第20話 30人の結末
ボスエリアに入ってすぐ、異変に気付いた。
「リュウがいない……?」
先ほどまで、私とゴルム、それとリュウでパーティを組んでいたはずなのに、そのリュウの姿がない。
戦闘が開始され大イノシシが動き出す。
武器を構えつつこの場に居るプレイヤーの数を数えるが……30人しかいない。
ボス攻略に集まったプレイヤーの人数は32人。
それが30人しかいないという事は――。
「アドリアさん! どういうこと!?」
ゴルムも気づいたのか、大イノシシに視線をやりながらこちらに近づいてくる。
「たぶん……人数制限だと思います。」
当然ボスに挑戦できる人数は無限というわけにはいかない。
確かに可能性としては考えていたはずだがこの状況では失念していた。
OOでのボス討伐の人数制限はフルパーティ6人×5グループの30人という事か。
「とにかく、こうなってしまった以上戻るわけにはいきません。リュウには悪いですが後でしっかり謝るとしましょう」
そう言って既に戦闘が開始されている場を見る。
「……分かった」
そう呟くとゴルムも大剣を下ろして構えた。
「皆さん! 絶対勝ちましょう!」
叫び、ゴルム共々大イノシシに斬りかかる。
今までで最大規模の戦闘が始まろうとしていた。
火の玉をぶつける者、光線を放つ者、槍を突き刺す者。
万人がそれぞれ全く違う戦闘法を持つ戦場。
30人のプレイヤー達は着々とHPを削っていた。
集団での対イノシシ戦で重要なことは、必ずイノシシとプレイヤーの直線状には入らないこと。
突進の勢いが止まらないイノシシに攻撃される恐れがあるためだ。
また、攻撃は中、遠距離攻撃ができる人に任せ、近接職は適度に攻撃をしてヘイトを稼ぎつつ、突進をいなすという方法を取っている。
これも全員で群がって蹴散らされないようにするため。
トリッキーな大イノシシの攻撃に翻弄されながらも、メイジによる回復支援もあり、未だ死者ゼロ。
「この調子でいけば激昂状態までは難なくいけそうですね」
問題はそのあと。
あの超高速突進を防げなければ勝ち目はない。
それを防いでみせると意気込んでいた一人の大剣使いは――
「だらあああああああ!」
最前線で大剣を振り回していた。
ゴルムは今まで一度も攻撃を受けることなく、それどころか遠距離職を上回るほどのダメージを与えている。
その攻撃力のおかげで遠距離職のプレイヤーにはほとんど攻撃が向かっていない。
彼が居なければここまでスムーズにはいかなかっただろう。
既に戦闘開始から1時間ほどが経過している。
プレイヤー達にも疲れが見え始めていた。
だが対するイノシシも、多少は突進の速度も落ち、ところどころ毛皮も剥がれてきている。
激昂状態はすぐだろう。
「焦る必要はありません! しっかりと確実にダメージを与えていきましょう! 激昂状態になってからが勝負です!」
もう何度こう呼びかけただろうか。
同じことの繰り返しは精神を摩耗する。
気の抜けないボス戦とあれば尚更だ。
「うわあああ!」
そう考えた矢先に一人のプレイヤーがイノシシの突進に直撃する。
モロに食らったせいか、一撃でHPを0にして回復する間もなく神殿に送られた。
「慌てないでください! しっかり動きをよく見て!」
その声は前線に届かず、一人死んだことで軽くパニックに陥ったプレイヤー達が突進から逃げ惑っていた。
当然そんな滅茶苦茶な動きで攻撃が躱せるわけもなく一人、二人と吹き飛ばされていく。
まだ死んではいないようだが、崩れた戦線を復帰させるのに手が回らない。
暴れまわったイノシシが逃げ惑うプレイヤーの集団に突っ込む寸前で――。
「でえええい!」
「オラァ!」
ズン! という音と共に動きを止めた。
「まず落ち着こう! そんな焦る相手でもないって!」
