第15話 最初の番人
「さてと……どうすっかなぁ」
生産広場から離れて今は午後3時。
今から狩場に出たら帰ってくるのは夜になるだろうという時間だ。
まぁこれからの事を考えると夜の戦闘も早くに経験しておいた方がいいのだとは思うが、今日は橙大蛇やショウマ達との決闘も含めて疲れが溜まっている。
「適当に近くでフラフラしつつレベル上げしてとっとと寝るか、攻略の方に力を入れるか……どっちかだろうなぁ」
呟きながら適当に歩を進める。
さて、そろそろOOのゲーム攻略についての事も説明しようかと思う。
当然ながら全てのゲームにはグランドクエストというものがある。
勇者が魔王を倒す。軍で天辺の地位に就く。ある事件の犯人を捜し出す。
これらの大きなクエストが主軸にあり、そこからサイドストーリー等が枝分かれしていくことでゲームというのは成り立っている。
そしてリリックに提示されたログアウトの条件はOOをクリアすること。
クリアとは恐らくグランドクエストのことなのだが、まだ見つかっていないらしい。
つまり今の攻略組の目的はグランドクエストの発見、及びそれがある可能性が最も高いと思われる東エリアの攻略である。
普通のゲームならばNPCに少し話を聞けばグランドクエストの手掛かりになるものはすぐ聞けるのだろうがOOではなぜかこれが通用しない。
何故ならNPCがほぼ全く話さないのだ。
ただ存在して、最小限の事を話すだけのオブジェクトにすぎないらしい。
何か仕掛けがあるのかもしれないが、今はそれを探す取っ掛かりすらも得られていない状況だ。
「とにかく、グランドクエストを探すのが第一だよな……っつって、考えて分かるものでもないか」
とっとと思考を中断する。
今考えるべきことはこれから何をするかだ。
再び思考が初期位置に戻り、これからのことについて考えようとしていると、聞き覚えのある声が耳に入る。
「うはー、死んだ死んだ。いいね、燃えてきた」
「10人であれならOOのボスはレイドボスという訳ではなさそうですね」
「ん……?」
カルカの生産広場からそこまで離れていない位置にある神殿。
そこから数人のプレイヤーがぞろぞろと出て来る。
ざっと数えると10人、その中に2人程見かけた顔が……。
「おう、ゴルムにアドリアじゃないか。神殿からこんなに出てくるなんて、何かあったのか?」
集団の中には藍色の大剣を背負ったゴルムとお馴染みのアドリアが居た。
この神殿は初期に死んだ時のワープポイントに設定されていたはずなので、同時にこれだけ出てくるというのはただ事ではないだろう。
「おお、リュウ。奇遇だね、こんなところで会うなんて」
「まぁ、それが新しい防具ですか。初期装備とは段違いの存在感ですね」
「ちょうどよかった。アドリアさん、リュウにも説明した方がいいよね?」
「そうですね。少し聞きたいこともありましたし」
「……ん?」
「とりあえず、移動しましょうか。皆さん、しばらく作戦を練ります。また明日呼びかけますので、その時にはよろしくお願いしますね」
そのアドリアの一言で解散になったらしい。
いかにも強そうなプレイヤー達は三々五々に散って行った。
「んで? 何があったんだ?」
急かすように聞くと、アドリアが難しい顔をしながら答えた。
「やっと東エリアの……エリアボスと思われるモンスターが見つかったんです」
「結構早かったな。1エリアにかかる日数が1日と半分か」
場所はNPCが経営する喫茶店。
そこで俺たちは大して旨くもない茶を片手に話を再開する。
「そうでもありませんよ。数十人がかりで攻略して1日半ですから。問題はボスです」
そう言ってアドリアがチラッと横に視線を向けると同時にイスをぎっこぎっこ揺らしていたゴルムが姿勢を正す。
相変わらず緊張感のないやつだ。
「そうそう。なかなか強かったよあいつ。奇襲が全然効果なかったしなぁ」
「本当に厄介で……とりあえず、一から説明しましょうか」
城下町カルカより東には、超広大な草原が広がっている。その名もジュラス広原。
基本的に木がほとんどない為見晴らしがいい。初心者フィールドな為モンスターもそこまで強くない。
ならば何故ボス発見に1日半もかかったのか。
先ほども言ったようにその広大さ故である。
広い草原というのは一見楽に攻略できそうなものだが実際は違う。
まず目印がない。
カルカが見えない位置まで歩いてきてしまえばもう自分がどこに居るかもわからない。
見渡す限りの地平線である。
ただ歩くだけならまだしも、そこはモンスターが闊歩するフィールドだ。
少し戦えば今来た方向などすぐにわからなくなるだろう。
その余りの広大さから『見えない迷宮』などと呼ばれているらしい。
