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交通事故中です

赤いネジ、ねじ、ねじ。






「……というかこの子『宵乃宮』っていう名字なのか?」

 そう聞いたオレ、役場の若いのに呼び出してもらった、説得要員の清水先生に尋ねる。

「『よいの ゆきひめ』は彼女のペンネームです。彼女の本名は『宵乃宮 雪姫』と書いて『よいのみや ゆき』です」

 そう言って、今流行の端末に表示された文字を見せてくれたんだが。

 そこで一瞬思考が止まっちまった。ぺんねーむ、彼女の画家としての名前って事だろう。

 本名は『よいのみや』。


 いや。

『よい』じゃない。

 これは……


 隣では、運送会社の若いのがぽーっとなりながら、

「雪の姫で『ゆき』か。かわいらしくて。でも気高さも持ち合わせていて……」

 嬢ちゃんの名前を賛美しているのを、空絵ごとのように聞いていた。

 よく聞け賀川の! 『良い飲み屋』だぞ……そんな事に気付いて突っ込むのは今も昔もオレだけか。


 もっと先生に話が聞きたかったが、

「今はそんなこといいだろ」

 小梅ちゃんに突っ込まれ、その後は当の嬢ちゃんが急変して聞けないままになる。

 結構豊かな胸の上で両手を組んで、機械が用意できるまで胸骨圧迫なんぞやる。細い体を折る前に機械と交代し、無事に彼女の心拍が戻った。


 その後、外部と連絡を取って戻ってきた清水先生はオレらに頭を下げ、追い出そうとする。

 機械を使う手つきや、指示の出し方を見ていれば、手に汗をかきながらも、緊急事態には慣れているのがわかる。その上で追い出そうと言うのだから、

「うるさい、大の大人があそこまでやっているのに、意をくんでやらなくちゃ男じゃないだろ。つべこべ言わずにさっさと来い」

 文句を言おうとする賀川を引きずっていく。

 小梅ちゃんは声をかけたが、その場に残った。そいつは仕方ないだろう。小梅ちゃんは気持ち溢れるいい子だ。清水先生とはただの同僚と言うには絆が深そうだったからな。

 賀川はしょんぼりと小屋の前で待機していた。

 オレはその間に気になっていた配管関係を幾つか調べる。

 そうしながらおびただしい血、涙を堪えて嘘を吐くのに、必死だったあの日が重なった。

「守ってやってくれ……」

 オレはあの時と同じに、祈るしかできなかった。あの時と違ったのは、無事を祈った命が仄かにながら燃え続けている事だった。

 担架で運搬中、クマが出てきたり、猪が出てきた時は、運が尽きたかと思ったが。真白の彼女が救助隊に引き渡され、ホッとした。





 家族でもないのだからと、病院に行きたそうな賀川を嬢ちゃんから引き離して家に送り、残りの仕事を確認する。緊急でガス修理と、トイレ修理が入っていた。明日朝早い若いのにその仕事に入っていたので、取り上げて仕事をこなす。

 それから家に戻って、隣家に住み込んでいるヤツラを起こさないように風呂を浴びる。修理した幽霊配管から伸びたパイプから持ち帰った赤いネジを、着ていた服から取り出し、台所から続く畳の部屋で座り込む。

 その頃にはもう、日付が変わっていた。


 赤いネジを小さなちゃぶ台に転がす。

 そうしながら賀川と担架を持って森を出ながら、幽霊配線が引かれたボロの小屋を振り返り見たのを思い出す。そして偶然ではないと確信するに至る。


 オレは近くの仏壇を眺める。


「トオル……母さんと元気にやっているか?」

 オレは久しく呼ばなかった名前を口にして一人、酒を煽った。

 前田 刀流、マエダ トオル……オレの倅の名。


 喧嘩っ早くて、オレに似た……良い面構えの男。手先が器用で、何より仕事の飲み込みが早かった。オレの後を継いで三代目になる、若気の至りで二十とちょいで授かった子供。

 そう、オレには勿体無い自慢の息子……だった。



 だった、そう、あいつはもう居ねえ。この世に居ねえ。自慢なんかじゃねえ、親より先に死にやがった、大の親不孝息子だ。







 オレは随分と昔、その胸に付いた名札を読み上げた。

「宵乃宮、よいのみや……良い飲み屋、だと?」

「いえ。宵、よいではなく、しょう、しょうのみやです」

「結局『飲み屋』なんだな。で、嬢ちゃん、下の名前は?」

「秋の姫と書いて、アキ。しょうのみや あき、です」

「そうかい、アキヒメさんよ、何の用だい?」

「えっと、えっと、刀流先輩、いますか?」



 この後、「オヤジ、彼女に『飲み屋』なんて言うな」と、刀流と喧嘩になった。確かに全国の『乃宮』さんには悪いか。だがあの字面を見た途端、この会話しか思い出せなかった。

 アキヒメさんは漆黒の髪に黒縁眼鏡の可愛い嬢ちゃん、ムサいオヤジの俺にも気軽に挨拶してくれて、たまに刀流と、でーと、しているようだった。



 オレともだが、刀流は学校でも喧嘩をよくするようなやつだった。それでもすぐに笑って、仲間を増やしていく、楽しい事が大好きな男だった。

 そんなアイツが、アキヒメさんが消えたって言って沈んでいた。あんまりだったから、当時居たうちの若いもん総出で探したが、見つからなかった。事情があるのだろうと、オレは『仲間』にまで声はかけなかった。

