第六話:時
――風邪だって…言ってたじゃねぇか…
「え?誰の話だ?それ?」
――昨日言ってただろ?
「昨日なんか言ったっけ?」
――黙っていなくなったんだろ?大騒ぎになったんじゃねぇのかよ?
「何いってんのよ?風邪ひいたのはあんたっしょ?」
――昨日俺に言ったじゃねぇか!俺が早退した後、いなくなってクラス中で探したって!
「千空」
誰ノ話ヲシテイルノ?
美和子が風邪を引いて学校を休んだと聞いた次の日にはもう、誰も美和子のことを覚えてはいなかった。
教師も、クラスメイトも誰も。
クラス名簿にも名はなく、いつも座っていた机はただそこにあるだけ。
「え?あそこの席は…そう言えば何で空いてんだろ?中途半端だよな〜。予備で空けるなら一番後ろの席を空ければいいのにな」
――違うだろ。そこには美和子が…美和子の席だろ?
「千空??何熱くなってるんだよ?らしくねぇなぁ」
――熱くもなるさ。美和子がいなくなったんだ。
「部活のしすぎなんじゃねぇの〜?今日は休んじまえよ。五十嵐先輩に言っといてやろうか?一昨日も早退したんだろ?」
――何でそんなに冷静なんだ?クラスメイトがいなくなったんだぞ?
「お前ちょっとおかしいぞ?」
――オカシイノハ…オマエラダロ…?
「千空!」
美和子を知る人間片っ端から聞いて回っていた千空を呼んだのは、真夜。
「なに…」
「…もうやめといた方がいいよ」
いつも一緒にいる加奈子と茜が側にいない。真夜が一人でいることは珍しいことだった。
「夢で……黒衣のお婆ちゃんが…。千空…様子を見るのよ」
「…真夜?お前…何を知って――」
「知っているのは」
言葉を区切って、真夜はよろけながら髪の毛を引っ張るように自身の頭を抑えた。
目の焦点も合っていない。
「…お…ばあ…ちゃん…だ…け――」
「!?真夜!!」
真夜は崩れるようにその場に倒れこんだ。
一時的にその場が騒然となった。学校に母親も呼ばれ、真夜と千空はそのまま帰ることになった。
母・愛が保健室に着いて、真夜に話しかけても真夜は目を覚まさなかった。保険医の話だとただ眠っていると言うことだが、何をしても起きない。
だが、母親はいたって落ち着いていた。
「…生徒会とかで最近眠ってなかったみたいだったから…きっと限界が来たのよ。その内起きるわきっと。千空も気をつけなさいね」
まるで、真夜がこうなることを知っていたかのような態度。
「…母さん?ずいぶん冷静なんだね?」
母親は千空を振り返った。
「あのコ、頑張ってたから…いつかこうなるって思ってたのよ。ほら。帰るわよ。車乗って」
家に着いて、真夜を部屋に寝かせると、母親はいつも通りにご飯を作り風呂を沸かす。
まるで…真夜が倒れたことなんて無かったかのように。
「千空、もう寝なさい。真夜は大丈夫だから」
「…何でそんなこと分かるんだよ…医者に見せた方が…」
「千空?真夜は寝てるだけなのよ?保険医の先生もそうおっしゃってたじゃないの」
千空はいぶかしげに母親を見る。真夜や千空が風邪を引いた時は付きっ切りで看病をしてくれていたあの母親が、何故今回はこんなにも冷静なのか。
真夜は次の日も目を覚まさなかった。その次の日もその次も。これは完全に異常だ。
誰が見ても異常なはずなのに、母親は医者に見せようとはしない。
寝てるだけだから。すぐ目を覚ますから。心配ないからと。
それから土日を挟んだ火曜日。美和子が千空の前に現れた。
真夜は目を覚まさない。
存在が消えていた美和子が姿を現した。
――おばあさん?
「待っていた」
――何を待っていたの?
「今…この時を――」