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オリジナルオンライン−唯一無二のその力で−  作者: 井上狼牙
第二章 交錯する各々の意志
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第69話 あなたの矛に

 デロスが入れた亀裂の所為か、ボス登場のムービーが流れることはなかった。

 ルークと共に警戒しながら、目の前の光景に目を走らせる。


 巨大な空間だった。

 無機質な洞窟の壁、なぜか仄かに光るそれがドーム状にエリアを形成している。

 高さは50m以上あるのではないだろうか。


 そしてその巨大な空間に、異様な音が鳴り響いている。

 何か重量のある物がビチャ、と粘着質な水音と共に落下する音。

 断続的に響くその音は、このドームの最奥から届くものだ。

 目を凝らせば、薄暗い空間でもはっきりと見て取れる。

 とてつもなく大きな生物が、そこにいる。


「来ます、ね」


 私の[強弱把握]が、何かが接近してきているのを察知した。


 それを知らせる私の声が届くよりも早く、前に進み出たルークが近寄って来たアリを斬り散らす。

 今までと何も変わらない働きアリ。

 だが、その脅威はこんなものでは終わらない。

 それどころか、そのアリを延々と生み出し続ける存在が、目の前に居る。


「何とも、予想通りだな」


 巨大な巣の奥に待ち構えていた影。

 体高3メートルを越え、巨大な白い腹を抱えた女王アリが、そこに鎮座していた。








「キュェエエイイ!」


 気味の悪い鳴き声。

 セミとカエルの断末魔の声を合わせたような耳障りな声と共に、女王アリがその巨体を震えさせる。


 その尻から落下するのは、全体を粘液に包まれた状態の黒い塊。

 紛れもなく、その正体は新たに生み出されたフォレストアントだろう。


 落下したアリは数秒の後に起き上がり、当然のようにボスエリアの入り口、即ち私達が居る方へと動き出す。

 それもまたルークが容易く屠るが、その時には既に新たなアリが生み出されていた。


「成程な。これだけの繁殖スピードなら、あの数にも納得がいく」


「……アリって卵で生まれますよね? いくらゲームでもそれはちょっと……」


「下らないことは良い。今はとりあえず奴を――」


「はい、秒殺します!」


 叫び、同時に地を蹴る。


 女王アリの巨体に距離感が掴めなくなっていたが、恐らく彼我の距離は50m程。

 ステータスにより強化された走りで一瞬でその距離を縮めた私達はとりあえず回り込み、でっぷりと膨れ上がったその白い腹に攻撃を叩き込もうとして――。


「っ!」


 横からの攻撃に阻まれる。


「そっちは任せたぞ」


「はい!」


 攻撃の主は、女王アリの両脇に控えていたこれまた大きなアリ。

 アリ騎士とでも呼ぶべきか。


 二足歩行で、その身長は2mを越える。

