聖夜の一人語り
クリスマスイブ当日に僕は駅前の時計台前へとやってきた。
時計台の前はクリスマスイブと言うこともあり、あちらこちら装飾されていて非常に派手である。
何より時計台のイルミネーションは暗いところが好きな僕にはまぶしすぎる。
夜行性の僕にとってはもうちょっと暗いぐらいの方が丁度いいんだが、状況が状況なのでそんなことを言ってられない。
「たっくん、待った?」
「俺も今来たところだよ。さぁ行こうか」
僕の横でまた1組のカップルが楽しそうに町のほうに消えていく。
横を通り過ぎたカップルはお互いの手でハートを描くように手をつなぎ、体を寄せ合ってとても楽しそうだ。
ただその光景を見ているだけで僕は吐き気がする。
何でクリスマスイブはこのようなカップルが大量にわくのだろう。
そもそもクリスマスは本当は家族と過ごす日であって、カップルがいちゃつく日ではないはずだ。
こんなくそ寒い中よく外を出かけられるなと感心してしまう。
僕は首に巻いてあるマフラーで口元を隠すように覆に寒さを紛らわした。
元々僕がここにいる理由はある人物からの依頼を果たすためだから。
話せば長くなるが、それは12月1日のこと。
あの日も今日のようにくそ寒かった日の話である。
☆★☆★
「彼女の浮気ですか?」
「そうだ。絶対浮気をしているんだよ」
教室の中1人の男子生徒が鬼の形相でそう話す。
僕に相談を持ちかけてきたのは野球部の元キャプテンである鮫島という男性だ。
見た目は爽やかな風貌でぱっと見た感じ野球よりもサッカーの方を連想してしまう程格好いい。
それぐらい彼の評価は学年でも高い。
確か女子や先生からの人望も厚く、成績も学内で10位以内だったと記憶をしている。
僕が彼を元キャプテンとつけるのは彼が高校3年生で8月に部活を引退したからそういっているだけである。
「具体的に彼女はどのような行動をしているんですか?」
「あぁ、例えば俺と一緒にいる時でもよく携帯を見てたり、最近俺が遊びに誘っても用事があってこれないとかそっけないんだよ」
彼は心底怒っているようでその場で地団太を踏んでいる。
僕からしてみたら彼の思考は理解不能だ。
携帯を見たり用事で遊べないことなどはよくある常套句だと思うのだが彼にとっては違うのだろうか。
むしろそれぐらいで彼女のことを信じられないようなら今すぐに別れるべきだと思う。
それが彼と彼女のためである。
「具体性にかけるので却下です。第一にそんなことをして誰が得をするんですか?」
「得をするとかそういう問題じゃない。ただ俺は真実が知りたいだけだ」
「真実‥‥‥‥ですか」
目の前にいる鮫島は熱く、僕にとっては暑いを思うぐらいの持論を語ってくれる。
その光景は僕にとっては滑稽に見えてしまう。
大抵このパターンの時は第3者の話に耳を傾けることをしないからだ。
「それに俺はお前のことを知ってるんだぞ」
鮫島の発言に僕は心底うんざりする。
僕のことはクラス中だけでなく学内に噂は広がっているので今更知っている人がいたってどうということはない。
「はて、何のことですか?」
それでも僕はあえて彼に惚けた振りをした。
この時少し動揺しているそぶりを彼に見せておく。
道化師としてはこれぐらいが上出来ではないのだろうか。
「お前が学内の問題を数々解決してきた『探偵』だってことだよ。3年間で人の色々な悩みを解決してきたって聞いたぞ」
彼が僕に見せる表情は真剣そのものである。
寒いのに額から流れ出る汗は若き青春を送る彼の熱量なのだろう。
ただ、彼は1つだけ見落としていることがある。
僕は『探偵』の他にもう1つあだ名がついていることを彼は知らないのだろうか。
「その回答だと50点といった所でしょう。あなたは僕のもう1つのあだ名を知らないんですか? ‥‥‥‥『壊し屋』ってあだ名を」
僕が『壊し屋』と呼ばれることになった発端は高校2年生の時同じクラスだった矢沢悠里という女の子が僕に相談したことが始まりだった。
僕の家は鬼屋敷探偵事務所という小さな探偵事務所をを営んでいて、高校卒業後は僕がその探偵事務所を継ぐことが決定している。
探偵事務所の息子ということで僕にはこういう相談が入学してから後を絶たなかった。
矢沢さんの依頼は簡単な恋愛相談だったのだが、僕が調査した所矢沢さんが片思いをしている男性には付き合っている女性がいることが判明した。
大学生で面倒見のいい彼女、料理も出来て包容力もある。
その女性はあまりにも完璧すぎて矢沢さんの勝てる所はほとんどなかった。
だから僕は彼女にちょっとだけアドバイスを与えいとしの彼と付き合えるように裏工作をした。
