第35話 対立の予感
「オオオオオオッ……!」
断末魔の雄叫びを上げながら、海獅子が息絶える。
しかし気は抜かない。
大イノシシ戦の時だって、バジリスクの時だって、アクションがあったのはボス戦が終わった後だった。
だからこそ今回も、アドリアさんの指示に従い出来る限り準備をしてボスに挑んだのだ。
右腰の鞘から片手剣を引き抜き、いつでも魔法を撃てるように素手の右手を構える。
リュウが見たという魔神が来るのか、はたまたトロールのようにモンスターが現れるのか。
緊迫した空気の中で、汗が頬をつたっていく。
だが、いつまで経っても、状況に変化はない。
「……ハハッ! なんだよ! やっぱなんもねぇんじゃねぇか!」
集団の端からそんな嘲りの声が上がったのはボス討伐から1分が経った頃だった。
何も起きない。
その事実は嬉しい事のはずだった。
しかしこの現状では逆効果になってしまったのかもしれない。
「全く、調子の良い嘘を吐きやがってよぉ。どう落とし前つけてくれんだァ、ああ?」
もうプレイヤー達の間に、ゲーム攻略が恐ろしいものだという認識はなくなってしまう。
もしこの状況でもう一度イレギュラーが起きれば、私たちは二度と立ち上がれなくなってしまうのではないだろうか。
小者臭の漂うその言葉を聞きながら、私は大きな不安に捕らわれていた。
トロールを倒して、3日経った日のこと。
私は城下町カルカの大通り、その一角に貼られた貼り紙を見て、ため息を漏らすことになった。
トロールがバジリスクとの戦闘終了直前に現れ、プレイヤー達を次々と戦闘不能にして城下町カルカへと向かい、その道中で討伐された。
その報告はアドリアさんから掲示板を通じて事実と全く違わない形で全プレイヤー達へと発信されたはずだった。
だがしかし、その事実を信用する者など誰もいなかった
実際にボス討伐に挑んだプレイヤーは30人、うち帰って来た者は16人のみ。
残りのプレイヤー全てがトロールによって消えてしまったにも関わらず、その事実は全くと言っていい程浸透しなかった。
あるいは、それも仕方のないことなのかもしれない。
帰って来ることのできたプレイヤーの大半は、あの地獄を思い出して、ゲーム攻略に乗り出すことをやめてしまった。
またゲームを攻略していけば、またあの地獄に出会うことになるかもしれない、そんな思いが、彼らの心を折ってしまったのだと思う。
私だって、リュウやゴルム、アドリアさんと言った仲間が居なければ、必ず現実に帰るという信念がなければ同じように攻略をやめていたかもしれない。
それ程、トロールに負わされた傷は精神的にも肉体的にも、手酷い傷跡を残していた。
更に、トロールは私たちが辛くも、城下町に乗り込む前に倒したのだ。
よって、実際にトロールの姿を見た者は、ボス討伐に参加し帰還した16人のみ。
トロールの危険性を訴えているのはそれより少ない10人程度。
数千人いるプレイヤー達の中で、これっぽっちの人数が何かを叫んだところで、受け入れられることがないのが当然だったのかもしれない。
ここ数日の私たちの活動に虚しさを覚え、再びため息を吐きながら貼り紙を見る。
<<ギルドメンバー募集!!>>
最近、我々攻略組の攻略を邪魔しようとしている不届き者がいる。
意味のない戯言を並べ、攻略を遅延させようとする奴らに構っている暇など我々にはないのだ。
そこで、攻略組の足並みを揃えるために、私、アルフレイドがギルドを創設することにした。
よって本日15時より、噴水広場でギルド集会を開くことになった、興味のある者、このゲームを攻略したいと思っている者は是非とも参加してくれ給え。
ギルド Invincible Warriors IW マスター アルフレイド
たっぷり1分間沈黙したあと三度ため息を吐く。
言っていることは間違っていないのかもしれない。
確かに、トロールがプレイヤーに『痛み』を与えることができることや、死んだらもう帰ってくることができないなど、普通の人が聞いたら唯のホラ吹きにしかならないのだろう。
だから、それを不届き者と断じられることも、攻略を遅延させようとしていると思われることも仕方のないのかもしれない。
しかしそれでも、こうまで徹底的に叩かれるのはやはりいい気分ではない。
