第十二話:今日(1)
あぁ…暗い。
暗い
暗い
この闇は…?
ここは……?
どこだ……?
千空はただ立っていた。
辺りを見回せば、朱の目立つ屍骸が辺りを多い、視線を上に上げれば折れたり焼け落ちた木々が目に入る。上を見れば、色の無い空がある。
千空は空を見る。
夜なのか、朝なのか。この色の無い世界では時が止まっているようだ。
――千空…
あぁ…誰かが呼んでる。
俺を呼んでる。
――千空…
誰だ?
どこにいる?
――千空…
待っててくれ。
今行くから。
――千空…
千空はがむしゃらに走り回る。声のする方に向かって、ただ走る。屍骸を避けながら、倒れている木々を飛び越えながらただ走る。
泉の近くにある木の近くで千空の足が止まる。
やっと見つけた。
俺を呼んでたのはあんただよな?
――千空…
千空は木の陰に座っている髪の長い人物の前に立った。
あああああぁぁぁぁああぁぁああ…!!!!!!!
「千空!!起きて!!千空!!」
「っ!?あ…ぁ…!!」
真夜は真っ青な顔をしながら、焦点の合っていない千空を揺する。
「落ち着いて!千空?ここがどこか分かる?部屋よ!あんたの部屋!」
「あ…ぁ…あ…へ…部屋?」
目の前には双子の姉、真夜。左手は掛け布団を。右手は真夜の手首を力いっぱい握っていた。
自分が今まで夢を見ていたことに気づいて、徐々に手の力を抜いていった。
どれだけの間真夜の手を握っていたのだろう。痣が出来ている。
「大丈夫?千空すごいうなされてたのよ?」
大量の汗のかいた額に真夜の冷たい手が当たる。気持ちがよくて目が細くなる。
「…今…何時…」
真夜は目の前の時計を見る。
「もう7時ね。起きれるの?」
千空は息を整えながら起き上がり、軽く頷いた。
「千空がこんなにうなされるなんて珍しいわよね。何の夢見たの?」
千空は両手で頭を抱えるようにしながら、忘れた。と呟くように言う。
「先に朝食食べてるね?」
真夜が部屋から出て行った後、千空は自分の両手を見つめ手の感触を確かめるように握る。
「…気持ち悪ぃ…」
「何で?だってもうなんともないんだよ?生徒会だってあるのに!2日も休めないわ!」
「だから、先生からも言われてるし、なにより母さんが心配なの。あなた倒れた時に頭打ったかもしれないのよ?念のため精密検査受けといた方がいいわよ」
「何も今日じゃなくてもいいでしょ?顔だけでも出さないと…私会長なのよ?」
「真夜?自分の体と生徒会とどっちが大切なの?あなたがまた倒れたらそれこそ生徒会の皆に迷惑がかかるでしょう?今日は病院に行くのよ」
「何だ〜?どーしたの。朝っぱらから大声出して」
着替えを終えた千空が一階の台所に行くと、珍しく母親と真夜が声を張り上げていた。
「千空からも言ってよ!今は生徒会で予算を決めなきゃならないって!母さんどうしても今日病院に連れて行くって言うのよ?何も今日じゃなくても明日でも明後日でも…」
「頭はあとから不具合が生じてくるのよ。早目がいいの。とにかく今日は病院に行くのよ。ね?千空もそう思うでしょう?」
千空は二人から見つめられて思わず一歩下がった。
「…俺も…母さんの意見に賛成かな〜…なんて…」
その言葉に酷く傷ついたような顔をして千空を睨みつける。だが、普段から人を睨むなんてことをしない真夜の睨みには全く力がない。
「頭打ったんだろ〜?早めのほうがいいって!生徒会なら前の会計が手伝いに来てたみたいだし。な?」
まだ納得のいかないような顔をしながらも、母親と弟から休めと言われてNOとは言えない真夜である。今日はしぶしぶ休むことに同意した。
「千空!お守り持ったの?」
千空は薄汚れたお守りを愛に見せる。
「すっかりよごれちゃったわね〜。でも、もう少し頑張ってもらわないとね」
そう言うと愛はそのお守りに軽く触れ、笑顔で千空を見送った。
「…そう。あと…もう少し頑張ってもらわないとね…」
昨日は何も起こらなかった。
怖いぐらいのこの沈黙。
「来るとしたら…きっと…」
きっと
――今日
愛はエプロンのポケットの中に入っている石を強く握り締めた。