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続・片付中です


賀川だよ。

 






 案内されて、上がってきたタカさんの自宅、その二階。

 心臓が跳ね上がるのを感じたが、俺はそれが表情に乗らぬ様にそれを打ち消す。

 ポーカーフェイス。

 これが出来なければ撃ち殺される、そんな場所にいた事に感謝する日が来るとは思わなかった。祭りの時の様に取り乱した態度は、うろなの平和で心が弛んでいた証拠だ。



 ああ、でもユキさん。

 君は何でこうも俺の気持ちを攫うのか。

 驚いて見開かれた赤い瞳は、いつにも増して夕暮れの近い黄色の空を映して、炎のごときオレンジ色を灯す。白い髪は金色を反射しながら、外に並ぶ工事用の車達が放つ無骨さと力強さを背景に、キラキラと輝く。きっと頑張って掃除してくれたのだろう。白いエプロンは少し汚れていたが、淡い紫色のワンピースに素足が覗く。その白さはこの世の物とも思えないほどで、夏祭りの日に熱い思いをさせてしまった事を後悔した。

 タカさんはちらりと視線を俺に投げたが、注釈する事はなく、

「賀川の、この部屋を自由に使ってくれ。息子の私物があるが、まあその机の物は触っても面白くもないだろう。タンスはそこ半分が空だ。お前のうちからだいたい持って来ているが」

 そう言って、部屋の片隅にあったスポーツバックを指差した。



「風呂、大風呂は一階だ。トイレは上下に二個、仮設トイレは離れにもある。その他、使い方は必要に応じて追々聞け。食事は朝六~九時まで、夕飯は六時から提供する。違う時間に必要な時、不要時は葉子さんに伝える事。お前は『荷物が落ちてきた時の負傷』が治り、仕事に復帰できる二週間後までは三食を彼女に用意させる。じゃ、ユキ。残りの掃除を頼む」

「は、はい」

 タカさんは俺達を置いて去って行く。ユキさんは側に置いていたバケツでぞうきんを絞り、窓の桟を拭きながら、

「あの、あの、荷物が落ちてきた時の負傷って……?」

 タカさんが無言で話を合わせるように言って残したのを感じ、俺はそれに従い、

「お中元の仕分け作業中にちょっと、ね。荷崩れがあったんだ。体がそれだと不自由だろうって、その間タカさんがココに呼んでくれたんだ」

 丁度右腕にあった痣を見せる。うん、結構なケガだ。ちょっとリアル過ぎただろうか。ユキさんの顔が歪む。

「大丈夫なのですか?」

「君みたいに心臓が止まった訳じゃない。ちょっとした怪我だ」



 心臓は大丈夫だったけど、耳もおかしいし、目も見えなくなりそうだったんだよ。姉さんが時々切れるとあるんだけど。今回はちょっと当たる所がヤバかったかな。

 ああ、ユキさんの美しい姿が見えなくならなくてよかった。零れる光のような声が聞こえなくなるなんて、考えたくもない。いつもは丸まっていればそれなりで治るのだが。これが劣悪だった幼き頃の「あの」場所だったら、確実に死んでいただろう。

「あの」場所ではなかった事、タカさん達が来てくれてよかったと、その二点を幸運に思いながら、俺はぐるっと部屋を見回した。



 人一人住むには充分過ぎる、立派な部屋だ。



「賀川さん、お祭りの時に、あの」

 ユキさんのめずらしく緊張したかのような声が、耳に心地良く響き、俺の目はユキさんに戻った。

 途端に彼女は顔を赤らめながら、口ごもった。



 そう言えば……祭りの夜。



 いきなり唇を奪い、告白したのだ。本気で嫌ならすぐに手が上がっただろうが、彼女は俺の抱きしめる腕を逃げようとはしなかった。

 それでも受け入れられているとは、到底思えなかった。

「私、私、賀川さんの事、余りよく知らないし、私は賀川さんが「特別」にすきじゃない、です」

 その返事は予測がついた。

 知り合ってからは一年以上経つが、ただの配送集配、名前さえまともに知らなかった。気にはなっていたけれど、どうしてあんなに不気味でそれでいて気になるのか不思議で。でも白き姿を見た途端、急激に魅かれた。だからと言って、彼女までそうなっている筈がない。

