第56話 カッコつけんな
振りかぶり、振り下ろす。
切っ先が地面に着く直前に腕力だけで剣を止め、次いで踏み込み、薙ぎ払い。
右から左へと振られた刃。
勢いに逆らわずに反時計回りに回転。
方向を見失わないようにする訓練は、このゲームを始めてからずっと続けてきた。
ぴったり一周し、再び右から左へと薙ぎ払い。
一回目より大きな風切り音を立てて振られた剣を、最後に腕力だけで止める。
俺の大剣は小ぶりな方だが、それでも10キロを超える重さがある。
一撃に全てを込めてモンスターを叩き斬るためにある道具をここまで振り回すのだから、当然慣れが必要だ。
その為に毎日素振りを繰り返して剣に振り回され、時にはリュウと決闘をして感覚を体に刻み込んでいるわけだ。
「でも、足りないよなー」
場所は城下町カルカ、を出たジュラス広原入口。
すぐ近くにあるカルカ城の威容を見ながらため息を吐く。
考えるのは当然、前回の戦いのことだ。
バジリスクとの戦いは途中で大剣を折られて役立たずになり。
トロールとの戦いでは途中で気を失って、気付けば戦闘が終了していた。
我ながら、なんとも情けない話だ。
「くそ……」
自分がここまで直情的な性格だとは思っていなかった。
無論冷静沈着な要君だとは思っていなかったが、少なくとも今までの俺だったら役に立てなかったくらいでここまで思い詰めたりはしなかったはずだ。
変わったのは、リュウの影響だろう。
いや、先に変わったのがリュウだと言うべきか。
リュウは変わった。
たぶんリュウはリュウなりに考えて、戦う理由を見つけたんだと思う。
だからあいつは、迷うことなく恐怖に飛び込んでいける。
俺にだって戦う理由はある。
理由があって、いや、あるからこそ、悔しいんだ。
役に立たなかった、立てなかった。
恐怖に竦んで、痛みに怯んで、大勢の死者を出してしまった。
また、敵が来る。
恐れがない訳じゃない。
でもそれ以上に、役に立たなければ、という気持ちが強い。
俺は頭が良くない、戦うことしかできない。
それなのにその戦闘でさえ使えなかったら、俺がいる意味なんてないじゃないか。
「う、らああああっ!」
剣を振る、振る、振る。
止まるな、もっと速く、もっと重く。
恐怖なんか吹き飛ばせ、痛みなんて無視しろ。
こんなところで立ち止まっていたら、俺には何も残らないだろうが!
「美桜……」
この世界には居ない人の名前を呟く。
その言葉は風に攫われて、誰に届くこともなかった。
「あ、おーい、リュウー! それにレイナさん!」
昼過ぎまで大剣を振り回し、適当に昼食を済ませた午後1時。
どこかに出かける気にもなれず散歩していた俺は、連れ添って歩いていたリュウとレイナさんに遭遇した。
手を振りながら声を掛けると、笑顔で応えながらこちらへと歩み寄ってくる
「おう、ゴルム。今日はどこにも行ってなかったんだな」
「まぁね。行けるような状況でもないっしょ」
やはり、いつ敵が襲ってくるのか分からない状況でこの城下町からあまり離れたくない。
少しでも強くなっておきたいのはやまやまだが、この状況になってしまったのだから城下町の中でできることをするしかないだろう。
納得したように頷くリュウから、隣のレイナさんへと視線を移す。
基本的に一人で行動するリュウだが、レイナさんと行動しているところは偶に見る。
ずっとこの城下町に居なかったリュウが帰って来た途端にこれとは……まぁ色々あるんだろう。
「え、な、なに?」
俺の視線を受けてたじろぐレイナさんは、やっぱり可愛い。
こんな美人と行動を共にできるなんて……まぁ俺にも彼女はいるから羨ましくもないんだけどね!?
一刻も早く会いたいとだけ言っておこう。
「ここに居るってことは、リュウ達もどこも行ってなかったんでしょ? 何してたんだ?」
「俺はほれ、見た通り防具をラナに預けたんでな。パワーアップして帰ってくるまで戦えないんだよ。……後はデロスとの戦いに向けて布石をちょっとな」
「私はその付き添い?」
「ふ~ん?」
言葉通り初期装備の簡素な防具だけを身に着けたリュウを見ながら相槌を打つ。
平然と付き添うレイナさんも気にはなるが、もっと気になるのは布石に関してだ。
リュウは既に次の戦いに思考を向けている。
俺も、戦うんだ。
難しいことはできなくたって、戦うことはできる。
ターン制のバトルなんかじゃないこのゲームなら、自分の努力次第でいくらでも強敵と渡り合えるはずだ。
戦う、戦う、戦う!
