第36話 身体異常
「ふぅ…。」
首のへし折れた骸骨を一瞥して次の獲物を探しに向かう。
こんなんじゃ足りない、あいつはもっと強かった。
魔神は更に、比べ物にならないほど強いだろう。
次に前と同じことが起きたとしても、あんな紙一重の闘いじゃ駄目なんだ。
もっと強くならなけりゃ、奴らには勝てない。
「カカッ!」
「シッ!」
暗がりから現れ、その手に持つメイスを振るってくる骸骨の攻撃を躱してその胸部を殴りつける。
少し怯んだところでメイスを持った右手首を左手で掴み、密着しながら右手でスキルなしの[発勁]を放つ。
だが骨だけであるスケルトンに衝撃そのもののダメージは薄く、これだけでは決定打にはなりえない。
反撃のメイスを再び躱し、今度はその頭蓋骨をアッパーで吹き飛ばし、天井にぶつかった頭蓋骨が降って来たところで骨は音を立てて崩れ落ちた。
「やっぱ弱いなぁ。」
しかし、ここは敵の強さはそれ程でもないが数は多い。
おかげで少しでも効率よく狩るために戦い方を模索できる。
敵がほとんど人型なのもいい。
これから対人戦を行うことも間違いなく増えて来るだろうから。
「はぁ…。」
出て来る骸骨を片っ端から殴り殺し、藍色の空を仰ぎ見る。
ここはゴルゴ山のボスゲートを通った先にあるエリア、ファンディ遺跡だ。
ゴルゴ山という標高4000mを越える山を登った後だというのに、ボスゲートを抜けるとすぐさまてっぺんが見えないような断崖が反り立っていたのだ。
結局、登るのは諦めて崖沿いに山を下って来たところ、この遺跡を発見した。
位置的には城下町カルカから北にあるゴルゴ山の頂上から真っ直ぐ東向きに降りて来た位置だからカルカの北東あたりだな。
まぁゴルゴ山は密林で迷いやすいし真っ直ぐ東向きに降りてこられた自信もないから一概には言えないが。
ゴルゴ山から更に北へ行くには例の断崖を登り切るか、大きく迂回するしかないだろう。
平均標高5000m以上のヘルプト山脈という地形を見る限り、どちらも容易ではないだろうが。
南のキーア海岸から先は大海原が広がっているし、どうもこの世界は厳しい地形ばかりのようだ。
さて、そのファンディ遺跡だが、かなり気が滅入る。
未だ時刻は15時ごろだというのに、陽はほとんど差しておらず、常に辺りは薄暗い。
おまけに出て来るモンスターは骸骨やゾンビなどのアンデット系ばかり。
暗がりから突然現れたらビックリするし、ゾンビなんてあんまり殴りたくない。
お陰で、未だ俺以外のプレイヤーにはお目にかかったことがなかった。
まぁ、まだまだ攻略していないエリアもあるし、ここは少々難易度が高めなエリアのようだが。
なんで俺がそんなエリアに一人でいるかというと…まぁレベリングが目当てだな。
俺は…まぁゴルムやルークもだろうが、三日前にトロールと戦って、力不足を実感させられた。
[激昂状態]なんて不確定なスキルを使えていなかったら一瞬で負けていただろう。
勝ったとは言っても、犠牲者は多いし、得た者はほとんどない。
もう一度あんなことが起きれば、今度こそゲームが崩壊する。
だからこそ、少々無茶なエリアに行ってでもレベルと技術を上げようと思ったわけだ。
きっとゴルムやルーク、ショウマ達なんかも無力さを痛感して特訓に励んでいることだろう。
ちなみに今回の遺跡探索にレイナも誘ってみたのだが、冗談じゃないと断られてしまった。
まぁヘビすら無理なレイナお嬢様にゾンビと戦えるとは思えなかったが。
「おっと、宝箱か。」
薄暗い部屋の隅に宝箱がちんまりと置かれているのを発見する。
トラップに警戒しつつ慎重に箱を開けると、中には短剣が入っていた。
「また武器か…。俺は使えないから意味がないんだよなぁ。」
業物とは言えないまでも、そこそこ使えそうな短剣。
しかし当然、俺は装備不可だ。
ここに来るまでに2つ宝箱を見つけたが、どちらも使えない武器類だった。
宝箱と言えばロマン溢れる要素なはずなのだが、俺は未だに当たりの宝箱に巡り合ったことがない。
日々の戦いで生活分の金額は稼げているものの、防具やアクセサリー、使えそうな消耗品など、欲しい物はいくらでもある。
一度本気で荒稼ぎして、戦闘に使う物をそろえる必要がありそうだ。
ちなみにこの宝箱システムだが、俺はよく設定を知らない。
ただのアイテムが箱に入って置いてあるというのは、ゲームならではの仕様だと思うが、それにも何かしらの設定は合っていいと思う。
ダンジョン自体が生きていて、人間をおびき寄せるための餌だったり、富豪が自分の財産を隠すための物だったり。
「何かから気を逸らすための物だったり…?」
そう思って部屋をよく見渡すが、目立つものは何もない。