 六足歩行でありながら地面から頭頂部までの長さが3mオーバーの女王アリを抜きにすれば、私が今まで見てきたアリの中でも最大クラスだ。


 女王アリを間に挟み、私とルークで一体ずつ相手取る状況。

 だが女王アリは動かず、ぶちゅぶちゅと新たなアリを量産し続けている。

 アリが城下町への進行ではなく私達の排除を優先した場合、時間が長引けば長引くほどこのエリアにはアリが溢れる。

 ならばやはり、勝負は短期決戦以外は有り得ないだろう。


「はあっ!」


 気合いと共に、アリ騎士の持つ巨大な槍へとカマを走らせる。

 だがアリ騎士は、この攻撃をふわりと飛び上がることによって回避した。

 薄い羽を羽ばたかせて飛ぶ、昆虫独特の回避方法。


 キチ、と奇怪な音を立てながら大きく飛び上がったアリ騎士が、槍を構えながらこちらに突っ込んでくる。


「っ!」


 中々のスピード。

 弧を描き地面すれすれの高さを飛行して来る攻撃を、すれ違う様にして回避。

 同時に斬りつけるが、腰の入っていない一撃では大したダメージは与えられていない。


 だが、弧を描き再び元の高さまで上昇して振り返ったアリ騎士は、戸惑ったようにその場で静止する。

 すれ違いざまに発動した[隠密行動]の効果だ。

 流石に戦闘の最中に完全に隠蔽(ハイド)することはできないが、それでも一瞬相手を攪乱する程度の効果はある。


「[跳躍]!」


 こちらに気付いた時には既に遅く。

 アリ騎士と同じ高さまで跳び上がった私のカマが、その首元へと吸い込まれていった。


「ルーク!」


 分断されたアリ騎士の死骸と共に落下しながら、ルークの方へ視線を向ける。

 見ればルークの方も、盾で壁に叩きつけたアリ騎士に止めを刺したところの様だ。


 ほんの十数秒の戦闘。

 だがその隙に、女王アリは準備を終えていた。


「キィエエエエ!」


 甲高い声を撒き散らしながら、女王アリが動く。

 いつの間にか、細長い前足の先に巨大な棍棒を掲げている。

 細い柄にトゲトゲの鉄球が付いた、メイス型のモーニングスター。

 その醜悪な武器をそれぞれの前足で一つずつ持ち、残りの足で動きながら、手近に居たルークに向けて強烈な一撃を放った。


「ぐっ!」


 ドン! と金属音とは似ても似つかない強烈な音と共にルークが後退する。

 だが女王アリは止まらない。


 もう片方の棍棒をルークの大盾へと叩き込みながら、更にたった今振り下ろした棍棒を振りあげる。

 巨大な金属の塊を軽々と扱う女王アリに、ルークは防御と後退を余儀なくされている。

 私も、それをのんびりと眺めているわけにはいかない。


「[スイングサークル]!」


 雑魚アリは女王アリが動いている今も生み出され続けている。

 女王アリへの接近を阻止しようとしてくるアリをカマの一閃で斬り散らし、死骸を踏み潰しながら女王アリの下へ。


「[死神の一撃(ヘルブリンガー)]!」


 遠心力を余さず乗せた斬撃はでっぷりとした女王アリの白い腹を綺麗に切り開き、一瞬遅れて白い体液が撒き散らされる。

 