その結果彼女は片思いの人とちゃんと付き合えるようになったという話しだ。
元々矢沢さんは他の高校生よりもちょっとだけ発育がよく同年代の女の子よりも少し可愛い。
ただ、臆病で積極性に欠ける彼女のために僕はお膳立てをしてあげただけである。
具体的には体育倉庫の中にふかふかのマットを敷いた後2人を偽の手紙を使って中に呼び出し、揃った所で入り口の扉を閉め2人を中に閉じ込める簡単なお仕事だ。
2時間ぐらいした後、助けに来たふりをして体育倉庫のドアを何度か叩き扉を開けると気まずい表情をして、顔を赤くした2人がそこにはいた。
僕はその後、依頼者である矢沢さんから2人が付き合い始めたという報告をもらう。
まぁ、その数ヵ月後男の方が浮気したとか子供がうんたらかんたらとか色々あって2人は学校をやめることになるのだがそんなことは僕の知ったことじゃない。
結果的に2人は付き合ったという事実だけが残ればそれでいい。
それが重要なことである。
その後も色々相談を受けその問題を解決するうちに、僕には『壊し屋』という名称がついていた。
誰がつけたのかわからないが少なくとも僕はその名称を気に入っている。
「それでもいいんですか?」
「別にいいよ。それで真実がわかるなら。だから頼む、浮気調査の依頼を引き受けてくれないか?」
そういう彼は拝むように僕に頭を下げてきた。
僕はこのような依頼はあまり受けたくないのだがここまで頭を下げられたら致し方ない。
それにもしかしたらこの依頼を通して面白いものが見れるかもしれないのでここは引き受けるとしよう。
「いいですよ。浮気調査ですか。その話し引き受けましょう」
「助かるよ。それでこそお前に頼んだかいがある」
本当はそんなことを思ってもいないくせに。
「ただ、時間は少しかかってしまいます。とりあえず2週間後に今日と同じ時間、同じ場所で落ち合いましょう」
「わかった。期待してるぜ」
そういい残すと鮫島は自分の鞄を持って教室を飛び出していった。
鮫島が教室を飛び出した後、僕は自分の手帳を取り出し早速クライアントの彼女さんの基本情報を調べる作業に入る。
彼の彼女さんは僕も名前だけは知っている。
名前は田所由美。3年Aクラスに所属しており、部活はバレー部で身長の高いモデルみたいな女の子という認識だ。
ただそれ以上の情報は僕もわからないのでそれらの情報に詳しいある人へ電話をかけた。
電話をかけたその人は6コール後電話に出た。
『またあなた? いい加減にしてくれないかな? 今受験勉強で急がしいんだけど?』
「急にすいません。また朝倉さんのお話が聞きたくて」
朝倉という女性は僕と同じクラスの情報通な女子で僕の中で唯一友人と呼べる間柄である。
彼女は情報網は広く、色々なことを知っている。
本当は僕よりも彼女の方が探偵向きだと思うのだが、本人は探偵業に乗り気ではない。
『私の話ってことはまた何か相談でも受けたの?』
「はい、またそれが結構厄介なもので‥‥」
そして僕は今まで起こった一連の出来事を彼女に全て話す。
脚色を加えずにただ愚直に今まであったことを全て話した。
『なるほど、浮気調査ね‥‥そんなことを引き受けるなんてあなたらしくないわね』
「そうですか? 僕はこういう男と女のドロドロしたものも好きですけど?」
『やっぱり貴方って変わってるわ。いいわ。後で彼女の情報を送るからちょっと待ってて』
「ありがとうございます。今度なんかおごりますので‥‥では失礼します」
そういい、携帯の通話ボタンを押下する。
5分ぐらい待つと僕の携帯が振るえたので、携帯を開きメールの文面を確認するとそこには彼女の情報が書いてあった。
「えっと、田所由美18歳、○△中学卒業、部活動 バレー部所属‥‥」
基本朝倉から送られてくるのは基本的なプロフィールのみだ。
ただ、その情報の中で僕がもっとも欲しているデータがある。
「バイト先は近くのハンバーガーショップ‥‥‥‥交友関係は‥‥‥‥なるほど。これは少し厄介かも知れません」
彼女の交友関係のデータは朝倉が送ってくれたデータの中で一番重要なものである。
このデータを目安に色んな人に当たっていくことになるのだ。
その中に僕が一番会いたくない人の名前ももちろん含まれている。
「これは僕と彼女の宿命なのですかね」
毎回僕が仕事の依頼を受けるたびに何かしら彼女から妨害を受けてきた。
今回も僕に対して色々妨害を加えてくる気がする。
僕達の関係は何かの因果かもしれない。
僕はそんなことを考えながら、これからどのように浮気調査をしようか作戦を考えていた。
