それぞれの気持ちとこれから
「国を作る、ですか?」
翌日、長老達と改めて話をする場を求め、そこでこの話が行われた。
「その通りだ」
どことなく困惑した雰囲気だ。
無理もない。
この世界に関してはあの後表にいたエルフから話を聞けるだけ聞いた。
その結果、現状判断出来る限りどうやらそれぞれの種族ごとの特徴は「ワールド・ネイション」と同じようだ。すなわち、エルフの場合は部族ごとのまとまりこそ強いが、それ以上となると急にバラバラになる。人族に敗れて、住んでいた土地を追われた他の部族を受け入れた現状でさえ不満が出ている。
さすが、あの「ワールド・ネイション」の世界で、大国に分類される国が一国も出来ていなかった二大種族の一つだけの事はある……。
とはいえ、昨日話した「自分達がこの状況を何とかして帰った後」を話すと誰もが押し黙った。
「……否定、出来ませんな」
渋い表情で長老の一人が呟いた。
「確かに何時までも貴方達に頼るのは依存にしかなりますまい」
「かといって、貴方達がいなくなったと知った時から人族はまた機を伺いましょうな……いえ、最悪」
「即効、軍を動かしかねませんな……」
はあ、と深い溜息が彼らの口からもれた。
その光景が容易に想像出来るだけに何も言えないのだろう。
それを防ぐ為には最悪の現状を俺達に何とかしてもらった後は自分達で何とか出来るような形を作り上げるしかない。そしてそれは別に強固な王政・帝政でなくとも最低でも一部族が攻められたら全部族に宣戦布告したのと同じ、と判断されるような連邦制でも何でもいいが、人族から「下手に攻められない」と躊躇するようなものでなくてはならない。
出来れば、「攻めるよりは仲良くした方がいい」と判断されるようになれば一番良い。人族同士でも国同士は仲が悪いが、互いに攻める事のデメリットが大きすぎる為に攻める事はしない、という状況はある。まあ、冷戦が正にそうな訳だが。
その状態が長く続けば、相手の国家を認めるのが当然、という形になってゆく。良くも悪くも人は慣れる生き物だからだ。
「しかし、我らは国を作った事はない」
「左様、皆どこまで理解してくれるか……」
不安げな長老達の様子に内心舌打ちする。
分かっていない、もうそういう段階は過ぎている。彼らを含めたエルフ達の態度や行動を見ていれば分かる、彼らだって、エルフだって最初から誰かに頼ろうと考えていたはずではなかったはずだ。それなのに、俺達を異世界から召喚する、という荒業に出ている。
逆に言えば、そこまで追い詰められている訳だ。
それなのに何を躊躇っているのか、と思った訳だが……いや、そうそう変えられないんだろうな。この長老達が幾つかは知らないが、エルフの設定なら百歳や二百歳どころじゃないだろうし。何百年も同じような、今日ある事がまた明日もある、みたいな人生ならぬエルフ生を送ってきて、今更変えろ、と言われても実感というか気持ちがついていかないんだろう。まだ彼らの推定混じりだが十分の一も生きていないであろう若造に彼らの思いを理解出来るとはさすがに思っていない。
けれど、それだけにまず彼らに理解し、協力してもらわねばエルフの部族に協力してもらう事など出来まい。
力でねじ伏せるのではなく、自主的に動いてもらわないと国なんか出来る訳がない。ましてや自分達は何時かいなくなるのだから……。
「……時間を貰えませぬかな」
「ああ、いいさ。……だが、昨日のあんたらの台詞じゃないが……そう時間の余裕はないぜ?」
その言葉に押し黙る。
その意味を一番理解しているのは間違いなく彼らだろうから、それを理解する俺達は黙って引き上げた。
◆
「……さて、それじゃあこれからどうしますかね」
先程の会話で話していたのは殆ど猫子猫さんと俺。翡翠に香香ちゃん、陽奈ちゃんに摩莉夜ちゃんの四人はずっと黙ったままだった。
……まあ、何を言えばいいのか分からない、って事もあるんだろうな。国を作るべきだ、って言い出したのは猫子猫さんだし、提案者が話すのが一番いいだろう。
現在、我々の一番の問題点は……。
矢張り、俺達の力がどの程度の実力なのか、という事だろうな。
それこそ無双、蹂躙出来るぐらいなのか、それとも向こうの最強クラスなら何とかなるのか、或いはちょっと強いぐらいなのか?