誰か知らんが名付けた人は厨二か。
「私たちがボスの居る場所を見つけられたのもほんの偶然です。完全に迷ってしまって適当に歩いていたら運よく辿り着いただけで」
ジュラス広原で攻略しているパーティは時間通りに帰ってこれる事がほぼないらしい。
というよりも迷ったらまず帰ってこれないので皆で自殺して死に戻りするんだそうだ。怖い。
「するとこれからの方針はどうなるんだ? パーティごとに闇雲に歩いて行っても意味ないだろ?」
最もな理由を口にする。
ジュラス広原は協力していかないと攻略できる気がしない。
「そこですね。私たちはジュラス広原には何かしらのギミックがあるのではないかと考えています」
ギミックとはまぁ所謂仕掛けだ。
謎解きやある一定の条件を満たすと仕掛けを解くことができ、先に進めるというような。
「ギミックか。何かしらの目印があって攻略できるようになるってんなら、今はどうしようもないな。手掛かりが何もない訳だし……おっと、そういやボスの事をまだ聞いてなかった。どんな奴なんだ?」
アドリアの隣で黙々とパフェらしき物を食べ進めていたゴルムに聞く。
話を振られたゴルムは断腸の様子でスプーンを手放すと、背もたれに寄りかかって顔を顰めた。
「んー……一言で言うとブタかな?」
「は?」
「だからブタなんだよ。鼻がでっかくてフガフガしてて」
さっぱり分からない。
助けを求めるように隣のアドリアへと視線を移すと苦笑していた。
「まぁブタというのもあながち間違いではないですが、どちらかというとあれはイノシシですかね」
「あーイノシシね、それだそれだ」
「何なんだお前は」
とりあえずゴルムに質問するのはもうやめておこう。
時間の無駄だ。
「主な攻撃が突進ですね。高さ2mくらいのところに頭頂部があるので、突進するとちょうど牙が人間の胸の部分にあります。直撃したら即死ですね」
「ふむ、なるほど。普通のイノシシが突進すると人間の太ももくらいって言うしそれくらいなんだろうな。でも突進くらいしか芸がなさそうなのにお前らが負けるってよっぽどなんだろ?」
言うとアドリアと、今度はモンブランに取り掛かっているゴルムが苦い顔をする。
「突進はまだなんとか躱せるんですが、とにかく敏感なんです。後ろを取るのにも一苦労ですし奇襲なんて効きません。メイジの人によると魔法詠唱にもすごく敏感なんだとか」
「アドリアさんは消えて攻撃しようとして真っ先に死んでた」
「うるさいですね。最初なんだから何事も挑戦です」
赤くなって反論するアドリア。
アドリアが動揺しているのは初めて見たかもしれない。
ゴルムのペースに乗せられたら終わりだぞ、と心の中で忠告しておく。
「そういえば私が戻ってからゴルムが死に戻りして出てくるまでに間がありましたよね」
「まぁ大したことはしてないよ。皆死んで俺だけになっちゃったから攻撃を躱しつつ様子を見てたんだ。そこまでいい情報は得られなかったし」
喋りながらもモンブランをひょいパクひょいパクと口に放り込んでいる。
しかしさすがゴルムだな。1対1でもそこそこ持つのか。
「でも一つだけ分かった」
ゴルムはそう言うと最後に残った栗をぽーいと上に放り投げて口でキャッチする。
「はいふふぁひょーひんふーふぇはっはほうふぁひーっふぇほほは!」
「ドヤ顔で言われても何言ってっかわかんねぇよ」
思わず頭をひっぱたく。
こいつと付き合ってると突っ込みをする回数が格段に増えるのはなんでだろう。
ゴルムは栗をもぐもぐと噛んでごっくんと飲むとふぃーっとため息をつく。
「思ったより栗がでかかった」
「そいつはよかったなすごいサービスだ。しかしお前よくそんなに甘いもん食えるな」
俺はそんなに甘くないと言われるあんこでさえそこまで好きじゃないんだが。
言われたゴルムはしかめっ面のままスプーンを離す。
乱雑に扱われたスプーンが、パフェの器とぶつかって甲高い音を響かせた。
「まーね。現実でよく彼女に甘い物食べに行くの付き合わされてたし」
「……そうか」
暗い調子で言うゴルムに、俺も言葉を失くす。
こいつにはこいつなりの考えがあって、こうして戦っているんだ。
あまり突っ込むのも良くない。
ゴルムの彼女については、俺も面識がある訳だが……まぁその話は今は関係ないだろう。
「とにかく、その子に会うためにもまず第一歩としてあのイノシシを倒すべきですね」
「その通り」
「だからとっとと気づいたことを教えてください」
「……その通り」
しゅんとするゴルム。
お前は感情の起伏が激しすぎだ。
そしてゴルムは、俺とアドリアを交互に見ながら言う。
「あいつと1対1でやって気づいたこと、それは少数の方が戦いやすいってことだ。だからこれから3人であいつを倒しに行くぞ!」