もっと強くなってスキルを使いこなさなくちゃ、このゲームからは出られない!
「うおおおお! 俺はやるぞ!」
「……急になんだよ、うるさいぞ」
「……」
いつもの様にあきれた様子のリュウと、少し引くレイナさん。
でもそんなことはどうでもいい。
「リュウ! 集合は17時だったよな!?」
「……ああ。17時にバナミルの店で作戦会議って言ってある」
「よし、じゃあ決闘だ!」
暇と活力を持て余した俺の提案。
それにリュウは驚いたように少しだけ目を見開くと、
「やるか、久しぶりに」
そう言って笑った。
決闘とは言え、リュウは防具を持っていないから本格的にはできない。
ルールは単発エンド。
いつもと同じだが、今回はHPが先に2割減った方が負けというルールは外した。
単純に、先に一定以上の攻撃を与えた方が勝ちだ。
「リュウとこうするのも3日ぶりかー。なんか感慨深いね」
場所もいつも通り、大通りには面していない小さな空地。
レイナさんには少し離れていてもらって、リュウと向き合う。
「バカ言え、たった3日だろ。お前はその間に何か変わったかよ」
リュウのその問いにはあえて答えずに笑顔で返す。
俺の反応を見てリュウは面白がるように笑い、腰を落とす。
既にカウントダウンは始まっている。
視界に表示されるカウントが少なくなるにつれリュウの表情が鋭いものに変わっていき――。
DUEL!
その文字が宙に踊った瞬間、リュウが地面を蹴る。
リュウの[無刀流]は文字通り超接近型だ。
ゼロ距離まで接近されて手数で攻められれば、大剣を使う俺に対抗する術はない。
「[烈風斬]!」
だからこそ、俺はリュウの初動を予測してデュエル開始と同時に大剣を振り抜いていた。
初級技の組み合わせと言えど、大剣による一撃。
当たればデュエルを終わらせるに足る威力を持った斬撃は、しかしリュウが直前で停止したことで空振りに終わる。
大剣の通った空間を風が走り抜け、甲高い風切り音を撒き散らす。
それを眉一つ動かさずに見送ったリュウが再度前進を再開しようとしたところに――。
「[大切断]!」
「っ!」
振り抜いた遠心力を殺さずにそのまま中級技へと繋げるが、叩きつける一撃は再びギリギリで躱される。
あと少しで当たりそうなわけではない。
あえてリュウがギリギリで躱しているのだ。
大剣の切っ先から目を逸らさず、しかし大剣だけでなく俺の身体全身を捉えて動きを読もうとしている。
今までのリュウにはなかった動きだ。
でも――。
「俺だって!」
リュウはデロスという敵と戦って思うところがあったのだろうが、俺だって何もしなかった訳じゃない。
強くなるための努力はしてきたつもりだ。
「[突風]!」
初級の風魔法[突風]を、大剣の切っ先で発動させる。
この距離まで近寄られてしまえば初級魔法で距離を取ることは難しいし、発動する場所を変えたところでそれは変わらない。
だが当然、俺の狙いは距離を取って体勢を立て直すことじゃない。
「っ!」
俺に向けて拳を振り抜こうとしていたリュウが腕をクロスさせて後ろに飛び、直後に無数の岩礫がリュウを襲う。
石畳に叩きつけた大剣の切っ先で魔法を発動することによって、剥がれた石をリュウに向けて飛ばしたのだ。
俺は人並み以上に風魔法と相性がいいのか、初級魔法でもそれなりの威力を出すことができる。
練習の甲斐あって、身体のどこからでも武器の先からでも魔法を出せるようになった。
地味かもしれないが、これが俺の強み。
スキルを活かした小手先の技で相手を翻弄して、大剣の一撃で叩き潰す!
「[砂塵幕]!」
新しく覚えた[砂遊び]で出した砂を[突風]で撒き散らす。
即席の砂嵐にリュウが目を瞑ったのを確認したところで――。
([風流し]!)
