第6話 見えないなら聴けばいい
「あぁ、もうウザいな! なんだこいつら!」
ゴルゴ山に入って30分経ったかどうかというところだが、いい加減怒りが爆発しそうだ。
赤茶色という何気に気色悪い色をしたヘビの頭をぶん殴って潰す。
「こりゃあかなりストレスが溜まるなぁ。一体何匹ヘビ潰した事やら」
そう、このゴルゴ山に入ってから幾度となくヘビによる奇襲を受けているのだ。
切断属性ならまだしも拳でヘビの相手をするのは非常に面倒くさく、的確に頭を狙う必要があるため集中力を要される、のだが歩いていると数歩ごとに木上や茂みの中から襲ってくる状態なためいい加減飽き飽きとしているのだった。
ちなみにヘビは大きいものでも直径3センチほどしかないため、バグズフォレストに比べたら迫力はないが小さい分奇襲に気づきにくかったりする。
あと地味に触るのがためらわれる。毒々しい色をしてるもんで。
△△△△
取得アイテム
ゴルゴスネークの肉×2
ゴルゴスネークの皮×2
ゴルゴスネークの抜け殻×1
「とっとと探知系のスキルは覚えた方が良さそうだな。ソロなら必須だろうが……どうやったら手に入るのか分からないしなぁ」
探知系のスキルと言ったら視覚、嗅覚のほかには第六感の気配探知が一般的だろうか。
だがスキルがオリジナルというこのゲームだと、さらに色々加えられていてもおかしくはないだろう。
取得条件がさっぱりわからないのが問題だが。
「まぁ地道に進んでいくしかなさそうだな。今のところヘビにしか出会ってないしせめてもう少し情報収集をしたいし」
と呟いた直後だった。
右前方の茂みが大きく揺れ、ガサガサッと明らかにヘビとは違う生物であろう音が聞こえてくる。
そちらに注意を向けると茂みからのそのそと現れたのは全長がワニ程もありそうな大きなトカゲだった。
所謂コモドドラゴンという奴だろう。
小さく開けた口の隙間から長い舌を覗かせ盛んにチロチロと動かしている。
体表をびっしりと覆う鱗が木漏れ日を受けて鈍く光っている。
「よしやるか。やっぱり打撃は効きにくそうだけど、そう言って逃げても居られないもん……なっ!」
拳を構えて接近しトカゲの脳天に思いっ切り振り下ろす。
鈍い音と共に命中するが感触は芳しくない。
HPは大して減っていないだろう。
追撃を予期し大きく後ろに下がると同時にトカゲの牙が横に振り抜かれる。
あれは噛まれたら効きそうだ。
「うおっ」
距離をとって安心していたがその巨体からは想像もつかないほどの速度で突進してくる。
虚を突かれてその頭突きを回避できず2割のHPと共に後方の木に激突した。
衝撃で黒いヘビが頭上から落ちてきたがそのまま木に叩きつけて即死させる。
「うお、っと!」
トカゲの再びの突進に、目を逸らしていた俺は反応が遅れる。
反射的に[威圧]を放ちトカゲの動きを鈍らせ、慌てて駆けだして軌道から横に逸れる。
一瞬遅れて横をすり抜け木に激突したところに殴りかかる、が警戒していた噛みつきではなく太い尾による薙ぎ払い攻撃が来たところで攻撃を中断し[放撃]で防御。
そのままトカゲの背に右手で[直拳]を打ち込み、続けて左手で無刀流初級技[チャージフィスト]を放つ。
若干溜めが要るが威力が高く、しかも溜めている間も片腕は使えるので今のように右腕で攻撃してる間に溜めることで間をおかずに二連撃を放つことができる便利な技だ。
距離を置くとまた突進が来ることも考え離れずに追撃。
脳天をぶん殴り噛みつき攻撃を封じ、両拳を合わせて叩きつける無刀流初級技[サクリファイスフィスト]を敢行。
代償として多少HPが削れるが威力は高い。
連撃を食らったトカゲは顎を力なく垂れ下げ動かなくなった。
「うっし、一丁上がり」
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取得アイテム
ジャングルリザードの皮×2
ジャングルリザードの肉×2
ジャングルリザードの尾×1
緑のコケ×3
「おお、肉か。料理系の生産者に頼めば何か作ってくれんのかな。トカゲの肉って旨いのか……?」
ある程度は強かったが、突進さえ気を付ければ何とかなるだろう。
そんなことよりも新しく手に入った素材と使い道に思いを馳せる。
いい加減初期装備のままではいられないだろうし生産者の知り合いを作るべきではあるだろう。
俺は盾を装備できないのだし、金属鎧よりも動きやすい軽装備にするべきだろう。
なんにせよ町に戻ったら生産者を探す必要がある。
のんびりと考えながら、時折落ちてくるヘビをほぼ無意識のうちに倒しつつ進む。
基本的には頭を潰せば一撃なのだし、奇襲にさえ注意していれば手間取ることもなかった。
倒すたびに視界に表示される入手素材がまた想像を掻き立てる。
「ヘビは旨いって聞くし肉は料理に使えるな。ヘビ皮は装備品に使えるだろうしこのエリアは結構おいしいなー、っと?」
僅かに聞こえた、ヘビやトカゲ、木がこすれる音とは明らかに違う音に足を止める。
掲示板の情報では出現モンスターは2種類だけだったが調べた期間が短かったため未発見モンスターが居る可能性は十分にあるとのことだった。
情報屋も見つけることができず俺も今まで発見できなかったのだから所謂レアモンスターというやつだろう。
しっかり倒して素材を手に入れておきたい。
「ヘビ、トカゲと来たからやっぱ爬虫類か?」
5秒、10秒かかっても何も起きない。もしかしたら俺の勘違いだったかと、そう思った時だった。
【緑のコケを奪われた!】
「ん?何が起きた!?」
いきなり表示される文字に戸惑う。
一瞬視界の端にピンク色の何かが見えた気もしたがその所為だろうか?
