第五話:覚悟
地の紋書の竜脈を使った結界。 これがあのころの最高の結界だった。 土地に張るのではなく、人に直接張る結界。 完全にその人の存在を消すものではない。 『普通の』人間の気配だけを残すもの。 これの利点は、あえて人の存在感を残すことによって、違和感をなくすと言うことだ。 人の中にまぎれるには最適といっていい結界だ。 レベルの高い術師でも見破るのはほぼ不可能だ。
いや。
不可能『だった』のだ。少なくとも、あの頃は。
愛がまだこの世界にいなかったあの頃は。
あの頃は愛にかなう術師なんて限られていた。
でも今は違う。
あれからもう十数年経っている。その上向こうの世界とこちらの世界では時間の流れるはやさも違う。 こちらの一日が向こうでは一年にもなる。 いや、もしかしたらそれ以上かもしれない。
時が経てば、良い術が増える。こんな竜脈を使った結界なんて簡単に見破る術だってきっとあるだろう。
もう時間が無い。
見つかるのなんてあいつらがここに着たらすぐにばれるだろう。
それならば。
今もつ自分の力全て使って迎え撃つまでだ。
あの子達をこの世界へ連れてきた時に…あの子達を託されたときに決めたことだ。
あいつらには絶対に渡せない。
愛は、金色にに輝く月を仰いだ。
もうすぐあの子達が帰ってくる時間だ。
おかずを温めなおして、笑顔で出迎えてあげなくては。 あの子達は勘がいいから、すぐにばれてしまう。 特に真夜は心配性だから。 これから生徒会でも忙しくなるあの子に心配事を増やしては負担になる。 体も弱いあのコ。 風邪をひいて、肺炎を起こしかけたっけ。
愛はふと笑う。
そう言えば、千空は熱を出しても、どんなに辛くてもその辛さを口には出さないコだった。 泣きたいときもあっただろうに、絶対に泣くどころか泣き言一つ言わないで。 ただ、笑って『大丈夫』って言う。 そんなコ。
どうしてこのまま静かに暮らすことを許してくれないのか。
このまま――ずっと過ごせたらどんなに幸せか。
でもそんな願い
かなわない事ぐらい
愛は当の昔に分かっていた。
そしてその幸せを壊す音は、すぐ後ろで鳴っていた。
ひっそりと。
だが着実に愛の元へ。