8月16日梅雨ちゃん飼育日誌11・赤いネジと暗い夢
冴お姉様とあった後、その夜の事。
少し巻戻って。賀川が仕事で居なかった十六日夜
『昔、海外に出ていて、危ない目にあった事があって。お姉様がそれで凄く心配性だって事と。私の母の家系は巫女ってお仕事で、私にどうしてもそこに戻って欲しいから、私を攫ったり刃物を向けたりする者が居るから気をつける様にと、タカおじ様とバッタのおじ様が……』
そう言った時、賀川さんは複雑そうな、でも少し笑っていた気がしました。
昨夜、彼が夜に働きに出ている間に、タカおじ様とバッタのおじ様とお話をしました。梅雨ちゃんは慣れた感じでタカおじ様の部屋に入るとシャツと戯れています。
「あいつはな。昔、海外に居たらしい」
タカおじ様の言葉に私はやっぱりと思いました。
一緒に居ると彼が少し日本人的でない行動を取るのを見た事があります。一瞬靴を脱がずに玄関を上がろうとしていたり、七夕の短冊を結ぶ部分が紙だと驚いていたり。
「そこでちょいと酷い目にあったらしい。だから姉ちゃんが過保護なんだな、うん」
過保護と言うか……とても変わっていました。
だってお姉様は『あきらちゃん、私を庇って身を落としたの。八年、そしてその後も自ら望んで、そんな所で暮らしていたわ。マトモじゃないのよ、あの子。だから私が責任もって可愛がるの』と言いました。
見せられた写真はたった一枚だったけれど、彼が考えられない仕打ちをされた事は間違いないでしょう。見ただけで悪寒の走る様なそれ……
「八年ってちょっとじゃないですよね? お姉様はマトモじゃないって……それも望んでって言っていました」
「人には言えないような辛い目にあったんだろうが。ユキ、賀川のがマトモじゃない、おかしな人間に見えるのか?」
「変わっているとは思います」
それを聞いた途端、隣で黙っていたバッタのおじ様が噴き出しました。
梅雨ちゃんが座布団にしたり潜ったりしているシャツから首を出して、何があったの? って顔をしていますよ。
「まあ、変わっているが、賀川のが怖い、悪い人間に見えるかと聞いているんだよ。他人の評価ではなくユキ嬢ちゃんの目で見て、だぞ」
「悪い人には見えません」
バッタのおじ様の質問に即答したら、尚二人は笑います。笑いを収めると、更に、
「人を評価するうえで、その人間が歩んできた過去を見るのはもちろん意義がある。だが同じ道を歩んでも出来上がる人間は一種類じゃない。ソレも年端も行かない頃なら歩む道を選べるほど自由はないだろう」
「だな。ユキも母親に連れられて点々とした、それだけでオカシイと言われるような事がなかったか?」
確かに。
そう言う事はありました、そしてそれだけで低評価されるとしたら不当だと思いました。
「過去はどうあれ、今の彼を見て直感で悪く思わず、過ごしてみて不快でないなら、それでいいんじゃないのか? ただ、もしヤツが過去を懺悔する事があるなら聞いてやれ、それでお前が縁を切りたいと思うなら、それまでの仲だ」
「わかりました。もし過去を教えてもらえる時が来たら聞こうと思います。でもそんな未来より、今、とても不快……彼の側に居るのが辛いです」
「それは何でだ?」
「だって……」
口にしたらただの悪口になってしまうと思って、言葉にするのを躊躇います。でもタカおじ様はじっと待って、聞いてくれようとしています。誰かに聞いてもらおうと来たのですから、言わなければ進みません。だから私は感じている通りに、
「賀川さん、今は私だけに笑ってくれないし、私だけに冷たいです」
「でもあいつは離れようとしているか? お前から」
「いいえ、付き添うからと都合を合わせるからと……でも言い方が凄く意地悪いんです」
タカおじ様は腕を組んでから、唸ります。