私はあの猥雑とした雰囲気が苦手で掲示板を覗くことは少ないのだけれど、やはりそちらでも似たような状況になっていることだろう。
プレイヤー全てが足並みを揃えなければ現状に太刀打ちできないのは確かだ。
トロールの影響で攻略組は戦力の大半を失い、こうして準攻略組というべき第二陣が攻略を担おうとしている。
それ自体は良いことなのだが、アドリアさんを筆頭とした攻略組との間に溝が生じてしまっているのも事実なのだ。
私やリュウなどは基本的に集団行動はしないため、知り合いも少ないが、掲示板で広く名前を知られているアドリアさんや、ボス攻略に積極的に参加しているゴルムなどは、プレイヤー間に太いパイプがあるだろう。
そう言った人たちとアドリアさんやゴルム、そして準攻略組が対立してしまえば、このゲームの攻略は非常に難儀することになる。
それどころか、魔神やトロールなどの外部からの接触で共倒れになってしまう可能性すらある。
そして私やアドリアさん達には、それを防ぐ手立てがない。
トロールの存在や影響をプレイヤー達に信用させることも、トロールの存在をなかったことにしてOOの攻略を優先させることも、相応の危険が伴う。
今できることは、現状に対処しながら、解決法を探ることだけだ。
「はぁ……なんで私がこんなことを考えてるんだろ……」
誰にともなく独り言ちる。
たった一週間前までは、ゲームの行く末などどうでもいいと思っていた。
ひたすらに後悔と、無念だけを抱えながら日々を過ごしていたのだ。
それが、リュウに出会ったことでひっくり返った。
巨大なイノシシを投げ飛ばして、荒々しく叫びながら、私に纏わりつく闇を祓ってくれた。
それからだろう、日々を大切に生きていこうと思い始めたのは。
ゲームをクリアした先にある未来に思いを馳せるようになったのは。
だからこそ、今はプレイヤーが纏まれるように、少しでも力を注いでおこう。
そう決断すると、自然と行き先は決まった。
時刻は14時50分。
私は、15時から開催されるIWギルド集会に顔を出すため、噴水広場へと足を向けるのだった。
「レイナさん! こっちです!」
噴水広場に辿り着くなり、人の群れの端から声が届く。
声のする方へ顔を向けると、こちらへ手招きしているアドリアさんの姿があった。
「こんにちは、アドリアさん……すごい人の数ね」
「本当ですね。これだけの人数を纏めきれるのでしょうか……」
あまり存在を知られたくないため、集団の端に移動しつつ小声で挨拶すると呆れたように声が返ってくる。
まもなく集会が始まる予定の時刻。
噴水広場には100人を超える数の人が集まっていた。
流石にログアウト不可になったあの日とは比べるまでもないが、それを除けば噴水広場にこれだけ人が溢れることはそうそうない。
これまで攻略組のリーダーとして指揮してきたアドリアさんからすれば、これだけの人数を統率するのは無茶としか言いようがないのだろう。
知らない人同士を100人集めて指示を出したところで、まともに行動できるはずがないのだ。
「流石にこの全員がギルドに入るとは考え難いけど……なんだか、嫌な予感しかしないわね」
そうつぶやいた瞬間、パンパン、と拍手を打つ音が鳴り響く。
どうやら拡声器のようなアイテムを使っているらしい。
すぐさま噴水広場が静寂に包まれる。
「諸君、本日は集まってくれて感謝する。私はギルドI.Wマスターのアルフレイドだ」
シン、と静まり返った噴水広場に響き渡るのは重く力の籠った声。
気づくと、噴水の淵に一人の男性プレイヤーが立っていた。
獅子のたてがみのような金髪に銀色の鎧、そして背負うのは紅色の大剣。
持つのは同じ武器だが、装備を見る限りでは高速で動くゴルムと真逆の戦闘スタイルを持つプレイヤーだと言えるだろう。
「諸君らに集まってもらったのは他でもない。このゲームをクリアする確かな意志を持ったプレイヤーを、我々のギルドにスカウトするためだ。最近、プレイヤー間に乱れが生じている。まだまだこのゲームは未知だ、こんなところで足踏みをしている場合ではない。プレイヤー全員が一丸となってゲーム攻略に挑むことが求められる」
アルフレイドはそこで言葉を止め、周囲を睥睨する。
その目が一瞬、私とアドリアさんのところで止まったように見えたのは気のせいだろうか?
