仕込みはおっけー
人族の軍というものは他の種族にはない特色を持っている。
そも、人族というものには特徴がない。如何に人族トップレベルの人間が鍛えたとしても魔法に関してはエルフ族に劣り、器用さや技術ではドワーフ族に劣り、敏捷では獣人族に、腕力では魔人族に劣る。
しかし、逆の見方も出来る。
腕力ではエルフ族に勝り、敏捷ではドワーフ族に勝り、器用さや技術で獣人族に勝り、魔法で魔人族に勝る。
何より寿命で劣る分、数と集団という点で圧倒的に勝る。
純粋な数だけで見るならば獣人族も結構な数がいるのだが彼らは基本狩猟民族であり遊牧民、農耕を主体とし定住する人族に対して都市を作るという事をしない為に少人数の集団が一般的だ。
ドワーフ族は都市を構築するが子供の生まれる率が低い為に一旦数が減ると人族程の補充が利かない。
まあ、何が言いたいかといえば、人族は他種族と違い、単一の人族という種族だけで安定した軍が組める訳だ。
前線を構築する歩兵、高速で移動する騎士・騎馬部隊、魔法を用いる部隊。その全てを人族で構成出来る。生活にしても同様でドワーフ製には及ばないものの、ある程度のレベルの製品を安定して多数生産する事が出来る。ある意味、だからこそ人族は共存の必要性が薄れ、こうして異なる種族を迫害するという事が出来たとも言える。
その侵攻部隊だが今回侵攻してきたのはこの地方の領主軍だけではない。
前回は領主軍ことエシェック男爵が侵攻を行った。別段彼自身は強欲だとか、重税を課している訳ではなくごく普通に領地を運営し、ごく普通に民からの陳情を受けて「エルフが開拓を邪魔する」という事で少数の軍隊を派遣しただけであった。その上で判断を任されていた中隊長が「安全の為にはエルフを村近くから追い払う必要がある」と積極的に森に部隊を進めた事が原因であった。
しかし、これが予想外の大きな被害を受けた事で問題に発展する。
元々、このブリガンテ王国自体が人族国家としては端に位置し、それだけに他の人族との対立をしないで済む外へ外へと開拓していく事で人族の国家の中でも有数の国家へと成長していった国家である。そして、その過程で異種族との衝突が増えていた。人族が住んでいなくても別種族が住んでいる訳だから当然の話ではある。
そこへエルフの小集団への敗走である。
王国上層部はこれが各地に波及する事を恐れた。
負けた事を問題にしたのではない。異種族が実際に刃を向けてきた事を問題視したのだ。
これまで対立はしてきたものの、異種族達は獣人族は遊牧の民ゆえに新しい土地を探しに旅に出て、ドワーフ族は武器や防具の供給で協定を結ぶ事で山岳地帯にある彼らの都市を王国に組み込んだ。
魔人族はまだ国境を接しておらず、モンスターは駆逐すればいい。
エルフ族のみが問題だった。
彼らは森を愛し、森と共に生きるが人族にとっても森とは重要な地であり、食料の供給源ともなり、立派な樹木は重要な収入源となる。
しかし、立派な樹木というのは当然ながらエルフ族にとっては神聖な樹木、というケースが多々あり、衝突が増えていたのだ。
『ここで奴らを叩き、他のエルフ達への戒めとする』
そんな思惑があった。
所詮、強盗・脅迫の考えだが、人族である彼らは人族を中心に考え、異種族から富を奪う事に躊躇がなかったのだ。
そうして派遣されたのがブリガンテ王国の三つの騎士団の一つオルソ騎士団の半数に、西部領域の領主達から供出された領主軍を加えた総数一万五千、指揮官はオルソ騎士団副団長エンリコ・フェリータであった。明らかに相手側に対して過剰すぎる戦力であったが、これには少々理由があり、この際エルフを撃退してその勢いのまま周辺のモンスターの駆逐も行ってしまおうという事だった。
何しろ、人族の感覚で言う所の『未開の地』であるので、強力なモンスターもまだまだ多いのだ。
「さて、そろそろ野営の支度に取り掛からねばのう」
司令官エンリコは王国では子爵家の嫡男となる。
見た目はでっぷり肥え太ったお世辞にも騎士には見えない男だが、実際この男は本来の意味での剣技を鍛え、従士から上がってきた騎士ではない。
と、言っても別にコネでどうこうという話ではなく、見た目こそ趣味の美食のせいでこんなだが書類などの処理に関しては天下一品。オルソ騎士団の団長とは同じ貴族の幼馴染でもあり、武辺者である(無論この役職にいる以上並以上の書類仕事は出来るが)団長が拝み倒して自らの騎士団に文官だった彼を引き抜いたというのが真相だ。
彼自身も自分が剣を持って前に立つ腹はなく、副団長という席も団長である友人がその席にいる間の箔付けと割り切っていた。