☆★☆★
それから1週間、僕は再び空き教室へと足を踏み入れると爽やかイケメンと定評のある鮫島が僕を迎えてくれる。
彼は前回会った時とは違い、妙に落ち着いていた。
「遅れてしまい申し訳ありません」
「全然かまわない。それよりも約束の資料は用意できているのか?」
「もちろんです。こちらにあります」
僕はそういうと懐に抱えていた封筒から複数の写真と、調査書を彼の前に差しだす。
調査書と写真を見る鮫島君は僕の予想通り驚愕の表情をうかべていた。
彼がそんな表情をうかべるのも無理はない。
写真に写っているのは田所由美が見知らぬ男性と2人っきりで歩いている所であるからだ。
「まだ彼女が浮気しているかわかりませんが、田所さんの隣に歩いているこの男性はバイト先の先輩のようです」
これは朝倉からもらった基本情報を基に捜査をした結果である。
僕はまず彼女が勤めているバイト先で張り込みをした。
バイト先は朝倉が教えてくれたので場所は簡単に知ることが出来た。
それから彼女が先輩に家まで送ってもらうことを発見した写真が今鮫島が見ている写真である。
「で、これが由美の浮気相手って男か?」
「そこまではまだわかりません。こちらの写真も見てください」
そういい、僕は鮫島に机に散らばった中から一枚の写真を取り彼に渡す。
その写真に写っていたのは40代ぐらいの叔父さんと腕を組んで歩いている田所由美の姿だった。
「これは‥‥‥‥」
「休日に40代ぐらいの叔父さんと仲良く腕を組みながら歩いていく田所由美の姿です。なお彼女達はこの後ちょっとお高い洋食店に入っていくのを目撃しました」
「あの女‥‥」
目の前の鮫島君は額に青筋をぴくぴくと浮かべ険しい顔をしている。
先程までの爽やかなイケメン顔はどこに行ったのだろうか。
人間嫉妬に狂うと本当に怖い。
「それとこれは彼女が学校を終わった後のものですね。バイトがない日に20代ぐらいの社会人風の男性と‥‥」
「もういい」
鮫島君は震えた声音で僕にそういった。
彼の顔は鬼の形相をしており、彼を知っている人が今の姿を見たらは逃げ出してしまうだろう。
でも僕には彼の感情がいまひとつ理解が出来ない。
元から2人が付き合わなければ鮫島が田所にこんな感情を向けることはないのではないだろうか。
何故相手のことを知らないうちに付き合おうと思うのか僕にはわからない。
それでいて真実を知りたい?
ちゃんと相手のことを知りもせずに付き合うからこんなことになるんだ。
自業自得もいい所である。
「じゃあ僕はこれでお暇させていただきます。今回のものでは証拠が不十分ですので次回はもっと詳しい資料の方を追加でお渡ししますね」
「わかった」
僕が彼の表情を一瞥すると先程とは違い不適に笑う鮫島君の姿がそこにはあった。
全く人間ってのはどうしてこうも醜いものなんだろう。
この鮫島の顔が本当の鮫島の姿なのだと僕にはわかる。
長年の相談業務で得た勘がそう告げている。
そして醜い姿をした彼を1人おき、僕は教室を後にした。
☆★☆★
それからまた1週間後、顔面蒼白な彼を送り出し僕は机に広げた資料を片付ける。
今回の資料は少しではあるが彼女の過去にも触れてある。
彼女の過去を調べた結果まぁ、彼女の黒い噂が出るわ出るわまさに大量といってもいい。
彼女は中学時代バレー部に所属しながら髪は茶髪に染め、派手な交友関係を送っていたらしい。
まさしく今の清楚な姿とは似てもにつかない。
きっと彼女は中学時代に男というものを知ったのだろう。
それで今は髪を茶色から黒に戻し、昔のような厚化粧も殆どしなくなったと推測してもいい。
こういう人のことをまさに清楚系ビッチというのだろう。
清楚か可憐かは知らないがビッチはビッチである。
その事実だけは変わらない。
きっとこの事実を知った男子生徒達はきっと驚愕するだろうな。
あの清楚で可憐だった田所由美が中学生は茶髪で派手な男関係を送っていたビッチだって。
この事実は言いふらす気はないので僕の胸の中にとどめておく。
「ちょっといいかしら」
僕が後ろを振り向くとそこには1人の髪の長い少女がいた。
その少女は田所由美みたいな清楚系ビッチではなく僕が知る限り本物の可憐で上品で清楚な美少女である。
「海宝ですか? 今日はいったいどのような御用件で?」
海宝瑠璃は俺を睨みつけたままドアの付近にたたずんでいる。
彼女はとある財閥の一人娘で学校では有名な女性である。
その美貌は美しくまたそれを鼻にかけることもないので男姓女性問わず、学内での人気も高い。
