第5話 情報交換場
「……朝か」
OO内プライベートエリア。
カーテンの無い窓から注がれる日光が顔に当たり目が覚める。
自室とは全く違う天井を眺めるうちに昨日の光景が脳裏に蘇ってきた。
君たちは自発的にゲームから出ることはできない。
このゲームをクリアすればログアウトできることを保証する。
リリックと名乗った謎の人物が告げた言葉は到底信じがたい物だった。
プレイヤーをゲームの中に閉じ込める? わけが分からない。
周囲のプレイヤーが口々に喚く広場から出て、近くのベンチに腰を下ろしつつ考える。
無言でついてきていたゴルムも同じく座る。
「とりあえず、ログアウトできないことは確かなんだし、これからの事を考えるべきだろうね」
隣から毅然とした口調でかけられる言葉に若干驚く。
だが直後にゴルム、いや、要なりの痩せ我慢だと分かるとこんな状況にも関わらず笑みが浮かんだ。
こんな状況でも俺を気遣ってくれるなんてやっぱ強いなこいつは。
「ああ……そうだな。ほとんどのプレイヤーはあんな感じなんだし落ち着くのを待つべきだとは思う」
まだ混乱状態にある広場に目を向けつつ答える。
あんな状態でゲームの攻略なんてできるはずがない。というか誰もが監禁状態にある中でのんきにゲームをプレイしろ、という方がおかしいだろう。
だが、それは考えても意味がないことだ。
今俺達にできることは、リリックの言う通りログアウトを目指してゲームを進めていくことだけなのだから。
「とりあえず腹が減ったな。仮想世界でも空腹は感じられるわけだしどこかで飯食わないと」
その言葉を受け今更ながらに空腹を意識する。
そういえば昼食を摂ろうと戻ってきたのだったか。
そこまで考えようやく今の現実の事を思い出す。
母親はいつまでたっても飯を食べに来ない俺を心配するんだろうか。
月曜日から始まる学校は行けるのだろうか。
不安が積み重なり押しつぶされそうになるが必死で現実逃避、いや現実に目を向ける。
「そうか、OOにはNPCレストランがあるんだっけ。現実でも食べられるのにわざわざゲーム内で飯も食えるようにしてあるなんてこういう状況になるとありがたいな」
「今あるアイテムを売ればお金は足りるだろうし、店が空いてるうちに食べに行こうぜ」
地面にへたり込み泣き叫ぶ者や呆然とした顔をする者、そしてごく一部の覚悟を決めた顔をする者のいる広場に背を向け、長い戦いの始まりに足を踏み出す。
その先に何があるのか、全く分からないまま。
飯を食い終わったころには各々のプレイヤー達も行動を開始したようで広場の人混みはなくなっていた。
それから俺たちはカルカでこのOOについての情報収集を行い、各店の品ぞろえを調べたりOOのシステムについて調べたりと動き回った。
午前中の戦闘から始まり心身ともに疲れ切った俺たちは情報を整理する気力もなく、夕食をのんびり食べた後各プレイヤーに与えられているプライベートエリアへと別れたのだった。
ちなみにプライベートエリアとは各町の教会に存在するワープゾーンから行ける場所であり、プレイヤー一人ごとの固有空間となっている。
部屋の広さはどこも同じであり家具は簡素なベットとアイテムを入れることができるチェストだけ。
自分で買えば家具も揃えることができるようだがそこまで手が回るようになるのは当分先だろう。
ほかのプレイヤーの部屋に入るにはそのプレイヤーの許可を得たうえで教会に居るNPCに話を通す必要があったりする。
「うん? メール、というか通知か」
唐突に視界の端にメッセージの着信を告げるマークが点灯し、疑問に思いながらウィンドウを開く。
通知とは本来運営から送られてくる知らせのような物で緊急時にしか使われないはずだ。
とはいえ現在の状況は十分緊急時に値するのでようやく運営から通知が来たのか、と思ったのだが、
《リリックより》
と書かれた文面を見て顔が引きつる。
あの能天気な声を思い出して吐き気がしてきた、読みたくない。
だが重要な内容だったら知っておく必要があるので、やむなく通知に目を通す。
《えー、皆さんおはようございます。昨日いろいろ説明したけど一つ説明するの忘れちゃってたよ。本来のOOの機能に僕が勝手に〈掲示板〉機能を追加したんだ。情報交換や募集、売買など存分に使っちゃってほしい。ちなみにアウトだと判断した発言はボクが削除していくからそのつもりで。ではではみなさんゲーム攻略頑張ってねー》
……なんなんだこいつは。
怒りを通り越して呆れてくる。
ウィンドウを開き、以前はログアウトボタンがあった位置に確かに〈掲示板〉のボタンがあることを確認する。
物は試しと押してみると、別のウィンドウに掲示板の画面が表示された。
・OO全体に関するスレッド
・リリックについてのスレッド
・城下町カルカについてのスレッド
・カルカの東西南北それぞれのエリアについてのスレッド
・自分の持つスキルについてのスレッド
