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魔仙伝  作者: 仙幽
15/21

第十四話:今日(3)

 結局何だかんだで、午後3時に全ての検査が終わり後日結果を聞きに来ることになった。 

 3時とはまたずいぶん中途半端な時間に終わったものだ。

 これから学校に行けば、授業は終わっている。

 真夜は検査に疲れたのか軽くため息をつきながら、学校行きのバスに乗り込んだ。


 

 真夜の検査が終わるほぼ2時間前。

 母である愛は山道を車で走っていた。そこは田舎道で舗装された道路とは異なり、主に林業などで使われるような砂利道。

 上下左右どこを見ても木々ばかり。

 人気など皆無に近い。

 そんな道をしばらく走っていると、フロントガラスをものすごいスピードで何かが通ったかと思うと同時に何か棒のようなものがエンジンを貫いていた。

 エンジンからは煙が立ち上り、その動きが停止した。

 愛は唐突な衝撃に、頭をぶつけたのだろう。片手で額を押さえている。

 そんな愛の目の前、そうエンジンを貫いた棒のようなものの先に人が立ち愛を見下ろしている。

 前髪を真ん中から別け、艶のある黒髪は清潔に切られている。着ている服は真っ黒のスーツに、真っ白のYシャツに黒のネクタイまでしている。

 愛はゆっくりと男の顔を見上げた。

 端正な顔に皮肉るような笑みを浮かべるその顔は、先日うちに来た男のもの。


「…オ…ウリ…」


 オウリはニコリと感情の無いような顔で笑う。

「こんなところで何をしてるんだ?シリル?」

 思わずオウリを睨んだ。

 何年ぶりかに聞く、その名。

 あの世界にいた頃は皆がその名を敬った。

 最高位の『術師シリル』として。

「オウリ〜?これ、まずくないか?」

 唐突に助手席から懐かしい声がして、助手席の方に視線が行く。

 助手席では、ぼさぼさの金髪を後ろで一本にまとめ、サングラスをした男がひらひらと紙を揺らしていた。

 オウリはその紙を見ると、今までの笑顔を一瞬で消した。

「人型だ。これ。さっきの場所に戻るか?」

「そうだな…」

 オウリは目だけで愛を見る。

「ここは俺がやる。シャクシお前は真夜を――」

 言い終わる前に辺りに白い煙が立ち込めた。

 その煙は、あっという間に視界の悪い霧へと姿を変える。

 シャクシは慌てて目の前の運転席にいる愛に手を伸ばしたが、煙をまくだけに終わった。

 舌打ちをもらし、車から外へ出た。

「――オウリ。これは…」

 シャクシは辺りを慎重にうかがいながらオウリへ視線を向ける。

「…くっくっ…俺達をハメたのか」

 オウリは自分の額を押さえながら、参ったとばかりに抑えたような笑いを漏らした。

 愛と真夜が二人で乗っていると思っていたのに、真夜はタダのダミー。しかもこんな人気の無い所へまんまと誘い込まれ案の定罠にかかった。

 オウリは笑いを収めると、霧に包まれた周りを見渡した。

 一面霧で、1m先を見るのが限界といったとこだろう。

 これでは愛の居場所がわからないばかりか、脱出するのに時間がかかれば愛を逃がすことにもなる。

 オウリから再び苦笑が漏れた。

「…オウリどーする?ここにはカイトもミヤコもアオイもイオリもいねぇぞ?」

 本当にマズイと思っているのだろうか。シャクシは暢気な声で車のボンネットの上に座り、そこだけ違う空気の漂う場所を見上げる。



 オウリの口元は笑んでいた。



 だがその目には鳥肌の立つものがあった。

「…おい…殺る気か?」

 今、ここで?

