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オリジナルオンライン−唯一無二のその力で−  作者: 井上狼牙
第一章 焼き尽くす炎の拳
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第21話 心の柱

「なんでこんなことに……」


 目の前の大イノシシを見ながらぼやく。


 先ほど確かにアドリア達と一緒にボスゲートに入ったはずだ。

 茶髪の女性剣士さんがぼーっとしてたから少し遅れはしたが、いくら遅れても途中入場ができるのは昨日確認済みだ。

 となると他に条件があったのだろうか。

 今日集まったのが32人でここに居るのは俺とその女性剣士さんの2人だけだから30人の人数制限ってのが妥当だろうか。

 何にせよ今はそんなこと考えてる場合じゃない。


「あんた、名前は?」


 同じく隣で言葉を失っていた女性剣士さんに話しかける。

 いきなり話しかけられてびっくりしたのかこっちを睨むがすぐに前に向き直った。


「……レイナ」


 ぼそりと呟いた声が耳に届く。

 聴覚異常がなければ聞こえない程の声量。

 その綺麗な声に頷き、レイナと名乗ったその女性の後姿を見ながら苦笑い。


「俺はリュウだ。成り行きでこんなことになっちまったがとりあえずパーティ組もうぜ。お互いのHPが見えなけりゃ連携も何もない」


 レイナと名乗った女性は答えなかったが、こちらがパーティ申請を送ると受諾してくれた。

 視界の左上にHPバーが一本追加される。

 さっきからずっと睨んできてるし少し不安だったがしっかりとこちらの話は聞いてくれているようで一安心だ。


「レイナ。何か原因があって俺らだけになったみたいだが、こうなったら2人だけで倒すしかないぞ」


「……問題ないわ」


 素っ気なく答えたレイナは右腰から左手でシャランと細身の片手剣を抜き放った。







 こうして予想だにしなかった状況でボス戦が始まったわけだが、相棒であるレイナの実力には目を見張るものがあった。

 彼女の戦闘法は言うなれば冷厳の剣舞。

 左手で剣を持ち右手を前に突き出す独特の構えで、右手から氷の魔法を繰り出す。

 最初右腰に剣を刺していたから左利きかと思ったが、どうやら普通に右利きらしい。

 剣はあくまで補助、氷による攻撃がメインだ。

 大イノシシの突進を軽々といなして突きメインの剣で攻撃しつつ魔法を放っている。


「その調子で頼む」


 同時に両側から攻撃した時に目線を合わせて声を掛けてみるが、無視される。

 まぁ連携に関しては問題がないから良いのだが。


 俺は前回と合わせて、激昂状態前のイノシシの突進ならば、考え事をしながらでも躱せるようになった。

 無論油断はできないが、それでもレイナと共に着々とHPを削っていくことに成功している。


「ブゴォォォァァァアア!!!」


 だから散々攻撃した末にイノシシが叫び、赤いオーラを纏い出したときもこれからか、としか思わなかった。


「レイナ! さっきもアドリアが言ってたが突進には気を付けろよ!」


 イノシシが構えた前方にいるレイナに呼びかける。

 彼女はこの数時間の戦闘でほとんどしゃべらず冷静に動いていた。

 だからだろうか。


 その彼女の顔を見た時に蒼白なほど青ざめていたことが信じられなかった。


「レイ――」


「アアアアアアアッ!」


 俺の叫び声をイノシシの雄叫びがかき消した。

 消えたイノシシが突風を纏いながらレイナの斜め後ろに姿を現す。

 突進の直前につまずいていたレイナは、突進のコースから外れていた。


「おいっ!」


 慌てて駆け寄り助け起こそうと手を差し出す。

 だがその手は氷のように冷たいレイナの右手に払われた。


「どうして……どうして私だけがこんなことに……!」


 俺はその目に涙が浮かんでいることに気付き、動けなくなってしまった。


「どうして私だけがこんなことをしなくちゃいけないの……? 向こうの皆はどんどん先に進んでるのに……私だけこんなゲームに時間を使っている暇はないのに……なんで私だけがこんなことに巻き込まれて……」


 ぽろぽろと涙をこぼしながら呟く。


 その言葉を聞いて、俺は察することができた。

 レイナが無言だったのは、集中していたからでも、怒っていたからでもない。

 ただ単純に、諦めているからだ。

 時間をかけてこの世界から脱出できたところで、取り戻せないものはある。

 それに気付いてしまっているからこその諦めと、失われた未来への涙。

  

