幽霊屋敷4
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話は少し時間を遡る、スピーカーによって二グループに分けられ、良秋とべら本が同じ組になって幽霊屋敷を目指した所まで。これからは、それ以後の話。
べら本と良秋ははすでに建物の中に入っていた。日は暮れるまでまだ少し時間があるというのに、一階は異常に暗く、電気のスイッチを探したが無意味だった。天井の電気は全くなく、取り払われてしまっていた。そもそも、天井は異常に低く圧迫感を感じた。コンクリートの室内は熱が蒸し、空気が薄かった。ガラスは全て割れ、辺りに散乱していた。窓を開けようと試みたが、向こう開きの窓枠の上部を僅か開けた途端、ブラインドの硬い金属の蛇腹ではめ殺しにされていた。何かブラインドと窓を括り付けたようである。
不快感は少しはましだろうから、良秋は早く二階に行きたかった。べら本も同様らしく率先して登って行く。階段は建物の中央に堂々と大きく築かれ、ステップとステップの隙間は大きく広く何もない空間が空き、向こうの景色が見える。もし、間違えて足を差し込めば、ポキリと折れてしまうだろう。手摺りは儚げで持ちにくく、両側にはただ空間と言う名の壁があるだけである。いかにも落ちそうで、恐いと感じる。
一階も同様だが二階も何も無かった。呆然とした。窓は割れていたが、片付けられていたのか破片は少なく、窓や扉は矢っ張りはめ殺しにされており、外から見られていたバルコニーや非常口にも出られないようにしてあった。期待していたスティールのデスクも椅子もなかった。良秋は一度それに座ってみたかったが。二階は一階よりも尚天井は低く、狭く、息苦しかった。明るさは一階より雀の涙程度あったに過ぎぬ。良秋はこんな所一刻も早く出たかった。べら本はどうかと、催促しようかと思うと、奴は薄暗い隅でうつむいて何か物思いに耽っている風であった。そして、
「ガラス危ないゾ、お前」
などと可愛いらしいことを言う。
階段にもパラパラ上から降ったように、ガラスが残っている。
思えば不憫な奴だ。クラスメイトからも見放され、いつも独り。憎まれ口を叩く。少しは元気をなくして真人間に戻ったか。しかし、これが騙された事であるのを識るのはいつもの事だった。それも瞬く間!
「こあつ~(小松)、お前、本当は恐いんやろ~」
「何がや!何が恐いねん、こんな所」
「そやろな。お前。お前に恐いもんはない。お前には勇気がある。『枇杷を盗む』という勇気が・・・」
「?何ゆうて・・・何わけの分からんことゆうとんのや?何のことや・・・何言っとんねん・・・よく聞こえんかった・・・アホかお前」
「思い出せんようやな。昔々の話や。徐々に思い出してみ。心当たりあるやろ。おつむテンテンしてみい」
「さっきから何の話しとんねん」
「枇杷を盗む話や。お前昔、ヒトのうち勝手に入って近所のガキと枇杷盗んだやろ。泥棒め」
「なんやとコラ。勝手な言い掛かりつけんな」
「事実や。証拠は上がってる。お前悪さよ~すんな(よくするなあ)。矢っ張り悪秋やな」
良秋は考えてみた。動きが止まった。不安に成った。
結局、良く考えた挙句、『琵琶湖』で思い出した。
(そう言えば昔、幼稚園の入園か卒園祝いに、近所の年下のチビ連れて、近所の金持ちの屋敷の庭入って、枇杷盗んで食った事あったっけ。ほこりっぽくって全然旨なかった)
良秋は過去の悪事で、みぞおちをがーんとやられた気分だった。
(思い出した・・・あれはまだ善悪もよく分からない年端の頃で・・・近所の子を誘って・・・これは冒険なんだ・・・これは冒険なんだ・・・自分に言い聞かせて・・・年齢も分からない・・・いつの頃だったか・・・思い出せない・・・誰もいなくて・・・いつも戸が・・・開いていて・・・すごく入り易かった・・・盗れ・・・盗れと・・・言わんばかりに・・・枇杷がそう言っていた・・・結局、何故か親にバレて・・・超ど忘れしていたのに・・・眠りを醒された・・・今頃になって・・・なぜ・・・どうしたらいいのかしら、アタシ)
「思い出したようやな。スピーカー、言い触らしとるで」
(ええーッ!)
「もう鶴見には住めんで」
失意のどん底に叩き落とされた良秋はたどたどしい足取りで、薄暗闇の中、階段を降りようとする。ヘッピリ腰で恐る恐る手摺りに掴まり、一段に両足、降りようとする。足元はフラフラだ。べら本が上から良秋を小突いた。声を上げ、良秋は手摺りに両手でしがみ付き、半身に成った。
「危ないやないけ、何するねん!」
「アハハアハハ。ワリイワリイ。お前、鈍いのオ。おかんみたいや」
二度三度こつかれた。べら本はトントンと軽い身のこなしで階段を降りて行く。
良秋はまだ手摺りにしがみ付いている。精神的ダメージで当分立ち直れそうにない。
分かった。今度こそ分かった。今まで何度も煮え湯を飲まされ続けて、今度こそ何もかも、分かった。こんな奴にそもそも仏心を出して同情したのが間違いだったのだ。
こいつが一人で、雨に打たれた小鳥のように震えているから、少しは憐れに思って側にいてやったから、同一のグループに成ってしまったのだ。それには、同じグループに成ってやっても仕方がないという親心を出したためで、こんな奴には分からないのだ、ひとの心が。正に情けは人の為に成らず。こんな奴の為には成らなかった。むごい現実に遭わなければ、こんな奴には分からないのだ。本当ならとっととスピーカーの側につくべきだった。それをマリーさんの悪口関係で躊躇してしまった。状況を考え、ケースバイケースだったろう。こいつの心は変わらない。こいつはどんな時にもべら本で、いつまで経ってもべら本で、永久に卑劣なのだ。噛みついて来るので、大人達が言うように、近付いてはダメ、付き合ったらダメ、なのだ。今度こそ味噌汁のように身にしみてよ~く分かった。二度と情けはかけない。近寄らない。良秋は自分の人の好さが疎ましいと思った。良秋の心は弱い。こういう物を乗り越える方法も、一法ではあるのだが。
階段を降りたべら本に異様な光景が目に飛び込んで来る。目はいい方だ。鷹くらい視える。勘のいいべら本に、夕暮れの中スピーカー達の今しも帰ろうとしている赤黒い影が視える。
秋の日はつるべ落としに早い。瞬く間に夕暮れに成っている。脱兎の如く、べら本は駆け出した。良秋はのろのろ一人建物に取り残された。
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