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オリジナルオンライン−唯一無二のその力で−  作者: 井上狼牙
第二章 交錯する各々の意志
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第39話 強さは傲慢に

 ボスエリアに入ると同時に視点が切り替わる。


 足元、水深50㎝程の水が満ちるその水面ギリギリの位置で、立ち並ぶプレイヤー達を捉える。

 次いでズゥン!ズゥン!と巨大な生物の襲来を告げる音が鳴り響く。

 視界が反転してボスエリア全体を見るが、何もない。

 直後、ボスエリアの一角の水が盛り上がった。


「グルアアアアアアッ!!」


 噴水のように水が爆発する中心から現れたのは、体高2m程の巨大な白い生物。

 鱗に覆われ、現実のそれより比較的に細めながらも、比べ物にならない力を秘めているだろう手足。

 その先に付いた、触れれば八つ裂きにされそうな程の鋭い爪。

 全てに穴を開け、強靭な力でかみ砕いてしまいそうなアゴ。

 そしてその生物を象徴するかのような純白の(たてがみ)

 王者の風格を漂わせる白銀の獅子の姿がそこにあった。


「全隊陣形を組め!これよりっ!キーア海岸ボス、海獅子の討伐を開始するッ!!突撃ィ!!」


「ウオオオオオッ!」


「ガアアアッ!」


 アルフレイドのその言葉によって、様々な意志の交差するそのボス戦は始まった。






「始まってしまいましたね…。」


 ボスエリアの端に移動し、海獅子にターゲットされにくくなるように武器を仕舞っていると、アドリアさんがやれやれ、といった様子で呟いた。


「そう…ね。もう私たちじゃ止められない。できることは、何も起こらないように祈るだけ。」


 できれば、こんな事にはなって欲しくなかった。

 だがいずれ、この状況は起こっていただろう。

 何せ今の段階での最善の方法が、『ボス戦は常に最強のプレイヤーを30人揃えて挑み、それ以外のプレイヤーは決してボスに挑まない』ということなのだ。

 これによってトロールの時のように異常事態が起きても、最善策を取れるようになるし、攻略組の与り知らぬ所で魔神達と交戦することもなくなる。

 とは言え、もとよりこんなことは不可能なのだ。

 プレイヤーの活動を邪魔することなどできないし、ボスを独占し続けることもできない。

 だから今回私やアドリアさんが同行できるのは、単純にアルフレイドの厚意なのだ。

 そこにうるさいプレイヤーを黙らせるという主旨があろうとも、私たちが同行できるのは許可があってこそ。

 だから、私たちがこのボス戦に干渉することはできない。

 IWのメンバーの横暴さに辟易したところで、やっていることが正しいとなれば文句も言えないのだ。

 今私たちにできるのは、何も起こらないことを祈ること。

 そして、アルフレイド達の無茶な攻略を嗜めることだけだ。


「タンク隊!下がって回復しろ!代わりにキリン![金剛壁]で前を抑えろ!デバフは切らすな!噛みつき!2.1.そこだ!」


 このボス戦の目的はIWの実力を見極めること。

 そう言う点では、確かに一級品の強さを持っていると言えるだろう。


 オリジナルスキルによって一人ひとりが全く違う戦闘スタイルを持つという点を生かすため、基本的に集団行動ではなく、個々人の行動を優先する。

 しかしアルフレイドの指揮によって戦線は乱れることなく、しっかりと海獅子の行動を抑えて攻撃を加えている。


「確かに、口だけではないようですね。少々個々の対応に荒がありますけど、それは私たちも同じですし。」


 普段の攻略組は、アドリアさんが呼びかけて集まった一時的パーティーに過ぎない。

 その為無理に集団行動を強いることはしないで、各々で攻撃していた。

 そういう点では、日々を共に過ごし、お互いを良く知っているギルドメンバーとの戦闘というのは、連携も取り易いのだろう。


「でもその、何といいますか…。」


「まぁ確かに、目立つ人はいないわよね。」


 集団戦では確かに必要ないかもしれない。

 だが、ゴルムやルーク、そしてリュウのような、一人で数人分の力を持ったプレイヤーというのは見かけられない。

