第18話 ゲームの楽しみ
気づくと、神殿の台座の上、魔法陣の中心に立っていた。
初めて死んだがこんな風に戻ってくるのか。
台座の下でアドリアが待っているのを発見したので歩み寄る。
「何が起きたんでしょうか……」
そう言うアドリアの表情は暗い。
アドリアからしたら突然神殿に飛ばされたような物だし、仕方がないだろう。
「俺にもよく分からない。奴が突進の構えを取ったと思ったら次の瞬間にはアドリアが死んで後ろにイノシシが居た」
「……そうですか。技が増えたのか単純な速度アップか……なんにせよ、一筋縄ではいかなさそうですね……」
何やら色々と考えているらしい。
アドリアは強いな。
俺はあれだけの強さを見せつけられると萎縮してしまいそうになるんだが。
押し黙ったアドリアを見ていると台座の上が青く光りその中からゴルムが出てくる。
「死んだ死んだ! 何あいつ強すぎ! 勝てんの!?」
もう24時になろうかっていう時間なのに元気な奴だなホント。
とても1時間ぶっ通しで集中し続けた後だとは思えない。
「結局あのトンデモ即死技は何だったんだ? 突進ってことは分かったが速すぎるだろ」
「何って言われてもただの超速い突進だったよ。最後のは一瞬目で追えたけど迎撃は難しそうだなぁ」
最後まで残っていたゴルムに聞くが軽く返される。
俺は全く何が起こったかわからなかったんだがやっぱこいつは違うな。
「とりあえず、外で座りながら話しましょう。お二人とも夕食は摂ってないですよね?」
アドリアの言葉に頷く。
「バナミルさんの店へ行くとしましょうか」
神殿から外に出ると噴水広場の隅のテーブル付近に数人のプレイヤーが集まっていた。
「おっすショウマ。やっぱお前らも負けたか」
こちらに背を向けて何やら話し込んでいたショウマに声を掛ける。
「よぉ、ずいぶん遅かったじゃねぇか。結構頑張ったみてぇだな」
「まーね。3人だから時間かかったってのもあるけど」
そう答えたゴルムは空いている席にドカッと腰を下ろ……そうとしてまだ大剣を帯刀していることに気付いて慌ててウィンドウに仕舞った。
あのまま座ると最悪椅子が壊れるからな……何にせよ落ち着きのない奴だ。
「皆さんはどのくらいまで削れました?」
座らずに立ったままアドリアが質問する。
「全然駄目だね。多分3割くらいしか削れてなかった。まずメイジが狙われたのが痛かったなぁ」
そう答えるのは光線銃使いのケイゴだ。
俺はとっとと倒したので知らなかったがギリは結構優秀なメイジらしい。
スキルの恩恵もあってか魔法の威力はトップクラスだそうだ。
瞬殺してよかったな。
「お前らはどうだったんだ? 時間からして結構削ったんだろ?」
「ああ、一応残り2割までは削った。そこで攻撃がガラッと変わるんだがそれで瞬殺されたな」
「後で情報をまとめて掲示板に載せておくので目を通しておいてくださいね」
ショウマの質問に俺とアドリアで答える。
激昂状態まで到達したパーティは恐らく俺らが一番最初だからこの情報も貴重な物になるだろう。
明日もアドリア達と挑戦しに行くわけだし俺もしっかりと読んでおくか。
「明日、攻略組の方々に呼びかけてまたボス討伐に向かいたいと思います。皆さんにも是非参加してもらいたいのでよろしくお願いしますね」
「おう、了解した。どっちにしろ誰かさんとの賭けがあるから攻略は必須だしな」
ショウマ達が俺の方を見ながら頷くので目を逸らす。
「ま、そんじゃな。また明日よろしく頼むよ」
そう言ってバナミルの店がある裏通りへ向かう。
なんだかんだありながら真面目に攻略をしようとしてくれてるんだよなあいつらは。
尚更なんであんなチンピラ紛いの事をしようとしてたのか気になるが、根はいい奴らなんだろう。
あの仲良し6人組が味方であることにささやかな安心感を得て、俺達は噴水広場を後にするのだった。
結論から言おう。
レストラン『ばななみるく』はとっくに閉店していた。
まぁ考えてみれば当然だろう。
俺とアドリアが昼に訪れた2時ごろには既に品切れで店じまいだったのだ。
それ以降開店する訳もないしバナミルが店に居る意味もない。
というわけで腹を空かせた俺たちは妥協してNPCレストランを訪れることになるのだった。
「不味い」
適当に頼んだ肉丼を一口食べて呟く。
「文句言わないで下さいよ。NPCレストランなんてほとんどこんな物なんですから」
「そうそう、食えるだけマシだよ」
「でもなぁ。昼にバナミルに作ってもらったヘビ肉丼とは大違いだよ。この米も全然美味しくないし」
現実でいうコシヒカリのような美味しい米ではなくタイ米のようなパサパサした米の上に全く弾力がないふにゃふにゃな肉を乗せた丼ぶり。
美味しいわけがないだろう。
このNPCレストランの不味さがプレイヤー経営の料理店の存在意義を引き立たせる役目にあるという事は分かっているが今回のようにここしか訪れることができないとなれば事は変わる。
好き嫌いが顕著な子供のようなことをいう俺にアドリアがため息をつく。
「それが嫌なら夜は早めに帰るなり自分で料理スキルを取るなりしたらいいじゃないですか」
残念ながら後者は俺には無理だ。
[身体異常]は生産に使う道具にさえ影響するから俺はフライパンすら持てない。
串くらいなら持てるから炙る……か?
