花の万博
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「花の」万博を前に、一歩足前に、地下鉄が先についた。繁華街の『京橋駅』から『鶴見緑地駅』まで短距離区間、電車も一サイズ小さい。
鶴見や緑に鉄道がついたのは今まで絶無であった。バスしかない不便さから、鉄道は蒲生や横堤にとっても悲願であった。鉄道に乗るには、いつも『京橋駅』か『大阪駅』まで、バスで出る以外なかった。『放出駅』が最寄りであるが、バス停から随分歩かなければならなかった。その上、不便な片町線ではメリットが少なかった。それでも近くは近くである。忘れた頃、秋の頃、ポオーッ!と『放出駅』からの悲しい汽笛(警笛)の音がした。大した音でもないのだが、「尽きせぬ憧れ自体がかなしみに似ている」と云う事を教えるからくりだろうか、汽笛は?
1990年4月、『花の万博』が開催された。
家の近所で連日大変な騒ぎで、これだけドンチャンやっているのであるから、流石にマリーも何かやっているなと気付くのである。
「マリー(姉)、行いの正しくない小人どもが何かやってるな?」
ブレネリが言う。
マリー「ああ、ハナゲの博覧会か、なんかだろう」
「狂人どもめっ!何でこんな無名な所で!めんどの臭い!」
マリー「そう怒るな。塩分摂り過ぎとちゃうか?超辛党の亀煎食ってるだろ。洗って食えよ」
ブレネリ「夏目漱石の小説・吾輩は鼻毛がド・えげつない猫である、の中で、底に肉まで付いて来る鼻毛の話が出て来るが、本当に肉が取れれば大事だろ」
マリー「死ぬな」
ブレネリ「夏目漱石は人間ではなかった」
マリー「明治の人間は出来が違う」
ブレネリ「鼻毛を抜いた時に、後ろにビヨ〜ンと付いて来る吹き流しだろ」
マリー「濡れてる奴な」
ブレネリ「親指で擦ると黒く成る奴な」
マリー「元から黒いがな」
ブレネリ「あれがデカイと得した気分に成る。手の甲に乗せると冷んやりする。特殊な時間が流れる」
マリー「そうか。よかったナ」
ブレネリ「アレの博覧会か?」
マリー「・・・」
ブレネリ「・・・・・・。オヤジに聞いた・・・」
マリー、ボォ〜。野ボォ〜〜〜。
ブレネリ、ボォ〜。牛ボォ〜〜〜。
春の陽気のせいだろ。
マリー「髪の毛かなんか、根元に白い膜のような、ベトベトっとした、あんなんちゃうん?小さな所(毛)では望めんが」
ブレネリ「肉か?」
マリー「さあ?」
ブレネリ「不安やな」
マリー「・・・」
春は曇っても来る。花曇り。
善さん夫婦はいの一番、博覧会に行って来た。結局今度の日曜日、人が一番空いてる隙を狙って偵察してみる事にした。
「行くゾ、アーク・イエロー」
「お分かり申した、アーク・ピンク。アークの力で、四次元・貨物の線路道歩くゾ」
いついかなる時も、聖書を持ち出して来ないと気が済まない外人。矢張りわれわれと文化が違うのであろうか?
ド偉い人出で、入場門で随分待たされた。
「狂人どもめっ!混みゃーがって!鼻毛の尾鰭みたいな頭しやーがって!」
声が低い。
口汚く罵っていたブレネリだが、以後口数少なに成ったには何か訳でもあるのであろうか。
金を払ってやっと中に入れてもらえた。以前は、何処からでも入れた緑地だが、人間は壁で囲うのが大好きだ。
二人は人の流れで、メイン・タワーの『咲くやこの花館』へと入る。綺麗な花が沢山置いてあり、結構楽しい。
そして、外に出る。
おや・まあ!普段では考えられない便利な乗り物があった。しかも、只、サー・ヴィスと来た。
「マリー、あすこなる所に何故かリフトなる物がある。スキー場でもないのに・・・。今までアレは無かった。無かった事が不思議に思える位だ。足が疲れる。小人の割にはよく考えられてある」
このリフトは閉会後、撤収された。
言うまでもなく、リフトは歩かずに距離を縮めようと工夫された物だった。
乗り心地良かった。
「どんだけちゃっちい物かと思ったが、結構楽しいやんけ」
大ハシャギである。本当は万博行きたかったのである。他愛もないのは大人も同じで、みんな騙されているのかも知れない。
屋台でマリーとブレネリはイカ焼きとたこ焼きを食べた。
「大坂の水は美肌に合わん。酢の味がする。誰かすり替えたんとちゃうか?ミリンダ飲みたい」。
食堂でマリーは「鶏釜飯」を二人前注文していた。不審に思った女給は、カウンター奥に告げ口したのだろうか?
