第二話:予兆
気がつくと一人だった。
見たことの無い景色に、この世の物とは思えないような――妖怪や悪魔に近い化け物の――死骸が散らばっている。基本全てがモノトーンで、血だけが色を帯びている。このモノトーンの世界でこの血ばかりが目に付く。
動いている物は何も無いしいない。人影も、動物たちも…鳥さえも見当たらない。
――ここは どこ?
音さえも感じることの出来ないこの世界。
――誰か…誰か…
人恋しさに辺りをがむしゃらに歩き回る。
肉塊と化した化け物達を避けながら歩き回る。
――誰か…誰もいないのか?
気が狂いそうになる。叫びだしたい。
あぁ…誰か。
誰か。
そこまで追い込まれて、ようやく人の影を見つけた。
枝を燃やされ幹のみとなった大木の、陰になっていて分かりづらいがその幹の根元に髪の長い人が座っているようだ。
長い髪だけが、幹からはみ出している。
――あぁ…よかった!!人がいたんだ!!
喜び勇んでその人のところへ駆け寄った。
正面に回って人物と顔を合わせる。
――あぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーっ!!!!
「木下!!木下千空!!」
ぽかっと頭を叩かれビクッと千空は目を覚ました。目の前にいたのは英語教師穂坂。
「木下。立ってればいくらお前でも寝れんだろ。しばらく立ってろ。今言ったとこ、木下真夜。やりなさい」
はい。と真夜が立つのと同時に千空もその場に立つ。
千空はまだ頭がはっきりしないのか長めの髪をくしゃくしゃとしながら、立ち上がるとそのまま教室から出ようとした。
「ちょっと待て木下!!どこに行くつもりだ!!まだ授業中だぞ!!」
皆がはらはらと千空と穂坂に交互に視線を送る中、千空だけは飄々としている。
「すんませ〜ん。気分が悪いので保健室で休んできま〜す」
実際笑ってはいるが千空の顔色は最悪で、真っ青どころか白いくらいだった。
「ふんっ!最初にそう断ってから出なさい!!常識だ!!」
すいませ〜んと千空は真夜の心配する視線を背後に感じながら教室を出た。
最初はゆっくりと、自分の足で歩いていることを確認するようにしっかりと廊下を踏みしめるように歩き、徐々にそのスピードを上げていく。
保健室に行くより先に慌てるようにトイレに駆け込んだ。
「うっ…うえぇっ…っ――!!!うえぇぇぇっ……っうぅっ…」
昼に食べた弁当の中身全て吐ききってようやく収まった。
「っはぁ…はぁ…。くっそ…またか…」
真夜には言っていないが、千空もまた奇妙な夢に苦しめられていた。
頻度は真夜よりは確実に少ないが、映像が鮮明で気持ちが悪い。よくわからない見たことのない生き物の臓物が飛び散った映像や、首だけがなかったり五体が引き裂かれていたり。モノトーンではあったが、血の色だけはいたって鮮明でよけい気持ちが悪くなる。
最近その夢を見る回数が格段に増えてきていた。
今日に至ってはついに授業中のほんの少しの居眠りで見る始末。
「どう考えたっておかしいぜこんなの…」
――もうすぐだ。
今朝の真夜の話を思い出した。
老婆の言葉。もうすぐ…いったい何が起こるというのか。
千空はよろよろとトイレを後にした。