続・説教中です(紅と白)
今回記念すべき100話目。(人物紹介やイラスト含めてですが)
お目通し下さった方、全てに感謝を。
彼女には彼女の想う人が居るからこそ色々とユキさんの事を考えてくれるのだろう。それは当たりだったらしい。
「何がそう言えば、だ。ーーチッ」
ベルさんは舌打ちを一つして、座りなおして、その後にやりと笑った。
「なるほど。ベルは賀川の事を誤解していた」
やっとわかってくれたか、そう思った俺に彼女は言い放つ。
「もっと頭がいいかと思ったが。お前はとんでもないアホなのだな」
「は?」
なぜ、そう言われたかわからず俺の呆けた顔に、したり顔で彼女は言葉を紡いだ。
「ユキの事を愛してると言いながら逃げるのは、お前に覚悟がないからだと思い込んでいた。しかし違う、お前は覚悟はあるんだ。もしもの時には女だろうが、格上だろうが、人殺しさえ厭わない、そう、最初の一撃目でわかった」
「じゃあ……」
「だがな。覚悟はあっても、根本が間違っているんだ」
「どういう事、ベルさん」
彼女の言わんとする事がわからない。
「お前はユキに人を出来るだけ愛さないようにしたいのだろうが、もう遅い」
「え?」
「もう、彼女は愛を抱いているのだから」
「!」
そう言えば、今月の初めから、暫くユキさんはこの家から離れていた。もしかするとその間に好きな人が出来たのかもしれない。またはその男と居たのかもしれない。
一晩だが、相当許し合ったベルさんにその相手の事を話したのか。
ユキさんは、いずれ誰かに恋をする。
分かっていたが、もう、そんな時がもう来てしまったのか。俺は喉まで上がってきた熱いモノを飲んで、言葉を落ち着けて、
「それは、誰かな」
「…………………………だから、お前だ」
「ベルさん、面白い冗談は要らないから、教えてくれないか?」
「くどいっ!!!!! だから、何度も言っているだろう?」
叫ぶように言われて、俺は言葉を紡げぬまま。
しかしベルちゃんはまるで、その時の風景を見て居たかのように、
「誰もいない森の中、一人寂しく、母親も、頼るべきもない暮らしの中、誰が人里離れた森の家の扉を叩いた? 誰が彼女に声をかけた?」
「あ、そ、それは」
俺は思い出す。
暗い森の中、古びたチョコレート色の家。
絶対に誰も住んでいないと思われるそこから、少女が待ち構えたように出てくる。いつもだ、俺が来るのを待っていたかのように、彼女は窓から見ていたり、出てきて走り寄らんばかりにするのだ。
今から思えば、彼女に虫達が語って、俺の到着を知らせていたのだろう。
墨の様に塗られた重い黒髪。
瞳孔が何処にあるかわからないぐらい真っ黒の瞳。
それなのに驚くほど白い肌。
そのコントラストは強烈で、綺麗なのに不気味だと思いながらも、ずっと気になっていた。ただ俺と彼女は客と店員で、どこまで行っても交わる事はない間柄だった。
『賀川急便です。受け取りに参りました』
特に話す事はない、商品とお金を受け取り、受領書を切って。『よいの ゆきひめ』とひらがなで書かれた重い荷物を持って帰る。だからずっと、よいのサンってあの頃は思っていた。
最初の何回かは短髪の女性が居た筈だが、いつの間にか見なくなった。母の秋姫さんだったのだろう。ユキさんはどう高く見積もっても高校生くらい。
まだ一人で住むのは早い、それも便利の良い街中じゃない。こんな森に一人で居るのだろうか、寂しくはないのだろうかとか。いや、絵を描く時だけここにきていて、家は別にあるに違いないとか。児童相談所に言うべきか迷った事もあったけれど、聞くに聞けない疑問は渦巻いて。何も聞けずに振り返ると、彼女はずっと俺の背中を見ていた。
笑って頭を下げると、彼女は恥ずかしそうに家に入りつつ、やっぱり俺が歩き去るまで見送ってくれた。だから、今度こそ何か聞いてみようかと思うのだけれど、やっぱり何も聞けずに次に来た時も同じ事を繰り返した。
俺自身が仕事以外の会話なんて、うまく出来るほど器用でも社交的でもなかったから。
冬になって、大変だろうからっと思ってくれたのか、忙しかったのか、連絡が途切れた事がある。
誰かから彼女宛に物が着くと、必死に電話をかけていた。何度かけても彼女は繋がらない事が多くてヤキモキしたのを覚えている。そのくせ、叩きのめされて、指一本動かしたくないような日に電話が何度も鳴っていて、タイミングが悪いなと思いながらも雪山を歩いて、たった数秒の受け取りに行った。
いつもより大きな包み、それが大きな展覧会で表彰されたのだと知ったのはこの頃だ。
ベルさんの言葉で、あの時の黒壇色の彼女を思い出していた。
「お前だ、たった一人、お前だけが雪姫の側に居たんだ」
その言葉は重かった。
「ちょっと待ってくれ、ちょ……」
「雪姫はもう随分昔から、お前を好きになっていたんだ。本人の雪姫すら気づかぬ間に」
ベルさんは俺を諭すように、そしてはっきりと断言する。
「雪姫が好きなのはお前だ。だがお前は雪姫を避けただろう? それでどれだけ彼女が、彼女が……傷つけられたか。賀川、もう愛されているんだ、認めろ」
「…………なあ、それは、嫌われる方法、考えなきゃ、なのか?」
「この……大馬鹿野郎っ!」