「……どうして! どうしてよ! どうしてあなたたちはあんなに笑っていられるの!? どうしたらそんなに気楽でいられるのよ!?」


 苦悩のこもった声だった。

 あなたたち、というのは今日のボス戦に参加しているプレイヤー達の事だろう。

 皆で笑い、驚き、そして意気揚々とボス戦に臨んでいた。

 でも――。


「違うぞ」


「……」


 涙で顔をぐしゃぐしゃにした美貌を一瞥すると突進の構えに入っているイノシシに向き直る。


「誰も気楽でなんていない。未来が消えていってることなんて分かっている。今ボスと戦っているプレイヤーだって、カルカで待つプレイヤーだって、皆絶望してるんだ」


「じゃあどうして――」


「だからこそ!」


 俺の大声にレイナがびくりと肩を震わせる。


「全員が希望を探しているんだよ。終わりの見えないこの世界で。空元気で笑い合って。皆で協力し合って足掻いているんだ!」


 俺だって現実を直視していないからこんなに気楽でいられるんだ。

 一人になってみれば、先への不安や諦めなんていくらでも湧いて出て来る。

 今も浮かび上がって来たそれを、しかし無理やり押し殺す。


「そう……私にはそんなことできない……。昨日も、一昨日も、ベッドに入るとうなされてほとんど眠れない。だから今日ここに来てみた。最前線に立てば何かが変わるんじゃないかって」

 

 レイナは地べたに座り込んだまま訥々(とつとつ)と語る。

 その声は完全に生きることを諦めたような声だった。


「でも、駄目。私にはこの状況で笑う事なんてできない。なのにこの世界は自殺も許してくれない。どうすればいいのか分からないよ……」


 イノシシが地面を掻き終える。

 数秒後には致死の突進が通過して俺とレイナは神殿へと送られるだろう。


 「ねぇ、笑いなさいよ。笑って。こんな馬鹿で、惨めで、弱い私を笑ってよ」


 躱すわけにはいかない。

 もしここでレイナが死ねばきっと彼女は更に絶望するだろう。

 いや、死ななくてもこのままでいいわけがない。


『今思いついてる方法は2、いや3通りか。』


 一昨日、バグズフォレストで呟いた言葉を思い出す。

 一つ目は投擲。

 これは小石を使っても大したダメージは与えられなかったが今では[矢投擲]があるのでもういいだろう。

 二つ目が徒手。

 そして[無刀流]を手に入れたがために試さなかった3つ目の案。


「アホかお前は」


 小さい子を窘めるように呟く。

 構えは今まで通り。

 左手を前に突き出し右手は腰だめに構える。

 息を吸って、吸って、止める。


「ゴガアアアアアアッ!」


 視る!

 カリスの矢を掴みとった時にも感じた、時間が引き伸ばされるような感覚。

 スローモーションに見える世界で、高速で近づくイノシシの牙にそっと左手を添える。

 それだけで腕がもぎとれそうになるが全力で堪える。

 左手を支点に反時計回りに回転。

 だが今まで通り90度じゃ足りない。

 180度。270度。360度!

 その場で一回転し牙を肩に担ぐような構えを取る。

 相手の勢いは殺さない。

 むしろ利用して上への推進力に変える。

 少しずつ突進の勢いを上へと逸らし、両足を踏ん張る。

 そして――。


「――おおおおおああああああっ!」


 投げ飛ばす。


 巨体が宙を舞い、轟音と共に背中から地面に叩きつけられた。


「今のお前を笑うやつが居たらぶん殴ってやる」


「え……?」


 何をしたのか分からないというような顔をしているレイナに振り返る。


「怖気づいて何が悪い。俺だって諦めたい。プライベートエリアで布団かぶって寝てたいね」


「でもあなたは――」


「でも俺は――」


 レイナと声が被る。


「仲間がいるから戦える。ゴルムやアドリアに頼れる。ラナやバナミルを想って戦える。あいつらが俺の、心の柱だ」


 自分でも何を言ってるかよく分からない。

 初対面の人間。

 まともに会話すらしていない。

 そんな人に、こんな話をする必要なんてないはずだ

 でも。


「お前が諦めて、未来が見えないって言うんなら、俺がお前の柱になる。お前が戦えないって言うんなら、代わりに俺が戦ってやる。お前が明るくなれるように、ちょっとでも背伸びができるように、俺が肩を支えてやる」