「ギェエエエエエッ!」


 その一撃で仰け反った女王アリは、ルークへの攻撃を中断。

 身体をこちらに向けようとするが、その隙を逃すルークではなかった。


 叩きつけられたままの棍棒に乗り、そのまま細い腕を駆け上がる。

 唖然とする私をよそに一気に腕の上を駆け抜け、左手に持つ大盾を女王アリの頭へと叩き込んだ。


「ギュ、エ」


「[破壊の衝撃(デストロイショック)]」


 怯む女王アリに、容赦ない追撃。

 ズドン! という音と共に女王アリの巨体が傾ぎ、それを尻目にルークが着地する。


「中々派手なことをしますね……」


「ああ、だがあまり効いているようには見えない。やはりあの腹を攻撃するのが手っ取り早いか」


 左右から迫るアリを、お互いに倒しながらの言葉。


 確かに、頭部を強打されて一瞬上体をふら付かせたものの、大きなダメージを与えられたようには見えない。

 見た目通り、あのぶよぶよとした白い腹を狙うのが一番良いだろう。


「となれば――」


 態勢を立て直した女王アリに接近。

 振るわれるモーニングスターをしっかり見極めて回避し、足元へ。

 そのまま身体の下を潜り抜けて腹へ斬りつけようとするのだが、


「っ!」


 先ほどのアリ騎士と同じように女王アリが強烈な風と共に飛び上がり、カマは虚しく空を切る。


 巨大な羽で風を撒き散らしながら浮遊を始めた女王アリは、次々と新たなアリを生み出しながらさらに高みへ。

 [跳躍]も届かないような場所まで上昇したところで、女王アリが不審な挙動を見せる。

 大きな顎をカチカチと鳴らし、空中で逆立ちするように頭を下へと向け――。


 ――黄色い液体を、周囲へと撒き散らした。


「蟻酸、ですか!」


 アリの中でも一部の種類が外敵から身を守るのに使う蟻酸。

 女王アリはそれを空中から辺りを埋め尽くすように吐き出したのだ。


 その範囲には私とルークだけでなく女王アリが生み出したアリも居て、それらに等しく黄色い液体は降りかかり――。


「[インパクトステップ]!」


 駆け寄って来たルークが大盾を掲げると同時、私達に向かって降り注いできていた蟻酸が爆散。

 まるでリュウが[威圧(オーラ)]を使った時の様に吹き飛ばされる。

 そして降り注いだ蟻酸は地面を、壁を、逃げられなかったアリ達を溶かしていく。


「なかなかえげつないですね……自分の産んだ子まで巻き添えとは……」


「どうでもいいことだ。来るぞ」


 ルークが短く言うと同時、落下してきた女王アリが地面を踏みしめる。

 もがいていたアリも容赦なく踏み潰した女王アリは、両手の棍棒を掲げ、猛攻を開始した。


 右、左、右。

 単調でありながら強烈な連撃が、前へ出たルークへと襲い掛かる。


 それをルークは躱さず、次々と大盾で防いでいく。

 一合ごとに轟音が鳴り響き、衝撃が撒き散らされるが、これはルークの時間稼ぎだ。


「背中ががら空きですよ! っと」


 私の言葉とともに、女王アリの巨大な羽の一枚が切り離されて宙を舞う。

 背中に飛び乗って羽を切断した私は、そのまま更に二枚の羽を切り離してから再び[跳躍]。

 女王アリの背後に着地した私の攻撃を、飛ぶ能力を失った女王アリは躱せなかった。


「ギィ……」


「どこを見ている。お前の相手は俺だろう」


 再び腹を切り裂かれて呻きながら私をターゲットする女王アリを、ルークが横から大盾で殴り飛ばす。

 ダメージは少ないながらも強烈な衝撃に、女王アリはルークへの攻撃は再開する。


 しばらく、一方的な攻撃が続いた。


 ルークが女王アリのターゲットを取り続け、私は生み出される雑魚アリと白い腹への攻撃を行う。

 時折現れる上位種のアリに手間取ることはあったが、その間にも女王アリが私へと攻撃をしてくることは殆ど無かった。


 ここまで戦闘がスムーズに進むのは、紛れも無く女王アリの攻撃を一身に受け続けるルークの働きがあるからだ。

 モーニングスターによる強烈な連撃を大盾と片手剣でほぼ完封しながらも、大ダメージを与え続ける私へターゲットが向かないように調整している。

 強力な盾役が居るだけで、ボス戦とはこれほどまでに簡単になるものなのか。


 そんな私の思考は、何度目かわからない攻撃を女王アリの白い腹へ叩き込んだ時に中断させられた。


「ギュエ、アアアアアアアアッ!」


「っ!」


 今までとはまるで違う悲鳴。

 ボスエリアに響き渡る怒りの咆哮に、私達の気も引き締まる。


「――来るか」


 私がルークの下へ駆け寄り、ルークがそう呟いた瞬間だった。

 