奪われたアイテム、見えない敵、爬虫類……まさか?
「…っ!」
今度こそ聞こえた微かな移動音に予想を確信へと変える。
一瞬見えたピンク色の何か、アイテムが盗まれる、見えない敵と爬虫類と来たらお前は……。
「カメレオンか!」
言葉と同時に[威圧]を発動させ近くの木の上から迫っていたピンク色の長い舌の動きを止め、ぬるぬるとしたそれをむんずと掴み木の上から引きずり落とす。
「まためんどくさいのが出て来たな……っと」
ぬめりとした舌が滑り、手を離れて戻って行く。
その先に居るのは、鮮やかな緑色の身体を持ったカメレオンだ。
大きさは30センチ程と、それ程大きくはない。
カメレオンが周囲の風景の体色を同化させて姿を消すのは有名な特徴だろう。
長い舌でプレイヤーのアイテムを盗むのはゲーム特有の能力か。
再び姿を消され位置が分からなくなる。
せっかくのレアモンスターだからしっかり素材を入手したいのだが、この能力があるとなかなか骨が折れそうだ。
「ちょうどいい。探知系のスキルを覚えるいい場面が来たな。ちょいと実験台になってもらうとするぜ」
相手の位置を知るべく意識を集中させる。
まず視覚だがカメレオンはこの視覚を惑わすために体色を変えているわけで望みは薄いだろう。
舌が見えてから攻撃するのにも限度があるしそれでは今後役に立たない。
次に嗅覚、だがこの密林は地面は土、草が生い茂っていてジャングル特有の木も生えている。
おまけにどこにヘビがいるかもわからないのでカメレオンの匂いを特定するのは困難極まりない。
というかそこまでの嗅覚があったらこの泥臭さで参りそうだ。
次は……味覚は論外として触覚か?
地面の振動……攻撃が触れた位置……どれも現実的ではない。
となると残りは聴覚か。
ゲームとしての探知系スキルと言ったら第六感というのもあるがこれは意図して覚えられるものではないだろう。
「ってことで聴覚だな。最初とその後に聞こえた音でカメレオンの移動音は大体覚えてるし……」
目を瞑り、周囲の音に意識を集中させる。
木々のこすれる音、風の音、鳥のさえずる音、それらの音を少しずつ意識から外していき異質な音を探す。
段々と感覚が研ぎ澄まされて時間が引き伸ばされたように感じられる。
そして全ての音を意識から外したと感じた瞬間その音が聞こえた。
━ スキル取得条件を満たしました。スキル[聴覚異常]を習得しました。━
「っ!」
無言の気合共に左前方……高さ2m程の小さい木が生えているその場所へと足を踏み出す。1歩、2歩……全てが遅く感じられる。
まだ奴は動き始めていない。
3歩目でこちらの動きに気付いたのか慌てたようにカメレオンが行動を開始する。
4歩目……このままでは届かない。
あと1歩、あと1歩だが奴のほうが少しだけ速い。
間に合え!
「待ちやがれ! オーラァアア!」
裂迫の声と同時に[威圧]を発動して残り1歩を瞬時に詰める。
飛び出して空中で動きを止めたカメレオンに全力の[直拳]をお見舞いする。
軽い手ごたえと共にカメレオンが吹き飛び、木に激突してポトリと落ちた。
「ふぃー、疲れたー」
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取得アイテム
シーフカメレオンの肉×2
シーフカメレオンの皮膚×1
シーフカメレオンの舌×1
緑のコケ×2(盗品)
[スキル名]「聴覚異常」
[効果] 聴力が増す。
[説明] 超人的に聴覚が研ぎ澄まされる。身体が異常な者程五感も異常。
[取得条件] スキル[身体異常]保持者が聴覚を利用して隠蔽看破。
「なんとかなったな。聴覚異常か。やっぱ所持スキルによって入手スキルも変わるんだな。俺専用スキルってのもいい気分だな」
試しに聴覚に意識を集中させる。
やっぱさっきとは段違いに周囲の音が聞き取れるなぁ。
遠くの川の流れや上空からは怪鳥らしき鳴き声。
すぐ近くで人の足音が聞こえ木の上のヘビの移動音まで…人の足音?
「え?」
「あ……」
ゴルゴ山に響く二つの声。
こうして俺は初めてゴルム以外のプレイヤーと知り合うことになったのだった。