これまた新しく考え出した魔法を使って風を身に纏う。
リュウは[聴覚異常]という優秀な探知スキルがあることで、それに頼りすぎている傾向がある。
この[風流し]は風を身に纏うことで、移動による風切り音を極限まで軽減するものだ。
使い道は少ないが、目を瞑ったリュウならこれを使って欺くことができるかもしれない。
そんな期待を込めて跳び上がり、リュウへと接近する。
直前で足を着きリュウがそれに気付いた時はすでに遅く、俺は必殺の[螺旋風刃]をリュウへ向かって――。
「甘いんだよ!」
――叩きつける直前、リュウの両掌に大剣が挟んで受け止められる。
当然、高速で迫り来る巨大な刃をそれだけで止められるはずもなく、衝撃がリュウを襲うが、
「っ、らっ!」
衝撃がリュウの背後に抜けるような感触と共に、リュウの身体が数センチだけ浮き上がる。
この感触は、リュウが[放撃]を使った証だ。
一度だけダメージを軽減する優秀なスキルだが、連続で使うことはできない。
クールタイムが終了する前に再び攻撃を当ててデュエルに勝たなければならないのだが――。
「[突進]!」
「っ!」
リュウが叫ぶと同時に、俺の身体が吹き飛ばされる。
それが目にも止まらない速さで動いたリュウの一撃だと気付いたのは、転がった先で『WINNER リュウ』という表示が目に入ってからのことだった。
「うあー、負けたぁー」
気の抜けた声と共にゴルムがその場に倒れ込む。
時間にしてほんの十数秒の戦いだったが、集中していればそりゃあ疲れる。
何より、今日のゴルムは普段と違った戦い方をしていた。
「随分ちょこざいな戦い方するようになったな」
皮肉でも何でもない。
搦め手を使って貪欲に勝利を求める今日の戦い方は、大振りで高威力な斬撃を連続で繰り出していた今までとはまるで違う。
「……そうしなきゃ勝てない相手が居るってことを、知っちゃったからね」
ゴルムは寝っ転がったまま短く答える。
これがゴルムなりの、考えた答えだということか。
今は俺が勝ったが、紙一重の勝利だ。
最後の攻撃は完全に虚を突かれた状況になったし、手で受け止められなければ俺の負けだった。
[放撃]を使わなければやはり負けていただろう。
ゴルムの選んだ答えは、間違ってなどいないはずだ。
でも――。
「デロスは巨大でもモンスターでもなんでもない。人間で、俊敏だ。多分お前が一番、相性が悪い」
大剣は基本的に対モンスター、それも大型用だ。
デロスのような人型の相手と戦うのにはまず向いていない。
「関係ないよ。そんなこと」
それでも、ゴルムは迷いなく答えた。
「相手が誰だろうと、俺は全力を尽くす。ここに居るのは俺だけじゃないんだ。……分かってるって」
立ち上がって、俺の胸を拳で軽く突いてくる。
俺の言葉からどんな意思を読み取ったのかは分からないが。
「……あんま無茶すんなよ」
「しないよ。俺の目的は帰ることだから、絶対にこんなとこで死んでやらないって。逆にリュウこそ、カッコつけて無茶すんなよー」
そう言うと、ゴルムはちらりとレイナさんの方を見てニヤリと笑う。
視線の意味は分かるが、いったい何をカッコつけると言うのか。
「そんじゃあね。また後で」
「ああ、じゃあな」
どうやらゴルムは本当にただ決闘がしたかっただけらしい。
大剣を背負うと、揚々と大通りへ歩き去っていく。
さっきの話だが、俺達の中でデロスと最も相性が悪いのはゴルム。
そして恐らく、武器的に考えれば一番相性が良いのは俺だ。
俺の力でプレイヤー全員を救ってやろうなどと大それたことは考えていない。
それでも、俺の拳で大切な人を守れるというのなら、俺はいくらでも戦える。
「カッコつけんな、か。」
遠のいていくゴルムの背中を見ながら、そう呟く。
格好をつけることで助かる人が居るというのなら、いくらでも格好つけてやろう。
俺はただ、近くに居る人を救えればいい。
例えそのために、どれだけの犠牲が出ようとも。




