第38話 新たな出会い
「ふぅー…外はまだこんなに明るかったかー。」
ぐぐっと大きく伸びをしてついでにあくびを一つ。
時刻は16時30分。
恐らくレイナ達攻略組はボスに挑戦しているであろう時間帯だ。
帰るには少々早いが、ファンディ遺跡の薄暗さもあって時間を誤認してしまっていた。
「ま、たまにはのんびり歩きながら帰るのもいいもんかな。」
そう呟くと、急に周囲の木々がより明るい緑に見えるようになった気がした。
少し気分を高揚させながら、ゴルゴ山に向かうべく斜面を登る。
結局、ファンディ遺跡に目立った物はなかった。
元々、ボスなども居ない小さいダンジョンなのだろう。
出て来るモンスターはゾンビと骸骨くらいのもので、大したレアモンスターが居る訳でもない。
強いて言えば、ドロップするアイテムが多めだっただけで、それも『腐った液体』など、何に使うか分からないものばかりだ。
あの後また少しばかり宝箱も見つかったものの、やはり俺には縁のない武器類だった。
これは後の奴に使ってもらえればいいと思い、箱に戻しておいた。
持って帰って売ろうにも、プレイヤー間の直接取引はそこまで行われていない。
これからのことを考えるとしっかりと売買ラインを形作っていくべきだろう。
という事で完全ではないものの、ある程度踏破したところで、俺は遺跡を出てきたのだった。
万が一レイナ達に何かがあったらしっかりと援助に向かうつもりだし、早めに帰るに越したことはないだろう。
ここ数日の半分の目的であった人型モンスターとの戦いも、ある程度は掴めてきたように思える。
無論、モンスターと人間は違うし、スキルという不確定要素もあるので安心する訳にはいかないが、一高校生である身としては、人と向き合うことができるかという事も不安要素の一つだ。
ショウマ達と決闘したが、あれはただのゲームであるという意味で別だしな。
そしてもう半分の目的。
『この世界に関することを調べる』という目的は、進捗が芳しくない。
この世界は普通のゲームなんかじゃない。
それはあのトロールとの戦いではっきり分かった。
基本的な部分はゲームに即していながら、肝心なところで現実が悪意を垣間見せる。
まぁ、俺はもうその部分に関しては諦めた。
そんなことはあり得ないと否定するよりも、どうしたらこの状況を乗り越えられるかを考えた方が有意義だ。
っとまあ、それを踏まえた上で今の身近な疑問は3つ。
一つ目、なぜゴルゴ山のボスがバジリスクなどというゲームバランス崩壊なモンスターだったのか。
二つ目、なぜ俺はバジリスクの目を見ても石化しなかったのか。
そして三つ目、なぜ俺はトロールに殺されても帰って来たのか。
とりあえずリリックが何なのかとか魔神の目的がどうだかとかは置いておこう、今の状況じゃ分かる気がしない。
一つ目は、当然ゲームそのものの設定だったことも考えられる。
だが明らかにゴルゴ山のレベルからは大きく外れたモンスターが出てきた。
これと、ボスエリアにトロールが現れた理由は無関係ではないと思う。
そして何より、バジリスクの素材が手に入らなかったのだ。
最後に止めを刺したのはトロールだが、それ以前にダメージを与えていたのは俺たちなのだから、素材は全員に分配されるはず。
なのに、誰一人バジリスクの素材を入手することはなく、同じくトロールの素材も入手できなかった。
やはりこの二体が無関係だとは思えないし、片方が魔神に関係しているとなればバジリスクに関してもあの魔神が関係しているのではと疑いたくなくなる。
二つ目、俺の石化に関してだが、これはもしかしたら魔神とは関係ないのかもしれないと思っている。
とは言え、これについては考えられることは少ない。
バジリスクの邪眼が確率での石化だったのかもしれないし、或いは回数制限でもあったのかもしれない。
俺は耐性系スキルは持っていないが、もしかしたら[身体異常]の隠れ要素で状態異常耐性なんかが上がっていたのかもしれない。
しかし、こういう事実があったことはしっかり頭の片隅に留めておくべきだ。
今の状況だと、何がどう魔神共に繋がるか分からない、となればイレギュラーなことは片っ端から意識して進んでいくべきだ。