 ボス戦では壁役、攻撃役、回復役と、それぞれに役割が振られることが多いため、オールマイティーで自己完結型のプレイヤーというのは器用貧乏になりやすい。

 それは連携を取らず 個別に戦っていようと、それが集団戦であれば変わりはない。

 だが、トロールのように圧倒的な力を持っている敵が相手では、味方の援護は期待できない。

 壁を貫く攻撃力を、攻撃をはじき返す鎧を、回復役を殺す判断力を持った敵が相手では、連携は呆気なく潰されてしまうのだ。

 通用するのは、一人で戦うことができる者同士の、ほんのわずかな意志疎通のみ。


 もちろん、全てを一人でやる必要はない。

 これが無理ならば諦めて他の人に任せる、という様にできるのならば問題はないのだ。

 だが、IWのメンバーが望むのは自分達の独走のみ。

 だから、それだけではOOの攻略はできないと分かって欲しい。 

 プレイヤー同士で争うのは無意味だと分かって欲しいのだ。


「あの、これは僕が大イノシシ以外と戦ったことがないから何とも言えないんですが…。」


 静かにIWの戦闘を観察していたティアが声をあげる。


「…ボスにしては、ちょっと弱い気がしませんか?」


 その言葉に、IWのメンバーと戦う海獅子を見る。


 水溜りの上だろうと難なく動き回り、中々の速さでIWのメンバーを翻弄している。

 爪を振れば盾ごと吹き飛ばされるし、既に噛みつきにより数人が大ダメージを負っている。

 だが、アルフレイドの指揮により戦線が瓦解することはないし、全員が多種多様なスキルを使って着々とダメージを加えている。

 確かに、一撃で凄まじいダメージを誇った大イノシシや、ゲームとしての存在かどうか怪しいものの、毒や石化を使うバジリスクよりも戦いやすいかもしれない。


「でも、ボス戦がこんなことで終わるはずがない。ほら、見て…。」


 ちょうど例の弓使いが光り輝く矢を海獅子に突き立てたところだった。


「ガアアアアッ!」


「全員後退!距離を取れ!」


 突然攻撃を止めて吼える海獅子に、アルフレイドが後退の指示を出す。


 見たところオーラは見えないからまだ激昂状態とまではいっていないようだ。

 恐らくHP減少による攻撃パターンの変化で…。


「グルアアアアアアッ!」


 プレイヤーに向けてではない。

 オオカミの遠吠えのように海獅子が吼える。

 そしてそれに呼応するかのように、周囲の水が不穏に動き始めた。


「これは…!」


「レイナさん、こっちへ!」


 嫌な予感を信じて、ティアを抱き上げてアドリアさんの傍に向かう。

 離れないようにお互いに腕を掴みあったところで変化は起きた。


「おいおいおいおい。」


 誰かが呆然と呟く。

 それ程までに圧倒的な光景だった。


 天に向かって吼える海獅子を中心に、エリア外にいくつもの水柱が上がる。

 ドン!ドン!と轟音を立てながら水柱が完全にボスエリアを囲み、そして海獅子が吼えることを止めた瞬間、唐突に崩れ始めた。


「な、波が来るぞッ!」


 その叫び声が聞こえた瞬間、ボスエリアに凄まじい量の水が襲い掛かった。


「きゃ…!」


 その圧力に堪らず私たちも押し流され、荒れ狂う波に振り回される。

 まるで洗濯機の中に飛び込んだかのようなその水に、息をすることもままならずにただひたすら波が収まるまで待つしかなかった。


「ぶはっ!」


 波の奔流が収まり、ひとまず息を吸おうと水面に上がる。

 どうやらボスエリア全域が水没したらしい。


「ティア!?」


 アドリアさんが後から水面に上がってくるが、私達と共にいたはずのティアの姿がない。

 水面にもちらちらとプレイヤーの姿は見えるが、特徴的な小柄なその姿はなく――。


「グルアアアアッ!」


 水を震わすように轟く海獅子の咆哮。

 水中でも何ら変わることなく、むしろその素早さを増した海獅子は、水中で身動きの取りにくくなった一人のプレイヤーをターゲットし、一瞬で神殿へと送る。


 海獅子は水中でこそ本領を発揮するモンスターなのだろう。

 水の中を駆けるように移動し、次のプレイヤーに視線を定め――。


「ティア!」


 その視線の先に居るのは紛れもなくティアだ。

 息ができず苦しそうな表情で短剣を構え、海獅子を必死に迎え撃とうとしている。

 