そんな人物が今回こうして総指揮官を担当しているのは一つには今回は勝利は確実と見られていた為に彼に箔をつけてやりたいと団長が願った事。縁の下の力持ちをこなしてくれた友人に感謝しており、一度ぐらいは指揮官としての名誉を、と考えた訳だ。事実、貴族の間でそうした経歴は案外重視される。エンリコ本人も友人のその思惑には気づいていて、内心感謝していた。彼だって男だし、貴族の嫡男だ。
自分が剣を振るって華々しく活躍!なんて夢は自分の運動神経のなさにそうそうに気づいて諦めていたが、将軍として自分が部隊を率いて、というのは内心憧れていたのだ。だから、今回の話が来た時喜んで引き受けている。
次に、今回の部隊がオルソ騎士団を中核とした諸侯軍との連合部隊という面もある。
複数の部隊が合同で動くのだから、当然そこには仲の悪い関係の領主達もいる。
そうなると、司令官にはそういう者同士の仲介役、調整役としての役割も求められる。そういう役割を苦にしない者もいれば、苦手な者もいる。
で、このエンリコ司令官はといえば前者であり、実際ここまで軍団は特に問題もなく、順調に進んできていた。
「そうですな、暗くなる前に野営地を決めてしまわねば」
反対意見はない。
実際問題として、人族は夜目が効かない。逆に異種族やモンスターには夜目が効く者がいる。特にモンスターはその傾向が強く、夜間に焦った迂闊な行動によってモンスターに襲われてやられた冒険者の話は決して珍しい話ではない。夜の世界は人族のものではない、そう語る者もいるぐらいだ。
それに食事の支度に、休息も取る必要がある。
先に領主勢が敗れたのは夜の奇襲だから警戒を怠ってはならないが、さすがにエルフ族もきちんと警戒さえしておけば、この大軍に襲撃をかけるような真似はしないだろうと看做されていた。エルフ族は部族ごとに暮らす閉鎖的な種族とされており、決して何千もの大集団を好んで作るような種族ではないからだ。
そこで問題となるのは野営地の場所。
ここで大軍故の問題が生じる。
まずは場所。人数が多いという事はそれだけ場所を必要とする。軍である以上、休息がまともに取れず却って疲れて……という訳にはいかない。例え簡易な天幕であろうとも、いや、だからこそ広々した空間を必要とする訳だ。例え一人一畳相当で計算しても一万五千の人員の為には単純計算で一万五千畳、よく比較対象に上げられる東京ドームの面積のおおよそ半分になる。もちろん、それはあくまで一人一畳とした場合の話であり実際にはそんな窮屈な空間に押し込めたりはしない。
天幕と天幕の間にはすれ違えるような道が生まれるし、馬を集め管理する場所、荷駄を置く場所、軍全体に供給する炊事の為の場などをあわせればその十倍は考えるべきだろう。
それに、ただ広ければいいという訳ではない。
軍とはいえ、それを構成するのは人族だ。生きている以上、色々と必要になるものがある。その中でも特に重要なのが……。
「報告します!この先にかなり大きめの池があるようです。湧水の模様で水が飲める事も魔術師殿が確認されました」
「ほう、それは良かった」
水である。
人に限らず、生命はすべからく水を必要とする。
大軍となれば、その必要とする量の水も大量になる。ある程度は荷駄隊によって瓶に入れて運ぶ訳だが、現地調達出来るならそれに越した事はない。誰だって汲まれて長い時間が過ぎたぬるい水より、こんこんと湧き出る冷たく美味い湧き水の方がいいに決まっている。軍にしても、毎回毎回必要なだけの水が確保出来るとは限らない。そういう意味では今回は幸運と言えた。
移動した先にはかなりの大きさの池。
それを目にした者達からも歓声が上がる。最近は十分な量の水が確保出来なかった。
これだけの軍では村にある一つか二つの井戸では到底需要が賄えず、前に水を入れ替えたのは三日前にそこそこの川を渡河した時だったのだ。以後、水をがぶ飲みする事も出来ず、不味い水をちまちまと飲んでいたのだ。
これならば全員に十分な量の水が行き渡るだろう。
そう考え軍上層部だけでなく、美味い水を飲める兵士達も喜んでいた。
早速天幕が張られ、一晩の宿を設営していった。
「ふむ、ここを拠点とするのも良いかもしれませんな」
「確かに、ここから先にこれだけの水がある場所があるとは限りませんからな」
「目標とする森まではもう目の前です。良いのではないでしょうか?」
この先に良い川でもあればいいが、そうでないなら大量の水を確保出来る拠点としてここを抑えるのは悪くない。
そう考えたエンリコであり、それに賛成する声は多かった。
◆◆◆
「……ふん、狙い通り上手くいったみたいじゃねえか」
それを遠く離れた場所から見る視線があった。
立派な鎧、の上から周囲に溶け込むマントを羽織った獣人、猫子猫である。