・その他
軽く流し読みしながら大まかに分類するとこのようになるだろう。
まだ掲示板ができてからそこまで時間も経っていないだろうに結構な量のスレがある。
「おっと。」
いろいろなスレを流し読みしていると気になる書き込みを発見した。
OO全体に関するスレ@1
1:かりやん
ここはOO全体に関するスレッドです。OO攻略を目指して情報交換をしましょう。
122:アドリア
初めまして、アドリアと言います。スキル〔隠密行動〕を生かして情報屋をやらせていただこうと思っています。情報屋と言っても、決してお金を頂いたりすることはありません。初仕事として、現時点でわかっていることを載せていきたいと思います。
・今我々がいるエリアは城下町カルカです。一応城はありますが、現時点で入る方法は判明していません。門番の言う「お前にはまだ早い」という言葉からいずれは入ることができるようになるものと推測できます。
・城下町からは東西南北のエリアに行くことができますが同じくNPCの言葉から城下町の地下にも広大なエリアが広がっているという話です。こちらも現時点での進入方法は判明していません。
・東エリアは草原地帯。初心者向けの猪やウサギが主なモンスターです。西エリアは森林地帯であり、アリやイモムシなどの虫類が多数確認されています。南、北エリアは詳しいことは分かっていませんが南エリアは海岸地帯、北エリアは山岳地帯であることが判明しています。詳しい情報はカルカの東西南北それぞれのエリアについてのスレッド、を確認ください。
その他の情報も随時載せていきたいと思いますので、どうぞOOの攻略に役立ててください。新しい情報を提供してくれる方がいらっしゃった場合、アドリアまでご連絡ください。
……すごいなこれは。
どこからここまでの情報を集めて検証したのかも気になるが、速度が段違いすぎる。
OOが始まったのが昨日8時。
1時ちょうどにはプレイヤー全員が昨日の広場に強制転送されていたらしいのでそこからリリックの話を聞いてまた行動を開始して今日の朝。
それだけの時間でこれだけの情報を集めるのにはかなりの労力を要しただろう。
昨日昼間からひたすら情報集めしていた俺たちもここまでの情報は手に入れられてない。
というか俺たちの情報集めがほとんど無に還った気がする。
彼女の働きぶりを見る限り、これからはゲーム攻略中心にして情報提供側に周った方がよさそうだ。
確認が一区切りついたところでウィンドウを消して立ち上がる。
「さてと、そろそろ出るかな」
適当に装備を点検してプライベートエリアから外に出る。
ちなみに俺とゴルムはしばらく別行動する予定だ。今の俺たちの実力だと二人がかりではすぐモンスターが蒸発してしまうためソロでやって行った方が効率がいいというゴルムの判断だ。
実際ゴルムならアリごとき瞬殺だからな。
お互いにとって今はソロのほうがいいだろう。
一緒に行動したいと言ってたのにいいのかと聞いたら
『弱すぎて話にならないのでもっと高レベルのフィールド行くまでお預けでお願いします隊長』
とか宣ってきたのでとりあえずは放っておくつもりだ。
ゴルムは恐らくどんどん力を付けていくだろう。
俺も負けてはいられない。
「ちょっと店を確認していくか」
独り言を呟きながら、広場の方へと足を向ける。
昨日の数時間の狩りで、ある程度は虫の素材が手に入っている。
生産者に頼めば全身とは言わなくとも防具を作ってもらえると思ったのだが、広場に露店の類はなし。
さすがにゲーム開始二日目で生産プレイヤーが店を出すことはできなかったということか。
「しょうがない、とりあえず今日は……北エリアにでも行ってみますかね」
城下町カルカから北。
連なる山々の平均の標高が5000mを超えるというヘルプト山脈の入り口部分に位置するゴルゴ山。
麓付近は密林となっていて視界が悪く迷子になる恐れあり。
麓にはヘビやトカゲなどの爬虫類が、中腹にはシカやサルなどの動物が生息している。
「ヘビとトカゲはアクティブなので不意打ちに注意。シカ、サルは集団で行動していて一匹に攻撃すると全部向かってくるので余裕がある時に相手をした方がいい、か」
掲示板に載せられている情報を呟きつつ目の前にそびえ立つ巨大な山を眺める。
頂上付近は雲がかかっていて見えないが4000mは超えているらしい。
基本的に木が生えているようで掲示板の通り現実の山に則したモンスターが出るんだろう。
ちなみに言うまでもなく情報はすべて情報屋アドリアによって提供された情報だ。
山の標高だの生息モンスターだのをたった一日で調べ上げるとは流石というしかない。
すぐに攻略にはアドリアの情報が必須になってくることだろう。
まだ本人に会ったことはないがこのまま攻略を進めて行けばいずれ会うこともありそうだ。
そうして俺はゴルゴ山と名が付いているらしい山へと足を踏み入れ、周囲の警戒を始めるのだった。