「てめぇらみっともなく恥晒してんじゃねえよ! まだ中盤だろうが!」
あの高威力の突進を止めたのは――ゴルムとショウマの二人。
二人で協力して頭を押しとどめている。
そして二人の言葉で全員が落ち着きを取り戻し、武器を構えなおした。
焦っていたのは一部の、レベルが低めのプレイヤー達。
当然しっかりと冷静に対処していたプレイヤーも居た。
ボス戦は順調だ。
このままいけばきっと――。
「ブゴォォォァァァアア!」
咆哮が轟く。
「……やっと来ましたか」
「はっはっは。こっからだぞー」
激昂状態。
それを告げる赤いオーラがイノシシから立ち昇り始める。
「全員集中してください! 普通の突進より溜めが長いので対処はしやすいです! まずは突進を見極めましょう!」
本当に躱せるかどうか、最初にこの突進を受けた時は一瞬で死んでしまったので私にはよく分からない。
でも彼なら……そう考えてこれからイノシシが突進しようと地面を掻いている先に居るゴルムを見る。
ゴルムは大剣を構え、イノシシだけを見ていた。
普段の適当さからは全く想像できないような真剣な表情。
すっ、と場がゴルムとイノシシを静観するような状況となり――。
「――違う! こいつは俺を狙ってない! 全員構え――」
ゴルムが叫び終えるより前に、イノシシが遥か後方に出現した。
「くそ……」
ゴルムがポツリとつぶやく。
次の瞬間、固まって遠距離射撃を行っていたはずのメイジ3人が消し飛ぶ。
HPは、見るまでもないだろう。
初めて見る超高速突進。
その速さに言葉が出なかった。
「う、嘘だろ……」
それは私だけではなかったらしい。
ほとんどのプレイヤーが一瞬で3人のプレイヤーが殺されたという事実に、動けないでいた。
視線の先では再びイノシシが地面を掻いている。
狙っているのは恐らく私。
もしかしたら先ほどと同じように別の場所にターゲットを向けているのかもしれない。
そうと分かっていても、動けない。
あれだけ速い突進を防げるとは思えない。
こいつを倒すには、一体どうすればいいのか。
脅威を前にしながら行動できない私を他所に、地面を掻き終えたイノシシがぐっと足を撓める。
凄まじい衝撃。
思わず後ろに倒れる。
だが、何かがおかしい。
違和感を感じ、ゆっくりと目を開けるとそこは神殿…ではなくまだボスエリアだ。
そして目の前には盾を掲げ正面からイノシシの突進を受け止める一人の青年の姿があった。
「え……?」
ゴルムではない。
簡素な軽鎧に片手剣。
手に持つ大盾は下部分が地面に突き刺さり、巨体をしっかり受け止めている。
「諦めんのが早すぎだ。あんたは指揮官だろ。そっちが早くに諦めてたらこっちもやる気がなくなる」
そんな素っ気ない声が上から降ってくる。
大盾を少しずらしイノシシを誰もいない方向に誘導して、突進を再開させて大きく突き放す。
防御不可能かと思われた突進を止めた青年は黒髪に黒目。
きっとキャラメイクを面倒臭がってそのまま終わらせたんだろう。
さっきの言葉だけでもこの人物がそういう性格なんだとわかってしまう。
「おい、さっさと立て。戦闘中だぞ」
その言葉にようやく自分が無様な姿で地べたに座っていることに気付いた。
「あ、は、はい。ありがとうございます」
慌てて立ち上がると、凍っていた氷が解けだすように周囲も動き出した。
あの突進を止めるなんてすごいぞー、等と絶賛しているゴルムを皮切りに固まっていたプレイヤーも武器を構えだす。
それだけこの青年の行動には力があった。
誰も止められないと思っていた突進を止めるだけの力が。
萎えていたプレイヤー達の精神を鼓舞するだけの力が。
「あいつだって無敵じゃない。しっかり見ていれば躱せる。まず落ち着け」
立ち上がると彼の姿がよく分かる。