[氷砲弾(アイスキャノン)]!」


 慌てて魔法を放つがもう遅かった。

 苛立ちを覚えるほどにゆっくりと進む氷弾の先で、勢いそのままに大きく口を開けてティアに噛みつこうとした海獅子が――。


[飛閃斬(ヒセンザン)]ッ!」


 ――突如飛来した斬撃に切り裂かれて堪らず後退した。


「不甲斐ない戦いをするな!ギャラリーの1人や2人は守って見せろお前らッ!」


 斬撃の主は、どういうわけか水中でも変わらず声を発し、ずっと使っていなかった大剣を構えたアルフレイドだった。


「ローテーションで息継ぎを行え!しばらくは私が食い止める!狼狽えずに対処できないようならゲーム攻略などできんぞッ!!」


 指揮に専念していた時とはまるで違う気迫。


 今までの先入観を裏切るようなその姿に、私は思わず呆然となってしまった。


「ねぇ…アドリアさん…。」


「…はい。」


「居たわね…。強い人。」


「…はい。」


 そんなやり取りをしていた私たちは、戻って来たティアに呆れ顔で見られることになるのだった。





 確かに、水が満ちていて行動が制限されるはずのキーア海岸で暴れ回る一人のプレイヤーの話は聞いたことがあった。

 だがその一人が、こうしてギルドマスターとして指揮を執っているアルフレイドその人だとは考えつくはずもなく。 


「ぬぅん!」


 水の中で立つように体勢を維持したアルフレイドがゆっくりと大剣を担ぎ上げ、力をためる。

 それが解き放たれたとき、大剣と牙が合わさり、何度目か分からない金属音を水中に奏でさせる。


 大剣あるまじき速度を誇り、手数を優先したゴルムの戦法とはまるで違う、一撃の重さを重視したアルフレイドの剣。

 ダメージを与えられないまでも大きなノックバックを生じさせたその隙に、IWのメンバー達が少しずつ攻撃を重ねていく。


 戦いにはまだ余裕があった。

 元々楽勝ともいえる雰囲気だったのだ。

 エリアが水没した時には苦戦するかとも思ったが、アルフレイドの活躍により死者は未だ一人。

 この調子ならすぐに[激昂状態(フューリーモード)]に突入できそうだと感じた丁度その時。


「グルゥウウアァアアアアア!!」


 再び海獅子が天に向かって吼える。


「始まりましたか。」


 [激昂状態(フューリーモード)]。

 赤いオーラを纏い、大幅にその能力を強化した海獅子の咆哮は、水そのものに共鳴する。


「むぅ!全員地面に降りてこい!」


 異変を感じ取ったアルフレイドが叫び、ほとんどのプレイヤーが息を止め地面に降り立ったところで、変化は現れた。


 パァン!と豪快な音を立てて水が割れる。

 それに巻き込まれるプレイヤーはいなかったものの、予想外の出来事に動きが止まる。

 そんなプレイヤー達の動向などお構いなしに海獅子は咆哮を上げ続け、真っ二つに割れた水はその中心に居る海獅子に降り注いだ。


「グルルルル。」


 水が、掃除機に吸い込まれるかのように吸収されていく。

 ボスエリアが水没した時とは真逆の現象に、私たちは再び流されないように踏ん張ることになった。

 

