続・会話中です(紅と白)
綺麗な色がベル姉様から降ってきます。
フワフワと桃色の炎が舞うのが、綺麗だなと思いながら、私は少し悲しくなりました。
私は賀川さんを思い出していました。
彼からは何も色を感じません。擦れ違いの人間だったりするならわかるのですが、こうまで近くに居るのに色を感じない人は例がないのです。
『火薬の匂いがするのに幸せって良いね』
花火の時、彼の呟きの意味を私は何一つ理解できていませんでした。
『賀川さんは幸せ?』
そう聞いた私に、彼は、心の底から嬉しそうに私に笑いかけてくれたのです……
写真の中で転がっていた、雑巾以下の彼が、どんな気持ちでああやって笑えるようになったのか、私には想像が付きません。
彼にとって火薬のにおいから連想するのは『死』ではなかったのでしょうか。火薬の匂いを『死』と感じる人が『幸せ』と……言えるまでに、どれだけ人は時間を要するのでしょう?
でも、私が出会った時には、彼はまるで生まれた時から、賀川運送の『賀川』さんって感じで。いつも人に定型の挨拶と共に荷物を届け、ただ嬉しそうに去っていく。
側に来てもらっても特に何も印象がない、空気のような人です。
たぶん、町の中の誰もが彼をどこかで見た事があっても、印象にさえ残らない人。手元には届けられた品物と送り主の心だけが残る。
届けた彼自身の何が残るわけでもない、どこまでも影のような人。
「私、夏祭りの時、賀川さんにキスされました」
彼にキスを貰った時のように、ベル姉様の強い鼓動が聞こえます。
「綺麗だよ、キスさせてって言葉と一緒に。あの時は何がなんだかわかりませんでした。混乱して、ああ、返事しなきゃって」
「雪姫……」
「色々考えましたが、私は賀川さんを受け入れませんでした」
「どうして?」
「私、彼を好きだって思ってなかったから。『賀川さんの事、余りよく知らないし、私は賀川さんが『特別』にすきじゃない』そう答えました」
「『特別に』ってそれは酷いというか、ご愁傷様だな」
ベル姉様はくすくす笑います。
でも私は笑えなくて。その表情で、ベル姉様は笑いを収め、
「まさか断ったと言うのに、好きだって、気付いたのか?」
「わからないんです……」
私、何も知らない、賀川さんの名前さえ。言葉の意味も、ピアノを弾ける事も、遠い、考えられないような場所で這いまわっていた事も。
「彼の事、何も知らない、お姉様くらい彼を知っていたら、少しは解ったでしょうか?」
「お姉様?」
私は簡単に賀川さんが細密電子TOKISADAの関わりがある人で、冴と言う名のお姉様が彼に飲み物をかけたり、彼が誰にも知られたくないような過去の写真を私に見せた事を話します。
その写真に何が映っていたかは、もう酷くて声にも出したくなくて、言えなくて。
「雪姫、もういい」
「わ、私そんなの知らなかった。でも彼、ずっと笑っていました。誰もいない森にお母さんも帰って来てくれなくなって、一人で住んでいた時、絵を描き終えると決まって彼に電話をしました」
「電話?」
「そう、集配を頼むのです。彼、すごい森の奥なのに、飛ぶように来てくれて。笑って、受け取って帰るんです」
「その時に彼に見初められた、と」
ベル姉様の言葉に思いきり否定します。
「ち、違うんです。賀川さん、酷いんです! この白い髪、目も気持ち悪いだろうからって、丁寧に染めてカラコンして。頑張ってたのに不気味って思っていたんですよ!!!!!! 酷いって思いません???」
私の勢いに、ベル姉様は半分苦笑で、まあまあと言ってます。私はため息をついて、
「彼が来たって知らせを待って、来たら絵を渡して、その背を見送ると、彼、笑ってくれて。それだけで次を早く描かなきゃって、やる気になって……」
ベル姉様はうーーーーんと唸ってから、
「要するに、何も知らず、意識さえしないうちに賀川が気になって、早く会いたいがために絵を描き、彼に好かれる為に身支度をしていた、っと……」
「彼に好かれる為だなんて……」
ふっとベル姉様は笑います。まるで何かを見つけたかのように。嬉しそうに、
「雪姫、何も言う事はない。それは恋だ。お前がベルに言っただろう? 『ライク』ではなく『ラブ』。それも『恋』じゃなく『愛』だ」
ちょ、今度は私が赤くなる番でした。
でも赤くなりながら、私はもっと悲しくなってきました。
「……どうした?」
「賀川さん、私が断ったのに、それでも好きって言ってくれたのに。笑わなくなってしまいました……」
「雪姫……」
「愛とか恋とかわからないです、でも私が、賀川さんから笑顔を奪ってしまったんでしょうか……? いや、もしかすると私は、賀川さんに実は甘えているだけで想ってなんか、いないのではないんでしょうか……? 都合よく考えているだけで。それとも、賀川さんの方が、もう私を必要としていないんでしょうか……?」
いつの間にか、目から涙があふれて、桃色の光は見えなくなくなってしまいました。それでも言葉が口を突いて、どうにも止められなくて、
「私は、あの人に笑っていてほしいだけなのに。私は、あの人から笑顔を奪ってしまったんでしょうか……? 私はあの人の事が……私は……」
私はなんて浅はかで、思慮のない事をしてしまったのでしょうか?
首筋の傷に触れながら、
「私は愚かだから、賀川さんの無表情が怖くて、彼をそうしてしまった自分が嫌で、逃げていたんです。そこを突かれて、私、誰かにすべてを待って行かれる所でした。体も心も、親友も、命も、そして死ぬ事も奪われて……」
「ーー雪姫」
その時、ベル姉様が頬にそっと触れてくれます。
「っ!?」
ですが、どうしようもなく体が震えてしまいます。
誰かが嘲笑うような声が聞こえます『そうやって信頼すべき相手すら、お前にはわからなくなる。最低だな』……その言葉に反論できなくて。心が空洞になる気がして。
でもその穴を丁寧に埋める様に、
「悩みすぎるな。そうやって悩みに悩みを重ね続けていたら、自分が潰されてしまうぞ。そうならないようにするには、行動を起こせ。思い切って、あいつと話をしてみろ。賀川に自分の言いたい事、気持ちをぶつけるんだ。一度で駄目なら二度、二度で駄目なら十度と、何度でもぶつかってみるんだ」
強い炎のようなベル姉様の声は、私の心を温めてくれます。熱すぎて溶けそうなくらいですが、とても心地いいのです。
「あいつが雪姫の事を避けているのだったら、ベルがあいつを縛り付けてでも逃がさないようにしてやる。『姉』に任せておけ」
「ありがとうございます、ベル姉様。私、賀川さんと話をしてみます。避けられても、諦めずに」
「その意気だぞ、雪姫……雪姫?」
私は何だか少し安心して、そのせいかズルリと引き込まれる様に眠りに落ちました。
朝陽 真夜 様『悪魔で、天使ですから。inうろな町』より、ベルちゃん。
いつもありがとうございます。




