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魔仙伝  作者: 仙幽
8/21

第七話:老婆

 聞きたいことは山ほどあった。

 

 でも、言葉が出てこなかった。


 たった七日、会わなかっただけで、気まずく感じた。


 それに加えて、美和子の雰囲気が変わっていて、なんだか調子が狂う。


 


「…美和子…だよな?」

 こんなこと聞かなくても分かってる。いつも感じてたあの空気はそのままなのだから。いつも感じてた、澄んでいて穢れと言うものを全く感じさせない。この空気だけは。


「…」


「…風邪大丈夫なのか?その髪どうしたんだ?かつら?」

 こんなこと聞きたいわけじゃない…風邪じゃないことぐらい分かってる。誰の記憶からも消えて、何が起こったのかそれが聞きたいのに。言葉が出ない。

 聞くのが怖い。


「…木下君」


「…」

 どうして急にいなくなったんだ?すごく心配したんだ。

 みんなの様子がおかしいんだ。美和子の記憶だけ無いんだ。

 それに、名簿からも名前が消えてたんだ。異常だろ?

 他にも聞きたいことはあるんだ。

 でも、なんでだ…言葉が出ない。

 

「…ごめん――」


「美和子?」

 なんで…謝るんだ?


「ごめんね…」

 


「美和……子――」

 なんで…

 なんで泣いてるんだ?

 待て…!!聞きたいことがあるんだ…!!




 美和子…!!!!






「…よく…ここが分かったわね。オウリ」

 すでに日は暮れ、電気の燈る薄暗い玄関の前に立つ愛は、招いた覚えの無い客と対峙している。

「お前がいなくなってからいったいどれだけの月日がたったと思ってるんだ?」

 愛は前髪を真ん中から分けている男を見知っているようだった。

「…そうね…いったい何年経ったのかしらね…」

「500年だ」

 無表情に男の声が低くなる。

 愛は男の目を直視する。

「…その姿は何の冗談だ?それにこの結界もだ。これだけの時間がたっていて…こんな古びた結界が通用するとでも思ったか?」

「…」

「がっかりさせてくれる…」

 愛はふぅと、一つため息をつくと、耳につけたピアスをはずし自分の胸の前で手で印を結んだ。

「あなたを楽しませるためにここで待っていたわけじゃないのよ。悪いけどね…こっちだって何の準備もしないでいたわけじゃないの!!」

 印を結んだ愛の手からは莫大な光が集まる。

 周りの存在するもの全て飲み込んで。光はオウリをも飲み込んだ。

 そしてそのまま光ははじけ飛んで、元の住宅地の姿を取り戻した。

 だが、愛もオウリも元いた場所にはいなかった。

 二人の声が聞こえるのは、玄関の奥の部屋。


「あ…うっ…」


「まぁ、安心したさ。ただのうのうと暮らしてたわけじゃなかったわけだ」

 

 奥の部屋で壁に背をつき、首を絞められているのは愛。そして愛の体が床から浮くほどの力で首を絞めているのはオウリ。さっきの愛の攻撃が効いているのだろう。頭から血を流している。

 そしてそのまま、軽く笑むと一言。


「マコトはどこだ?」






 真夜は未だ眠り続けていた。

 そして、夢の続きを見ていた。誰にも邪魔することは出来ない。

 深い 深い 夢。

 その夢にヒビが入った。


「お婆ちゃん…どういうことなの?このときを待ってたって…このときって?今?」

 老婆は相変わらず黒いフードに身を包み、曲がった腰を杖で支えている。その杖を器用に使い、時折入るヒビから射す光を避けるようにする。

「私はずっと探していた。たった一人を。この世界に…この世にたった一人だけ。男か、女かも分からぬまま。ただ、存在だけを…気配だけを頼りに。ずっと。気の遠くなるほど…待っていた」

 そう言うと、また夢にヒビが入る。

 老婆は光を避け、真夜から離れていく。

「気の遠くなるほど…?気配が分かるのにその人は見つけられなかったの?」

 老婆は空を見た。

 モノクロで、自然界に存在するものとは全く異なる空。その空を愛おしそうに眺める。

「その人は、長い間この世を魂の状態だけで存在していた。実体が無かった。だから実態を持つまで…新しい命になるまで待っていた」

「新しい…命――それって――?」

 老婆は愛おしそうに空に手を伸ばす。何かをつかむような動作をして、ふと虚しそうにする。

「長かった…それがようやく命となって現れた」

 真夜は、それが誰か老婆に問う。

 老婆は、真夜に優しく微笑む。

「みなまで言わずとも分かろう…?」 

 またヒビが入り光が老婆めがけて射す。

 だが、老婆は避けることはしなかった。光が老婆の体を照らす。

「最初は半信半疑だった。自信が無かった。気配は確かにその人のものだった。だが…決定的に足りなかった」

 光が老婆を照らし続けるにつれ、老婆の体が透け始めた。まるでえんぴつで書いた絵をケシゴムで徐々に消していくように、老婆の体が透けていく。

「気配は確かにその人。だが力が全く無い。ならその力はいったい何処に行ったか…もう答えは分かるな?」

 真夜は老婆をただ見るだけだ。

「何故二つに分かれたかは、分からん。だが…例え二つに分かれようとその人に変わりはない…」

 そう言うと老婆は消えかかった顔で、真夜に笑いかけた。

「ようやく…会えた。ずっと…気の遠くなるほどずっと待っていた」

 真夜は言葉が出ない。老婆のあまりにも安らかな笑顔に自然と涙がでた。

「…ま…前に…私に…思い出せないのが悲しいかって…言いましたよね…それって…私が思い出せないものって…お婆ちゃんのこと…?」

 老婆は真夜の問いかけに少し寂しげな顔をした。

「私をその人は知らないさ…私の役割はその人が命を賜り、人として生を受けたその人が、本当にその人本人かどうかを確認すること。私とその人は一度も会ったことは無いのだよ。」

「じゃぁ…思い出せないことって――?」

 老婆の体はもうほとんど消えかかっている。

「焦らずとも…いつか必ず思い出す。迎えも来ているようだ…向こうの世界に行けば、嫌でも思い出すだろうよ…そうすれば自ずと答えも出るだろう。自分が…何をすべきかを」

 老婆はそう言うとまた愛おしそうに空を眺め、また真夜を見た。

 その体はほとんど消え、顔がうっすらと残っているだけだ。

「会えてよかった。ありがとう…真夜…」

「お婆ちゃん…!!」



 一番最初に目に入ったのは知らない男の顔だった。

 髪が長く金髪で細身。異常なほどの整った顔に異質の存在感を放っていた。

「おはよう。いい夢見れた?木下真夜さん?」

 無表情に、何の感情も感じられない声でそう言う。

 


 真夜の顔から血の気が引いた。


 

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