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⒋ママ・おばちゃん

最近、直政の様子がおかしい。普段、陽気な質ではないのだが、うち沈んだ様子で何か思い悩んだ風をしているように見える。それでも、容易に話したりする人ではないので、見守っていくしかないのであろう。何か生まれつきの性質の問題かもしれなかった。あるいは、「中年の鬱」というものかもしれなかった。

海老原家の風呂の様子は相変わらずおかしかった。修繕を呼んだけれど埒があかない。「鶴見」という所は近所付き合いがうるさい。うっかり話したところ無理矢理近所の奥さんに、親戚の「水道屋」を呼ばれた。有無をも無しだった。やってきたのは、軽薄そうな若造であった。

「奥さん、ドライバー、小さいのありませんかね?」

「調べて見たんですが大きいのしかありませんでした」

「困りましたね。よし、明日、行って取って来ます。今日は、これで帰ります」

例えば、こんな風である。

仕方がないので、又二人で風呂屋に行ってくることにした。

マリーが脱衣場で服を脱いでいたところ、入り口で大きな声がする。この間の、良秋だ。今日は、複数いる。多分大きいので兄だろう。

兄「は・は・は・は・吐〜く兵衛〜」

弟「ま・ま・ま・ま・ま〜ずべ〜」

「何々兵衛」という、当時、流行していたお菓子のCMを真似しているのだろう。これらの台詞を吐きつゝ、案山子のような格好をするのである。

兄「や〜る・兵衛〜」

弟「いらん・べえ〜」

兄「どわわわわわ・よ~し・兵衛」

弟「うわわわわわ・み〜つべ~え」

兄は『充』という。

兄「よ~し・べらららら」

弟「み~つ・ぶららららら」

この声を聞きつけて風呂屋の小倅が通用口から、低音で

「す~け~べ~え~」

母と弟は女湯で、兄の充は男湯である。

番台で

「お兄ちゃん、一人で偉いね」

兄は一人で偉いものと決まっている。

マリーが湯船に浸かっていると、良秋が「ざぶん」と入って来た。マリーの灰色の瞳と髪を見て、

「おばちゃん、ガイジンなの?」

母親が飛んで来た。

「すみません。すみません」

何度も繰り返す。

マリーが流暢な日本語で話す。

「そうなのよん、おばちゃん、外人なのよん。おばちゃん、マリーってゆうのよ。外人の名前でしょう」

風呂の「カポーン・コーン」ていう音で聞き取れないのか

「マ〜マ〜おばちゃん」

隣りで母親が諭す。

「マ・リ・ー・お・ば・ちゃ・ん」

「ママおばちゃん」

母親が言う。

「この辺りにお住まいですか?」

「高校の前です」

「うっへ〜。それはそれは」

「うちのお風呂が壊れて、小学校の前も休みで・・・それでやむなく。でも、自転車ですから」

「お気の毒。知り合いの『工務店』呼びましょうか。でも、もうじき小学校の所、入れますよ。ここの風呂、全面改築致しますから」

この母親の名前は『里子』。この一家の名字は『小松原』。マリーが名字を『海老原』だと名乗ると、何処でも、イギリスの方ですか、と言う。みんな「エジンバラ」と勘違いする。里子は勘違いしなかった。多分エジンバラを知らなかったのだろう。よもやイギリスを知らなかったわけではないだろう。

湯から上がると良秋がジュースをねだって里子に拒絶されている。寝小便するからだろう。大鏡には成る程「新装開店オープンのビラ」が貼り付けされてある。どのような風呂に成るのか、楽しみである。


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