第7話 黒き情報屋
俺はどうするべきだろうか。
まず目の前の空間には何も見えないが、俺の聴覚は確かに10m程先に人がいることを感じ取っている。
というかさっきうっかり声を上げた時向こうも反応している。
つまり相手は隠蔽スキルの一種で姿を消していて、それを俺の聴覚が看破したのだろう。
だが向こうはまだ俺にバレていないと思っているのか姿を現さない。
さてこういう状況になったとき俺はどうするべきだろうか。
①気づかないふりをして狩りを続ける。
②親しげに話しかける。
③モンスターだと思った。等と理由を付けて殴りかかる。
まず①は論外だろう。
向こうは俺の事を認識して近づいてきたはずだし。
俺としてもログアウト不可となった現状では多くのプレイヤー達と交友関係を結んでおきたい。
となると②だろうか?
③なら一番簡単に話しかけることができるんだろうがさっきの声から鑑みるにおそらく相手は女性だろう。
しかも俺の聴覚では相手の正確な位置が分からないためうっかり殴ってしまうかもしれない。
もちろんOOはPKをすることはできないためダメージは通らないが、相手の先入観に野蛮、という2文字を加えたくはない。
というようなことを看破後2秒という、先ほどのカメレオン戦もかくやというスピードで考え付いた俺はそっと声をかけてみる。
「えーっと……バレてるぞ?」
すると僅かな時間の後ゆっくりとそのプレイヤーが姿を現す。
性別は先ほどの予想に違わず女性。
漆黒に近い黒の、腰まで届く長い髪に同じく全身黒の装備。
そして背中には長大な鎌を担いでいる。
「バレていましたか。……どうも、アドリアと言います。隠蔽して目の前に現れた無礼をお許し下さい」
姿を現したその人物の名前には聞き覚えがある。
「へぇ、あんたがアドリアさんか。俺の名前はリュウだ。現状このゲームの中で一番有名な人がなんでこんなとこに」
「有名でいられるのなんて今だけですよ。すぐ強いプレイヤーの名前が知れ渡って行きますから。とりあえず、立ち話もなんですし、移動しませんか? 近くの安全地帯に案内しますよ」
「……ああ、分かった。俺もあんたに聞きたいことがあるしな」
アドリアの言葉に頷き、導かれるままに移動を開始する。
「私はスキル[隠密行動]を使って色々なところで情報収集をして、掲示板に載せているんです」
アドリアが歩きながら話を始める。
「ああ、ありがたく利用させてもらってるよ」
「ありがとうございます。そして現時点で情報の少ないこのゴルゴ山を訪れて探索をしていたんですけど、途中で気になることがあったんです」
「ん?」
「私は[強弱探知]というスキルを持っています。自分との戦闘差がどれくらいあるか、その生物がどのあたりに居るかを教えてくれる便利なスキルで、情報収集にも重宝しています」
「それは便利なスキルだな。……あー、ということは」
時折降ってくるヘビを潰しつつ話を続ける。
「はい、探索しているととても強い気配があったのでまだ発見していなかった新モンスターがいるものだと、[隠密行動]を使って見に行ったんです」
「なるほど、そこに居たのが俺で、だからあんたは姿を消していたわけか」
「はい、その通りです。あ、ここがセーフティエリアです」
アドリアに案内されたのは、大きな木の根元にある穴だった。
入り口は人が二人通れるほどの穴で中は広い洞穴になっている。
ちなみにセーフティエリアとは、モンスターが襲ってこない安全地帯で、休息をとるのに利用される。
このように中々発見できないようになっているので、その安全地帯の存在も貴重な情報として重視されるはずだが。
とにかく、中に用意されている簡素なベンチに腰を掛けて質問を続ける。
「それでなんであんたは俺と分かってすぐ隠蔽は解かなかったんだ?」
「あんた、ではなくアドリアで構いませんよ。そのことなのですが一つ質問が」
「ん?」
「自分で言っては何ですが、私の[隠密行動]はかなり優秀なスキルです。姿だけでなく、匂いやある程度の音までも消してくれるスキルです。だからこそ自信を持っていたのですが……どうやって隠蔽を看破したんですか?」
「ああー、そのことか。」
特に理由はない。
スキルを取った直後だから試してみようと、意識を集中させていただけだ。
それでもアドリアからしてみれば、自慢のスキルを破られてショックだったのだろう。
とりあえずありのまま話すと、アドリアは納得してくれたようで、数度頷く。
「なるほど、[聴覚異常]と[身体異常]ですか。そのスキルのせいでリュウさんは丸腰なんですね。私が感じた強い気配もそのせいですね。しかしカメレオンですか。この情報は掲示板に載せても構いませんか?」」
「リュウでいいよ。掲示板に載せるのは構わないし、良ければ一緒に狩りをするか? 俺のスキルがあればそのうちカメレオンとも会えるだろ」
「それはありがたいですね。ではこちらからPT申請させてもらいますね」
アドリアから送られてくるPT申請を受諾し立ち上がる。
「ではよろしくお願いします。ところで、リュウはまだ初期装備なんですね。戻ったら知り合いの生産者を紹介しましょうか?」
「おお、そりゃ助かる。まだなかなかプレイヤーで生産露店を開いてるところが無いんだよな」
「まだそれ程時間が経っていませんし、仕方ありませんね。私の知り合いも、店を開いているわけではありませんし」
有難いアドリアの申し出に感謝しつつ、木の中から出る。
セーフティエリアは今後も使うことになるだろうから、しっかり場所を覚えておかなくてはいけない。
