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チンパンジーの知能テスト

9

直政の直接の上司である虫山の甥っ子山中渓 司の所属している、ある勉強会の近畿での懇談会がいよいよ迫って来ていた。直政とマリーは虫山とともに迎えの車で出掛けた。迎えに来たのは山中渓の愛車だった。

前回のホテルとは違い、今回の会場は複雑だった。車は森林の中を走る。「大先生」つまり大物政治家の別荘であるから、敷地は広大である。虫山は始終元気がなかった。手を包帯で大袈裟にグルグル巻きにしている。最近飼った愛犬の『プルトニウム」に手を大噛みされたのである。「今度は猫ポンにするかな」。閑静な森の中で車は止まった。関連施設は幾つもあり、この中にセミナーハウスがある。

宿泊施設といってもほとんどホテルで、ロビーもあれば喫茶店もある。ラウンジでくつろいでいると、山中渓が戻って来た。

「(若)先生は今回都合がつきませんでした・・・」

若先生の代わりに妙な女が付いて来た。胡散臭そうだ。

「山中渓セッセ~(=先生)、このお方達が本日の御来賓の方達ですのん?」

鼻に抜ける声である。馬鹿かも知れない。おばさんである。

マリーは警戒していたが、女同士ということもあり、一応話しは弾んだ。女ははっきりしないが、何処ぞの地方議員か何からしい。マリーが不幸だったのは、もしかすると、この女が鶴見に住んでいた事、だったかも知れない。

「そうですのん。マリー先生も『鶴見』ですのん。ああ、『緑』・・・。はんはんはんはん・・・。それで・・・ェ、『緑』の何処辺りんですのん?ああ〜、高校の前・・・あ~ん、成ある程ん」

一行がセミナー・ハウスに出掛けると、既にけんけんがくがく、やっている。

やがてしばらくすると、山中渓の番が巡ってくる。彼は舞台に飛び乗り

「 集団的自衛権でも、改憲でも、目的はアメリカの言うことをすべてきくということだ」

と言う。

「集団的自衛権を認めさす時に、戦争するぞと言う必要は全くない。改憲するための『国民投票』の時に、徴兵もあるよ、な〜んて言う必要は全くない。みんな、釘を刺しとくぞ!言っとくぞ!後で、最後に兵制します。戦争ありますよ、な〜んて言えばいい。国民を騙せばいい。嘘を吐けばいい。それが国民のためにも、結局なるのだから」

一同は雄叫びを上げた。一同はみんな、山中渓を正直だと思った。なんて正直な人だと思った。マリーと直政は開いた口が塞がらなかった。

会がはねるといつものように食事になった。これもいつものように立食パーティー形式である。

山中渓がやってきた。「僕の演説どうでしたか?」と言う。(どうもこうもあるかい)と二人は内心思った。おくびにも出さずにしていると、山中渓は向こうへ行ってしまった。すると、頃合いを見計らって、踵を返してやって来た。マリー達を不自然に輪が取り巻いていた。

海老原家では直政も言っているように取り立てて「政治思想」というものはなかった。普通そうである。各家庭に政治思想があってたまるか。いわゆるノンポリだ。二人とも政治には極力関わりたくなかった。興味もなかったし、学問の邪魔だった。しかし、赤ん坊か幼児でもない限り、本当にノンポリなんてものがあるのだろうか。マリーは日本にやって来たから「日本のやり方」に倣う。亭主の直政のやり方に倣う。直政はマリーと結婚したのだから、マリーの意見を尊重する。マリーはスイスよりやって来たのだから「スイスのやり方」を尊重する。又、マリー自身もスイスで生まれ育ったのだから「スイスのやり方」を今でも信じ、尊重している。これが海老原家の「一応政治思想」と言えば言えるかも知れなかった。しかし、政治思想などと言うものは非常時になってみないと分からないものかも知れなかった。

「マリーさん、日本の憲法9条について、どう思われますか?」

「大変良いと思われます。平和は良い事ですから」

「しかし、百年後もやって行かれるでしょうか?」

「どうしてでしょうか?やって行けると思いますが」

「敵が来たら、国を盗られてしまいますよ」

「護ってくれる所があるんでしょう?」

「いつもお隣さんにおんぶに抱っこじゃ、駄目でしょう」

「どうすればいいんでしょう?」

「マリー先生、ここに『ユナ・ステ』の舟があるとします」

「ユナ・ステ?ユナ・ステて何ですのん?」

「ユナイト・・・ステ・・・・・・米国です」

「アメリカね」

「ここにおもちゃがあります」

山中渓は背広のポケットからファンシーなぬいぐるみを取り出した。そして幾つか並べてテーブルの上に置いた。

「ここにユナ・ステの舟があるとします。日本人が有事に外国に取り残されています。ユナ・ステの舟が日本人を助けてくれます。ところが公海でユナ・ステの舟が敵の攻撃を受けても・・・『個別的自衛権』では日本はユナ・ステの舟を助けられません。今の憲法では無理です。どうです、私達と一緒に憲法を変えませんか」

「これ、この話し本当によく聞きます。テレビでも見ました。図を使って。人を馬鹿にしてるのでしょうか?バナナに棒に台。『チンパンジーの知能テスト』。聞いていてホント嘘っぽくて不快です」

「はははははは、よく何もかもご存知のようで。ちなみに正解は『民間の船をチャーターして自ら帰る』でしたかな。ところで、、先生はスイス御出身でしたね。それではもし、日本がなくなる、これで終わりだ、憲法を変えるしか手がないとなったら、どうすればよいと思われますか?」

「もし、日本が世界が終わりに近くなるとおっしゃるのであれば、例えばスイスのように『永世中立』なんてどうでしょう?」

「でも、スイスには徴兵制度がありますよ」

「ええ。だから別に無理にとは言いません」

「日本が敵に盗られそうな時、無理なことがありますか。では、あなたは永世中立でいいんですね」

「ええ」

「分かりました」

「憲法9条が駄目だったらの場合ですけど・・・」

山中渓は何処かへ行ってしまった。

その後、舞台裏ではどうなっていたのだろう。それは分からないが、想像してみるに・・・

一度御上に逆らった女を許す訳がない。

「とうとうあの女狐、ゲロしやがった」

「こんなんで何がゲロしたんですか?」

「馬鹿か、マリーは徴兵制度をもくろんでいる。悪い魔女だ。という悪い噂を流せばいい」

「俺達だって兵制しようとしてるじゃないですか」

「馬鹿か、永世中立はイメージが悪すぎる。永世中立といえばスイス。スイスといえば皆兵。マリーはスイス人だから世間はピンと来る。想像する」

「そんなもんかな」

「ふ~んて思うに決まってる。日本人なんて馬鹿だから」

これからぼちぼちマリーの悪い噂が聞こえ出してくる。


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