行軍中です
森を行きます。
「こんなイタ電に、つきあってられるかっ」
そう思いながらも自分が月曜の一時と言ったから、仕事予定表にその約束を書き込む。そう、書き込もうとして、相手の名前もロクに聞いていなかった事に、タカさんは気付いたと言う。
「先週の土日は俺一人で切り回さなきゃなんなくて、今日の昼にしたんだがな」
端切れ悪そうな低い声。
水が使えない。
電気がつかない。
ガスの火がつかない。
いずれもが生活上で一大事である。
だからタカさんは普通、日曜でも深夜でも、うろな町の誰かの家で何かあれば、できるだけ早く駆けつけたり、雇いの青年達を使いまわしたりして修理に勤しむ。
大手の二十四時間修理チェーンも幅を利かせてはいるが、やはり気心に知れた業者の方が電話もかけやすいのだろう。指定工事店であり公共事業も一部受け持っていると言うから、『うろな工務店』は相当繁盛しているようである。
「どう聞いても子供の声だった。だからいたずら電話じゃなきゃあな。本当に故障だってんならもう一度くらいかけ直して来ると思ったんだ。それか他の業者に当たったって言うなら、きゃんせる、ぐらいしてきやがると思ったんだが……かかって来やしねぇ」
意地悪にも三日開けた約束をしたけれど、気になって仕方がなかったのだろう。言葉の端々に後悔の色がある。それなら早く行ってやりたいが、指定された場所はアヤシイ森の中。
それで、ここ三日、悶々としていた様子だ。背中にタカさんの威圧感を感じ、休む事もないまま、二人で森を進む。
「これ、見てみろや」
ダークブラウンの鳶服から取り出し、渡してきたのは小さく畳んだコピー用紙。二枚ある。どちらも、うろなの北地区辺りを拡大した地図だ。それに何やら線が走っていた。二枚とも素人目には同じに見える。
「ガスの配管図だ。その中で赤線が引いてあるだろう?」
タカさんが言う通り、一枚だけに赤いラインが引いてある管がある。その管はもう一枚を見ると書いていなかった。
「幽霊配管図のコピーだ」
「ゆう?????」
「本当は公共事業内では配管されるはずのないガス管やらの事だ。だが個人でやると高くついたり、本来は通してはいけない区域だったり、それをこっそりと。まぁ、後は色々と察してくれや」
確かにこんな森の中にガス管を通しても使う者は皆無。それでも通したいとなると個人の金が飛ぶ。又は自然を壊すななど規制され本来は埋設してはいけない配管。だが何かの工事に紛らせて走らせた秘密に施工されたモノの事、らしい。
秘密と言っても、完全にないという事になれば、後日掘削工事などが入った時、爆発や破裂を起こす可能性がある。そうならない為に業者間で共有する秘密のそれを幽霊配管図と呼んでいるらしい。
「俺が這わせたわけではないし、時効だろうけれどな、余り大っぴらには出来ねぇ話だ。知らないだけでどこにでも転がってる話だがな。それもここはガスだけでなく、電気も地下に這わせてある、だがこれだけの森をどうやって通したのか皆目見当がつかねぇ」
確かにこの森は誰かの手が入った気配はない。
「それがちょっと気になって、この森に住んでいる奴がいるのか、さっき賀川のが来る少し前、役場に電話で尋ねたら、『どうしてか』って言われてよ」
それはそうだろう、住んでいるにせよ居ないにせよ、ボロの小屋に入り浸っている不気味な少女など、会っていなければ想像もしない。
「どうしたもこうしたもないからオレは言い返してやったんだ、『金曜にいたずら電話があって、森の中に修理来てくれ』って言われたってな」
「笑われたんですか?」
タカさんが怒っているようだったので、小さくそう言ってみる。眉間に深いしわを寄せると、
「本当に壊れたって電話あったんですか、だって言われてよ」
「え?」
「役場にも『森で配管が壊れた、修理してくれる所を教えてほしい』って電話があって、オレん所を紹介しやがったんだとよ。それも丁度それを取った小僧にオレは電話かけたらしい」
「小僧、ですか」
「住民課のなんちゃら言うやつだった」
手にした工具箱をガシャリと言わせながら、タカさんは俺の後ろを付いてくる。体力に自身がある俺でも一時間以上歩き続けて息が上がっている。だが、喋り続けていると言うのにこのオヤジの息は全く乱れていない。一体どんな体力してるんだ?
「それを聞いた、この辺の学校の先生サマが、森に土曜日入って探したけど、物置小屋一つ見つけただけで、人はいなかったと……まさか、あれか」
「まさか、の、あれです。よいのさんのアトリエ」
やっと見えてきたチョコレート色の小屋。
それはどうやっても人が住むには不向きな建物だった。
幽霊配線図は架空のお話です。
住民課のなんちゃら=シュウ様の榊さん。
先生サマ=YL様の清水先生梅原先生です。
タカのおっちゃん、名前覚えてよ……
すみません。