彼女とは高校1年生の時に出会いそれから何かと付き合いがあった。
仲がよかったこともあれば、いがみ合ったこともあるそんな間柄だ。
「よくそんな口が聞けるわね。貴方は自分が何をしているのかわかってるの?」
「そんな怖い顔をしないで下さいよ。僕はクライアントにただ真実を伝えているだけです。それ以上でもそれ以下でもありません」
「ふざけないで。鮫島君にあることない事吹き込んで。貴方は2人の関係を引き裂こうとしているんだよ」
海宝は僕のことを今にも掴みかかる勢いで睨みつける。
歯軋りをしながら彼女は複数枚の写真を僕の方に投げつけた。
僕は投げつけられた写真の1枚を拾い、その写真には僕がこの前鮫島に渡した写真だった。
「その写真は鮫島君が由美に突きつけたものだよ。由美はその時バイト先の先輩に相談していたんだって。彼氏のクリスマスプレゼントを何にするかって」
海宝はどうやら田所から余計な情報を入手したようだ。
朝倉からもらった基本情報の交友関係のところに海宝の名前が書いてあったことに嫌な予感がしていたが的中である。
彼女はいつだって正しくみんなが幸せになることに重きを置く。
真実なんか目を背け、みんなが幸せになるような道を探し続けている。
はっきり言ってそれは偽善でしかない。
偽善などよりも依頼者本人がどういうことを望んでいるのかが重要である。
幸せよりも俺は依頼者から頼まれた結果が俺にとっては重要だ。
なので僕と彼女は根本の所で違っている。
「それでも一緒に帰っていたというのは事実です。僕はそのことを鮫島君にお伝えしただけです」
淡々と説明口調で話す僕に対して彼女は僕から目線をはずさない。
そんなに見つめられると僕の方が恥ずかしいんですけどね。
「他にも由美のお兄ちゃんと歩いていた所の写真もあった」
「20代ぐらいの人と歩いていたのは事実ですよね?」
「由美がお父さんと一緒に歩いてた写真もあった」
「40代ぐらいの叔父さんと一緒に歩いていたことも事実じゃないですか? 何の問題はありません」
「違う、貴方のやり方は間違ってる」
ドンという机を強く叩く音が教室の静寂を打ち破った。
「何が間違っているんですか?」
「鮫島君は由美に写真を見せた後、援助交際をしてるんじゃないかって言ってた。その言葉を聞いた由美はどうしたと思う? 泣いてたんだよ。自分の父親やお兄さんと歩いていただけで彼氏に疑われて」
「それは彼女の不注意がいけないんじゃないですか? もしくは鮫島君の懐がよほど狭いんですね。僕は別に彼には何も言っていませよ」
僕がそういうと海宝はキッと鋭い視線で僕のことを睨みつけてくる。
その視線は人を殺せそうな恨みがこもった鋭い視線である。
「貴方が‥‥‥‥貴方がただ一言『お兄さん』や『お父さん』と歩いていたって付け加えとけばこんなことにはならなかったのに」
彼女が悔しそうに言う表情が印象的だった。
実際は僕もそのことは把握済みである。
だが僕が語るのは事実のみだ。
海宝のように20代男性、40代男性と歩いていたと普通の人が聞いたらきっと兄弟や父親を想像するだろう。
鮫島も田所の家族構成は把握していたはずだ。
それなのに自分で勝手に援助交際だと思い込んでいるのだから酷い話である。
「言いがかりですね。仮に僕がそのことを把握していたからってどうなるんですか?」
「やっぱり‥‥」
「どうしたんですか? 僕を殴るんですか?」
「殴らないわ‥‥‥‥あなたなんて殴る価値もない」
両拳を握りプルプルと震わしながら海宝は真正面から僕のことをにらみつけるだけである。
これは僕にとってつまらない展開だ。
ここで僕のことを殴って『あんたなんか大嫌い』とでも言えばどこかの青春ラブコメみたいなことになっていただろうに。
そういう雰囲気を味わいたかったなと怒りに震える彼女を見ながらふと思った。
「見てなさい‥‥‥‥絶対にあんたの好きにはさせないから」
「おおぅ、怖い怖い。肝に銘じておきます」
彼女はおどける僕を一瞥すると後ろを向きドアの外へと歩いていく。
この時僕は厄介な相手に知られてしまったなと心の中で愚痴るだけであった。
☆★☆★
さらに1週間後の12月22日、鮫島の唐突な発言によって事態は急転する。
「なぁ、悪いが依頼はこれで終了してもらってもいいか?」
申し訳なさそうな彼の表情は今までと違っていた。
「どうしてか理由を聞かせていただいてもいいですか?」
「それがな、どうやら浮気自体も俺の勘違いだってことがわかったから‥‥」
多分彼は海宝に何か吹き込まれたのだろう。
彼女が何をしたのかを僕は知らないが大体予想はつく。
