ラドン
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『ぬくぬく温泉』の新装改築が済んだ。名前が『メタル温泉』に変わっている。『フルメタル・ヒンドゥー・カレー』のパッケージにヒントでも得たのか、建物自体がまばらに金ぴかだ。人々は口をあんぐり開けて呆然と上を見上げている。どうせ安いブリキかメッキだろう。次いで、横にある縦看板に「ラドン温泉」とある。「何のことだ?」。「聞いたことがある」。あるいはベタな人は『怪獣ラドン』を持ち出したりした。
新装オープンの日、小松原家の長男・充は早い時間行って下見して来ることにした。母親の里子は夜は混むから昼過ぎ行けという意見だった。
開店時間しばらく経って、と・・・こんな早い時間に入るなんて、充は何かバチでも当たりそうな気がしたが、新装の風呂は矢張り何かが違っていた。高窓からの昼の光が新築の室内の木と相まって新鮮でさわやかな気がした。新品の木はおが屑のような香りがした。何かが起きるような気がした。新しい何かが。新品の玄関。湯殿の新品のアルミの戸。新品の床。新品の天井。新品の何もかも。もっとも一部以前のままの物もあった。至る所に金のブリキがメッキがふんだんに使われ、メタル感を演出している。まるでお寺の本堂のようでもあった。
充は浴室のドアを開けた。昼間の明るい浴室に驚いた。浴室の奥に今までなかった中庭と大きなアルミサッシの扉があるのに驚いた。そして、屋根には巨大なアルミサッシの明かり窓が幾枚も・・・。浴室のタイルは矢張りまだらに金ぴかで、時々銀ピカも混じっていた。
以前の風呂と比べると、色んな風呂が増えた気がした。明らかに室内は広く成っている。洗い場も少しゆったりしている。何処でどうやって土地を拡張したのか。一つだけ浴室の隅に、訳ありの湯がある。アルミの戸で閉められた別室である。上に表札で「ラドン温泉」とある。
充はピンと来たけれど、入ろうとはしない。慎重な性格である。
客数は多いと最初から見込んで行った程には多くなく、さりとてこの時間帯にしては多い方だろう。つまり、幾分混んでいた。
充は体を洗い、椅子風呂に入っていると、見知らぬあんちゃんが隣りで、「おにいちゃん、この電気風呂ちょっと強くないか?」と言った。
男は最初ガシッっと捕らえられ、ガタガタいわせられ、固定させられ身動き取れなかった。やっとの思いで脱出すると
「A級戦犯かと思たわ」
と言って、右に左にフラフラになりながら、出て行った。
充は家に帰って行った。母に、帰る頃、段々混み始めたことを告げた。母はそれ見たことか、二人に食事を急かした。早く良秋を風呂に連れて行かねばならぬ。その内、亭主が帰って来るだろうから、ソバの用意もして置かねばならぬ。里子はダラダラテレビ(白黒中古)を見ている片割れを連れて銭湯に出掛けた。
二人が新しいお風呂に入って見ると、一番奥の所がアルミサッシの扉に成っており、外はセメントのブロック塀に囲まれた中庭に成っている。中庭には小池が穿たれ瀬戸物の蛙がちょこなんと置かれていた。日はすでに暮れかけており小灯籠の火が灯されていた。外ではまだ野球をしている子供達の声が聞こえている。塀の向こうでは小道を挟んで小さな空き地があり、浅い池があり、何処やらかの弱流の終着駅に成りわだかまっている。周りを倉庫群が囲んでいる。
風呂は客でかなりごった返している。早速良秋は中庭に興味を示した。見ると野球のボールが転がっている。アルミの戸は鍵が開いている。良秋は周りを何度も見計らい、かなり悩んだ挙げ句、裸足で土の上を走り、ボールを取って来た。母親に手柄を見せた。母親はあきれ、
「あんた、ほんで(それで)取って来たん・・・あかんで、コレ、ひとのものやろ。返しとき」
母親はアルミの戸を開け、中にコロコロと転がして置いた。賢明な処置だったと思われる。もし、塀の外に思いっきり投げようとすれば跳ね返って、ガラスが割れただろう。
二人は脱衣場に出ると、脱衣場も次から次へと混んで来ていた。
「おかあちゃん、てんかふん、はたかんで、ええん?」
母親は驚いて
「はたかんでええ。粉が下に落ちるやろ、傍迷惑や」
(はなしがちがう・・・)
昔のボロい風呂なら天花粉を落としてもいいが、新品の風呂ならば、怒られるだろう。良秋ももうすぐ一、二年で幼稚園生で天花粉とも卒業だろう。
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