そもそもそんなに大きい部屋ではなく、宝箱以外は装飾も何も置いていないのだ。
「うーん…。」
何か引っかかるような気がしながらも、部屋を後にする。
もし何かしらのギミックがあったとしても、探索系のスキルを持った奴が見つけてくれるだろ。
「斧、剣、棍棒、弓か。」
あれからしばらくして。
音を頼りに遺跡を進み、角から先を覗いたところで、徘徊するスケルトンを視認する。
数は4体。
本来は群れで行動することはないスケルトンだが、恐らく一体ずつ徘徊していて偶然4体揃ってしまったのだろう。
手前に斧、剣が居て少し離れたところに棍棒、そして最奥に弓を持ったスケルトン。
普通なら再びバラバラになるのを待つところだが…。
「…やるか。」
元々レベルだけではなく技術も鍛えるためにここに来たんだ。
今は死んでも何も起きない以上、
「挑戦しない手はない…な!」
隠れていた角から飛び出し、一番手前に居た斧スケルトンに奇襲をかける。
「らよっ!」
スキルを使わずに、頭部へと拳をぶち込む。
骨という特性から、スケルトンに[毒付与]は効果がない。
だから俺に使える攻撃は、純粋に[無刀流]スキルだけだ。
奇襲によって斧スケルトンがよろめくが、その音で残りの3体が反応する。
棍棒は遠い。
危険なのは弓だが、位置取り的に撃っても斧スケルトンに当たるだけだ。
そう判断して、位置に注意しながら斧スケルトンに追撃を加えていく。
1撃、2撃…3撃目を与えようと拳を振り上げたところで、斧スケルトンが怯みから回復する。
「うおっ!」
振るわれる重厚な斧。
受け止めるのは無理そうだと判断して範囲外に逃げる。
その時には既に、弓スケルトンが矢を放っていた。
「くっ!」
反応が遅れたせいで[矢掴み]は間に合わない。
身体を捻って何とか矢を躱す。
そして直後に背後から聞こえたカタッ、という音に、若干頬が引き攣った。
前にいたはずの剣スケルトンがいつの間にか姿を消していた。
スケルトンは、武器を持った人骨のモンスターだ。
学校の理科室に置いてある骨格標本よろしく、リアルで割と怖い。
見た目通り脆いものの、毒や麻痺などの状態異常は効果がないし、斬撃も効きにくい。
そして最大の脅威は、その素早さにある。
無駄な、どころか全ての肉をそぎ落としたその姿は、全世界の人々の憧れを通り越した超スマート体型。
よって、斧や棍棒などの重量武器を持っていないスケルトンは、凄まじい速度を誇る。
俺の後ろにいる剣スケルトンのように。
「カカッ!」
そもそもお前ら筋肉ねぇのになんで動けんだよ、とかその骨は何で繋がってるんだ、とか色々聞きたいことはあったが、今は後ろの脅威についてだ。
矢を躱したせいで俺の体勢は不安定。
更にそこに振るわれる剣。
普通なら回避不可能でダメージを食らうだろう。
「普通なら…だけどな!」
右足で地面を強く蹴り付ける。
轟音と共に地面が砕け、俺の身体が左に吹き飛ぶ。
「うわっ…とと。」
壁にぶつかりそうになったところで身体を捻り、両足を壁に付ける。
重力に従い落下しそうになったところで、再び壁を砕きながら突撃。
剣を振り抜いた姿勢で硬直した剣スケルトンに突っ込み、その身体を粉砕しながら着地。
そこからは一瞬だった。
遺跡の床を踏み抜きながら弓スケルトンまで急接近。
その頭をカチ割ると同時に持っていた矢筒から矢を頂戴して斧スケルトンに投げつける。
真似するように棍棒スケルトンが己の棍棒を投げつけてきた。
「主武器投げてどうするんだよ!…おっと。」
それも掴み取ろうと思ったが、バチッ!という音と共に弾かれてしまった。
どうやら[身体異常]のデメリットを無効化できるのは矢を掴むときだけのようだ。
「まぁしょうがないか。」
ぐっ、と足を縮めて、解き放つ。
轟音と共に再び加速し、斧を構えて鈍重な動きをしている斧スケルトンの背後を取る。
その頭に拳を叩き込んで粉砕させると、残ったのは武器を失って呆けている旧棍棒スケルトンだけだった。
「…まぁ、なんだ。ドンマイ?」
[身体異常]。
俺のここまでのゲームプレイでの一番の難関となったこのスキル。
武器が装備できないという、武器スキル主体のこのゲームではかなり致命的なデメリットの付いたスキルだが、同時にメリットも破格の物だ。
基礎ステータス全てが2倍になる。
たったこれだけのスキルであり、実際俺もデメリットばかりに目がいっていたが、2倍というのは凄まじい数字であるといえる。
オリジナルオンラインというゲームは、ステータス向上システムも、他のゲームとは少し違う仕様になっている。
