第9話 美味い飯、大事
「ぐへー。疲れたー」
今度こそゴルゴ山を抜け、カルカへ辿り着いたところでようやく肩の力を抜いて声をあげる。
「本当ですね……まさか序盤からあんなモンスターが居るとは思いませんでしたよ……」
「さすがにレアポップだとは思うが……あんなのがコロコロ居てたまるか……」
「とは言え、倒しちゃいましたから。相当レアな素材も手に入ったと思いますし、中々の装備が作れるはずですよ」
「なるほどな。まぁまず昼飯にしよう。腹減った……」
空腹で帰ろうとしたところでウワバミに襲われたのだ。
それから1時間も戦い続け、そろそろ空腹は限界に近くなっている。
「ええ、そうですね。まず食事にしましょうか」
「うーん……これはどういうことだ」
「やっぱり……そうなんでしょうねぇ」
城下町カルカ裏通りにあったレストラン『ばななみるく』にようやくたどり着いた俺とアドリアだったが、店の扉には
【在庫切れにつき店じまい】
の文字が。
「裏通りに作っても関係なかったってことなんでしょうね……」
「人の食への愛情恐るべしだな……だが今からNPCレストランへ行くなんて俺には耐えられない……」
「どうするんですか……?」
「こうする」
アドリアの言葉にそう答えると『バナナミルク』の扉を開ける。
鍵はかかっていなかったようでカランカラーン、という軽快な音と共に扉が開いた。
「ちょ、ちょっとリュウ!」
「おじゃましまーす、っと、店長さん?」
入った先にはカウンターに座ってお茶をすすっている、いかにもシェフらしい恰好をした男がいた。
身長180cmはあるだろう。ガタイの良い体つきをしていて鎧を装備すればそれだけで歴戦のタンクと見まごうような体系だ。
ゲーム開始2日目で建てた店なのだから当然なのだが、中はそれ程広くなく、よくあるラーメン屋のようにカウンターの前に席が7つ置いてあるだけだった。
「んん? 確かに店長は俺だが、今は閉店中だぜ?」
「随分早い閉店だな。そんだけ売れ行きが良かったってことか?」
「まぁな。作っても作っても客足が途絶えないんでこっちは死ぬ気だったよ。初日からこんなことになるとは、本当に予想外だ」
額を抑えつつシェフが嘆く。まだ午後1時過ぎだというのに在庫切れになるということはそれ程店が繁盛したということなのだろう。
「そこで提案があるんだが」
「ん?」
「俺らは今狩りを終えてきたところで腹が減ってる。あんたは材料がなくて困ってる。利害が一致するよな?」
「はっ、なるほどな。いいぜ、ただ、一つ条件を付けさせてもらおう」
「お、あんた話が分かるな、どんなんだ?」
俺の言葉にシェフはニヤリと笑うと言葉を続けた。
「お前が持ってきた素材を俺がただ料理するだけじゃ面白くないだろ?俺の料理スキルが上がるレベルの素材を持ってこないと作らねぇ」
「よっしゃノった。俺はリュウだ、よろしくおっさん」
「おっさんじゃねぇ、バナミルだ。こっちこそよろしくな、リュウ」
取引が成立した俺たちはがっしりと握手を交わしたのだった。
後ろでため息を吐いているアドリアは気にしない。
「こいつはすげぇな!お前ら何をやってたんだよ!」
俺がトレードウィンドウに掲示した素材はヘビの肉、トカゲの肉、カメレオンの肉の3種類だが、量がハンパない、特にヘビ。
ゴルゴ山の素材はまだあまり流通していないだろうし十分料理スキル上がるだろう。
橙大蛇の素材を見せていないのは渋ったからでなく単純に今の料理スキルでは扱えないであろうことが分かりきっているからである。
「飯、作ってくれるか?」
「十分だ! さっそく作るぜ、座ってちょっと待っててくれや」
何やらすごい形相で厨房へ引っ込んでいくバナミル。
既に生産スイッチが入っているようで何よりだ。