身長は170cmちょいというところだろう。
こっちを見てフン、と鼻を鳴らすとイノシシに向き直る。
「構えろ。そんでよく見ろ。そんな難しいことじゃない」
言われるがままにカマを構える。
見ただけでどうにかなるものとも思えないのだが――。
戸惑う私を他所に、目の前の青年は大きく息を吸い込み、叫ぶ。
「全員よく聞け! 突進は見た目に騙されんな! 何も突進中に方向を変えてるわけじゃねえ! 足を見てればどこに突っ込むかくらいは分かる! 盾持ってるやつは大人しく構えてろ!」
今まさに突進をせんと地面を掻いているイノシシの足を見る。
一見こちらを狙っているようにも見えるが、突進の直前に足の向きを変えているらしい。
それを数回で見抜くなんて――。
「ブゴァ!」
一声鳴いたイノシシがグッと体を縮める。
そして突進の直前、確かに足の向きを変えた。
空気をつんざく音が鳴り響き、集団後方にイノシシが出現する。
だが今回は倒れる者はいない。
「ふー」
盾を持たない弓使いの前に、大剣を振りぬいた体勢のゴルムが立っていた。
突進の先を予測し、横から割り込んで突進を弾いたのだ。
「オラァ!」
再び突進を放とうとゆっくりと向きを変えたイノシシの後ろにショウマが現れ、大槌を全力で叩きつける。
「グルァ!」
怯んだイノシシが牙を振り回すが、既にショウマは[背後転移]で退避していた。
「オラお前ら! 少しずつでもダメージ与えてかねぇと終わんねぇぞ!」
「防げる奴は周りのフォローをしてくれ! 遠距離から攻撃できる奴は積極的に頼む!」
ショウマとゴルムの声が、そして突進を止めたという事実がプレイヤー達を鼓舞する。
黒髪の青年もフンと再び鼻を鳴らすとイノシシに向き直った。
「あんたも攻撃に回れ。突進は俺が防ごう」
ぶっきらぼうに言う。
だが先ほどの行動を見た後では、とても頼りになる言葉だった。
主に盾を持つプレイヤーが突進を防ぎ、弾き、逸らす。
突進が止まった隙に遠距離のプレイヤーが主軸にダメージを与えていく。
言うのは簡単だがやるのは難しい。
あの高速突進を止めるのは非常に難しく、次々とプレイヤーが倒れていく。
激昂状態になると防御力も上がるらしく簡単にダメージが通らない。
更に厄介なことに、イノシシは攻略の主軸となっているプレイヤーをメインに狙うらしく、主戦力のプレイヤーが次々と倒されていった。
ゴルムを始めとした数人のプレイヤーが支えているものの、いつ全滅してもおかしくない状況だった。
残るプレイヤーは6人。
「あー、クソが。とっととくたばれよ」
ショウマが未だ憤怒の形相で鼻息を荒くしているイノシシにぼやく。
彼は[背後転移]で果敢に攻撃を行っているのもあって、疲れは人一倍だろう。
「人数が減ったおかげで守りやすくはなったがな」
未だ名前を知らない黒髪の青年。
不思議なことに両手装備の大盾を左片手で持ち、右手には片手剣を持っている。
弱音は一切吐かず、盾を構えるその動きにも乱れは見られないが、少し声に疲れが出ている。
確かに人が少なくなるだけ誰が狙われるのか分かりやすくなるため戦いやすいのだが、その言い方はどうだろうか……。
「……」
他5人の少し後ろ、無言で矢を構えるのは赤い髪の少年。
戦闘開始から一度も喋ったところを見たことがないが、激しく移動するイノシシに的確に矢を浴びせ続ける火力役である。
狙われた際も自力で躱す術を持っていて、非常に安定感があるように思える。
「そろそろ触媒も尽きそうです……」
そう呟くのは青髪のメイジの青年。
序盤は回復に徹していたようだが今は火炎魔法を主に使って火力役に回っている。
無論、一撃でもくらったら死ぬ状況のため回復の必要がなくなったからだ。