二人前平らげるマリーに隣の客は
「偉いババやで!」
驚嘆した。
食欲中枢が莫迦に成ってるのかも知れない。
レジでマリーはトラブルを起こしていた。何か疑われたとでも思ったのであろうか?
「お支払いはどんな方法で?」
「?」
「J◯Bカードでもお支払い出来ます」
「お支払いに、くんな(こんな)方法もかんな(あんな)方法もあるか!お支払いはお支払いじゃっ!昔も今もお支払いは現金と決まっとる。ゲ・ン・ナ・マ。J◯Bカードみたいな顔しやがって」
屋台で二人はアイスクリームを食べた。いつも二人分注文して来るマリーを、若いニーチャン(店員)は不思議そうに眺めていた。春の日盛り。「スカッシュ飲みたい」。
マリーはやがて、グルグルお腹をさすりながら、犬のようにその辺りをグルグル回り始めた。
トイレに行きたく成って、公衆トイレを探すと有った。間違って男子トイレに入ってしまう。男子トイレの中は、明るい日差しを受けて、郵便受けを光が通過したプリズムの逆転世界のように朦朧として見えた。老人の小便が真っ直ぐ飛ばず、真横にプシューッと噴霧器のミストのように飛び散り、隣のオッさんのズボンに明るい虹の橋を架けた。明るい一日なので、明日に架ける橋かと思った。爺さんが出て来ると、マリーは「春霞ですな」。爺さんは「風流ですな。うぐいすも啼いとりま」。入って来ると鳴るチャイムだった。
妖精のように光が踊っている。マリーはフランネル(どういう生地かは知らないが)の空気の中、道を歩く。高校野球の開会式の選手入場に出て来そうな、パレード風大きなゲートに至る。鶴見新山登山口だ。只である。冷や冷やしてゲートを潜り抜けると、道は余裕無くすぐ登り始める。風車の道は採らず、みなの行く方へ行く。新設の建物が見え(花の販売店だろうか?)、その下の斜面には、植木鉢代わりにセメントの枠で仕切った、ラヴェンダーの花畑がある。ラヴェンダーの花が満面咲いている。紫の雪のようだ。余りにも驚嘆頻り、空の青と見比べたりしてみる。
山を下ると遠目に桜の大群が見受けられた。足はそちらの方に引き付けられた。
花のトンネルが現れた。花のトンネルは、道の両脇に木々が覆い被さるように植えられ、花びらが降り注いで来るのである。
アカシアの絨毯があった。木蓮の絨毯があった。共に賛嘆の気持ち止まない。レンギョウは言葉を尽くしても足りない。
多数の桜が豪華に植えられていた。妖艶な美しさに又出会えた。これ以上の花はないと何時も思うのだ。ポツポツと桜並木もまばらに成ると、人影も少なく成った。出口が近いのだ。
はらはらと桜の舞い散る坂道で、向こうからやって来た紳士と擦れ違った瞬間、マリーは左目に激しい痛みを感じた。
うずくまると
「マリー、どうした?産気付いたか?」
「シャレなれへん」
「ミッシェル・シャレナレヘン。ミッシェル・ポルナレヘン」
「(苦しい息でハアハア)おやつ横取りするゾ」
「目を押さえてるな。分かった。吹き矢か?誰か唐変木にやられたか?」
「や・ら・れ・ち・ま・つ・た・よ・う・だ・ゼ・・・」
「誰や?」
「・・・キ・ス・カ・・・」
「どうした?キスでもされたのか?そのババアで?何て奇特な野郎」
「今、擦れ違った男・・・キスカ・・・」
「埃でも目に入ったんとちゃうか?トラホームか結膜ル炎だろ」
沈黙。事態はもっと深刻なのだ。
どういう事なのか?マリーは強姦でもされたのか?あるいは、桜の花びらがはらはらと目に突き刺さったのか?