いやそれはNPCレストラン以下になりそうな……いや素材によってはいけるのか?
等々不毛なことを考える俺の横ではとっとと謎なうどんを食べ終えたゴルムがデザートに取り掛かっていた。
昼に食べていたものと同じものだが。
「とりあえず、激昂状態に入るまでは気を抜かなければいけますね。3人だから連携を取りやすかったというのもありますが。問題は激昂状態になってからです」
向かいに座るアドリアが話し始める。
当然人数が増えれば連携が困難になり事故も増える。
それを人数で補えるから集団行動が推奨されているわけだがアドリアやゴルムみたいな強いプレイヤーからしたら集団は邪魔でしかないんじゃないだろうか。
俺は……どうだろうな。
やっぱ周りがいた方が安心できるってのはあるが。
「もう1回見れば次は対処するよ。3回もやられるわけにはいかないし」
勇ましくそう言ったのはゴルムだ。
普段はヘラヘラした軽い奴だが戦闘になれば頼れる。
確かにこいつならあれにも勝てるかもしれないな。
「普通の突進より溜めがかなり長い。んで、突進する直前に後ろ脚を少し曲げて次の瞬間には最終点まで到達してる。逆に言えばタイミング自体は図りやすいってこと」
事もなげに言う。
数回見ただけでここまで把握するとは流石だな。
「タイミングが分かってもあれだけ速かったら迎撃もできないだろ。ちょっと触れただけで大ダメージもらうぞ」
「速い代わりに精度は落ちてる。横移動にはついてこれないんじゃないかな」
「……なるほど」
通常状態の時には少し回避しただけだと追行してくる精度があったがあれだけ速くなると制御できなくなるということだろうか。
何にせよ、ある程度対処はできそうだ。
「現時点で分かっている情報を掲示板に載せて、明日改めて挑戦者を募りたいと思います」
「当然俺はリベンジ参加するぞー」
「俺もだ。仕切り、任せちまうけどいいのか?」
今現在はアドリアが攻略組のまとめ役という事になっている。
情報収集に戦闘、仕切り役まで任せてしまっては彼女の負担が大きいだろう。
「大丈夫ですよ。任せてください。初日から決闘かましてる誰かさんよりかは発言力あるはずですから」
「ぐぬ」
昼間のショウマ達との決闘についてはボス挑戦前にバレてこってり絞られている。
何やら、力で制圧するという事はもしそれに負けた場合相手の行為が正当化される、ということらしい。
まぁ要するにあれで俺が負けていたらアイテムを奪うことが正当化されていたという事である。
それだけではなくこれから俺に決闘を申し込んでくる奴が出てくる可能性もあるらしい。
負けたら相手の行為は正当化。俺が勝っても何もなし。
100歩譲って決闘はいいとしてもさすがに1対6とかにはならないでほしいな。
勝てたのは奇跡でしかない。
矢を掴むとかできればもうやりたくないし。
「もう0時ですか。これで解散にしましょうかね」
アドリアのこの言葉で解散になった。
と言ってもプレイベートエリアは全員共通の場所にあるのでそこまでは歩くのだが。
プレイベートエリアは教会にある。
神殿もあるのに教会もあるのか。
詳しくは知らないので何とも言えないがこれはいいのか?
「そういえば、この世界には季節ってあるんでしょうか」
寒くもなく暑くもない夜道を歩いているとアドリアから疑問が飛ぶ。
「現実の方は5月だったか? 向こうも似たような気候だったから気付かなかったけどどうなんだろうなぁ」
もし7,8月になったら猛暑が来るんだろうか。
この世界に関して気になることは多いが、それを知るためにはゲームを攻略して足を広げていくしかない。
俺達が今知っているのは全体のほんの一部だろう。
「では、ここまでですね。皆さん明日もよろしくお願いします」
「おう、おやすみ」
「おやすみー」
教会の前で軽く言葉を交わす。
時刻は深夜0時12分。
俺たちはそれぞれ、プライベートエリアへと別れていくのだった。
「長い一日だったな……」
簡素なベッドに寝転んで呟く。
ゲーム攻略初日。
ゴルゴ山でヘビトカゲを倒しカメレオンを倒しアドリアに会った。
帰りには橙大蛇と激闘を繰り広げバナミルの店で昼食。
押しかけてきたラナに防具の作成依頼をして出歩いていたらショウマ達と遭遇して決闘。
その後ゴルムとアドリアと合流してジュラス広原へと繰り出す。
再び出会ったショウマ達と協力して無茶な手法でガトリングホークを倒した後大イノシシとの戦闘。
すごい凝縮された1日だったと思う。
だがこれからはこれが日常になるんだろう。
まだ最初のボスさえ倒せていない。
これから毎日狩りをして、戦い、死ぬ。
それを繰り返していかないとこのゲームから出られない。
だがきっとこれはマイナスだけではないんだろう。
今日だけでたくさんの人と知り合ったように、これから俺たちはたくさんの人たちと助け合って一つの目的のために団結する。
こんな生活は現実ではできないのではないだろうか。
「ははっ」
俺のこの考えをおかしいという人もいるかもしれない。
犯罪に巻き込まれて何を考えているんだと怒る人もいるかもしれない。
だけど俺はこの日々を愉しもう。
いがみ合う世界に、希望など生まれないのだから。