鮫島と田所の間に入って話し合いの場を作り、彼と彼女の中を取り持ち関係の修復を図ったのだろう。
そこで彼女独自に調べた資料を2人に見せながら、説得をしたことが容易に伺える。
「わかりました。ただ、これの他にも追加の資料の方も作りましたのでそれだけお渡ししてこの依頼は終了ということでいいですか?」
都合が悪くなったら容易に人を切り捨てる。
それが人間の本性でもあるが、僕はそういう人間のことを憎むことはあっても嫌いにはならない。
むしろ彼に今までの調査結果のことで嫌味を言われなかっただけよしとしよう。
「わかった。それでいい」
彼が納得した所で、僕は心の中でほくそ笑んだ。
「では日にちなのですが‥‥‥‥」
☆★
こうして僕は12月24日のクリスマスイブに時計台で待ち合わせをすることになった。
雪まで降ればホワイトクリスマスになってすごく幻想的だというのに雪は一向に降る気配がない。
今日のお天気は降水確率10%なので振る可能性も低いだろう。
「よう、待ったか?」
ジャンバーに青のジーパンを履きラフな格好をした鮫島が僕の方へ駆け寄ってくる。
多分彼はこの後彼女とデートなのか大きめな鞄を持っている。
「いえ、僕も今来たところです」
本当は30分前に来ていたのだが、そのことがわからないような営業スマイルを彼に見せ付ける。
彼もほっとしているのでこの選択はあっていたはずだ。
「で、約束のものは‥‥‥‥」
「もう少し待っていてくださいね」
「ちょっと、どうなって‥‥」
瞬間、彼の表情が固まっているのがわかる。
それもそのはず、彼の向かい側にはこちらに向かって歩いてくる田所由美がいたからだ。
彼女も驚いた表情を見せた後、鮫島を睨みつけていた。
「やぁやぁ、お待ちしておりましたよ」
「おい、これは一体どうなっているんだ?」
田所のサプライズ登場に戸惑う鮫島。
それもそのはず、彼女を呼び出したのはこの僕だ。
ただ、僕の唯一の誤算は彼女に付き従う海宝の存在だけだ。
昨日の放課後極秘に田所に接触をしていたのにも関わらず彼女がここに来ることが僕にとっての唯一の誤算である。
まぁいい。彼女がここに来たところでもうこの流れは止まらない。
「昨日お見せした資料は見ていただけましたか?」
「資料?」
「これはどういうことなの? 説明して」
隣にいる鮫島は首をかしげているが、僕は気にしないで笑顔を振りまく。
すると目の前にいる田所は1枚の写真を鮫島に見せ付ける。
写真を見た瞬間、鮫島は顔を青くしたのがわかった。
「この隣に写っている女の子は誰?」
田所が見せたものは僕が昨日彼女に渡した資料の一部だ。
彼から浮気の調査をしてほしいという話しだったので、僕は2人のことを徹底的に調べあげその結果を彼女にも渡していた。
元々依頼は浮気の調査であり別に彼女のことだけを調べると僕は言っていない。
それと彼からは結果として真実が知りたいといわれた。
だから僕は彼の言うとおり2人の浮気調査をし、真実を明らかにしたまでだ。
鮫島は顔面蒼白でただただ、立ち尽くしている。
彼のその顔は僕の心を愉快な気持ちにさせる最高の顔だ。
「この制服、隣町の高校の子だよね。こっちは鮫島君のバイト先の先輩。他にもいっぱいあるよ。それにホテルに行く写真まで‥‥私のことを疑ってて、浮気をしていたのは鮫島君じゃん」
「そっ、それは‥‥‥‥」
彼は突然僕の方にくると顔を真っ赤にして詰め寄ってくる。
「お前はなんてことをしてくれるんだよ」
「はて、僕はクライアントの言っていた真実をただ明らかにしただけですが?」
「何で俺の方まで調べるんだよ。俺は彼女の浮気調査を依頼したはずだぞ」
「いえ、そんなはずはないはずですけど」
そういうと僕はポケットからボイスレコーダーを出して彼の前で再生のスイッチを押した。
『得をするとかそういう問題じゃない。ただ俺は真実が知りたいだけだ』
「これは?」
「あの日の僕と貴方の会話ですよ。こういういちゃもんをつけてくる人が結構いるので依頼前はボイスレコーダーで録音することが多いんですよ」
ボイスレコーダーの再生は続いていく。
『いいですよ。浮気調査ですか。その話し引き受けましょう』
『助かるよ。それでこそお前に頼んだかいがある』
一通り流し終えるとテープレコーダーのスイッチを切った。
「聞いたとおりです。僕は浮気調査をするといいましたが彼女の浮気調査だけするとは言っていません。それに貴方が真実を望んでいる以上、僕にはそれを白日の下にさらさなければいけない義務があります」
「それは詭弁だ。無効に決まっている」