「賀川のはオレにとってはもうかけがえのない「家族」だ。が、奴はそう思っちゃいねえ。それでもオレは奴をここに置く。それはあいつの心は複雑だが強く、何よりオレの娘、ユキを大切に想っているからだ。隠しちゃいるがダダ漏れだ。気付かないのは本人とお前だけだぞ?」
想っている……そう言われて顔が赤くなるのがわかります。そうだったらいい、花火の時までの彼なら私だってちょっとは自信を持てたんです。でも、今の彼は別人のよう。
「もしかして、ああ変わったのは巫女って言うのに関係があるんですか? そもそも巫女って何ですか?」
「お前の母親……アキヒメさんの家系が「巫女」という仕事を代々請け負っていたらしい、だいぶ重要な役割で、お前に戻って来て欲しいようだ」
「では、ちゃんとお話ししたら良いんじゃないでしょうか?」
「話が通る相手じゃないんだろうよ。アキヒメさんはお前をそうしたくなくて逃げ回っていたのだろうから。かなり強引で、お前は狙われている。攫ったり刃物を向けたりする者が居る……心当りがあるだろう?」
私は息を飲んで、頷きます。話していないのに、知られてしまっているようです。
「巫女は特定の者に愛を注ぐことで……条件はまあそれ以上にあるのだが……とにかく更に特別な力のようなモノを得る。賀川のはそれが怖いようだな。お前にそういう物を持たせたくないんだろうよ」
私は賀川さんが『……ユキさんに俺を知って欲しいわけでも、君の愛が欲しいわけでもないんだ……』そう言った意味が少しだけわかった気がしました。
あんな目を背ける様な過去を抱えているなんて誰にも知られたくないし、とても力ある巫女になって欲しくないなら私が愛を口にする事を嫌う理由になります。
他にも色々な言葉がありましたが、私に笑ってくれなくなった事や、他にも……一つずつ全てに何かの理由があるのかもしれません。
「賀川のと居ればわかると思うが、それなりにキツイ仕事をしている中、お前さんの相手をしてる。それだけ見てもお前が特別なんだ。それともユキは振り向いてくれないと嫌いになるのか?」
私は首を振ります。
「か、賀川さんの事、嫌いになんかもうなれないです。だって私……簡単に言えないけれど、私……」
だから辛いです、でも何か理由があるなら、それが解消すれば彼はまた笑ってくれるかもしれません。
暫く考えていましたが、思い出して私はお願い事をします。
「オジサマ達に、お願いがあるのですが」
「何だ?」
「あの、赤いネジを……一本わけてもらえませんか?」
一瞬二人のオジサマ達の間に沈黙が流れます。
「バッタ、話したのはお前か」
「良いじゃないか、話して減るもんじゃなし」
「例の件は?」
「そこまでは、な」
「そうか」
二人は目配せで何か確認しあった後で、私に向き直り、
「ユキ、何故ネジが欲しい?」
「あ、えっと、お守りに欲しいのです」
タカおじ様は暫く考えてから、首に下げている小さなお守り袋から、それを一本取出し、
「こんなモノ、何の役にも立ちゃしねぇーよ」
私はそれを受け取ってから、タカおじ様の部屋を出ました。
出る時には二人は酒盛りを始めていました。
「お、良い酒だな」
「工務店の連中が飲み切る前に隠しておいたんだ。感謝しろよ、バッタ」
「『海江田の奇跡』か。美味いな。『柴』の女将に言って仕入れさせるか」
「あの清水の先生に言ったら、話が通しやすいかもしれないな。あそこは女将は酒を易く扱わないから、地元販売限定になってなければ、問題なく卸してくれるだろうよ」
「少し残して女将に持って行くか」
「大女将と女将なら空瓶の匂いだけでわかるだろうが、ぎょぎょと後剣にも飲ませとかないと後が怖いな」
そう言って2人は口にしながら、
「あいつには飲ませたのか?」
「ああ? 賀川のか? あいつは良いんだよ。運送業で今忙しい時期だから、酒なんぞ事故の元だ。まあ、飲まなくても事故を起こす時もあるだろうがよ」
おじ様達は計画通り、お酒を少し残しておけたでしょうか?