 オウリは表情を変えないまま、ある一点を見据えている。

「まだ殺らないさ。大丈夫だ。こんな結界すぐ壊せる…」

 シャクシは、何も言わずオウリを見上げる。

「さぁさっさと済ませるぞ。遊んでばかりはいられないからな」

「…あぁ…」

 



 学校ではちょうど掃除の始まる時間。

 真夜は、一人職員室へ向かっていた。

「あれ〜?木下さん何してるの?今日は休みじゃ…?」

「うん。病院に行ってきた帰りなの生徒会には顔出そうと思って」

 そんな会話のやり取りを何度かしているうちに、職員室の目の前の廊下へ出た。

 すると職員室の方から、見慣れた人影が真夜のほうへ向かってくる。

 その二つの人影に真夜は嬉しそうに手を振った。

「加奈!茜!」

「真夜。体の調子は?」

「どっか痛くない〜?平気?大丈夫?」

 必要以上に体の心配をされて真夜はくすぐったそうに笑いながら二人に病院に行った事を説明した。

「ね。だからもう大丈夫だよ。結果もすぐ出るし、先生もきっと大丈夫だろうって言ってくださってるし。だから今日は生徒会にだけ出ておこうと思ったの」

 話を区切ると、真夜はふと時計を見た。

 時刻は四時四十分。

「それより、茜?今日部活は?今日この時間は武道館で大会のミーティングなんでしょう?」

 この前千空が話してた。と、次の大会に出場するはずの茜を不思議そうに見る。

 そんな真夜に茜はいつもの豪快な笑顔で笑いながら真夜の肩を軽く叩く。

「そうそう〜!今ミーティング終わってさ〜じゃちょっと練習するかってなって。でも試合に出る人はさ、怪我すると悪いじゃん?だから参加自由になってあたしは見学してたんだけど」

 茜は喋りながら視線を少し遊ばせると加奈子の方を見た。

 加奈子は続きを話すように真っ直ぐ真夜を見る。

「私が授業中に具合悪くしてしまってね。茜が心配して保健室まで来てくれたのよ。それで私の具合も良くなったし、ちょっと部活見てから帰ろうかって話してたのよ」

「真夜も一緒に見に行かない?千空練習してるよ〜?あ…でもそうか。これから生徒会だっけ」

 茜は残念そうに真夜を見た。

 そんな茜に真夜は少し考えるように間を置き首を振った。

「ううん。千空も練習してるんでしょ?ちょっと見に行ってみようかな…」

 加奈子は自分の腕時計に目をやり、茜に視線を向けた。

 そんな加奈子に頷くと、茜は真夜の手をとり武道館とは反対の購買部へ向かおうとする。

「ちょっと購買よっていい?シャーペンの芯が切れちゃってさ」

 真夜は軽く頷くと、三人そろって購買部へ向かっていった。

 今の時期は日が暮れるのが早い。

 まだ5時前だというのに空には夕焼けが見れた。

 雲ひとつ無い空に煌々と赤が照らし出されている。

 太陽もいつもよりも大きく見えた。

 まぶしいくらいのその紅に真夜は目を奪われた。

「なんかすごい綺麗な夕焼けだね。こんなに綺麗なの始めて見たかも…」

 うっとりと外を見る真夜に茜と加奈子は別の感情が湧く。

 思わず茜が呟く。

「…綺麗…?私にはこの世の終わりに見えるよ…」

 加奈子は思わず茜に何かを言おうとしたが、加奈子が口を開く前に真夜が笑った。

「えぇ〜?何で?だって見てよ。すごい綺麗な茜色じゃない。同じ名前の色になんてこというのよ茜は」

 ふふふと笑って茜の背中を軽く叩く。 

 茜はそんな真夜の手を少しきつめに握っていた。

 泣きたくなるような感情を必死に抑えながら、真夜に習って外を見る。

 加奈子が茜の頭を軽く撫でる。

「茜、時間だね」

 その言葉に頷く。

「時間て?何かあるの?」

 加奈子はにっこりと笑む。その横顔に夕焼けが映り、その表情が寂しそうに見えたのは真夜の気のせいだろうか。

「部活が5時までなのよ。もう終わってるわねきっと。茜帰ろうか」

 加奈子は茜を探るように見る。

 茜は心細そうに加奈子を見た。

 加奈子は頷く。

「ね真夜。今日は一緒に帰ってくれない?ほら…私今日具合悪くして…茜だけじゃ不安じゃない?」

 真夜はくすくすと笑う。

「確かに。茜だけじゃ不安だね。」

 酷い!と茜の抗議に笑う二人。

「いいよ。今日はどうせ私休むはずだったんだし。生徒会より加奈子の方が心配だし。送るよ〜!」

「よしっ!そうと決まったら5時閉店のラックアップのソフトクリームを食べに行くぞ!急げ!」

「ちょっと!茜!私の体調も考えてよね!」

「大丈夫大丈夫!急ぐぞ〜!」

 三人笑いながら階段へ向かって走った。

 廊下には、三人の笑い声が響いていた。



 

