第十六話:今日(5)
「オウリ!」
地震のときに起こる揺れとは明らかに違う、揺れというよりは振動というべきだろう。校舎全体が激しく震え、それに耐え切れず所々崩れていく。
そんな校舎が一望できる校庭の四隅の一角にオウリとシャクシは立っていた。
オウリは少年の呼びかけに振り向きもせずに片手を地面に触れ、視線は校舎に向けている。
オウリの側には見慣れない年配の女性が倒れていた。意識は無いようで、目立った傷は特には見当たらない。
術を使うのだろう。竜の札が背中に貼られ、両手両足を特殊な術を施された縄で縛られている。
少年は視線をオウリに戻すと、老婆の事の顛末を伝えた。
「…どうしよ〜!斬った感触はあったからたぶん運よく向こうに行ったところで生きちゃいないと思うけど…」
シャクシは軽くため息を漏らし、オウリは無言で校舎を見ている。
「オウリ〜〜!怒るなよ〜!」
「…まぁいいんじゃないか?確かに斬ったって言ってっし。それにこっちにいた奴らは全員殺ったんだろ?なら、奴らにはこちらの状況を向こうへ伝える 術は無くなったわけだし」
シャクシの言葉に目を輝かせながらも少年は不安そうにオウリを見る。
オウリは相変わらず校舎から視線を外さない。
「…今はお前にかまってる場合じゃない。今回だけだからな」
やった!と飛び上がって喜ぶ少年に通信が入った。
少年だけではない。オウリにもシャクシにも入った。
相手はカイトから。
『あいつ等が裏切った可能性がある。校舎から真夜が連れ出された。とりあえずミヤコを向かわせけど…オウリどうする?』
この通信に少年は舌打ちをする。
「だから言ったじゃん!親友を使うのはあまりにも危険だって!裏切るのなんて目に見えてたじゃん!」
そんな少年に軽く視線を向け、シャクシはカイトに語りかける。
「ミヤコを向かわせたんだな?間に合うか?あと数分もしないうちにあちらへの道が開く」
耳に聞こえる声は確信に満ちた声で答える。
『間に合う』
シャクシはオウリを見る。
「オウリ」
「…このまま続ける。カイト、ミヤコの抜けた穴はどうした」
『アオイに。コントロールも定まっていたし、後は魔力が必要なだけだから大丈夫だろ?』
オウリは軽く笑った。
「ずいぶん手際がいいな。こうなることが分かってたな?」
側でシャクシが軽く笑った。目だけでオウリを見る。
オウリもシャクシに軽く笑った。
カイトからの反応は無い。
「冗談じゃないよ!分かってた!?真夜の親友を使うって言ったのはカイトだろ!?失敗するって分かってて使ったってのかよっ!…まさか…ミヤコに行かせたのも本当はミヤコをここに逃がすためとか言う気じゃ…」
『違う』
「じゃ〜なんでだよ!」
少年の苛立った言葉にも無言の返答が返ってくるだけだった。
オウリは視線を校舎へ移すと、特に動揺もせず、怒声を浴びせることも無く淡々としたものだった。
「まぁいい…詳しい話は向こうで聞く。…上を見ろ!」
オウリの声を合図に全員が空を見上げる。
「開くぞ!!」
どす黒い雲が渦となって
光は一切無い
周囲では雷
地下は振るえ
上空では渦となった雲が地上に降りてくる
漆黒の雲海が地上に触れた瞬間だった。
すさまじい風圧が生じ、辺りは一瞬無音となった。
声も葉の擦れる音も虫も鳥も獣達の鳴き声も
何一つ聞き取ることの出来ない無音
その無音から開放された時
あるべきものがそこには無かった。
校舎も
校庭も
体育館も
武道館も
全て。
まるで何かにえぐられたかのようにそこから姿を消していた。