「はぁ……どうしてこうなったのやら」
隣に座るアドリアが何やら深くため息をつく。
「ま、飯が食えるんだからそれでいいだろ」
ちなみに素材は俺とアドリアがそれぞれ渡しておいてある。
モンスターからドロップする素材はパーティーで自動分配されるのでアドリアも俺と同じ量の素材を持ってるはずだ。
この機能がなかったらドロップ品の分配が面倒なことになっていたことだろう。
「とりあえず、私はゴルゴ山についての情報を掲示板に上げておきますね。橙大蛇の事も書いておきますがドロップ品まで載せていいですか?」
「ああ、まぁ大丈夫だろ。結構貴重な素材採れるんだしこれで生産者が店を出してくれりゃあいいが」
「生産スキルは序盤のスキル上げが大変ですからね。ここを乗り越えればすぐにでも店を出す人が増えると思いますよ。今のうちに生産者と知り合っておくのが吉ですね」
「ま、そんなもんか」
答えつつ掲示板を開く。
今日はどんな情報が更新されてるかな。
北エリアに関するスレ@2
1:アドリア
ここは城下町カルカから北、ゴルゴ山について話し合うスレです。情報交換は活発にいきましょう。
27:コウジ
ゴルゴ山やばいな。今朝3人PTで行ったんだが絶え間ないヘビの奇襲でほとんど探索が進まない。ある程度進んだところでトカゲに出会って突進で壊滅した。
あそこは東エリアを攻略してから行くべきだと思う。レベルが段違い。
28:醤油ラーメン
とりあえず出現モンスターはヘビことゴルゴスネーク、トカゲことジャングルリザードを確認。探知系スキルがないとヘビで手間取ってまともに進めない。トカゲは突進に気を付けないと危険。盾で防ぐより素直に回避推奨。
38:ニーナ
大樹の根元にセーフティエリアを確認しました。周りの木々に溶け込んでいるので発見は困難かもしれません。
39:フウマ
やばいのを確認した。
6人フルPTで探索をしていたところ名称は不明だがウワバミを確認。一直線にどこかを目指していたようだが進行方向に俺たちが居たのでターゲットと見なされた模様。オレンジ色で長さは50mくらいあったと思う。直径1m程の巨大なヘビ。攻撃を2回食らったら即死するレベルで一瞬で全員死んだ( ;∀;)。
40:カラクサ
マジか。
41:ジュリア
何そのチート。
42:リーシア
これはいよいよ北エリアは後回しにした方が良さそうですね。とりあえずレベル上げが先決かと。
45:木端微塵
こっちもウワバミ確認。が、戦闘中みたいだった。戦ってた相手は二人かな?確認したかったけど少し近づいた時点で尻尾に薙ぎ払われて4人全員即死しました(*'▽')。
46:ジュリア
何やってるのww
47:フウマ
二人であれに挑むとは。死んだらここで情報公開してくれるといいが。
48:リーシア
一撃で全員即死ってどんなチートよwそしてそれを相手してる二人組って。
49:キキラ
噂のウワバミを見ようとゴルゴ山に行ってみたがヘビに絞殺された☆
50:ジュジュ
何やってるのwww
51:コウジ
マジで死角から来るから対処できないとそのまま首絞められて死ぬ。PT組んでたから何とかなったけどソロで行くのは無理ゲー。
64:リーシア
ウワバミペアの二人組はまだ戦ってるんだろうかね?だとしたらかなりの手練れ…。
65:フウマ
それはないと思うwあれに渡り合うにはレベルが20は欲しいところ。
66:ジュリア
そんな強いんだ。じゃあ現れないのは単に忘れてるだけかな。
67:フウマ
たぶんそんなところだと。これ以上犠牲が出る前にゴルゴ山攻略を一旦打ち切らないと…w
81:アドリア
こんにちは、情報屋のアドリアです。
ゴルゴ山の情報を載せて行こうと思います。
82:リーシア
本職さん乙です!
