移動中です(海へ)
出かける予定なのに。
「おはようございます。あれ? 賀川さん戻って来ていないんですね」
「おはようユキさん。賀川君、会社でトラぶったみたいで、まだなのよ」
約束していたのになぁ。お出かけ。やっと話せると思ったのに。
でも仕方ないよね。
『賀川のと居ればわかると思うが、それなりにキツイ仕事をしている中、お前さんの相手をしてる』
オジサマ達に言われた言葉を思い出します。
まだ夏休み中だから補導はないでしょう。今日は距離があるので、早く動くのです。
葉子さんが食事を用意してくれましたが、食べる気がないまま。日傘を持って外に出ます。普通は森に行く時は日傘を置いていくのですが、今日は行く所があるので手にしていきます。
バスを降りてすぐ、森の前で蝶が数羽寄ってきます。
「ありがとう、大丈夫よ。ごめんなさいと告げて」
蝶達は私の調子やあれやこれを聞いて来ます。前よりかなりクリアに声が聞こえる気がするのは気のせいでしょうか?
蝉の声は恋の歌に聞こえるし、キノコ達は高らかに歌っています。輪唱に和唱、もうウルサイ位です。
「賑やかです、ね」
生への喜びを謳う声にいつもなら心湧き立つのに、今はどんよりとしてしまいます。
自分がしてしまった事。
取り返しのつかない事。
よく思い出せない、けれど私は生あるモノの命を理由なく奪いました。
夢を見ます、夜、数えきれないほど。
眠いのに眠れない、怖くて明け方まで起きている。眠れば夢から覚めず、ヒトを切る……を繰り返すのです。
そしてこの手に、爪に、指に残るのは、友人を傷つけた感覚。
たぶん、何かに『入られて』……何かに縛られていたとはいえ、やったのは私、『彼女』を受け入れてしまったのは私。殺したのはたぶんヒトであり、人ではなかったけれど、彼らにも家族や大切はヒトはいたはず。
多かれ少なかれ、生きて行く糧に命を必要なだけ奪う事は許されても、快楽に溺れて奪ったならば、それは罪に値します。
人間ならば。
私は人間でありたいのだから。
私が人間でないにしても。
誰かがそうしたと……そうやって人のせいにして生きる事も出来ます、けれど。私は向き合わなければと思います。
それを踏み台にして生きるのなら、私は私の出来る事をしなければなりません。でも出来る事って何だろう? 私にはわかりません。
森の家は変わらずそこにありました。
この前のすごい豪雨で、こないだ帰る時にも何となく森の荒れに気付きましたが、家の周りはそんなに汚くなっていませんでした。
畑の作物だけが、収穫の時期を逃して食べられ無さそうなモノが出ていましたが、それは森の肥料として、新たな生命の苗床となり、種となり、来年の楽しみとなるでしょう。
家の鍵を開けると、奥のアトリエに入り、描いた絵を漁ります。
「久しぶりね、カマキリ君って……前の子と違うのね」
前の子じゃなくて別の子がそこには居ました。殆ど見た目は同じですが、発する色が微妙に違うので別人……いや別虫とわかります。
少しこの子の方が大柄だし。
自然の掟に従って、彼は逝ったのか、冬には今ココに居る子も居なくなるでしょう。それにしても色が……
「あ、もしかして、食べちゃったの?」
前の子、この子に食べられちゃったんだ。
それは……この子の、彼女のお腹に子を宿すために。
暫く彼女と見つめ合います。
「うん、貴女の産んだ子達の誰かにあったら言うね……」
私は『強くあれ』と言う感じの言葉を受け止めながら、準備を再開します。
「大きいのは賀川さんが居ないから持って行けないし、これ、とこれ」
小さ目な作品をアクリル額に入れて二つ、布にまいて、専用袋に入れて運びます。
うう。
スケッチブックに絵の具、結構、重いかも。いや、重いと言うか動き辛いです。
賀川さん、軽々運んでいくのにーーーーーーっ……
