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魔仙伝  作者: 仙幽
2/21

第一話:日常

 黒い布に包まれている人が泣いている。

 顔は影になって分からない。泣き声を聞いても男女の判断はつかない。

「まただわ…」

 このところ毎日のように見る。もう慣れてしまったこの光景。

 分かってる。

 これは夢だ。

「どうして泣いているの?あなたは誰なの?」

 何を話しかけても返答は無い。それもいつものこと。

「もう…いったい何なの――?」

 黒い布に包まれた人の肩を揺すってみる。それもいつものこと。

 そしてその人が振り返って。そこで目が覚める。

 だから今回もこの夢から覚めるために肩を揺する。


「何故泣いているの?」


「泣いてる?私が?」


 あれ?返事が返ってきた?いつもだったらここで目が覚めるはずなのに。


 黒い布をまとった人は自分の肩を揺する手を握り、振り返る。

「泣いているのは、お前だろう?」

 老婆――だった。今まであったことのない老婆が、泣いていたはずの老婆が涙一つ流さずにこちらを見ている。

「な…なんで…だって…さっきまで泣いてたじゃな――」

 言い終わらないうちから自分の頬を伝うものに気がついた。

「何を泣く?何か悲しいことがあったのか?それとも」

 涙だった。涙を流していることに気づいてから、急に胸が苦しくなった。

 涙が勝手にあふれ出て止められない。

 

 苦しい。


 苦しい。


 老婆は不気味に笑う。

「思い出したいのに、思い出せないでいるのが苦しいか?」


 何がなんだか分からなくて、ただ苦しくて。それでもこの老婆の言葉から耳を離す事が出来なかった。


「安心しろ。すぐだ」


 老婆は真剣な表情で白と黒の空を仰いだ。


「すぐだ」





「起きろ!!!! 真夜まや!!!おっきっろーーーー!!!」

「――っ!!!」

 目の前にいたのは双子の弟、千空ちあき

「ち…千空?」

「大丈夫かよ?いっくら起こしても起きねぇし、仕舞にはうなされっし」

 真夜は額に滲む汗を軽く拭う。そのついでに自分の頬を触ってみるが、涙は流してはいなかった。

「早く飯食っちまえよ。俺先行くぞ?」

「あぁまって!!すぐ支度するから!」 


 


「夢が違ってた?」

 すっとんきょんな声に真夜は気が抜けたように、話を続ける。

「なんか、続きを見たみたいなの。黒衣がお婆ちゃんだったことに驚いちゃった…」

 へ〜。と千空。

「そう言えば!あのお婆ちゃんすぐだ…とか言ってたわ」

 何の話だ? と千空が不思議そうな顔を真夜に向けると真夜はう〜んと思い出そうとする。

「よく…思い出せないんだけど…なんか…安心しろって。もうすぐだからって…」

「なんだよ?それ?」

「わかんないわ…とにかく夢が進み始めたのよ」

「ふ〜ん。……おっ!!じゃぁ、またなにか進展があったら教えてくれよな!!じゃな!先行く!」

 校門にさしかかるところで、千空は校門に入っていった女生徒を追いかけて先に行ってしまった。

「…ちょっと〜…」

 冷たいなとふてくされている真夜の肩に手が。

 驚いて振り向くと、それは真夜の幼馴染の『桜井 茜』と『千条寺 加奈子』であった。

「ちょっとちょっと〜〜!!千空ったら!!ついに決めたのね〜〜っ!!」

 と興奮気味の茜。

「全く…最近真夜と一緒に教室に入ってこないと思っていたら。そういうこと?」

 冷静に何かを悟っている加奈子。

「ちょ…何??何の話??」

 なんだかよく分かっていない真夜。

「ばっかね!!真夜!見てわっかんないの!?」

「あれだけ真夜以外の女に見向きもしなかった千空が、真夜以外の女のところに…これはもう決まったようなものよ?お分かり?千空ファンの目の上のたんこぶだった真夜さん?」

