとさわれる。
地が裂けたりなんかしない。
その指が、たしかめるように地面をなぞっていく。
くだけたりえぐれたりはしない。
砂粒が指をよごすだけである。指でなぞったあとがつくだけである。
うそみたいになにもおこらない。
その砂粒を、まじまじと見つめ、よごれたひとさし指と親指でこすりあわせる。
チリになったりしない。
なにより手がよごれたままだ。
指にふれた砂の感触をたしかめる。感触があることが、たしかめられる。
たしかめても砂は砂だ。かわらない。
さわっても、こすっても、すこしぎゅってしても。
あまつさえ、つかんでもいいのだ。
砂は砂のままで、きえてしまわない。
信じられないことに、つかめるのだ。
砂も、それどころか、石も。
とまどいながらも、いとおしそうにその感触をひたすらたしかめる。
なでて、こすって、手をひらいて、とじて、もちあげて、ぱらぱらとこぼして。
なんでもできてしまう。なんどくりかえしてもできてしまう。
彼女の感覚では、ありえないことなのだろう。
きっと地面に触れることすらもできなかったのだろうから。
だけどいまはもう、できるのだ。
さわれるのだ。ちからを入れてもいい。うそみたいに。
だって、なぞってもつかんでも、こわれない。
だから、そこまできて、もう耐え切れなくなって、涙が溢れだしていた。
「っ、あ………………うぁ…………ッ、ふ、く……ぅ、わああああああああ……んっ!!!」
そのまま、彼女は思いきり泣いた。
想いのままに身を震わせて泣いていた。
いままではまともに泣くことも出来なかったし、叫ぶことも出来なかったのだろう。
だから、ただただ、泣いていた。
出来なかったことを思い切りやっていた。
ひとしきり気が済むまで、力の限り。
力いっぱい泣いても、もうなにも壊れないのだから。
 