レベルアップによって上昇する訳でもなく、ポイントを割り振って強化する訳でもない。
このゲームでは、戦闘で負荷がかかった基礎スキルが強化されていくのだ。
つまり、同じ大剣という武器を使っていたとしても、ゴルムのように高速で移動するプレイヤーならば素早さが上がり、一撃の威力を主体とするプレイヤーならば筋力が上がる、といったように、一人一人のプレイスタイルに合った形でステータスが変化していくのだ。
よくこのゲームに合っているシステムだと思うのだが、ここで注目すべきは、ステータスの違いが単純に基礎能力の違いに現れて来るところだろう。
素早さが100のプレイヤーと、素早さが200のプレイヤーが居た場合、単純にそのプレイヤー同士の速度には2倍の差が生まれるのだ。
勿論その分、基礎ステータスは長い時間を掛けなければ上げることができないが、俺は違う。
[身体異常]の効果によって、生命力も、筋力も、素早さも持久力も魔力も防御力も全て並のプレイヤーの2倍あるのだ。
俺がこのことに気付いたのは、割と最近のことだ。
と言うのも、基礎能力の変化は意識しないと気付けないようになっているのだ。
無意識に力をセーブしているのか、それともゲームの仕様なのかは分からない。
だが、ちょっとジャンプしただけで何mも跳んでしまった―とか、手の中でコップが割れたー、なんてことにはならない。
何も考えずに動いているときには何も変わらないのだ。
しかし、意識をすればそれも変わる。
凄まじい速度で移動することもできるし、一撃でスケルトンを屠ることもできた。
そしてそれで尚、スタミナは有り余っている。
これが、武器を持つことのできない俺の武器。
皆が持っている物を俺が持っていないなら、誰も持っていない物で戦うしかない。
そして魔神達と戦うには、これでも圧倒的に足りない。
鍛えるんだ。
もっと、もっと強くなるために。
チリリン
しばらく戦ったところで、メッセージの受信を知らせる着信音が鳴る。
あらかじめ見つけておいた安全地帯に移動してウィンドウを開くと、差出人はレイナのようだ。
《今日、大型ギルドのメンバー募集の勧誘会があって、良く分からないうちに南エリアのボスを討伐しに行くことになっちゃった。今からリュウが来たんじゃ間に合わないと思うけど、一応報告だけ。》
「…どういうことだこりゃ。」
急いで送られた物のようで、よく意味が分からない。
レイナがギルドに入ろうと思って勧誘会に行ったら物は試しとボス討伐に行く流れになったのか?
あのレイナがギルドに入るとは思えないが、まぁ有り得るには有り得るか。
しかしまぁ、急にボス討伐とは思い切ったことをするもんだなぁ。
アドリアが掲示板に載せたトロールとかのことは全部戯言だと一蹴されたってことだよな・・・ってああ、だからレイナはわざわざメッセージで送って来たのか。
「ふーむ。」
トロールのようなことがあったとは言う物の、今回はそこまで危険だとは思えない。
前回はプレイヤーが何人も失踪する事件があったし、ボスゲートを前にした時のあの嫌な感じは今でも忘れられない。
それに、南エリアと言えばキーア海岸のとこだ。
あそこのボスはアドリアが一度偵察をして掲示板に情報を載せていたはずだ。
その時に何も違和感がなかったんなら、今回も大丈夫だろう。
油断は敵だし、確信もないからレイナには何も言わないが、今回はわざわざ俺が行ったところで変わることでもないだろう。
「それになぁ…。」
何より、俺は今プレイヤー達と共闘するのは少々怖い。
目立つだの、ほら吹きだのは置いといて、怖いのは俺のスキルだ。
[激昂状態]。
前回はトロールという明確な敵が居て、更にレイナやゴルム、ルークに諭されたからまともに戦えた。
しかし、あの時の感覚は未だに理解できない。
まるで自分以外の誰かに体を操られているかのようだった。
大した理由もないのに怒りに翻弄され、使ったこともないスキルを使いこなしていた。
あれがなければトロールを倒せなかったとはいえ、背筋の寒くなる話だ。
だからこそ、今はまだ複数のプレイヤーとパーティーを組む覚悟を決めきれてはいないのだ。
せめてもう一度発動させて使いこなせるのを確認してから…と思うのだがどうやら任意での発動はできないらしい。
なんらかの条件を達成しないと練習もできないわけだ。
「はぁ…。」
ため息しか出てこない。
纏まることができないプレイヤー達。
不確定なゲームの行く末。
未だ謎だらけの魔神や女神達。
そして思い通りにならないスキル。
「全くどうして、普通にゲーム攻略ができないんだろうなぁ。」
よっこらせ、と重い腰を上げながら、誰にともなく呟くのだった。