「我々のギルドが目指すのは迅速なるゲーム攻略だ。それを達成するには、全てのプレイヤーが共通した認識を持つ必要がある。その為にも、本日のギルド会議を開いたのだ」
そこで、アルフレイドの金色の目が、獰猛にギラリと光る。
「ゲームが開始されてから既に1週間経った、1週間だ。その間に倒されたボスはたった2体のみ。普通のゲームならば全クリアが成されていてもおかしくないだろう、ログアウト不可となっている現状ならば尚更だ。私はこの現状は、今このゲームを仕切っている無能な指揮官のせいだと考える」
「なっ……!」
その言葉に周囲がざわつく。
明らかにアドリアさんを貶す言葉だ。
隣を見るが、アドリアさんは唇を噛んで声を出そうとしない。
現状で、アドリアさんに害意を持っているプレイヤーは少ない。
だからこそ、アルフレイドの言葉に皆が興味を示し始める。
こいつは何を言っているんだ? 何が言いたいんだ? と。
「そもそも、全てのプレイヤーがゲーム攻略に挑む必要などないのだ。モンスターを倒してレベルを上げるのは優良なスキルを持ったごく一部のプレイヤーだけで良い。それ以外のプレイヤーはそのサポートをする。そうすることこそ、最も効率のいい方法だとは思えないか?」
アルフレイドは語り続ける。
確かに間違ってはいない……のかもしれない。
このゲームは基本的にはスキルが全てだ。
強いスキルを持っていれば問答無用で強くなれるし、弱いスキルを持っているものが前線に出ても邪魔になるだけだ。
だからこそ、強いスキルを持ったプレイヤーだけのレベルを上げて、それ以外のプレイヤーが支援に回る、確かにそうすることで強いプレイヤーは更に強くなるし、攻略の速度も上がるかもしれない。
だがそれは、OOが普通のゲームだった場合だ。
このゲームは普通じゃない、明らかに外部からの何らかの影響がある。
あのトロールは、スキルの強さだけでは倒せない。
でもそれは、ほとんどのプレイヤーが知らないことなのだ。
「無論、皆を縛り付けるつもりなど毛頭ない。ギルドに入れば、安定した収入と、安全な暮らしが手に入る。日々をモンスターと戦って消耗する必要などない、そんなものは他人に任せておけばいいのだ。仲間と語り飲みあうのも良し、生産活動に明け暮れるもよし、最前線に関わらないところならばモンスターを倒すのも構わない。諸君らがそうしている間に、気付けばゲーム攻略が終わっている。それこそが、我々が求める理想だ」
アルフレイドは、自信を持ってそう言い切った。
そして私も、自信を持って言い切れる。
この人は、タチが悪い。
大層に御託を並べていても、言っていることを纏めるとこうだ。
俺たちの家畜になれ。
エサと遊び道具を与えておいてやるから、俺たちの邪魔はするな、と、アルフレイドはそう言いたいのだ。
でも、この人自身はこれが最善だと思っている、これこそがプレイヤーのためになると思い込んでいるのだ、だからタチが悪い。
「とはいえ、諸君らも突然我々に全てを委ねるのは不安だろう。そこで、既にI.Wの主要メンバーに集まってもらっている」
その言葉と共に噴水の淵に幾人ものプレイヤーが飛び乗る。
如何にも鍛えられていそうな装備をしたプレイヤーが約20人。
「彼らが今後、ゲームを攻略していくことになるであろうメンバーだ。そして映像撮影スキルを持ったプレイヤーも用意してある。我々はデモンストレーションの意味を込めてこれからこのメンバーで――」
急に進む展開に思考が追いつかなくなってきていた私だったが、その言葉で嫌な予感が最高潮に高まるのを感じた。
そしてその予感は見事に的中する。
「――南エリアのボスを討伐しに行く!」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
思わず噴水の淵に立つアルフレイドに向けて叫んでしまう。
周囲のプレイヤー達が一斉にこちらを向くが、しかし怯んでいる暇はない。
あの人は何を言っているのだろうか?