「ガアアアアッ!」


 最後に海獅子が一際大きく吠えた時、ボスエリアの水は全てなくなっていた。


「これは…。」


 ボスエリアの中心に佇む赤いオーラを纏った海獅子。

 その周囲に次々と水の珠が浮遊し始める。


 一つ一つは拳大の小さい珠だが、大量の水を圧縮したのだろう。

 凄まじいエネルギーの躍動が感じ取れる。

 これが海獅子の[激昂状態(フューリーモード)]。

 ボスエリアを満たしていた全ての水を己の武器とする能力。


「ガオオオンッ!」


 最後の闘いの始まりを告げる咆哮が放たれた。


 ――瞬間。


 パァン!と軽快な音と共に水の珠が数個弾け飛び、同時に海獅子の胴体に一筋の切り傷が付いた。


「…そりゃあ悪手だったな、ニャンコちゃんよ。」


 唖然とする海獅子の背後に立つ、短剣をクルクルと回す一人のプレイヤー。


「お前が今まで生きてられたのは、水の中に閉じ籠ってたからだぜ?」


 そう宣うIWのメンバーの言葉に、思わずため息を吐きたくなった。


「全く…散々手間かけさせてくれやがって…。」


「そんな奥の手があるんなら最初っから使ってくれれば良かったんですけどねぇ?」


「覚悟しろよゴルァ!」



 そんな怨嗟の言葉と共に、キーア海岸ボス、アンダインライオンは呆気なく討伐されることとなったのだった。






「オオオオオオッ…!」


 断末魔の雄叫びを上げながら、海獅子が息絶える。


 しかし気は抜かない。


 大イノシシの時もバジリスクの時も、アクションがあったのはボスを討伐した後だった。

 なら今回も、魔神からの接触がある可能性は十分考えられる。


 海獅子にターゲットされないように仕舞っていた剣を抜き、無手の右手を掲げる。


 アルフレイド達も、空気を察したのか、緊迫した表情を保ったまま周囲に気を配っている。


 もしトロール級の敵が来たとして、私は戦えるのだろうか。

 あの脅威を再び目にして、恐れずに挑めるのかだろうか。

 実際に敵を目にして、アルフレイド達は私たちを信用してくれるのだろうか。


 張り詰めた空気の中で、そんな取り止めのない思考がぐるぐると頭の中で蠢く。

 汗が頬を伝って、まだ水気の残る地面へと落ちて小さな音を立てる。


 だが、いつまで経っても変化は訪れなかった。


「…ハハッ!なんだよ!やっぱなんもねぇんじゃねぇか!」


 海獅子が倒れてから1分が経過した頃、IWのメンバーの一人がそう声を上げた。

 ボス戦前に、私たちに難癖を付けてきた弓使い。


「全く、調子の良い嘘を吐きやがってよぉ。どう落とし前つけてくれんだァ、ああ?」


 魔神達が現れなかったのは良いことのはずだ。

 でも、この状況でどうすれば彼らに脅威を説明できるのだろうか。


 リュウは、この先プレイヤー達が対立することになるかもしれないと言っていた。

 それがどういうことか、私は具体的には分かっていなかった。


 リュウはきっとこのことを言っていたのだろう。


「全く人騒がせな奴らだ…。」


 こちらに向けられる懐疑的な目、嘲笑、怒り。

 そして私は、彼らを信頼させるに足る言葉を持っていない。


 もう、プレイヤー間にゲーム攻略に危険が伴うという事を知らせることは困難になってしまった。

 何かがあってからでは遅いのに。

 人が死んでからでは遅いのに。

 

 私が甘かった。

 もっと慎重に行動するべきだった。

 でも、今更言ってももう遅い。


 どうしていいか分からなくなってしまった私の横で、アドリアさんが静かに一歩進み出た。


「皆さん、お疲れさまでした。皆さんの力は確かにカルカのプレイヤーに伝わったと思います。確かにあなた達なら、このゲームを攻略することもできるかもしれない。」


 それでも言わせてもらいます…とアドリアさんは続ける。


「私達が遭遇した敵は、悪意と力を持った強力な相手でした。そしてきっと、その襲撃はまだ終わっていません。そして断言します。今のあなた達では、奴らには勝てません。人を嘲笑い、見下し、虐げようとするあなた達では。」


 瞬間、IWのプレイヤーが一斉に怒号を上げた。

 中にはアドリアさんに武器を向けるプレイヤーもいる。

 それでも、アドリアさんは動じなかった。


「情報屋としてあなた達に忠告します。三日前、ボスエリアに痛みと死を齎すトロールが出現し、何人ものプレイヤーを殺害しました。そしてそのプレイヤー達は帰ってこなかった。この事件はまた起きるかもしれません。決して死ぬ覚悟を持たずに戦場に立たないように。」


「それだって、てめぇらのでっちあげた嘘に過ぎねぇんだろうがっ!なんで俺たちが従う必要がある!?」


 アドリアさんの言葉に反発して声を上げたプレイヤーに、しかし、アドリアさんは冷たい視線を向けて言い放った。


「私がしたのはただの忠告です。信じるも信じないもあなた達次第。それで死ぬなら勝手に死んでください。そしてその選択が他人を巻き込むという事を決して忘れないように。」


 有無を言わせずそう言うと、もうアドリアさんに何かを言う人はいなくなった。

 そして無言の時が過ぎた後、アルフレイドが重々しく口を開く。


「これを持って、キーア海岸ボス討伐戦を終了する。次の町のワープポータルを開放してから帰るといい。では皆、ご苦労だった。」


 誰も何も言わなかった。

 静かにプレイヤー達がボスエリアの出口へと向かう。

 こちらに侮蔑と怒りの表情を向けて。


 こうして、キーア海岸のボス戦は無事に終わった。

 何も起こらないまま、しかし、確実にプレイヤー間の仲を引き裂いて。


 そして、私は何も言えなかった。

 私たちがしたことは間違っていたのだろうか。

 もっと慎重に事を運ぶべきだったのだろうか。

 あの場で何としてでもボス討伐を止めなければいけなかったのだろうか。


 答えは分からない。

 もう今更何を言ったところで遅いのだ。


「とりあえず、帰りましょうか。考えなくてはいけないことが、山ほどありますから。」


 静かな、どこかこちらを慮るようなアドリアさんの言葉に、私は静かに頷いた。



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