「怪我か病気か?どっちか?」
「分からない。いきなり怪人にやられた」
「外人?ーースイス人?」
「日本人・・・キスカ」
「キスカ?そりゃあ大変だ。キスカて、あのキスカの事か!え〜と、誰だっけ?」
「キスカだ!ーー世界を滅ぼすと云うーー伝説の怪人の事だ!」
「マリー、詳しく述べてみろ」
「あれは・・・(もやもやもや・・・回想風・・・)
あれはわたしたちきょうだいがまだ幼かった頃、スイスの山奥の湖でーー※ヨ〜デルひ〜ーー山奥の湖でわたしたちは何時も遊んでいた。アルプスを背に教会があった。湖の岸辺でエレメント師と出会った。教会の高い塔のてっぺんでエレメント師は、毎晩星を観察し水盤をクルクル回していた。わたしたちは親の言いつけで、エレメント師の手伝いをさせられていた。ある日、文字盤に不吉な文字が現れた。師は真っ青に成った。何度占っても文字は消えなかった。それがーー「あのキスカ」。「お前たち、この名前を決して忘れてはいけないよ。世界を滅ぼすやからの名前やから」。師はそう告げ、死んだ・・・(もやもやもや・・・回想録終ばじ)」
※良〜出る屁〜?
「マリー、今福鶴見(地下鉄鶴見緑地線駅名)を逆さに読んでみろ」
「イ・・ヤ・・ダ」
「いいから読んでみろ」
「たまゾー」
「それは玉造(JR環状線駅名・地下鉄鶴見緑地線・未来の駅名)だろ。君はショーモナイ事言いの頭の悪い若僧か」
「みるつくふまい」
「そう。“me look who my”だ。【わたしを見て!誰がわたしの街を、村を、祖国を、故郷を、壊すの?】と読める」
「【俺を見ろ。誰?まあ〜】単なる変態じゃないか」
「屁理屈を言うな、屁理屈を」
「そうとしか読めんだろが、そうとしか、われわれ姉妹は小さい頃、プラネタ師の元に通っていた。イタリアのコモ湖にある高い塔の上で、神父は毎晩星を占っていた。そうして出て来たのが『キスカ』。世界を滅ぼすと言うものの名。それが人なのか猿なのか単なる木なのか石州サバなのかは、誰にも分からない。但し日本語で『木』を表すものだと老師もはっきり仰ってた。終やじ」
「もう一度説明すんな!煩わしい。この呆け老人がっ!」
「終わり→終ばじ→終やじ=オヤジギャグ」
「ウゾッ!」
「但し『木』だと日本語でプラネタリウム師もはっきり仰ってた。マリー、日本へ行け。ここは日本か?」
「石州サバでない事だけは誰の目にも明らかだゾ」
「教師を傍で茶化す・・・チャカ・スカ・ボン!ボン!ボン!ボン!オンナ・ボン!・・・・・・」
「はっきりせんな・・・。マリー、『木』で『スカ=外れ』ならば、『木』ではないかも知れない」
「何を言う、オンナ・ボン。外れは、『離れ』を意味する。否定ではない。図にするとこうなる。〈スカ=外れ=離れている〉。プラズマ師もそうプラズマで仰っていた」
「誰がそんな電波な奴の言う事信じる」
「プラズマ師は四代目だ。わたしにあっち(日本)に行けと言ったのはプラズマ師だ。何か木と関連を持ちしかも離れているのだ。その男は何かが離れているのだ。オンナ・ボンよ」
「そこまで出ていて何故分からん」
「どうしても思い着かないのだ。この頭が憎い。世界の存亡に関わる大事なのに、なあ、オンナ・ボン」
「誰がオンナ・ボンだ!そいつがホモなら日本はニホモに成るな」
「今すぐ追いかけないと大変な事に成る」