ここは平地ではあるが、僅かに地面が盛り上がり、ちょっとした丘程度になった箇所がところどころにある。その一つに彼の姿があった。
それでも、普通の人間はおろか、鋭い感覚を持っているとされる獣人でもこの距離からは見えないだろう。普通ならば。
ならば、普通ではない手段で何とかすれば良い。
アイテムボックスの中から幸運にも入れていた二つのアイテムを使用している。
「ギリーマント」と「遥かなる視点」。
……と書くと大仰だが、前者はギリースーツにちなんだ周囲に溶け込むようマントの表面が形状を変えるというマジックアイテムであり、後者は望遠鏡だ。無論望遠鏡と言っても色々と高性能な訳だが。
「おっし、まずは予定通りだ」
戦において自分の願う場所へ誘導する事が出来ればそれに越した事はない。特に今回は彼らの初陣であり、エルフ達に自らの力を示す必要があった。
幾らエルフ達とてあっさり負けるような相手に自分達の命運を託したくないに決まっている。
一方の常盤や猫子猫も、この世界における軍というものの力の程について不明な点が多すぎた。ある程度の見当はつけても、実際に戦ってみなければ分からない事も多い。これまで自分達がやっていたのはあくまで「戦争ゲーム」であって、本物の「戦争」そのものではなかったからだ。
それに重要な懸念もあった。
……自分達に人が殺せるのか、という……。
普通の法治国家で人を殺した経験を持っている人間は珍しい、というか普通に犯罪者だ。当り前だが二人ともそんな経験ある訳がない。
ゲームならあるが、あれはあくまで「ゲームだから」だ。
しかし、もしこの世界が現実ならば、そしてその世界で国を立て、国を維持する為に戦争が必要となるであろう現状ならば今後確実に関係してくる話でもあった。
その為に、彼らは頭を捻った。
ある程度彼らを誘導する必要があった。
こちらの部隊を精霊王エントの力を使って作り上げたとはいえ、数はあちらには及ばない。
そこで用いたのが湧水樹、と呼ばれるある種の魔法の樹木だった。
元々ゲームではインテリアであり、アイテムとして扱われていたものだ。その性質は「水を出す」事。
王宮や砦などで用いられるアイテムであり、見た目的にも水が集まって出来たような幹も葉も全て透き通った美しい樹木である為に単なる水の出るオーブを設置するよりも目に映える。
出る水の量や勢いも調節可能な為に、大きな大木の葉からしゃらしゃらと音を立てながら水が流れ落ちて水路を形作る美しい庭園があったり、噴水に短く小柄な湧水樹を多数植えて勢いよく噴出させてみたりと設計者のセンス次第でかなりの工夫が可能だった。
事実、「ワールド・ネイション」のゲーム内では湧水樹を用いた設計のコンテストがプレイヤーの有志によって行われた事があったぐらいだ。
いや、今でも定期的に行われている。殆ど盆栽の感覚だが。
しかし、これもまた樹木であり、そうである以上、植物の精霊王である常盤には……いや、ゲームではアイテム扱いでもあるので無理だったのだが、この世界では普通に生み出せた。
これもここが少なくともゲームと違うのでは、と感じさせた事なのだが、それはとりあえず置いておいて、この樹木は水に沈んだ状態でも水を生み出し続ける。水草でもあるまいが、そこら辺はゲームならゲームだから、異世界なら異世界だから、という奴で突っ込むだけ野暮というものだろう。
いずれにせよここで重要なのはこれを何十本も生えさせれば短時間でこのような池の作成も可能となるという事。
……もう分かっただろうが、この池自体が必要な準備の一環として「作られた」ものだった。
既に人族の軍は彼らの構築した巨大な罠にすっぽりと嵌っていたのである。
(……しかし)
ふと猫子猫は思う。
……今回に関しては精霊王エントが全てを担った。
そうならざるをえなかった。
今回はエルフ達の力を借りていない。自分達の力をエルフ達に示すのが目的の一つだからだ。
しかし、そうなると戦力も自分達で用意しなければならない。ゲームだとか英雄譚の如くいきなり単騎で大軍と相対なんて事はしたくないし、する気もない。その為に精霊王エントの力を使って植物系モンスターを生産して軍を編成するしかなかったからだ。
だが、それでは自分の意義はなんだろうか?
現状では良く言った所で単なる参謀に過ぎない。この後の予定通りならばもう少し出番があるはずだが……。
(……今のままじゃ毎回毎回あいつに頼りきりになっちまうな)
猫子猫の心にある決意が浮かびつつあった。
戦闘場面まで届かなかった……
という訳で最新話更新
次回は戦闘です
そして、猫子猫さんにある思いが……まあ、ここはもうちょっと先ですが
最低でも戦闘終わった後の話ですね