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タカさんのターン

 





 若い男の後ろを引っ付いて歩く。

 顔立ちは悪くないと言うか、今時っぽい綺麗な感じをしてやがる。が、思ったより喧嘩っ早そうな気もする顔だ。目は大きく、眉が少し太めで自己主張しているせいだろうか。髪は清潔に切っていて、真っ白な軍手は濃く日焼けした肌に良く映える。水玉の入ったポロシャツがこいつの就職先の配送社員全員が身に着けている制服だ。



 ゆっくりではなく背後から威圧をかけつつ、もう一時間越えで歩いているから、賀川の兄ちゃん、ちいっとばかり息が弾んでやがる。まあ、それでも体力はある方だと認めようか。もう少し鍛えなきゃだろうが、俺の会社で雇ってやっても良いと思える若者だ。

 まあ、自分も届ける目的もあったとはいえ、今日でなくていい荷物。グチグチ文句も言わず、時間のかかる森への案内を頼まれてくれたり、オレがバス停で突っ立っていたら「どうしたんだ」と声を掛けてきたりする。何気なく気遣いができる、若いけれど良い人格をしてやがる。

 とりあえず包み隠す事なく、事情を喋ってやった。べらべら要らない事をしゃべるヤツでもなさそうだし、もしそうされてオレが困る事になるなら、自分の人選眼が弱いって事だ。ま、そんな事になったら兄ちゃんには痛い目の一つや二つくらいあって貰おうか。


 そんな事を思いながら、森を歩いていく。

 変わらず鬱蒼とした森だ。晴れているのに、日差しが届かない所も多い。鳥の声が響き、どこかで小動物が動く気配もした。

 ガキの頃は遊歩道も無かったくらいだが、少なからずカブトムシやらクワガタやら取りに入った事がある。だが、大人達が『森は危険だから、山の方で遊べ』と言うから、手前の方しか入った事がない。

 山の方が川もあって、ツチノコが住んでいるなどと言う噂があったから、そっちの方が子供心にワクワクして、森より山が魅力的だったんだがな。



「……まさか、あれか」

「まさか、の、あれです。よいのさんのアトリエ」

 やっと見えてきたチョコレート色の小屋が、ありとえ、らしい。

 どうやっても人が住むには不向きな建物だったし、普通は誰もここまで入っては来ない。道中、少しだけ枝葉が折れていたのは、土曜辺りにこの辺を探索した先生様の足跡だろう。

 近付きながら、賀川が携帯を鳴らすが、やはり繋がらないようだ。

「よいのさん、いますか?」

 軍手をしているからか、ささくれを気にする事なく彼が扉を叩く。だが返事はない。

「やっぱり留守じゃないですかね」

 封筒を抱えたまま、彼は残念そうに呟く。

 オレは入り込んで家の周辺を当たる。梔子の花がどこかに咲いているのか、豊潤な甘い匂いが漂っていた。

 建物に引き込まれる水道管が確かに割れていた。汲み上げのモーターは俺の年齢よりも齢を重ねた古いもの。いつ止まってもおかしくない代物だった。ガス管も幽霊配管だから、老朽化が進んでいるだろう。

「何だ? どうした賀川の」

 一回りして戻ってくると、賀川が足元をじっと見ていた。

「いや、アリが凄い居るな……って」

 足元を見ると、確かにアリが列をなしていた。見てるとぞわっと悪寒が走る。赤い花びらをどこかへと必死に運び続ける小さい生き物。その無数の足がズボンの隙間からのぼってくるような気がして目を逸らす。

「よいのさん、いませんか? ……あ、開いた」

 扉には鍵がなく、彼が当たるとゆっくりと開いた。

 するとなんだか不思議な甘ったるい、匂いがする。さっきの梔子とは違う、熟れた果実が行き過ぎたような臭いがしやがった。土間に置かれた蕗が葉がついたまま処理されずにシナッとして、キノコが籠に入れられたまま放置されている。

「失礼しまーす、よいのさーん」

 賀川が小声でそう言って入って行ったが、返事はない。

 水道口に置かれたボールの中には赤い木の実が山と入っている。

「ヤマモモ、だな。さっきも通りがかりにあったろう?」

「やま?」

「食えるんだよ。子供の頃、山に行けばおやつ代わりだったな。もう少しで枇杷も良い時期な筈だ」

 これまた汚い壊れかけた椅子に掛けられたバスタオルが血にも似た紫と茶に変色して不気味だった。甘ったるい匂いは木の実とタオルから漂っている。


 二人してその匂いに酔いそうになりながら、土間から一段上の部屋を覗き見る。

「よ、よいのさ……違う、誰、いや……」

「こ…………」

 そこに広がる薄暗い部屋に思いもしない不気味な光景が広がっていて、さすがに声が出なかった。


 人が丸太のようにゴロリと横たわっていた。

 黒っぽい服が恐ろしいほど鮮烈な赤に染め上げられており、老婆のように白く長い髪が擦れた畳にふんわりとひろがっている。その髪の毛には無数のアリが集っており、白や赤、紫に黄色など目にも鮮やかな花弁がその体の周囲に散らばっていた。固く閉じられた瞳。唇は薄く赤に染まっていて、血を流しているようにも見える。

