誓約 ~言葉より、強く~
聖暦1916年、12月25日。
戦車や航空機が戦場の主役となった時代。
大陸中を巻き込む未曽有の大戦の最中にも、この日だけは。
北の大国ノイシュブール皇国の首都、「銀の都」リズリー・レイドにも、安らかな空気が流れていた。
白い雪が降り積もり、気温は氷点下。それでも賑わう皇都に、華やかな音楽、人々の楽しげなざわめきが溢れる。
今宵は、この国ノイシュブールの建国記念祭。それも建国神話の時代から数えて千年目、千年祭の夜なのだ。
戦争の時代の、一時の休息。その賑わいは、市街から離れた皇宮にも、雪風に乗って届いてきた。
ガラス張りの温室、雪明りに照らされた、常春の花園の中で。
「ねえ、エクレール。聴こえて? この都がこんなに楽しそうなのは、いつぶりかしら?」
式典、舞踏会などの公務を終えて、お気に入りの温室で寛ぐプラチナブロンドの姫君。
耳に手を当て、遠い喧騒に愛らしい頬を緩ませる彼女は、この国の皇女、16歳のルフィーリアである。
「ええ、本当に。とても、久しぶりに感じますね」
夜の温室、月光の下。主に微笑み返すのは、華美な軍服を細い肢体に纏った、艶やかな黒髪の少女。
東洋風の顔立ちに凛々しい眉、力強い瞳の少女軍人……18歳のエクレール。
稲妻の名に恥じない烈しい意志を宿した緋色の瞳が、今は穏やかに微笑んでいる。
「きっと、姫様の想いが通じたのですよ」
「ふふ、そうね、そうだといいな……」
主従は顔を見合わせ、笑顔を零した。
ノイシュブール皇国は、目下内戦中である。国家の悲願であった南下政策の失敗、大戦の飛び火、そして東部での独立運動の激化。毎日が暗いニュース、血なまぐさい凶報ばかり。
「だから、願ったの。せめて一日でも、皆が争いを忘れ、平和に眠れるようにと」
わずかな間でも、銃弾でなく花束を。
千年祭に合わせた、一時の停戦。それを呼び掛けたのが、皇女ルフィーリアだった。
「……年が明けたら、また戦いだけどね」
停戦期間は短い。主の笑顔が曇るのを見て、親衛隊長であるエクレールは。
「笑って、姫様。私も力を尽くしますから……」
主の手を取り、頬に当てる。
平和の皇女、ルフィーリア。彼女の父や兄である皇王や太子が、民衆や近隣諸国にも強圧的な態度を崩さない中、彼女一人は戦地を飛び回り、人命救助や福祉に尽くしている。
「姫様は、どうぞ願いのままに動いてください。貴女の身は、私がこの身に替えてもお護りしますから」
高貴な剣のように真っ直ぐな表情で、主の菫色の眼を見つめるエクレール。
凛々しい瞳で射られ、ルフィーリア姫の頬が赤くなる。
「……貴女が護ってくれるから、私はがんばれちゃうのよね」
小声での呟き。
「何か仰いましたか、姫様?」
「い、いいえ、何にも」
ルフィーリアは焦って視線を逸らす。
とくん、とくんと早鐘を打ち始める鼓動を誤魔化すように。
「ねえ、本当にどんなことが有っても……私を護ると、誓ってくれる?」
恥じらいながら、上目遣いで。姫君は、騎士に尋ねる。
大国の皇女とはいえ、16歳の乙女なのだ。戦火の中を駆けるのは、いつだって怖い。
その真摯な問い掛けに、エクレールもまた。どう答えれば主を安心させられるか、少し迷った後で。
どれだけ姫君を大切に想っているか、どうすれば伝わるか考えて。
億万の言葉より雄弁な、誓いのキスを選んだ。
「……んっ」
柔らかな薔薇色の唇が、重なり合う。暖炉に火を入れたように、姫君の顔が灼熱する。
口づけの甘さに声を上擦らせ、
「あ、あの。いきなり、こんな不意打ち……」
照れるルフィーリアへ。エクレールも劣らず羞恥に赤くなりながら。
「私は、不器用ですから」
こんな風にしか想いを伝えられないのだと、真剣な瞳で主君を見つめた。
「……うん。でも、一回だけじゃ、まだ信じられないよ……?」
可憐な顔を赤く染め、もっとキスをねだる姫君へ。
黒髪の少女軍人エクレールは、こちらも胸を高鳴らせながら。
「ええ、では、信じていただけるまで、何度でも……」
雪降る夜の宮殿。薔薇の咲くガラス張りの温室で。
乙女達は甘く、優しく。誓いのキスをした。
このお話の二人は、しばらく更新止まってる連載「愛国少女隊」の二人。
戦争の時代に、命懸けで絆を護る少女達が、熱く生き……そして一人残らず散っていく物語。今の自分の力量では重すぎると止まっている作品ですが、来年、今のメイン連載を完結させたら。成長した自分の力でもう一度、彼女達の熱く儚い姿を描いてみたいと思います。