「まあ確かに『火スペ』に出て来るような犯人面ではあったな。まあしかし、その体では無理だ。今すぐ目医者に行け」
〈突然現実の世界にマリーは引き戻される〉
突然見知らぬ人が、うずくまっているマリーに話し掛けて来たのだ。
「お婆さん、どうしましたか?お加減でも悪いのですか?」
ブレネリ
「そうそう。その体では無理無理。今すぐ病院に行け。その後で、体勢を整えるのだ」
回りがざわつき始めた。
マリー
「(周りの様子がおかしいようだ。知恵を回して)
阿倍野、薬局に、ちょっくらこん、地下ん鉄乗って行って来ーよーかー。
ホイ。目薬、例のハードな奴、つてナーーー(声太く)。
局長も鎌首擡げて待ってるじゃろて、ナーーー。
『おいでませ山口へ(当時のCMのコピー)』なんちて」
ブレネリ
「天王寺から新快速ブルーライナーで和歌山行きたい。和歌山までたった45分。停まるのは、なんと鳳だけ」
マリー
「余計な事言うな。
どいてたもせ、しゅうねんさん(みょうしん殿)」
「お婆さん、無理ですよ」
ブレネリ
「行かせたれや。おもろい。どうなるか見たい」
マリー
「どいとくれやす、こいさん」
ブレネリ
「あかんえ、清さん。
『細腕繁盛記』やな」
マリー
「今日のおやつ『えびほまれ』追加」
ブレネリ
“et eh bien,evian.”
[発音]えーえびやん、エビヤン。
【訳】天然水(を呉れんかね、ボーイ君)。
それはそうと、(キミ、一っ走り行って名古屋まで『天守閣』を買って来て呉れんかね。中身は『ひよこ饅頭』と同じなんだが皮がやわらかくてね)
人垣まで出来た。
ブレネリ
「マリーに触るな!小人どもが!真綿色をしている首ほど絞め安い首は無い」
シクラメンなら『咲くやこの花館』にあった。綺麗だった。〈除虫菊とメタセコイアがないのが残念だった《ブレネリ談》〉。
人影にキスカの顔は消えた。
「おいおいマリー、荻島・犯人・本陣・◯一が逃げるゾ」
「うおのれ萩原・犯人・八つ墓・◯一。逃げるとは卑怯千万也!
この上は、地の果てまで追い掛けて『エビ投げハイジャンプ』。目に物見せてくらりょーか」
よい子のみんなは、「荻」と「萩」を間違えやすいから、先生に書き取りの時によく習って、マリーさんのような間違いをしないようにしよう。
マリーは、鶴見で、一番藪だと言う『伊井病院』に担ぎ込まれた。
「おどみゃボンキリボンキリボン・キリ・ボン・キリ・ボン・キリ・ボン・キリ・ボン・キリ・ボン・キリ・ボン・キリ・ボン・キリ・ボン・キリ・ボン・・・ずっと続く(読者の自由なふしでリフレインお願いします)」
先代の院長は京大出だと言う。多分嘘である。今は二代目のバカ息子がやっている。ちょくちょく看護婦に手を出している。救急病院をやっているのも無論金儲けが目的だ。
救急車のサイレンの音を遠くに聞いて、小松原家の次男・良秋は「何かあったんかいな?」と母に話す。二人も花博に来ていた。良秋は高校生に成っていた。兄の充は大学生で、地方に行っていて帰って来れない。二人は、このまま真っ直ぐ横堤に出て、喫茶店に入ったのち、帰宅した。
「『銀』内障」ですネ」
「・・・・・・」
「ヴィダルサスーン(『銀』髪だから、髪の毛が)・・・(イヤ、冗談)」
「ロレアルドパリ(シャレナレヘン程バカだコイツ。フランス繋がりでと言う事で)!」
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