『お前は一人じゃ何もできない』
そんな声が聞こえた気がします。更に首の傷が痛みますが、気にするほどの事はないです。頑張って運びます。
バス乗って、その後、電車に乗り変えます。
でも絵を持ったままオロオロしていたら、ちょうど受付……窓口と言うのでしょうか、そこに居た女性の駅員さんと目が合って、にっこりされたので、ふらふら寄って行って海へ行ける電車を聞きました。ポニーテールに淡いピンクの半袖ワイシャツが似合っています。
今から行く海を感じさせるような優しい雰囲気。
とっても笑顔が綺麗で可愛い人、丁寧に教えてくれて助かりました。
「あれ? このホームでいいのかなぁ」
ちょこちょこ資料用に写メしながら歩いていると、またも迷っている私。
て、言うより乗り慣れない電車やバスって不安になります。
いつもと違う場所に移動できる半面、まだ行った事のない場所だから本当にそちらに向かっているのか不安になるのです。
そんな気持ちでホームに上がってから掲示板を眺めていると、暑さにふらふらします。ふいに動いたためか、歩いていた駅員さんに絵が当たってしまいます。振り返った駅員さんは無表情で眼鏡をかけていましたが、私を見た途端、呆気に取られたようでした。この駅員さんのワイシャツは綺麗な若葉色、男女で色がズボンも違うようです。
そんな事をふと思考に横切らせながら、
「ご、ごめんなさい。あのあの、海のビーチに行くのはここで良いですか?」
彼は私の赤い目と白い髪に驚いたみたいです。謝りながら聞くと、すぐに淡々とした表情に戻り、丁度ホームに入ってきた電車で良いと教えてくれました。
「よかった。ありがとうございます。駅員さん」
ニッコリ笑ってお礼を言うと、安心してその電車に乗り込みます。
ちょうど電車が出発する時、その駅員さんが見送っているのに気付き、笑いかけながらさっきのお礼に、ぺこりと頭を下げます。気付いたらしく僅かに目が動きました。この白髪も人目を引く時は役に立ちます。
気付いた様子なので私は手をフリフリします。俺? って顔をするだけで、電車はもう出てしまい、見えなくなりました。
こないだ賀川さんが冴お姉様と喧嘩? してしまった時、飲み物を撒いてしまったことがありました。それも呆れながらも穏便に済ませてくれたし。良い駅員さんが多くていいなーっと思いながら。
冴お姉様……どこか怖い人です。賀川さんのお姉様なのに、好きと言うには程遠くて。
電車は海に向けて走って行きます。
お母さんが言っていた夏の海。前に賀川さんと行った時は少し人が少なかったけれど、今日は電車も相応に人がいるので、ビーチはいっぱいかしら?
私は一枚の紙を広げます。
『海の家ARIKAアリカ
7月20日オープン!
8月31日までの夏期限定!
定番・創作メニュー色々!
あなたも海の家で楽しい一時をすごしませんか?
ご来店お待ちしております』
と、青空、白い雲、海をバックに書いてあります。
楽しそう。
気分が浮き立つのに反比例して、眺めていると目の前がチラチラします。普段、電車に酔ったりしないのだけど。絵を邪魔にならない列車の端に寄せ、立っていたのですが、余りに気持ち悪くてしゃがみたい気分です。
「大丈夫ですか?」
顔色が悪くなっていたのか、座っていた人が席を譲ってくれました。隣のお婆ちゃんが気を使って声をかけてくれます。
うろなは優しい町です。
人も。駅員さんも、森も、大嫌いな虫達でさえも。
おじぃ様『うろな駅係員の先の見えない日常』より、長後心南海さん、高田理一さんイラストにて描かせていただきました。
又、理一さんの背景はおじぃ様の写真からお借りいたしまして、合成いたしました。(許可済)
小藍様 『キラキラを探して〜うろな町散歩〜』より、チラシお借りしました。
問題がありましたら、お知らせください。