「か、棺桶……」

 その部屋を見た瞬間に思いついたのは、死に直結する言葉で、賀川の口から洩れた単語を間違いなく俺も想像していた。


 俺より先に賀川が靴を脱ぐのも忘れて駆け寄った。

「よいのさん! ですよね? どうしてっ」

 一見死体かと思われた体を彼が抱き上げると、僅かに胸が上下しているのに俺も気付く。良く見ればその胸を赤く汚しているのはペンキのようだった。

 ペンキ付の服に押さえつけられて苦しげな息遣いだったから、賀川がジャージの前チャックをおもむろに開こうとしたが、その手が止まる。

「どうしたん……あ」

 俺も賀川も男として動きが止まる。

 何せ下着も付けずに、ぴちぴちのジャージを着ていたのだから、前を開ければそこに包まれた桃の様な果物が二つぼろっと出かけて……理性のない男なら、これ幸いにといただいていたかもしれない白桃。

 目のやり場に困る……いや、そんな事、見ている暇はない。俺も上がり込むと異様に白く細い手を取り、首を触る。顔を見れば幼い、子供なのに何故こうも髪が白い? 染めているのか、良くわからない。ただ、呼吸をしていなければ人形と勘違いする程の美しさで。

 だが辺りにはアリが這い、舞い散る花が消臭していたが、やはり汚物の匂いもする。どのくらいの時間、こうしていたのか……

「脈も呼吸もあるが、熱が凄い……とにかく水を持ってくるから、呼びかけてろ!」

 賀川は汚いのも気にせず、彼女を抱きしめて呼びかける。救急隊を呼ぶ事も考えたが、ここまでたどり着くまでどれだけかかるか、場所だってどう言ったらいい?

 そんな事を考えたら、まず彼女を気付けるのが先と、言葉を合わせるわけでもなく二人で同時に判断した。



 俺はまず蛇口を捻るが、水は一滴も出ない。急いで外に出て、モーターに飛びつく。だが配線が完全に逝かれて全く動かない。

「コンチクショーっ、動きやがれっ!」

 出来るだけの処置をして蹴りたくると、ボクンと音がして僅かに稼働を始める。

「よし、良い子だ。良い子だから動いていなよ……」

 割れた排水管からちょろちょろ流れる水を台所にあったコップと洗面器に注ぐと、水はそのままにして部屋に持って行く。一度きれいな空気になれると、この部屋の空気に吐き気を催したが、そんな事は言ってられない、飛び込んでやっと手にした水を賀川に渡す。

「目、覚めないのか?」

 モーターの修理中、ずっと賀川の悲鳴のような呼びかけが続いていた。

「一瞬だけ、口が動いて『喉、乾いた』って……よいのさん、水が来たよ、ほら飲んで」

 だが完全に意識が落ちてしまったのか、彼女の口にコップを持って行っても、少し傾けて唇を濡らしてみるが、反応がない。誰かが来たことで、何とか灯していた命の火を安心と共に吹き消してしまったのかもしれない。

 ゾッとする、呼吸がもう目では感じられないほどに弱くなった気がして。

「起きやがれ、このまま死ぬ気かっ。せっかく修理に来てやったんだから、お前……」

 賀川は一瞬だけ、オレの顔を見て、

「ちょっと、向こう向いてて下さい、タカさん」

 向く暇も無く、彼はコップの水を口に含むと、柔らかそうな少女の口を蹂躪した。

 彼女の唇から零れ落ちる水。口腔から水は溢れるばかりで、彼女の食道に入って行かず、あごや喉を濡らしながら、胸の谷間に吸い込まれる。

「飲んでくれ!」

 もう一度、水を含みなおし、口付けると、やっと彼の意思が通じたのか、彼女の喉が一口水を受け入れる。白い睫に覆われた瞳がうっすらと開く。

「よか…………」

 良かったと言いかけたオレの言葉が、その瞳の色に飲み込まれる。

 それはそれは雪ウサギのように、赤い赤い血の色で、白い髪色と相まって、人を狂わせるような魔性の艶やかさで、賀川の顔を見ていた。



注意。本来はここまで来たら水を飲ますより、人工呼吸などが適切です。



もう一話で、


"うろな町の教育を考える会" 業務日誌

YL 様の作品

6月17日に続きます。

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