ちなみに、触媒というのは魔法を発動するために必要な物質で、弓を扱うのに矢が必要なのと似たようなものだ。
限りがあるのでここまで長期戦、しかも魔法を連打していれば尽きるのは仕方がないだろう。
それまでに倒したいところではあるが。
「ふぅー。まだまだ!」
そして未だ元気――とは行かないまでもやる気でいるゴルム。
彼がこの戦闘一番の貢献者だろう。
攻守ともに先頭に立って大剣を振り回している。
イノシシも倒すことを諦めように他のプレイヤーばかり狙っているのが滑稽なところだが。
このメンバーに私を含めた6人。
これが今の現状だ。
開始からすでに7割以上が神殿送りにされている。
残った6人も長丁場に疲れを隠せないでいた。
「来ます!」
「でい!」
私を狙って突っ込んできたイノシシを隣に居たゴルムが弾き逸らし、後方へと受け流す。
すかさず火魔法と矢が飛んできて的確にダメージを与える。
ついでに私もカマで遠心力を利用して斬りつけるがやはり体表が固くなっている。
少し傷をつけた程度で刃が止まってしまう。
こいつにはダメージを与えるのも簡単ではない。
「退けっ!」
回転して高速で振るわれてくる牙が[背後転移]で移動してきたショウマに弾き飛ばされる。
が、しつこくこちらを狙い、つんのめるように牙が突き出されてくるのを寸前で回避するが体勢が崩れてしまう。
そして更に繰り出された牙を躱せずに――。
「――っ!」
寸前で割り込んだ大盾に防がれる。
「撃て!」
大盾を持った黒髪の青年が叫ぶと同時に再び矢と火が飛んできてイノシシにダメージを与える。
その隙に後方へと下がり追撃が来ないようにする。
このイノシシとの戦闘だと前衛後衛がまるで意味をなさない。
後方のヒーラーを狙って来たり突進の方向を変えたりするのだ。
ヘイト管理も役に立たないのでできることと言えば、精々壁役が前に立つ程度だろう。
大盾を掲げた青年が片手剣でイノシシを斬りつける。
同時に攻撃されるがしっかりと左手で防ぎ、攻撃の手は緩めない。
そしてイノシシの注意が完全に青年に移ったタイミングを見計らって――。
「どっせい!」
風を利用して飛び上がったゴルムが青年の頭上を通り越して上から大剣で叩き斬る。
「ブゴオオオオ!」
喚いたイノシシが首を左右に振り張り付いた二人を弾き飛ばす。
そしてがら空きになっていた青髪のメイジに突進を仕掛けようとするが――。
「させっかよ!」
突進の溜めに地面を掻いていたところを正面からショウマが大槌を叩きつける。
「[加速]!」
ショウマが叫ぶと同時に大槌が弾ける。
イノシシの眉間で発生した衝撃は両者を吹き飛ばしダメージを与える。
「グオオオオオ!!」
「――っ!」
今までにない叫び方。
「来たか!」
「最後です! 気を抜かないでください!」
間違いなく断末魔の叫び。
最後に一発来る!
「オオオオオオオオオッ!!!」
モーションなしでイノシシが瞬間移動をする。
標的は――ゴルム。
「うおおっ!!!」
一撃。
ゴルムの目の前まで突進をして止まったイノシシが目に見えない速度で牙を振るう。
それを神速の速度で振るわれた大剣が弾き飛ばす。
二撃。
その巨体を利用して回転しながら体当たりを放つ。
そしてゴルムがそれを横にスライドさせた大剣で受け流す。
三撃。
正面に向き直ったイノシシが、今まで散々見た超高速突進を仕掛ける。
「おらあああああああっ!」
上段から振るわれた大剣が正面から突進を迎え撃ち――押し返す。
ギィン!
行われた三度の攻防はたった一度の剣戟にしか聞こえなかった。
そしてゴルムの大剣はまだ止まっていない。
三度の攻撃の反動を限界まで上昇させた力が。
三度の攻撃の勢いを余さず乗せた力が。
右上から左下へと弧を描き――。
――イノシシの眉間へと吸い込まれていった。