 だから。

 大嫌いと言われない限りは、ココからユキさんに食い下がるつもりだった。

 知らないなら知ってくれ、特別でなくていいから好きになってくれ、努力するから、と。

 でも……



「俺は君が好きだ。それは変わらない。でもユキさんに俺を知って欲しいわけでも、君の愛が欲しいわけでもないんだ。先走ってキスをしてしまった事は謝らない。どうしてもそうしたかったから。けれど、絶対に今後はそんな事はしない。だから、今までと変わらず側に居る事を許してくれ」



 本当は、本当は、喉から手が出るほど、君の愛が欲しい。

 小さい時に奪われて、痛みと暗闇の中で妄想した優しい手。

 母に、姉に、父に拒絶されて。

 それでも誰かの為にと駆け込んだ、天使の庇護に俺はなりきれず、日本、うろなに引き籠った。



 もし、自分が誰かを愛すなら、闇を知らない光のような人が良かった。

 白くて、ふんわりと笑う君は、俺の闇の中を照らす、妄想の女神に近いんだ。できれば愛して欲しかった。その体に俺を刻んで、誰にも渡したくない。許されるならどんな努力も惜しまないつもりで、キスをしたのだ。

 けれどその後に知ってしまった。

 君が誰かを愛する事が許されないのを。

 ならば、俺はそんなものは要らない。やせ我慢であっても。

 ただ傍で見守りたい。出来るだけ望まないが、いつか誰かを彼女が愛したなら、その誰かをも守りながら。俺に出来るのはそれだけだ。



 ああ、息苦しいのは、まだ具合が悪いからだろうか? まだユキさんと話していたい、キスなんかしないと言ったけど、そのままベッドに押し倒して、その肌に歯を宛がって君の全てを手にしたい。でも彼女はそれを望まない。



「あの、賀川さん」

「何?」

「今まで通りで、良いって事ですか?」

「君が良いなら、それが俺にとっても一番いい。でもこんな男は信用できないよね」

「そんな……」

「もし君に本当に好きな人が出来たら歓迎するよ。もう掃除は良いから。気になるなら、自分でする。出て行ってくれないか」

「え? あ、はい」

 まだ視点がブレる目。長い事彼女と居れば、具合の悪さに気付かれてしまう。ボーとしているようで、集中した時の観察眼は鋭い娘だ。ただ、思い出して引き留める。

「ユキさん。今度、二十一日に剣道大会がある。もし良いなら一緒に行こう。君の好きな先生達も来るし。嫌じゃなければ、だけど。考えておいて」

「は、い」

「今日の夕飯と、後朝食までは要らないって葉子さんに伝えて。疲れたから寝るよ」

「食べないと……」

「お昼まで寝たいんだ。ごめん。薬を飲む水だけ後で持って来てくれる?」



 俺はカーテンを閉めた。振り返ると、腑に落ちない、怪訝な表情を孕みながら彼女が俺を見ていた。

 俺は表情を消したまま、僅かに目を眇める。それを見た途端、ユキさんが弾かれる様にバケツやゴミやらを抱えて出て行く。

 ソレを見送ってから、ベッドにドッと倒れ込む。苦しかった。とても。

「ユキさん、殺気がわかるんだ……」

 凄く疲れと痛みを感じて、少しでも体力を回復するため、俺は意識を眠りに落した。



 次に目覚めた時、机に水の入ったボトルがあって。

 ユキさんの白い姿がチラッと見えて、苦しいのに、どこかその色に安心感を覚えながら、眠りにまた身を委ねた。それだけがタカさんの自宅に来て初めての夜の記憶。

 俺は夢の中で、魚沼先生が教えてくれた『巫女』やら『人柱』やら、どうにもわからない非現実を繰り返していた。




そして『巫女』『人柱』などの説明に入ります。

たぶん。

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