 レイナが目を見開く。


「弱くたって、いいじゃねぇか。人に頼って、縋りついて、泣きながら力を貸してもらって、お返しにちょっとでも力を貸せば良いんだよ。一人で戦う必要なんてない。零したもんがあるなら、皆で拾いに行けば良い。ここでなら、それができる。そうすりゃ、この無駄な世界で過ごした時間も無駄になんねーよ」


 一つ一つ、言葉を噛みしめながら言う。

 この世界にいるプレイヤーは、誰だって絶望している。

 だったら、絶望している者同士で手を取り合って、希望に変えればいい。

 今はまだプレイヤー全員で団結はできていない。

 でも、手の届く範囲で助け合うことはできるはずだ。


「だから頼れよ。俺の腕は短いけど、皆で手を伸ばせば絶対に届く。俺に頼って、皆に頼って。……そんで、俺にも頼らせてくれ」


 カッコつけた反動で、顔が赤くなるのが分かる。

 それでも、俺が言ったのは心からの本心だ。

 想いを乗せて琥珀色の瞳を見つめ――。


「……ぷっ。くっ……ふ、ふふっ、あなたって、ふ、くっ……!」


「んな笑うなよな……」


 笑い出すレイナに、思わず苦笑する。

 自分でも、恥ずかしいことを言った自覚はある。

 だがそれで一人の人が救われるのなら、いくらでも言ってやろう。


「大丈夫か?」


「……うん。どうにもならないかもしれいけど……もう少し足掻いてみるわよ。人に頼って、縋りついて、ね」


 俺の言った言葉を復唱しながら、少しだけ迷いの晴れた顔で立ち上がる。

 ようやく転倒から回復したイノシシが、憤怒の形相でその美貌を睨みつけた。


「ね。力、貸して。あなたと一緒に、明日の空の色を見てみたいから」


「……任せろ」


 笑うレイナのその顔に思わず見惚れてしまいながら、俺は小さく呟いた。




 



 さて、当然ながらこのイノシシは気合いだけでどうにかなる相手じゃない。

 俺の投げ技は、左手を牙に添えただけでそれなりののダメージをもらっている。

 オロチローブの左袖なんか肘までビリビリに破けてしまった。

 相当な集中力を要することといい、気楽に披露できる芸当ではないだろう。


「前、任せるわね」


 戦闘開始から今までずっと前に出ていたレイナが後方に引っ込む。

 彼女は魔法主体なわけだし後方に居た方がいいだろう。

 突進が速すぎて前も後ろもあまり変わらないのが問題ではあるが。

 それよりも彼女が人に頼ることを始めただけでも十分だろう。


「ゴゴググォオオオ!」


 投げ飛ばされて背中から叩きつけられた衝撃でしばらく動かなかったイノシシが叫ぶ。

 突進の構えを取り地面を掻き始める。

 俺の方を向いて地面を掻き、如何にもこちらへ突進しそうな雰囲気だったが――。


「なろっ!」


 突進の直前前足がレイナの方を向く。


「くそっ!」


 高速で移動するイノシシとレイナの間にギリギリ拳を割り込ませて軌道を逸らす。


「この速度でフェイントとかありかよ……」


「私全然反応できなかったんだけど」


 二人して冷や汗をかく。

 俺は何とか視認できるが、レイナには見えていないらしい。

 だがそこは二人だけなのが良かった。

 俺が彼女を庇うように立てば済むことだ。


 再び襲い掛かってきた牙をいなし、すり抜けざまに拳を胴体へと入れる。


「硬くなってるな……」


 多少のダメージは通ったと思うが激昂前と比べると明らかに硬度が変わっている。

 レイナの剣は切っ先が皮で止まってしまった程だ。


「打撃系の魔法で攻撃していくわ」


 レイナが右手を掲げて詠唱を始める。


《強靭なる氷 我の前へと出で塞がらん》


[氷壁(フロストウォール)]!」


「んがっ!」


 厚さ30cm、大きさ縦横2m程の氷の壁が俺の前へと出現する。

 無論それだけでは突進を止めるには至らないが、氷壁に激突して威力の減速した突進を俺が受け止めることに成功する。


[氷槌(アイスハンマー)]!」


 次いで破砕した氷が収束して巨大な槌となってイノシシの頭部を強打。


「さすが!」


 今度は俺が怯んだイノシシの大きな鼻を全力で殴りつける。

 体表は硬くなっても鼻を硬くはできないだろう。

 イノシシはたまらず数歩後退する。

 そこに先ほどの氷槌が、いくつも雨あられと降り注いだ。


「グ、ガッ!」


「っ、おお!」


 よろけるイノシシに接近し、その牙を再び抱え込む。

 