基準が分からないから、作戦の立てようがない。
「まあ、今の内なら時間があるんだ、今の内に試してみるさ」
「そうですね、とりあえずエルフの部隊の人に協力でも頼んでみましょうか」
それで模擬戦でもしてもらった上で、人族側のどの程度を追い払えるのか、とか人族の強者の事なんかを確認すれば、ある程度の目安にはなるだろう。
とりあえず、誰にお願いすればいいかを確認して、許可が取れたなら……と考えていた時。
「うん、そうだね!私達も頑張らなきゃ!!」
翡翠がそうぐっと拳を握って頷いた。
色々と悩んでいたのは知っている。不安そうな様子だったのも知っている。その中で頑張ろうという気持ちは尊重しよう。
が、気合を入れている所悪いが……。
「生憎、お前達を連れて行くつもりはない」
「まあ、そうだろうな……」
翡翠の顔が強張った。
だが、ここは引けない。
「何で……」
「俺達だってここでどの程度力が使えるかまだ分からん。その状況で俺達より確実に弱いであろうお前達を連れて行く訳にはいかんのだ」
下手に隠し立てしても仕方のない話なのでここはきっぱりと告げる。
その言葉に……悔しそうに翡翠は俯いた。
緊張していた三人も今は俯いている。
彼らとて頭では理解出来ているはずだ。スタートして一日程度の新米がゲームの世界でどの程度の強さなのかぐらい。
これが彼らが前に遊んでいたゲームである「ファンシー・スター」からの転移ならもっと自信が持てたはずだ。長く遊んできたそのゲームの中では彼らもまた熟練の冒険者であり、強力な武器を防具を装備し、魔法を操る存在だったのだから。
しかし、運悪く、というべきか、今の彼女達は「ワールド・ネイション」を始めたばかり。
装備品だって精々ブロンズ、青銅か革製の防具で、マジックアイテムもろくにない。
せめて俺達の持っていた装備が使えればいいのだが……残念ながら、こちらの手持ちにもそこまで余裕がない。
これに関しては夕べ確認して判明した事だが、まずゲーム内の倉庫は使えなかった。
これは王宮の宝物殿や、俺の場合は木々に覆われた古代の神殿といった形を取っていた各人の持つアイテムボックスを指す。各人が持つ全てのアイテムを収納可能な巨大なアイテム置き場であり、それが使えれば大分楽だっただろう、妹達がついてくるのも許可出来たかもしれない。トップクラスの武器や防具、緊急用の脱出アイテムや身代わりアイテムなどが俺や猫子猫さんの倉庫にはあったからだ。
けれど、残念な事にそれらは一切使えなかった。
使えたのは「緊急用」と呼称されていたプライベートボックスに収められていたものだけだ。
「ワールド・ネイション」には三種類のアイテム置き場があった。
一つが最初に書いた巨大な倉庫。
二つ目が軍を動かす際に用いる補給部隊に相当するもの。
最後がプライベートボックスだ。
上から順番に容量がどんどん小さくなり、プライベートボックスは二十個しかアイテムが入らない。これはあくまで戦闘時に使用するポーションとか回復薬とかを入れておく場所だからだ。
国家の持つ王宮の倉庫と、軍が運用する補給部隊、個人が背負うリュックでは最後が一番小さく僅かな量になるのは当然と言えよう。
そこには回復薬などの緊急時に使用するアイテムなどであっという間に埋まってしまい、むしろ何を置いていくべきか悩む程。そんな所に予備の鎧や武器を入れておく余裕はない。
だから……。
「お前達が何と言おうと連れていく事は出来ない」
こればかりはきっぱりと告げる。
猫子猫さんも黙って目を瞑っている。同感、そういう事なのだろう、きっと。
何も出来ないのが悔しいのかもしれない。けれど、いいんだ、ここで待っていてくれ……そう思いつつ、歩き出す。
翡翠達がついてくる事はなかった……。
◆
そんな事があった翌日の事。
訓練自体はすんなりと了承してもらえた。彼らもわざわざ長老と巫女が読んだ異世界の(彼ら視点の)英雄という存在に興味があったらしい。訓練に参加する事は各自の自由裁量権の範囲内という事で早速行ってみた訳だが、結果から言えばまずもって問題なさそうだ。
もちろん、人族側にもエルフ側にももっと上がいる事は間違いないだろうが、「ワールド・ネイション」の低レベルNPC部隊相当がこの森のエルフ族の一般魔法弓兵部隊といった所だ。
魔法弓兵なんて書いてるがエルフ族は魔法に才能を持つ為に、弓と魔法の双方を用いて戦うというだけの話だ。
精鋭部隊に分類されるような連中はもう少し上だが、それでも低レベルを抜け出してはいない。……これなら少なくとも、最初から悲壮な覚悟を決める必要はなさそうだ。後の問題は人族側のトップクラスの奴がどの程度まで行くのか、という所か……。国家運営時のNPCは総じてPLよりも弱いので大丈夫だろうが、英雄になるまでの妹達とやっていた建国までのパートではかなり強い、一人では相手出来ないような奴が出てきたりする。
まあ、性質が違うんだから仕方ない訳だが、だからこそ上の強さを持っている、という奴がどの程度までいるのかが悩む所だ。