その後、私が今は賀川さんの部屋になっている場所で見つけた、封筒の中身について話した事を私は知りませんでした。
私は梅雨ちゃんを連れて暗い廊下を歩きます。
「梅雨ちゃん、今日は私の部屋で寝てね」
そう言って、私の部屋へ連れてきました。
暫く一緒に楽しく遊んでいましたが、思い出したように彼女は部屋から出て行きます。
「どこに行くの?」
暗い渡り廊下、そして母屋まで付いて行くと、二階に上がって行きます。
「ああ、トイレ。じゃ、終わったら部屋に戻ろう?」
そう言うのですが、梅雨ちゃんは賀川さんに部屋の扉を『あけてー』っと手をかけます。抱っこして、
「今夜は居ないよ。水入れも餌も台所にも置いてあるから」
そう説明しますが、中に入りたいようです。
つ……梅雨ちゃんが入りたがってるから、良いよね?
私がふすまを開けると、梅雨ちゃんは暗い室内に降り入り、窓辺に暫く寄り添います。そして机の上にある箱をまたも『あけてー』っとやっています。
私は小さな電気をつけ、宛名を見ると私に先生二人が送ってくれたものでした。そう言えばそんな事を言っていた気がします。
迷いながらも私は包みを開ける事にしました。その前に部屋が暑いのでクーラーを入れます。
包装紙を開け、柔らかい色の箱を開けると、中には素敵な色合いの藍で染められたハンカチ、タオル、膝掛けが入っていました。それから天使の女の子と男の子の人形セット……そこまではわかるのですが、ネグリジェとサイズの大きいパジャマが入っています。
その中に添えられたカードには、
素晴らしい絵をありがとう。
体に気を付けて、あと賀川と仲良くな
仲良くって……司先生、何か気付いているの? かな。このパジャマ、ネグリジェとどう見てもお揃いのデザインですよ。
中のモノを賀川さんと分けてって事でしょう。ハンカチも男性物が入っています。
「お揃い、ちょっと恥ずかしいよ……」
大き目の長いタオルは彼にあげて……
そう考えていると、暫く包装紙の匂いを嗅いでいた梅雨ちゃんは、賀川さんのベットで丸まって欠伸を始めました。
「寝るなら私に部屋に行こうね?」
そう言うのですがついて来ません。
「じゃあ、クーラーはつけておくから、おやすみなさいね」
そうやって出て行こうとすると『なうん』と、梅雨ちゃんから抗議が上がります。
でも一緒には来ないのです。
私は困って、梅雨ちゃんが寝るまで待つ事にしました。暇なので、貰ったタオルやひざ掛けを広げてみたり、ハンカチの横の刺繍を眺めたり。
でも少しずつ自分が眠くなってきて、でも部屋に帰してもらえません。柔らかそうな布団が魅力的ですよ。
「す、少しだけ、少しだけなら良いよね?」
柔らかいベットに半身を預けます。完全に寝付かないようにしていたのです。でも、何だか優しい匂いがする気がして、私は梅雨ちゃんの緑色の目を見ながらウトウトと眠ってしまったのです。
でも見たのは怖い夢。
怖くて怖くて逃げたいのに、目は覚めず、毎日毎日私の手は血で染まる夢を見るのです。
でも今日はなんだか暖かい気配がした気がします。
がさがさ……
梅雨ちゃんが何かやっているのかな?
そう思いながら目を覚ますと。
そこには包装紙を丸めている賀川さんの姿がありました
寝てしまったみたい。梅雨ちゃんと。
言葉端にお借りしたお酒や先生や後剣さんなども入ってます。
問題あればお知らせください。