 その頃武道館では剣道の練習が締めに入っていた。

 そもそも大会に向けての練習だ。いつもより軽めの内容で大会に出場するものが中心に練習していたので普段の半数以下しか武道館にはいなかった。

 顧問も職員室に戻っており、仕切っていたのは男子部長の日下 亨だった。180近くあるスラッとした体格でスピードとその剣道の形の美しさでは誰にも引けを取らない。今度の大会では大将を務める。

 時刻は5時3分前といったとこだろうか。日下は毎回練習の最後を締める『斬りかえし』を叫んだ。

 それぞれが一対一で向かい合い、気合を入れて相手に面を打ち込む。体当たりをしてその後それぞれのペースで相手に面を打ち込む。前進しつつ4本、後退しつつ5本。それを二回行ったら向き合う相手と交代する。

 相手と交代するというとき、武道館で見学していた下級生からざわめきが起こった。

 それに気づいた日下がそちらに目を向ける。

 それにつられるように他の部員も、千空も騒がしい方に目をやる。

 そこに立っていたのは、黒のスーツを上品に着こなした金髪で腰まであろうかというほどの長髪を後ろで一つにまとめた男。その身長も日下よりも高い。よくよく見ると靴をはいたまま武道館に入っていた。

 主に裸足で行う競技である剣道に土足はご法度である。日下は不快に思いながらもその男に注意した。

「すみませんここは土足厳禁です。申し訳ないですが靴を脱いでもらえますか?」

 聞こえなかったのだろうか。その男は辺りを見回すばかりで、靴を脱ぐ気配は無い。

 日下は困ったように、男に近づく。

「すみません。どちら様ですか?ここは土足禁止です。靴を脱いでください」

 男は面で隠れた日下の顔を覗くとすぐに目をそらした。そしてまた辺りを見回す。

 そんな様子に女子の部長である遠藤 澪も男の方へ向かった。

「…おかしいな。いないのか?」

「日下君どうしたの?」

「おいここに木下真夜は来てないのか?」

 男の急な問いに日下も澪も目を白黒させる。

「…あの…木下さんは剣道部じゃないんですが…それに今日はたぶん学校もお休みしてますよ」

 男は悩むように腕を組み、ふぅとため息を吐いた。

「…まさか…裏切ったのか…?まずいな…もう時間がないってのに…」

 日下は気味悪そうに男を見る。

 男は辺りを見回した後、一部始終を傍観していた千空の方へ視線を移した。

 その視線に千空は一歩後ずさりをする。

 男は時計に目をやる。

 時刻は5時1分前。

「…まぁ…ミヤコが何とかするか…」

 そうもらすと、男はその場から姿を消した。

 武道館の中が一気にざわめいた。中には悲鳴を上げるものまでいる。

「ちょ…みんな落ち着け!今の完全に不審者だ。俺先生に報告してくるからお前ら斬りかえし終わったら、遠藤の指示で解散してくれ。」

 日下は澪に後を頼むと残し、職員室へ向かって走っていった。

 その直後、武道館に顔を出したのは和真。

 何やら騒がしい武道館になれた様子で靴を脱ぎ中へ入り、入り口近くで正座をした。

 ふと時計を見ると5時ちょうどをさしていた。

 近くに座っていた女子部員に何かあったのかと聞こうとしたその時、唐突に縦揺れが武道館を襲った。

 地震かと思わせるその激しい縦揺れと横揺れにその場にいた全員がその場にうずくまった。

 おそらく電灯が落下したのだろう。激しく割れる音がひっきりなしに聞こえ、割れる音が聞こえるとそのたびに悲鳴が上がる。

 途絶えることの無い悲鳴と、激しい揺れに誰もが目をつむりただそこにうずくまって耐えるしかなかった。

 

 

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