ベルさんが胡坐から膝立ちに変えて、拳を握るのが見えたが、余りに見事な素早さで俺の顎を捉えて、逃げる事は敵わなかった。
「何故、お前はそう見当外れな場所を守ろうとしているんだっ! お前が守りたいのは、本当に自分がいたいのはそんな何もない場所なのか!? 違うだろう! お前が本当に望んでいるのは、寒くて光や色のない世界ではなく、暖かくて光や色に満ちた世界じゃないのか!? 賀川、もっと自分に素直になれよっ!」
「見当はずれな、場所」
畳をすっ飛んで行った俺を見やり、ベルさんはゆっくりと立ち上がって後ろを向く。
「……お前が外国へ行くというのならば、好きにするがいい。ただし、あの子の元へ帰らなかったその時はーー」
彼女は先程の勢いを超えて、俺の襟を掴み、喉元めがけて勢いよく腕を突き出した。喉、擦れ擦れで止められたそれ。
「ベルは、お前を許さない」
強き赤の瞳は、ユキさんの儚い感じとは違っていたが、やはりとても美しい物だった。
音も無く歩き去る彼女は、低い道場の入り口へとしゃがみ込む前の一瞬に立ち止まり、
「……逃げるな、賀川。敵からも、雪姫からも、そして、自分からも。あらゆるものから目を背けず、真正面から雪姫を守ってみせろ」
そう言って、姿を消した。
俺は寝転がったまま、受け身をする時のように畳をバンっと叩く。
『あの子が好きならば、お前は何故あの子を手に入れようとしない? 受け入れようとしない? その腕の中へ抱き止めてやらない!? 必要としている時にどうして側にいてやらない!? どうして、あの子を守ってやらない!?』
ベルさんのそんな声が頭に反響している。
「頭の中じゃ、何度、彼女を嫁にしたかな?」
赤髪の彼女に聞かれていたら、その場で殺されるのが確定する言葉を口にする。
俺は息を吐き、笑っているのに深く眉を寄せた。
「本当に、俺を好きでいてくれるのか? 愛してくれるのか?」
『汚い、お前は汚れているの、私以外の誰も愛してなどくれないわ』
姉の冴が呟く声が聞こえる。
俺は今、殴られたばかりの頬を擦って、
『誰もいない森の中、一人寂しく母親も頼るべきもない暮らしの中、誰が人里離れた森の家の扉を叩いた? 誰が彼女に声をかけた?』
その痛みを放った少女の言葉を、頭に反芻する。
いずれユキさんは誰かを愛す。
本当はその時を考える度に胸がおかしくなって、自分のすべてを吐き出したい気持ちを抱えながら、『本当に好きな人が出来たら歓迎する』と繰り返す。
彼女は白い髪に紅い瞳を気味悪いとだけ思っている。
しかし色素が無き故の白き色は、古来より神からの寵愛を示すとされ、白蛇や白虎などがよく神格化されている。
自然界に突然変異としてしかあり得ないその色は、奇異の対象でもあるが、神格化はその美しさ故の敬意の表れでもある。
俺もその魅力に取りつかれた一人で、多分これからも彼女に惹かれる男が現れる。
ユキさんは優しい。
何者をも受け入れる深い愛情があるから、愛を述べる男を素直に受け入れ、次第に愛を育むだろう。
『もし君に本当に好きな人が出来たら歓迎するよ……』
…………いやだ、本当は凄く嫌だ。
もし、許されるのなら、彼女を腕の中に迎え入れて、飽きるまでその暖かさを感じていたい。きっと空の雲に浮くかのような気持ちになれる事だろう。
本当は誰にも渡したくない。
誰かを愛したと聞いた瞬間、本気で『誰か』に対し、守るどころか殺意が喉元まで込み上げたのに、俺は苦笑し、また再び眉を寄せる。
もし、もしも、本当に。
本当にユキさんが『俺』を選んでくれているのなら。
彼女に愛を捧げるからこそ、俺は彼女の側に居る。彼女から愛を受けたなら、後は俺が死ねば容易に『人柱』は完成する。それで良いのか、俺さえ死なねばいいのか?
過去に全滅した仲間の遺体の中で慟哭した冷たい記憶が、俺に二の足を踏ませる。
重複する記憶、想いの中で俺は自問自答する。
『……逃げるな、賀川。敵からも、雪姫からも、そして、自分からも。あらゆるものから目を背けず、真正面から雪姫を守ってみせろ』
ユキさんによく似たような、でも全く違う紅き瞳の彼女がそう告げる。
やっと意味が解る、ユキさんを守りながら、更に自分も生き抜く覚悟が必要な事に。
今までユキさんと彼女の『誰か』を守れば、自分は盾となって死ぬ事が許されていた。だが、彼女に愛されようとするなら、その甘えはこれからは一切許されないと言う事。
そう言えば……
俺はふと思う。
あれから髪を黒に染めた彼女は見ていない。もうだいぶ、自信が出たのだろうか、そう思っていたが、あれは俺が染めるなと言ったのがあるのかもしれない。
自分の隠したい部分を晒して、尚も真っ直ぐ歩く彼女の気持ちに、俺は答える事が出来るのだろうか。
『母も捨てた貴方を、愛す者はいないわ』
思い出したくない過去、忘れ去りたい過去、それでも許されるならば、俺は……
「汚い俺でも、彼女を愛していいのか? もう、彼女を遠ざけなくていいのか?」
俺はしばらくそこに倒れたまま目を閉じた。
朝陽 真夜 様『悪魔で、天使ですから。inうろな町』より、ベルちゃん。
いつもありがとうございます。
100話目にして賀川にやっと火が付いた感じです。
読んで下さりありがとうございます。
ただ……これって恋愛ものだったかしら?