第十八話:今日(7)
「な…なんなんだよ!!このおばさん!!なんで…!!どーするんだよ!シャクシ!!」
唐突な出来事にうまく頭が回らない少年が。
目の前にいる40代後半の女性――真夜と千空の母である愛――をほとんど恐怖に近い目で見ている。
当の本人は、力尽きたようにその場に倒れこんでいる。
眠りが深いのだろう。呼吸の一つ一つが深い。
「オウリは…要の役割を果たしてたんだぞ…!それを…どういうつもりで!!」
感情がコントロールできず、怒りを撒き散らしたり、ふと不安げになったり。そんな少年をわき目にシャクシは唐突に入った通信の内容に思わず舌打ちをもらした。
「無理じゃね〜だろ。このままだと予定地につかなくなるんだ。やるしかねぇだろ?」
『無理なんですよ!!私は元々魔力のコントロールには長けてないんです!ねぇさまも通信を切っていてどうすることも…!!』
「魔力関係は専門外だからな。とにかく何とかしとけ」
『え!?ちょっ…先輩!?』
乱暴に通信を切ると、カイトからも通信が入る。
『シャクシ。何があったか分からないが予定地に着けるのは不可能になった。とにかく無事着地させる方向へ変更しないと候補が全滅してしまう』
「出来んのか?オウリはいねぇんだぞ」
『…オウリがいない?…何があったか知らないが、こうなった以上はどうにかするしかないだろ。ミヤコを向かわせたのは失敗だった。悪かった』
軽くため息を漏らしたのはシャクシ。
「…いや。この事態を引き起こした責任は俺にある…カイトに落ち度はないよ」
そう言うと小さく舌打ちと共に愛に一瞥する。
『…何が起こったかは向こうで聞くからな。それからここからはかなり揺れる。油断するなよ』
ブツっと通信が切れると再びため息を漏らした。
怒りにまかせわめき散らしている少年とピクリとも動かない愛を見た。
どうしたものかと自分の頭を掻いて、ため息がまた漏れる。
「リク。今度こそ動けないように縛っとけ。間違っても殺すなよ…お前がオウリに殺されるからな」
不服そうな少年にさらに言葉を続けた。
「それからこれからかなり揺れるんだそうだ。カイトが気〜付けろってさ」
シャクシは視線を学校へ向けた。
すでに校舎のあちらこちらが崩れ、悲鳴も途切れ途切れ聞こえてくる。
断末魔にも似た悲鳴が混じっていることに、シャクシは気づいているのだろう。悲鳴が聞こえると渋い表情になった。
視線だけを愛に向けた。
「……こうなることは…分かってたんだろ…?殺したいのか?自分の子供を」
そう問いかけても疲れ果てているのか、青白い顔からは何の表情も伺うことはできなかった。
ふっ…と揺れが一瞬止まった。
「――来るぞ!」
シャクシの声とほぼ同時だった。
リクは近くの木につかまり、シャクシは愛を抱えるとポケットから札を取り出し頭上へ掲げた。
その札は、淡い緑色の光を出すと、リクとシャクシと愛を囲んだ。
「カイト先輩!!もう限界です!!」
半泣きで通信にすがっている女性が、地面に掲げている両手から血を流している。
『もう少し魔力をひねり出せ!まだ安定区域に入ってないんだ!』
女性は息も絶え絶えに悲鳴を上げる。
「…も……む…り…――」
『!?気絶するな!今魔力切らしたら落ちるぞ!!』
女性はもはや焦点の合わない目で、酒にでも酔っているかのようにフラフラと頭を動かす。
『アオイ!返事しろ!…――!!!』
今まで、夜のような黒さだった周囲に光が射し始めていた。
【道】から抜ける前兆だった。
『まずい…アオイ!!起きろ!!アオ…』
今までとは桁違いの光が学校を包み込む。
――間に合わない…!!!
カイトの目に深い緑が映った。
――落ちる…!!!!
『カイト!ありったけの魔力を…!』
「!」
学校の屋上にいたカイトは両手のひらにありったけの魔力を込め、今自分の立つ地面へ向け魔力を注ぎ込んだ。
――間に合え…!!!
間に合ってくれ…!!
激しい轟音と振動。
校舎も
グラウンドも
武道館も
体育館も
全てが包まれ
そのまま深緑茂る森へ、積み木を倒したように崩れながら『着地』した。
もはや悲鳴ではなかった。
絶叫 だった。