 その後、半年くらい引きこもりになった刀流。ふらりと出て行った、次は行方不明になった。男だからこんな時期もあるとオレは放置した。

 そしてふらりとまた戻ってきた刀流に何も聞かなかった。今思えば聞いてやれば良かったと思うが仕方ない。

 そんな反抗期を経て……完全に工務店で働くようになった。


 いつまでもアイツはオレの息子で、いつでも絡んで、オレが引退するまで、オレの片腕となり、いずれここを任せるはずだった。

 だがオレが刀流を抱いた年とそうかわらない、若いうちにアイツは散って行った。


 自動車事故だった。


 仕事がてら駅に迎えに行った、軽トラに母親も乗せてた。

 成り行きとはいえ、オレに息子を産んでくれた、生涯最愛の女は即死だった。

 一度だって、愛してるとか、好きだとか、言ってやらず、果ては成り行きで籍入れただとか、子供が出来ただからだとか、そんな事ばかり聞かせたのに。

 いつも「タカさんはね、天邪鬼なの」って笑ってやがった。

 今は、あの笑顔が思い出せねぇ。刀流の横で今も笑った写真が置いてあるが、本当にそれが俺の嫁だったかもよくわからない。


 そして即死は免れた、成人式をしていくらも生きてない倅が、血を吐きながら聞くのだ。

「おふくろ、母さんは大丈夫だった?」

「ああ、ああ。かすり傷だっから、今そこで手当を受けてらぁ」

「よかった」

 顔の原型も留めてない、かつて抱きしめた女の遺体の横で、オレは平気で嘘をつく。

 息子が良かったと言ったのは、本当にオレの嘘を信じたのか、オレを安堵させようとしたのか、未だに分からない。

「なあ、いつか、いつか、彼女が戻ってきたら助けてやってくれよ、オヤジ」

自分が死の際にあると言うのに、あいつの心配はそこにあった。

「彼女?」

「あき、あき、だよ。よいのみや……秋姫……」

「お前、あれだけそう呼ぶなって言っていたじゃないか! ともかくお前の女なんざ知るかよ、自分のケツは自分で拭きやがれ」

「オヤジ、おやじ、父さん、ざ、残念ながら、俺の子じゃないけど…………アキと……俺はうろなの町で、いつまでも彼女達を待ってるって約束したけど……どうも無理そうなん……だ……」

「ね、寝言いうな! 早く良くなって仕事やっつけてくれないと町の奴らが困るだろう? 明日も仕事が早いぞ、サボる気か? 電気の配線はお得意だろう? なあ……おい、どうしたよ、刀流? トオル、トオル、目ぇ開けろよっ、しっかりしろよっ、救急車はまだかっ」


 戻って来い、胸を押しながら何度も祈ったが、戻らなかった息子。

 今回、あの嬢ちゃんが生きていたのは、あの先生と小梅ちゃん、それから賀川、他にもたくさんの支え手が後ろにあったからだ。

 もし死なせてしまっていたら、刀流に顔向けできない所だった。

 彼女は間違いなく息子の愛した女の産んだ子供だろう。宵乃宮、何て名前が早々転がっているわけがない……残念ながら息子の子供ではないようだが、放っておけねぇ。






 オレは首を振って酒気を祓うと、電話を握る。

 深夜一時。

 それにもかかわらず電話はすぐに繋がった。

『「投げ槍」が何の用だ』

「「バッタ」に槍なんか使わねぇよ。頼みがある、バッタ。いや、抜田ぬきた代議士さんよ」

『元、な。今はあんな世界辞めて悠々自適なんだ、で?』

「人一人、囲いたい」

『妾か? 再婚でもするのか?』

「馬鹿言うな! 子供だ。せめて親権など法律を盾に奪われない程度の関係にしたい」

『ははははは、こりゃあ良い、隠し子か?』

「………………刀流のな」

 始終笑い声だったバッタが黙り、沈黙が流れた。

『………………仔細は今、聞かないが、お前の息子、刀流が死んだのは何か大きな力が働いてる』

「ああ、しょうのみや、な」

『………………当時代議士だった俺でも追ってやれなかったソレを。こんなに経った今になって、危ない橋を見付けたとでもいうのか?』

「橋なんて渡りたかねーよ。ただこの町で快適に過ごさせてやりたい。それだけだ」

 こちらは望まないが、相手はどうだろうか?



『それなら「ぎょぎょ」にも連絡しろ』

「我らが弁護士サマまで呼び出すのか……それからうろなの北の森の権利者を調べてくれ」

『あそこのだいたいの持ち主なら知ってる』

「買い取りたいんだが、誰だ?」

『売る気はねぇよ。投げ槍にもな』

「持ち主、おめぇなのか」

『刀流に出世払いで買い占め頼まれたんでな。払ってもらえなかったが、放っておけば宅地開発や道路関係で切り崩される所だったから別に構わない。今は離れているが、俺はうろなの自然が好きだからな。そこに知り合いがちょっとした建物を置くぐらい、文句は言わねぇ』

「恩に着るぞ、バッタ」

それから暫く電話で話し合いながら、オレは赤いネジを手に転がし、握りしめた。


キャラが増えてく。それも肩書ばっかりのオジサンばかり(笑)

そんなに出ないけどね。

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