彼は顔を真っ赤にして何かを言っているがもう遅い。
一度動き出してしまったものはもう止まらないのだ。
手首に巻いてある腕時計を見ると時刻は19時を回ったころ。
そろそろである。
「由美ごめん、遅くなって‥‥ってどうしたんだ? 何でこんなに人が集まって」
駅の改札口から出てきた30代のサラリーマン風の男は僕達の近くによると首をかしげていた。
鮫島や海宝が男の登場を呆然と見つめていた所、1人だけその姿をみて唖然としている人がいた。
それが田所本人である。
「勝行‥‥何で‥‥」
「由美~~~~~~」
今度は別の男性が彼女の方へと寄ってきた。
その男性は見た目はワイルドな印象であごに無精ひげを生やした男である。
「これは‥‥‥‥どういうこと?」
ただ1人海宝だけがこの事態がわからないようである。
全く、これだから人間の表面しか見ていない人は困る。
今までも散々多角的に人を見ないと痛い目にあうと忠告をしたのに懲りない人だ。
「おっと、ご紹介が送れましたね。こちらのスーツ姿の彼は由美さんの彼氏2の安東幸隆さんです。一流商社に勤めている将来有望な人で由美さんの他にも結婚を約束した彼女さんがいたはずです。由美さんとは‥‥‥‥いわゆるセフレの関係ですね。で隣のワイルドな方は彼氏3の二階堂義之さんです。確か建設業者に勤めている方だったと伺っています」
戸惑う2人の男に今度は田所が怒る番だった。
海宝は田所の方を見て呆然としている。
「由美‥‥‥‥貴方」
「しっ、知らないよ。こんな人達。捏造、貴方の捏造でしょ」
どうやら彼女はまだ認める気はないらしい。
そこで僕は新たな証拠を彼女に突きつけてやる。
「twipperって便利ですよね。それにlunも。人が出会うのには丁度いいです」
「なっ、何を言って‥‥」
明らかに僕の言葉に彼女は動揺していた。
twipperはいま流行のSNSサイトでlunはチャットができるアプリケーションである。
最近ではこのようなものを使っての出会い系が多発している。
lunは最近未成年のアカウントを検索できない機能が出来たが、この人達は多分その仕様が追加される前に出会ったのだろう。
「申し訳ありませんが、たまたま、本当にたまたま学校用に使用しているアカウントとは別のあなたのアカウントらしきものが見つかりまして‥‥その数あるユーザーの中にいた2人にアポイントを取ってみたんですよね。そしたら田中さんのお知りあいだというじゃありませんか。まぁ格好いい男性ですよね。持てる女は違います」
俺は笑顔を絶やさないようにして悪びれず田所にそういった。
彼女のことを当たっていた時に中学時代の友人と自称する人がいることを知った
その人は今は学校に行かずに家に引きこもっていると聞き、彼女の自宅まで行き直接話をすることに成功する。
それで高校の彼女の現状を話すと快くその子は彼女がどういうことをしているかを話してくれた。
最後に家を出て行くときの彼女の言葉が僕の頭の中に今でも残っている
『本当にこれで‥‥‥‥あの女に一矢報えるんですか?」
『はい、もちろんです。後は僕にお任せ下さい』
『宜しく‥‥‥‥お願いします』
最後に血の涙を流すようなくしゃくしゃな彼女の顔を僕は忘れない。
その子は何でも中学時代、田所にいじめられていたらしい。
彼女から田所の中学時代のtwipperのアカウントを教えてもらい、調べた結果がこの通りだ。
結局ビッチはビッチで、どこまで行ってもどのくらい時間が立ってもビッチだった。
一度欲におぼれたらその泥沼からそう簡単に抜け出せるはずがない。
それが人間の本質だと僕は自負している。
「由美‥‥‥‥これは一体‥‥‥‥」
海宝が田所に声をかけるが3又をかけていた田所は俯いたまま顔を上げようとしない。
まぁこれも自業自得って所かな。愉快愉快。
「由美、お前は俺に内緒でそんな男達と‥‥」
「何よ。あんただって同じじゃない」
学園屈指のラブラブカップルもふたを開けてみたらただのドロドロなカップルである。
表面上はうまくやれていたのかも知れないが、本音が出始めたらこうなることは目に見えている。
結局仲良しカップルなど幻想に過ぎない。
そんなものを夢見てはいけないんだ。
時刻は20時を過ぎる頃で時間が過ぎるのは早いものだ。
ここでもう1つ僕が仕込んでいた取って置きの種が開花する時である。
「鮫島君、どうしてそこにいるの?」
「なっ」
「てか‥‥その女誰?」
鮫島の後ろには今時の服を来た女性達がずらっと並んでいる。
その数5人程。
いや~~念のため鮫島の方の彼女達にも連絡をしていて正解でした。