「とりあえずカメレオン探しか。適当に狩りをしつつ探すって感じでいいよな?」
「そうですね。存在が確認できたら後日pop条件も私が調べに来るとします」
popとはモンスターが出現することで、pop条件とはそのモンスターが出現するのに必要な条件だ。
単純に出現するもの。あるモンスターの代わりに稀に出現するもの。何かを破壊すると出現するもの。様々なものがあるため、レアモンスターの場合そのpop条件も把握することができれば圧倒的に狩りが容易になる。
カメレオンの場合、アドリアが何かをしたということでもなければ俺がヘビとトカゲを狩りまくった結果出現した、という考えが最も近いと思われる。
つまり同じことをやればもう一度出現する可能性も高いわけでそれがアドリアと俺がPT狩りをすることになった理由だ。
[聴覚異常]の効果で手に取るように位置が分かるようになったヘビを潰しながら進む。
「なるほど、かなりの索敵能力ですね。ヘビの奇襲を恐れて[隠密行動]を使いつつ進んでいた私が馬鹿みたいです」
「戦わないのも立派な手段だと思うけどな。ただまぁ、これだけ狩ってると自然と素材が集まっていくから嬉しいな」
「まだゲームが開始して間もないころの、それも比較的上位のエリアの素材ですからね。生産者に渡せば喜んで生産してくれることでしょう」
「ああ、肉も旨そうだし、調理してもらうのが楽しみだ」
「……私は遠慮しておきます」
「せっかく手に入ったんだから味わわないと勿体ないぞ。おっと、前方にトカゲだな」
「分かりました。隠密行動に入ります」
アドリアが背中の鎌を構えて姿を消す。
俺はそのまま前進して茂みから姿を現したトカゲの前に立った。
本来なら敵の位置が分かっているのなら奇襲攻撃でも仕掛けるところだが、俺よりも一撃特化の鎌による攻撃のアドリアの方が威力は高いため今の俺の仕事はこいつの気を惹くことだ。
「さてと、さっきのトカゲ戦で気になったことを試させてもらおうかね」
アドリアにも聞こえないだろう小さい声で呟く。
俺の[威圧]は名前からして精神に作用して動きを止めるものだと思っていた。
が、俺は先程既に自分に向けて突進を行っていたトカゲの動きを止めた。
まるで見えない壁が働いてトカゲの動きを阻害したかのように。
つまり俺の[威圧]は精神的な威圧ではなく物理的な壁を生み出して相手の動きを阻害していたのではないか、という仮説だ。
スキルは技をイメージして発動する。
そして俺は名前から瞬間的な物だと判断して[威圧]を発動していた。具体的にいえば一瞬だけ大声を出すのと似ている。自分から放射的に力が拡散されていくイメージだ。
だがもし[威圧]が物理的な力だった場合、俺のイメージを変えることでスキルの効果も変えることができるのではないか、と思ったわけだ。
「ということでとっととやるぜ。[威圧]!」
こちらの存在に気づき、距離を取っていたためトカゲは突進による攻撃を行ってくる。俺はそれを正面から見据えると、今までの一瞬の物ではなく硬く、重い壁を出すようなイメージで[威圧]を発動する、が。
「うっ!?」
「っ!?」
効果は絶大だった。
というか明らかにやりすぎた。
軽く周囲の光景が歪んだかと思うとトカゲの体が地面に叩き付けられる。
近くに居たらしきアドリアも巻き込まれたようで驚くような声が聞こえた。
少々予想以上だったが、今のでとりあえず分かったことと言えば、スキルはイメージによりある程度効果を変えることができるということ。
そして[威圧]は俺の予想通り物理的な力が働くことで相手の動きを鈍らせていたということだ。
今俺が発動した[威圧]は無差別に周囲の空間を圧力で潰した、というようなことになるのだろう。
とか冷静に考察してるフリをしてみたがすごいな。
範囲はそれ程広くないが、全速で突進を敢行しているトカゲを叩き落す程の威力を持っているとは。
「……」
「リュウ、どういうことですかこれは……」
衝撃で動けないでいるトカゲの首を難なく落とすとこちらへジト目を向けてくる。
こっちはこっちで、あの鱗を難なく貫いて首を落とす当たりかなりの攻撃力を持っているようだ。
「あー、少し実験をしてみただけなんだがな……。ここまでの効果が出るとは思わなかった」
アドリアにとりあえずの予想と結果を伝えてみる。
まだ分からないことが多いが、情報屋であるアドリアならば役立ててくれるはずだ。
「ふむ……スキルをアレンジですか。すべてのスキルがオリジナルってだけでも受け入れがたかったのに、そこにイメージでの改変が加わるなんて……」
「俺の場合は[威圧]は本来の威力を出せてなかっただけっていうセンもあるけどな。とりあえず要検証ってとこだろう」
「はぁ……。リュウと行動し始めて調べなければならないことの方が増えている気がするんですが」
「このゲームがそうしてるんだからしょうがないだろ。それと、いい報告があるぞ」
「え?」
「カメレオンがpopしたみたいだ。そういや俺もトカゲを倒した後にカメレオン見つけたんだっけか。ヘビをある程度倒した後トカゲを倒すとpopするとか、そんな感じか?」
「それはいい情報ですね。とっとと倒しに行きましょうか」
「ああ、そうだな。と言っても奴は消えるから面倒なだけで場所わかっちまえば楽なんだよな……」
「あ、速攻で倒したりはしないで下さいね。少し実験をしてからにしたいと思います」
「了解。こっちだな」
カメレオンの居るだろう場所にアドリアを案内する。
俺とアドリアによるゴルゴ山散策は、まだまだ続きそうだった。