[氷柱(アイスピラー)]!」


 俺の意図が伝わったのか、レイナの声と共にイノシシの後ろ脚を地面から突き出た氷の柱が持ち上げる。

 そのままイノシシはぐらりと身体を傾かせ、その巨体を転倒させた。


「今!」


 足を動かして起き上がろうとするイノシシに、二人揃って大技を浴びせかけていく。

 抵抗を許さないまま幾発もの拳を叩き込み、レイナの氷槍がイノシシの鼻へと突き刺さったところで――。


「グオオオオオ!」


 強烈な雄叫びを上げてイノシシが起き上がる。

 今までとは明らかに違う咆哮。


「まずい! なんか来るぞ!」


 叫んで構える。

 イノシシが狙っているのは間違いなく俺。

 何としてでも防いで――。


「リュウ!」


 イノシシがノーモーションで突然俺の前へと姿を現す。

 俺はそれに全く反応できなかった。


 やばい死ぬ。


 超高速で振られた牙が俺の胸に突き刺さりHPゲージを散らす――直前。


「やあああああああっ!」


 一筋の光が俺とイノシシの間に割りこんだ。

 サン、という音が鳴って何かが宙を舞い。

 俺の視界は一面に広がった山吹色で埋め尽くされた。


「全くだらしないわね。あれだけ言ったなら最後までしっかりしなさいよ」


 ゴス、と宙を舞った牙が地面に突き刺さる。

 片方の牙を裁ち落されたイノシシは呆然とした様子で停止した。


「ま、私でいいなら、存分に頼ってくれてもいいわよ」


 頼もしくそう言い切ったレイナは右手へと持ち替えていた剣を左へと戻す。


「あぁ……悪いな」


 回転。


「無刀流――」


 足を捻り、上体を捻り、右腕を捻る。


 さながら、ヘビのとぐろのように――。


「中級技――」


 右手は親指以外を第1、第2関節で曲げる。


 さながら、ヘビの(あぎと)のように――。


[発勁(はっけい)大蛇(おろち)]!」


 叩き込む!


 発勁とは衝撃。

 イノシシの横腹へと添えられた右手へ、体全体を使って発生させた力を余さず伝える。

 その技の特徴に、相手が柔らかくては意味が無い、という物がある。

 柔らかいと衝撃が体内で分散されてしまうからだ。

 逆にイノシシの体はかなり硬い。

 

「ッガ……」


 残った右袖のオロチローブもビリビリに破けていくと同時に、イノシシの体内から骨が折れる音が聞こえてくる。

 巨体が傾き、大イノシシは遂にその巨体を地面へと横たえた。






「――っは~!」


 詰めていた息を吐き出し仰向けに倒れる。

 きつい戦いだった。

 二人だけの戦いがこれほどまでに大変だとは思わなかった。

 尚更ほかのプレイヤー達に感謝して行かないとな。


 何にせよだ。


「勝ったぞ」


「……えぇ」


 俺の頭の上に顔を覗かせてきたレイナに声を掛ける。

 ボス戦前と比べて明らかに柔和になったその美貌に見とれると共に、俺の言葉が無駄ではなかったと思い直す。


「お前からしたらこのゲームは無意味な物かもしれないけどな。明日は絶対に来るんだから。いつかの明日にはこのゲームから出ようぜ」


 我ながら無責任だと思う。

 なんで俺はこういう時に頼れる言葉が言えないのかね。


「分かったわよ。仲間に頼って、ね。悪くないわ」


 そう言ってクスリと笑った。


「でもね、一つ言いたいことがあるわ」


「ん?」


 含みのある言い方に上半身を起こしレイナの方を向く。

 そのレイナはあくびをしながら言い放った。


「私もう限界」


 そう言い残して今度はレイナが仰向けに倒れる。


「あ? え?」


 慌てて近寄るがどうやら眠っただけらしい。

 そういやほとんど寝てないって言ってたっけか。

 もうここはモンスターが出ないわけだし、いくら居ても問題ないわけだが――。


「ここはまずいだろう……」


 一面緑の広野

 そんな何もない場所で男の俺に何の警戒もない。

 それだけ俺を信用してくれているのかもしれないが、少しは警戒するべきだと思うんだが。


 と、そこまで考えた時だった。


「ふむ」


 主を失ったボスエリアに、そいつらが唐突に現れた。

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