トロールとあんな戦闘を繰り広げた後すぐに、たった1ギルドでボス討伐に向かおうだなんて。
「何の対策もせずにボスに挑むなんて言語道断です! 前回のバジリスク戦は、万全の準備をしても多大な被害が出て、その後のトロールの襲撃に対応できなかったから今この状況になってるんですよ!? それを無視してボスに挑もうだなんて――」
「――それは前回のボス戦のメンバーが寄せ集めでしかなかったからだろう? アドリア殿。だが我々は違う」
私の言葉を遮ってアルフレイドが自信満々に言う。
「個人の技量が違うのだ。これは誇張でも何でもない。明確に強いと断言できるスキルと技を持っているのだ。実際我々は1PTでバーサークボアを討伐することができる。ゲームでの強さというものは明確な数値で表れる物なのだよ」
あなたの貶しているリュウやレイナさんはペアでその大イノシシを倒したんですよ!
そう言ってやりたくなるが、リュウ達はこのような話に持ち出されることを嫌うし、そもそもこれを証明できる物が何もない。
それに、現在の攻略組全員がそれ程の技術を持っているわけではない、どころか、リュウやレイナさんに並ぶことができる人など、ゴルムやルークなどの極一部のプレイヤーだけだろう。
だからこそ、私はこの傲慢なプレイヤーに何も言えない。
隣のレイナさんも忌々しそうにアルフレイドを睨むだけだ。
「そもそも、トロールとやらの一件も君らが適当に御託を並べているだろう? このゲームの中で痛みを感じるだの殺気を感じるだの、バカバカしい。現実とゲームの区別も付かないのか?」
誰かがクスッと笑った。
もうすでに場はアルフレイド達の空気になりつつある。
このゲームが始まってから一週間経ったことで、皆良くも悪くも現実に向き合う覚悟ができていた。
そこで、自分達は強いと自称するプレイヤーが、ゲームの攻略を買って出てくれたのだ。
少しの対価を支払えば、後は勝手にゲーム攻略が進んでいく。
自分たちにデメリットはないし、これから強さを見せてくれると言うのなら、ギルドに入るかは置いといて、アルフレイド達の強さを見極めるのが正解だろう。
そもそもボスに挑戦するなという私たちの言葉を聞き入れる意味がないのだ。
私だって、実際にトロールと戦っていなければ、恐怖を覚えることもなくゲーム攻略をしていただろう。
だからこそ、この場面では黙るしかなかった。
「一つだけ、お願いがあるわ」
と、隣のレイナさんが口を挟んだ。
「ボスに挑戦することは止めない。でも代わりに、フルメンバーでのボスエリア入場と、私たち二人の同行を許してほしいの」
レイナさんが琥珀色の目を鋭く光らせる。
アルフレイドは私とレイナさんをじっと見た後、目を瞑り、重々しく呟いた。
「我々以外のプレイヤーと君ら二人の、ボスへの攻撃は認めない。また、死んだところで我々は責任を問わない。その条件でよければ同行を許そう」
それだけ言うと、アルフレイドはもう用はないとばかりに視線を外した。
「ありがとう。感謝するわ」
レイナさんも、そう言うと私に視線を飛ばしてくる。
異変が合った時には私たちで対応しよう、ということなのだろう。
「ではこれより、城下町カルカ南エリア、キーア海岸のボス、仮称海獅子の討伐に向かう!我々の力、存分に見極めてもらおう!」
アルフレイドがそう吼える。
うおおおおっ! とIWのメンバーが雄叫びを上げ、周囲のプレイヤーからもパラパラと拍手が沸き起こる。
「一体、どうなるんでしょうか……」
トロールのあの粘つくような殺気が思い出され、背筋が寒くなる。
もし今回のことで何かが起きてしまったら、私は戦えるのだろうか。
私はアルフレイド達の歓声を聞きながら、何も起こらないことを祈るしかないのだった。