 ――女王アリから赤いオーラが立ち昇り、同時に巨大な白い腹が爆散した。


「っ!?」


 紛れも無い[激昂状態(フューリーモード)]発現の証。

 全体の体積の7割を占めていただろう白い腹の下にあったのは、他のアリと何ら変わらない黒光りする腹部だ。


 即ち、女王アリは今まで自分の行動を阻害していた最大の障害を捨て去ったということであり――。


「っ!」


 女王アリが、今までとは比べ物にならない速度で動く。


「ぐっ!」


 高速で振られる棍棒。

 それを大盾で受け止めたルークが、爆音と共に仰け反る。

 直後、ほぼ同時に振るわれていた次撃が、踏ん張りを失ったルークの大盾と激突した。


「ルーク!」


 吹き飛ばされて大きく後退したルーク。

 転倒は免れたようだが、完全に体勢が崩れている。

 そこに更に追撃を加えられれば、ルークには防ぐ手段がなく――。


「はぁああっ!」


 甲高い金属音。

 同時に、振り下ろされる直前にあったモーニングスターが大きく跳ね上げられた。

 跳び上がった私が全力で叩き込んだ一撃の結果だ。

 そのまま落下する私に、女王アリがもう片方の棍棒を振り下ろす。

 ――が、その時にはもう、体勢を立て直したルークが私と女王アリの間に割り込んでいた。


「[衝撃流動波(リベンジショック)]!」


 棍棒と大盾が触れ合った瞬間、双方が同時に吹き飛ばされる。

 そして両腕を跳ね上げられた女王アリに、着地した私の攻撃を防ぐすべはない。


「[デュアルスイングサークル]!」


 正面から胴体に直接叩き込む二連撃。

 最大の弱点だった白い腹は消えたが、それでも遠心力を乗せたカマの一撃ならばアリの甲皮も貫ける。


 同じ場所を横一文字に切り裂かれた女王アリは、数歩後ずさりながら苦悶のキチキチ音を立てた。


「大丈夫ですか、ルーク」


「ああ」


 吹き飛ばされたはずのルークは平然と私の前へ進み出る。

 何とも頼もしいその後ろ姿に、胸が熱くなるのを感じた。


「俺は防御に専念する。お前が止めを刺してくれ、アドリア」


「……任せてください」


 ルークが最強の盾であるのなら、私は彼の手助けをする矛になりたい。

 そして彼の矛として活躍すべき場面は、間違いなく今だ。


「行くぞ!」


 立ち直った女王アリの、正面からの高速の一撃。

 馬鹿正直なまでのその攻撃を、ルークは今度は大盾と片手剣を利用して逸らす。

 真横の地面に叩きつけられた棍棒が撒き散らす土塊を物ともせず、ルークは前進。

 そのまま次撃も逸らし、女王アリの懐に飛び込む。


[盾打突進(シールドチャージ)]!」


 何度目か分からない轟音とともに、衝撃が女王アリを襲う。

 女王アリはそれを仰け反ることなく受けきったが、それでも動きは止まった。


「はっ!」


 その隙に側面に回りこんだ私が、体を支える四本の脚の一本を攻撃。

 過たず命中した斬撃は、細い足の先を容易く切り飛ばした。


「ギェエ!」


 バランスを崩しかけた女王アリは棍棒を地面に叩きつけて体を支えようとするが、私の攻撃はまだ終わらない。

 そのまま女王アリの背後に抜け、回転。

 防御を度外視した一撃を、二回りも小さくなった黒い腹へ叩き込んだ。


「ジェアアアアアッ!」


 [激昂状態(フューリーモード)]に突入した時点で、残りHPは僅かだっただろう。

 その僅かのHPも、もうすぐ尽きようとしている。

 そして女王アリはHPが尽きるその寸前に、乾坤一擲の一撃に打って出た。


 猛烈な勢いで巨体が回転。

 背後に居た私へ、回転の勢いを乗せたまま棍棒を下から振り上げる。

 速度は今までで最速。

 範囲は極大。

 当たれば即死は免れないだろう。

 それでも私には、それを恐れる理由など何もない。


[強化盾(パワーガード)]!」


 鳴り響く最大の轟音。

 同時に私の体が衝撃で上空へ吹き飛ばされる。

 だが大してHPは減っていなかっら。

 それは恐らく、攻撃を正面から受けて私と共に飛ぶこの青年も同じだろう。


「アドリア、大丈夫か?」


「大丈夫に、決まってます」


 この戦いは、所詮ゲームの中での戦いだ。

 痛みも、恐怖もない。

 あの中庭で味わった絶望に比べれば、こんな戦いに恐れる要素などない。


 あの狂人の前に立つことに比べれば、たった一体のモンスターと戦うことのどれだけ楽なことか。

 私は、今もあの死神と戦っているだろう仲間たちの力になりたい。

 その為に今、ここにいる。


「止め、刺してきます!」


 二人共中空に投げ出されたこの状況。

 空を飛ぶことができなくなった女王アリだが、このまま着地までを見逃してくれるとは思えない。


 だからここで、終わらせる。


「[跳躍]!」


 共に飛ぶルークを足蹴にして、真下に[跳躍]を発動。

 高速で落下する中、思い出されるのはあの狂人とのほんの数分の戦闘だ。


 私とデロスとの間には隔絶とした差がある。

 それでも、恐怖と絶望にまみれたあの戦闘の中でも、私に得るものはあった。


 掲げたカマが、血のように赤黒いオーラに包まれる。

 膨れ上がったオーラと共に、手に持つカマもその大きさを増していき――。


「[エクセキューション]!」


 ――巨大な死神の刃が、女王アリの頭を静かに刈り取った。

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