「ちょっと…??なんか色々…何が決まったって??」

 茜と加奈子は顔を見合わせると、はぁぁぁ〜〜〜とわざとらしくため息を漏らした。

「いいこと?真夜。千空がけっこうモテることは知っているわよね?」

 真夜は首を傾げる。


「そうなの?」

「そうなのよ」


 それでね? と淡々と加奈子が続ける。

「色んな人から告白されてる中、奴はウンとは言わなかったの。まぁ…奴は女に興味が無いみたいだったし。剣道が彼女のような奴だし?」

 うんうんと真夜はうなずく。

 そんな中!! と興奮気味の茜が続ける。

「見たっしょ!!自分から真夜以外の女のところへ走ってったのよ!!これは…もうきまりっしょ!!」

 うんうんと同意の頷きをわざとらしくする加奈子。

「だから…何が決まって…」


『だから、千空の彼女に決まってるでしょ』

 

 真夜はその場に凍りついてしまった。




 木下 真夜と木下 千空は県立高校に通う双子の姉弟だ。

 今年二年になり、千空は剣道での実績とその容姿から女生徒から注目を浴びる機会が多い。しかし、千空の興味の範囲内に「女性」はないらしく、今の今までそれらしい女性も、浮ついた噂も真夜の耳に入ったためしはなかった。

 それだけに、今朝の茜と加奈子の話には衝撃が走った。

 おかげで、今朝見た夢もすっかり忘れたまま、昼休みに入っていた。


「ね…ねぇ…その今朝の千空のその…」

「彼女が誰かって?そう聞きたいんでしょう?真夜」

「そりゃ〜〜そうだよねー。今までずっと一緒にいた可愛い可愛い弟が、急に別の女のところに行くなんて。さっびしいもんねぇ」

 真夜は真っ赤になり、うつむいてしまう。

「だって…気になるんだもん…」

 そんな真夜に胸がきゅんとなる茜と加奈子。真夜を抱きしめると頭をなでなで。

「おおよしよし。少しいじめすぎたね〜〜真夜〜〜。可愛いからつい、いじめたくなっちゃうんだよねっ。ごめんね〜〜」

 同じく真夜を抱きしめていた加奈子が廊下を示した。

「ほら。あの子よ。もうすっかり噂になってるわね」

 加奈子が示した女生徒は、黒髪の短めのショートヘアで、あまりぱっとしない。驚くほどの美人というわけでもないし、目を背けたくなるほどでもない。

 どこにでもいる、ごく普通の女子高生だ。

「それにしても意外だよね。まさか佐久間 美和子を選ぶとはね〜!私はもっと美人を選ぶかと思ってたけど。ほら3組の江原さんとか」

 加奈子は眉間にしわを寄せた。

「そ?私は江原なんかよりは、佐久間さんのよなタイプの方が千空には似合ってると思うけど。あいつ自身が何かと人目を集めるから、佐久間さんぐらいの子が落ち着くと思うわ」

 真夜は佐久間 美和子をじっと見ている。

 おとなしそうで、自己主張の少なそうな――儚げにも見える女性。

 

 と、そこへ。


「噂をすればなんとやら。だわ」

 廊下を歩いていた佐久間 美和子に駆け寄る千空の姿。

 なんとも親しげに話しかけているが、どうやら千空が一方的に話をして、美和子はそれに相槌をうつのがほとんどのようだ。


「あらら〜〜?これはもしかして〜〜?」

「私たちの早とちりだったかしら?」

 ん?と真夜は二人の顔を覗き込んだ。

「千空が一方的に佐久間さんに言い寄ってるかもってことよ」

「ふーん…でも」


 ちらりと、千空と佐久間美和子の表情が見えた。

 千空の話に微笑む美和子。その笑顔を見て幸せそうに話を続ける千空。 


 真夜は二人が歩き去る姿を見送った後にふと笑い、続けた。


「千空嬉しそうだし、ふたり、似合ってる。」


 真夜の笑みに茜も加奈子もつられて笑顔になった。 


   

 

 

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