そして三つ目、これはまぁ多分、リリックが関係しているだろう。
殺された後の、神域とか言う謎の場所に、そこに居たリリック。
あの場所がどこだかは全く分からないが、俺が死ななかったのは単純にリリックが何かをしたからだと思う。
ただ、俺があそこに来て驚いたみたいなことを言っていたから、もしかしたら別の理由があったのかもしれない。
そもそも、なぜトロールに殺されたプレイヤーだけが消えてしまったのかが分からない。
バジリスクに石化したまま飲み込まれたプレイヤーは普通に神殿で復活したらしいし、この3日間で死亡したプレイヤーも同様だ。
あの時あの場で、トロールに殺されたプレイヤーだけが復活することなく消えてしまった。
俺を除いて。
だからこそ、プレイヤー達はトロールのことを信用しようとしないし、俺も頭を抱えているわけだ。
リリックは、ゲームを攻略していけば真実は解るといった。
だが未だにクエストの一つも見つからない。
謎は深まるばかりだ。
こうして謎を解明しようと遠出をしても、分かることはこの世界が良く作られたゲームの中であるということだけだ。
「ゲームねぇ…。」
少し赤みがかってきた空を見上げる。
風が穏やかに木々を揺らそうと、鳥が空に羽ばたこうと、それらは全て機械が俺の五感に与える情報に過ぎない。
ならばトロールに齎されたあの痛みは一体何なのか。
「はぁ…。」
このゲームについて考えていると、最終的には必ずこの思考に行きついてしまう。
それ程までに、あの痛みは俺の心底に深く刻まれている。
恐らく、レイナやゴルム達にもだ。
「もう嫌だよな…あんなのは。」
手のひらを見つめ、しばし目を瞑った後、その手を伸ばす。
上から降り注ぐ火炎に向けて。
「[威圧・圧]!」
俺の周囲の空気が膨れ上がり、破裂音と共に火炎が爆散する。
パラパラと木屑が落ちるところを見るに火矢だったようだ。
飛んできた方向を大雑把に見定めて走り出す。
「マ…クル……スト!」
かすかな声と共に再び矢が山なりの軌道を描いて飛んでくる。
纏わりついた逆巻く水を見る限り、今度は水属性。
音から察するに当たれば水のカッターで切り刻まれるだろう。
だが――。
「[流旋]、[矢掴み]!」
走りながら回転を加えた右手を前に突き出して矢を掴みとる。
再び炸裂音が鳴り響き、水が爆散して俺にダメージを与えるが、[流旋]で軽減したため最小限に収まった。
「あれ?普通の矢だな。」
掴み取った矢を走りながら検分するも、見る限りそこらで売っている矢となんら変わらない。
となると、相手は何らかのスキルを所持しているということになるわけで――。
「うわっ、人型!?」
「やっぱプレイヤーかよ…!」
遠くに人影が見えた辺りで向こうにも俺が見えたのか慌てて逃げ出す。
明らかにあのプレイヤーからの攻撃だ。
今の言葉から察するに、どうやら俺を人型モンスターと勘違いしたらしい。
「ちょ、ちょっと待て!」
姿が見えなくなったと思った瞬間、次々と矢が射掛けられて来る。
火、水、雷、風、様々な属性が付与された矢が、地面に突き刺さるたびにその威力を爆発させる。
それらを紙一重で躱し続けながら、少しずつ逃げ続ける人影に近づき、あと少しで追いつけるというところで、人影が地面に向けて矢を放った。
カッ!という音と共に矢が弾け、辺りが暗闇に包まれる。
「煙幕…!?いや、暗闇スキルか…?」
煙ではない何かで視界がふさがれるが、何にせよ俺は聴覚があるから変わらず相手を追える。
矢を放つと同時に方向を右へと転換したプレイヤーを追い、その肩に手を掛けたところで――。
「え?うわぁ!?」
「ちょ…!」
突然相手を見失ったと思ったら、直後体が宙に投げ出される。
上下の方向感覚が分からなくなり、一瞬遅れて自分が落下しているのだと分かった。
視界の端に追っていたプレイヤーの姿が見えることも考えると、どうやら二人揃って崖に転落したらしい。
幸いにも下には川が流れているらしいから少なくとも死ぬ心配はない。
それでも、ため息を吐かずには居られなかった。
「なんでこうなるんだ…。」
辺り一帯に絶叫と二つの着水音が届いたのは、その直後のことだった。