83:フウマ
お、アドリアさんちーっす。
84:アドリア
出現モンスターはヘビことゴルゴスネーク、トカゲことジャングルリザード、カメレオンことシーフカメレオン、巨大ヘビこと橙大蛇を確認しました。
85:醤油ラーメン
なんと、まだ未発見モンスターが居たのか。カメレオンは気づけないわなぁ。
86:フウマ
アドリアさんもあのデカブツに挑んできたのかw
87:アドリア
ゴルゴスネークは長さ30cm程の小さいヘビで、主に木の上から奇襲を仕掛けてきます。探知系スキルがあれば余裕なので持ってる人はゴルゴ山での行動が楽になると思います。
ドロップ品は肉、皮、稀に抜け殻が出ます。
ジャングルリザードは大きなトカゲです。体長1m程の大きさで噛みつきと突進攻撃を行ってきます。見かけによらずスピードが速いので、突進攻撃には十分注意が必要です。
ドロップ品は肉、皮、尾、それに緑のコケというアイテムが手に入ります。
シーフカメレオンは恐らくレアpopだと思われます。私の仮説だとヘビを一定数狩った後にトカゲを倒す、というのがpop条件だと考えられています。
姿を消してこちらのアイテムを盗む攻撃を行ってきます。殺傷能力は高くありませんが、武器を盗まれることもあり、その時にヘビに襲われると危険です。
常に姿を消しているためこちらも探知系スキルが必須になります。場所が分かれば本体自体は強くないです。
ドロップ品は肉、皮膚、舌です。アイテムを盗まれていても倒すとドロップ品として手に入るので撤退は避けたいところ。
最後に橙大蛇です。体長50m程、直径1m程のウワバミで、今のレベル、装備だと一撃一撃がとても強力です。装備によっては一撃死もあると思われます。
攻撃は噛みつき、尻尾による薙ぎ払い、ローリングによる攻撃の3種類、そしてHPが減ると激昂状態となり、攻撃全てに強力な毒属性が追加される他、毒の塊を飛ばす攻撃も行ってきます。攻撃時間から換算すると恐らく残りHPが2割程で激昂状態に入ると思われます。
pop条件は分かりませんが、私たちの前に現れた時には既に臨戦状態に入っていたため、popしたときには既にターゲットを決めているのかもしれません。パートナーの方も一直線で向かってきている、と言っていました。
正直かなり強いので戦闘はお勧めしませんが、足もかなり速いので撤退も厳しいです。私の時はパートナーの方がとても強く、攻撃をほぼすべて躱していたためどうにか倒すことができましたが、私にはあんなのは無理です。通常状態でも十分速いですが、激昂状態に入ると速度が恐らく1.5倍くらいになります。戦闘時間は約80分ほどでした。
ドロップ品は肉、皮、牙、毒液、尾、それと大蛇の紅玉というアイテムです。
もし遭遇してしまったらあきらめることを推奨します。とりあえず初期装備のままゴルゴ山をふらつくような私のパートナーのような事はせず、素直に別エリアでレベル上げをしましょう。
ちなみに私のレベルは7、相方のレベルは9でした。
88:フウマ
…
89:リーシア
…
90:醤油ラーメン
…
91:ジュリア
…おう
92:コウジ
それなんてリアルチート?
93:フウマ
あれを倒したのか。…初期装備で。レベル8で。
94:木端微塵
あの戦ってた片方がアドリアさんだったとは…。ただの情報屋じゃなかったのか。
95:ナンナンセン
激昂状態なんてあるのか…。全ての攻撃に毒属性が付与とは、本当にただのレアpopモンスターなのか気になるところだな。
「なぁ、アドリア?」
「な、なんでしょう?」
隣に座るアドリアをジト目で眺める。
「……なんで俺が変人見たくなってるんだ?」
「いやその通りだと思いますよ?あんな攻撃を躱しまくってるリュウがおかしいんですよ。掲示板の皆さん瞬殺されてますよ?」
「あれくらい慣れれば躱せるように……」
「なりませんよ。というか戦闘中に慣れるってどういうことですか。慣れるまでに瞬殺されますって」
「ほら俺はあれだ。スキルで基礎値が狂ってるから」
「それを計算に入れてもおかしいって言ってるんですよ。怒った時のあいつの速さはすごかったですからね。戦闘が終わった後の周囲を見ましたか? ほとんどの樹がなぎ倒されて周囲100mくらいの樹がなくなってましたから」
「うへぇ、マジか」
「それ程の攻撃をすべて躱しきったリュウを変人扱いして何が悪いんですか!」
「開き直るなよ……」
思わず肩を落とす。
「ま、そう落ち込むなリュウ、強いのは悪いことじゃねえだろうが。ほい、肉盛り盛りフルコースだ。情報屋のねーちゃんはこっちだな」
フォローになっていない言葉と共に現れたバナミルが、俺の前に大量の肉を、アドリアの前にどんぶりを一つ置く。
ちなみに全然フルコースではない。
「おお、ありがとなバナミル」
「なんのなんの、料理スキルだいぶ上がったからな。こっちこそ感謝するぜ」
「おいしそうですね。有り難く頂きます」
「いただきます」
「おうよ、味わってくれや」
話を中断して、目の前の食事に取り掛かる。
注目されるのは好きではないが、これも最初の内だけだろう。
俺とアドリアはしばし言葉を忘れ、料理に舌鼓を打つのだった。