これで五分五分になるのではないでしょうか。
「あんたこそ、女を囲っているじゃない。最低な方はあなただじゃない」
「お前は自分のことを棚に上げるのかよ。この男好き」
「あんたの方が数が多いじゃない」
「お前だって他に男がいるんだろうが」
2人の争う姿は非常に醜い。
元はといえば2人がお互いのことを信用していればこんなことが起きることはなかったのに。
結局の所お互いが相手のことを本当に愛していなかったので今回のようなことが起きた、それだけだ。
学校生活での体裁を保つだけのために付き合ったラブラブカップル。
その正体は崩壊寸前、いや関係が崩壊していたカップルだった
僕は2人が争っている様を一瞥し、時計台を後にして繁華街の方へと向かって歩く。
繁華街の中は恋人どうしいちゃつくカップルが大量にいて胸糞悪い。
果たしてその中で何組のカップルが本当にお互いが好きあっているのだろうか
そんなことを考えて歩いていると途中で肩をつかまれたような気がした。
ゆっくりと後ろを振り向くとそこには先程絶望名表情で崩壊したカップルを見ていた海宝がいる。
その表情は怒っているのか悲しんでいるのかわからない複雑怪奇な表情をしていた。
「どうしたんですか? いつもの幸せいっぱいラブいっぱいのハッピーパワーであの2人を止めなくてもいいんですか?」
「そんなことわかってるわよ。それよりもあんた今回の件、全て知っていてやったんじゃ‥‥‥‥」
「はて何のことでしょうか? 僕はわかりませんが‥‥」
苦々しい表情で海宝は僕のことを睨みつける。
彼女のこの表情を見るのももう何回目になるだろう。
数えただけでもきりがない。
「とぼけないで。最初からあの浮気情報を鮫島君に渡しとけば2人は別れてそれで終わりだった話でしょ。それを小出しにして私に介入させたのって、これを私に見せたかったからじゃないの?」
僕はその言葉に無言でかえす。
今思えば彼女とは言い争うことはあってもこうして冷静に話すことはあまりなかった気がする
「どうでしょうかね?」
「あなたのしていることは私への警告? こんなことになるから気をつけろっていう」
僕は何も言わずに繁華街の奥へと歩いていく。
彼女は僕の横に歩いて必死に何かを伝えようとしていた。
「思えば高校2年の矢沢さんの時から貴方は変わった。まるで人間の裏の顔を見せるように‥‥‥‥」
「‥‥やめてください」
「やめないわよ。確かに私は騙されやすいわ‥‥‥‥私がいつも人のきれいな所ばかりしか見ないからこうして人の暗い所を見せて人間は恐ろしい所もあることを教えようと‥‥‥‥」
「それ以上はやめて下さい」
あまりの大声に彼女の肩がびくっとなった。
周りの人達も僕達のことを見ている。
僕としたことがやってしまった。
「僕は貴方に憎まれることはあっても、慰められ、同情される筋合いはないんです。僕と貴方は敵同士なんですから」
「敵同士‥‥」
「そうです。僕はあなたのことは嫌いなんです。いつもいつも人のきれいな所しか見ようとしなくて、みんなを幸せにするとか言って人の本質から目を背ける、そんなあなたが大嫌いです」
海宝は落ち込んだように下を向く。
これも彼女のためだ。悪く思わないでくれ。
僕と海宝は水と油の関係、何があっても相容れない。
「今回の仕事はこれで終わりです。また学校で会いましょう」
彼女にそういうと僕は後ろを振り向かず前だけを見て今度こそ繁華街の町の中に埋もれていく。
後ろにいる彼女がどのような表情をしているか僕にはわからなかった。
☆★
あのクリスマスイブの出来事から3ヶ月、季節は春のおとずれ僕達3年生は卒業式の日を迎えた。
あの後風の噂で聞いた話だが鮫島と田所の2人は結局別れてしまったという。
あの後どのような騒ぎがあったのか僕は知らないが、相当大変だったようだ。
まぁ僕の知る由もないことだが。
「久しぶりね」
卒業式も終わり校門にある桜の木に寄りかかっているといつの間にか海宝がこちらにやってきた、
彼女はいつもと同じような怒っている雰囲気をかもし出している。
「お久しぶりです。クリスマスイブの時振りですか」
「そうね。自由登校の日にあなたは1回も学校に来なかったものね」
僕は12月の終業式の日から1度も学校に行っていない。
これも親の探偵事務所の引継ぎ作業のせいだ。
卒業式前日にやっとひと段落が着いたのでこうして学校に来ることが出来た。
「あの2人、結局別れたらしいわ」
「それは風の噂で聞きましたが‥‥」
「それに2人とも大学受験全て落ちたらしいわ」
「来年から浪人ですか。それはお悔やみ申し上げます」
