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ワルガキ

7

いつしか冬も明け、真綿のような心地よい春の夕べ、鉛のような重い足取りを引きずって帰る一人の男があった。男は直政で、マリーを山中渓の勉強会に連れて行かされる羽目になってしまっていた。虫山よりきつい「お達し」があった。

あの山中渓とのクラブの席上、まんまと若造のペースに乗せられ、罠に嵌められてしまった。今度は「勉強会」でなく、「懇談会」だそうである。聞こえは優しいが、少し込み入ったことになりそうだ。

非道く落ち込んだ男は「鶴見」のバス停を降り、北に向かい、巨大工場と鉄塔沿いの道を歩く。マリーの性質上、話せば「行く」と言うに決まっている。いっそこのままもみ消そうか。

向こうから小さな二人の兄弟がやってくる。トラックも繁く通る危うい道路の歩道に片寄せ合いやってくる。直政の背後で信号が青に変わる。母親が横断歩道を渡り、あっという間にやって来る。母親の顔が笑顔に変わった。里子であるが、直政には分からない。兄弟は当然、充と良秋である。男の子たちは網とバケツを持っている。足が真っ黒だ。緑地でザリガニを捕りに行ってたのであろう。

お兄ちゃんが友人とザリガニ捕りに行くと聞いて、弟は自分も行くと言って聞かなかった。弟は緑地の何たるかも知らない。兄の友達も面識がない。足手まといになるに決まっている。兄も困っていた。母はそんな遠い所と言う。深くて溺れ死ぬと言う。弟は一度言い出したら二度と聞かない。母は内職があるので全てを兄に託した。心配になり夕方早く迎えに来た。

里子が良秋の靴を見ると、真っ黒である。最初、良秋は靴を汚さないように慎重に池の浅い所を選って、入って行ったのであるが、思いの外深く、ずぶずぶとやり、無駄骨だった。一度汚れてしまえば後は同じ。やりたい放題だった。行く前はおどされていたが、さほど深くはないと思った。池と言うイメージよりも真っ黒な水の塊だった。実は、ザリガニはほとんど捕れなかった。良秋は帰りも、足の汚れは何とも思わなかった。うちに帰って、外で水で洗い流せばいいと思っていた。

(わがままをいってはいけない。じぶんがいくといったのだから。ここはひとつりっぱにたえてみせよう。そうしよう。なんなら、おかあちゃんじゃなく、じぶんであらうこともできる。やれるもんならそうしよう)

ところが、母親を見た瞬間、立ち所に甘えが生じた。火山からマグマが立ち登って行く感覚である。こんな所に核発電所があれば、さぞかし危険だろう。

「あんた!足真っ黒やん」

言ってはならない言葉を言った。導火線に火が点いた。途端に泣き喚く。

「うちに帰ったら洗ってやるから」

「あらえ!いますぐあらえ!おまえあらえ!」

「・・・・・・」

母親は黙ってゴテ倒す子供を見ている。兄の充は困って苦笑するしかない。充は小さいのになかなか賢いお子様で、兄としての資質を十分備えていた。弟のしつこい性格を知っていたから一切構わない。結局、家に帰り足が綺麗になると良秋は何もかも忘れてテレビに打ち興じている。母親は暗い台所で飯の片づけをしている。

直政は(何で御座りましょうか?)と思った。

直政は家に帰ると「懇談会」のことを話そうかとも思ったが、妙な親子のことを話すうち、言いそびれてしまった。マリーは笑い転げている。その晩は、月が綺麗だったので、二人で久し振りに晩酌をした。

直政がいつまで経っても回答しないので、虫山が痺れを切らして

「そんなに言うのが嫌なら、儂が言って差し上げましょうか?」

直政は、冗談じゃない、プンプン怒って断ったが、うちに帰ると、マリーはみんな知っていた。虫山が喋ったのだ。直政は内心激怒したが(穏やかな男でもこれほど怒る時もあるのだろうなあ・・・)、顔には出さずに、

「君が行きたくなければ別に行かなくてもいいんだよ。話しは着けるから」

「いえ、わたしは行きます」

矢張り、その通りに成った。二人で出掛けることになった。


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