そんな事を考えつつ長老から至急来て欲しいという事で向かっている。
いや、呼び出しは仕方ない。何せ、長老達はいい加減いい年だから足腰が弱ってて、魔力こそ高いが自分達から足を運ぶのでは余計に時間がかかってしまうのだ。それぐらいなら若い奴に走ってもらって、俺達が向かった方が余程早い。
お爺さんお婆さん達がぜえぜえ言いながら、家まで上ってくるのを見るのもなんだしな……。
そんな訳で「何事か」と思いながら長老達の所へ向かった。
翡翠達はさすがに昨日の事で少しならず落ち込んでいるようだったから、置いてきた。こればかりは俺達にはどうしようもない。あいつらで立ち直ってもらうしかない。
さて、一日しか過ぎていないはずだが、長老達の顔色は悪かった。
いやもう、見た瞬間に良い話じゃない事だけは確信出来た。
「……悪い話があります」
だから、そんな言葉にも俺達は冷静だった。
ある程度予測出来た事でもある。
ちら、と互いに視線を猫子猫さんと交わし、尋ねる。
「何がありました?」
「……人族の侵攻が再開しました」
どうやら、予想通りらしい。
本来他部族のエルフ族長老がこの場にいる時点で推測はつくだろうが、元々人族はこの森林地帯にも侵攻してきていた。
幸い、というべきだろう、人族もこの森の豊かさを手に入れたいと願っていた為に必要以上の森林地帯の破壊は望んでいなかった。確かに森から木々を切り倒して材木にする、というのもあるが、森の恵みという奴も重要だ。考えなしに伐採を繰り返せば得られるものが少なくなる事ぐらいはさすがに人族も経験的に理解している。いや、領主などは目先の金の為にやる事はあるが、現場の猟師や村人は案外理解している。彼らにとっても森から得られる獲物や各種の薬草、茸や木の実などの食料は重要なのだ。
現在侵攻している人族の軍もむやみやたらな破壊は避けているらしい。
……まあ、燃やしてしまえば材木すら得られない、という面の領主の意向もあるのは間違いない話だろうが。
軍をも動員された人族の攻撃に、エルフ族もそれまでの集落を捨てざるをえない状況になり、ここだけではなく、他の集落でも複数の部族が寄り集まっているような場所が生まれているらしい。
そうした部族同士で連絡を取り、遂にエルフ族も反撃を行った。
人族は森の中を夜進むのは慣れていない。大勢ともなれば尚更だ。
見張りを立てていたものの、そこは森に生きるエルフの民だ。見張りを音もなく仕留めて奇襲をかけ、混乱の中人族の部隊は総崩れになって、壊走したという。
だが、それはあくまで奇襲だからこそのものであり、真正面から戦った訳でも、人族の拠点となる都市を攻略した訳でも、ましてやその命令を出しているであろう国家の中枢を叩いた訳ではない。当然、何時か再度侵攻してくるであろう事はエルフ族も予測しており、どうするかで意見が激突していたらしい。
ある部族は「これを機に奴らの都市も奇襲をかけるべきだ」と主張した。
またある部族はそれに「無謀だ、森から出て城壁に囲まれた奴らの都市に攻撃をかけるなど!」と反論した。
かと思えば、「今の内に新天地を探そう」と逃げる事を提案する者もおり、この部族のように勇者召喚を提案する部族もいた。
結局、各自が勝手に動き、今の状況を迎えた、と……正直馬鹿じゃないのか、と言いたくもなるが、これが面子、という奴なのだろう、きっと。
「で、あんたらはどうしたいんだ」
今回の人族の部隊は前の反省からだろう、数を増やし周囲の警戒も厳しい。
さすがに二度目の奇襲は受けない!という所か、前回の失敗と同じ失敗を繰り返したらそれこそ今度は責任問題どころか物理的に首を斬られかねないだろう、将軍とかは。
「……戦いの後には我々は国作りに協力すると約束致します」
「それ故、此度の戦いに協力して頂ければ、と思うのです」
「皆さんが力を示してもらえれば、部族の者の協力も得やすくなると思います。何卒……」
そう言って頭を下げる長老達だったが……。
「ああ、いいぜ。ただ、今回は俺達だけでやらせて欲しい」
そんな言葉に俺は思わず猫子猫さんの顔に視線を向けた。
そんな俺にニヤリと獰猛な笑みを浮かべて猫子猫さんは言った。
「昨日試した、多少の目処がついた、とはいえ人族の軍隊とやらが実際どんなもんかは分からん訳だ」
「そうですね」
単体としての強さはともかく、数は力。
数の暴力、という奴は決して侮れない。実際俺も「ワールド・ネイション」では戦法の一つとして使っていた訳だし。
「なら、答えは簡単だろう?」
そう言って立ち上がる猫子猫さんを思わず俺は座ったまま見上げる。
そこには威風堂々たる他者を導く王がいた。
「実際に戦ってみるのが一番早い」
そう悠然と伝える猫子猫さんに苦笑を浮かべる。
その通りだ、何時かは戦わねばならない。今逃げた所で状況は悪くなるだけだろう。そう思い、俺も立ち上がる。
「言われてみればその通りですね。一つ開戦といきますか」
異世界での初の戦いが始まろうとしていた。
という訳でいよいよ戦争です
人相手に戦えるのか?という点に関しても次回にて