「えぇ、そうね」
海宝の口調はいつもと違いどこか歯切れが悪い。
ただ俺のことを寂しそうな目線で見つめるだけだった。
「おや、あなたらしくないですね。いつものように私に噛み付かないんですか?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
彼女は何も言わないで僕のことを見続けている。
「はぁ。つまらないですね。何も言わないのなら僕は帰りますよ」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥調べたの」
「何がですか?」
「あなたのこと‥‥‥‥‥‥‥‥調べたの」
彼女の言葉は僕にとって衝撃的なものだった。
だが同時に僕はクスクスと笑ってしまう。
探偵が探偵じゃない人に調べられることは滑稽にも思えたからである。
「それで、調べたあなたは僕の何を知ったんですか? 中学時代帰宅部だった地味な僕のことですか? それとも小学校の時僕が骨折して病院に入院したことですか? まぁ僕の情報なんてそんなもんですよ」
彼女に軽口を言えるぐらい僕には重大なことを知られない自信があった。
彼女は見つめながら僕のことを見つめるだけだ。
その視線は僕を哀れんでいるようにも感じる。
「驚いたわ。あなたが私の父とつながりがあったなんて」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
確かに僕は海宝の父親と面識はあるし話したことも何度かある。
たがそれだけで、海宝の言うことは間違っている。
「だからどうしたって言うんですか?」
「あなたの家には探偵事務所を開くために作った借金があったらしいわね。それもかなり莫大な」
「まぁそうですね」
彼女の言っていることはあっていて、僕に自意識が芽生えた時は既に家には借金があった。
このご時勢、探偵家業なんてそうそう儲かるはずもない。
そのため借金は日に日に膨大なものになって行った。
僕が大学に行かないのも多額の借金があるためである。
「その借金が私達が高校2年生になる頃にはきれいさっぱりなくなっている」
「その頃に全て返済を終えましたからね」
彼女の視線は真っ直ぐに僕のことを見つめている。
「はっきりさせましょう。あなたは父に言われたんじゃないの? 『お前の家の借金を全て肩代わりする代わりに私に近づくな』って」
僕はこの時どんな顔をうかべていただろうかわからない。
その証拠となる返済書類はとうの昔に隠滅させたはずだがらだ。
「だから矢沢さんの時もあんな対応をしたんじゃないの? 私に‥‥‥‥嫌われるために」
「そんなことありません」
「相談者のことも、あの人達のことも調べた。都合のいい時だけ私に近づこうとする人達の相談だけ、私に介入させて‥‥」
「違います」
「私が心配だったんじゃないの? 人のいい所しか見ようとしないだめな私に、こんな人もいるから注意するようにしたんじゃないの?」
「違います」
「私のことを利用する様な人達を‥‥‥‥私から排除するためにこんなことをしたんじゃないの?」
「違います」
「私のこと‥‥‥‥好きだったんじゃないの?」
「思い上がりもいい所です。前にも言いましたが君みたいなタイプが僕は一番嫌いなんです」
「そんなことを言われても私は‥‥‥‥」
「やめて下さい‥‥‥‥」
僕はいつもの陽気な声ではなく低い声で海宝に話しかけていた。
彼女はビクッと肩を震わせているのが見て取れる。
「それ以上は‥‥‥‥‥‥‥‥やめて下さい」
こちらを見る彼女の目には涙が浮かんでいた。
しかしそんなことは関係ない。
僕達の関係は終わったんだ、2年前に。
「では、僕はこれで帰ります。あなたとは2度と会うことはないでしょう」
「待って‥‥‥‥‥‥‥‥話を」
「今日は‥‥」
なるべく彼女にも聞こえるように大きな声で言う。
この声は彼女の耳にもはっきりと届いているはずだ。
「今日は‥‥‥‥月がきれいですね」
今は真昼間なので月など出てはいない。
後ろでは悲鳴にもにた叫びを上げる彼女に背を向け、僕は校門の外へと歩き出す。
大学にも行かず、親の家業を継ぐので彼女とはもう会うこともないだろう。
これでいい、そうこれでいいんだ。
この時僕は彼女とは一生会うことはないと思っていた。
僕が海宝と再び会うことは3年後。
とある少年を介してだが再び彼女と会う日が来ると僕はこの時考えもしなかった。
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