第十一話:桜井 茜
「ホントなのよ!そのおばあちゃんね、出る順番まで当てちゃってね?ほんとびっくりしたのよ!」
昼食時の、いつもの賑わいの中、四人グループの女子達が一段と騒いでいた。
「ねぇ澪それマジなの〜?だってさ〜あやしくね?そんなはっきり断言するもんなの?占い師って」
「普通占い師ってさ。『〜じゃない?』とか『最近〜でしょ?』みたいないいかたするよねぇ〜」
話の中心にいる女子は、顔を赤くしながら必死に昨夜の出来事を話す。
部活が終わって、彼氏の和真とゲームセンターに行こうとした道すがらその占い師に出会ったこと。最初話かけても身動きしなかったのに、突然水晶玉からこちらを見ていたこと。大会出場メンバーを当てたこと。
そして、何よりも老婆の言っていた占いの内容。
「ってか、何が起こるわけ?澪の周りを巻き込んででしょ〜?うちらも入るんじゃね??」
笑い声が響く中、怖いなどとふざけながらそんな台詞が出る。
「澪〜?な〜んか悪いことしてるんじゃないの〜?」
「何で私が〜??綾子こそ、人の男盗ったりするから私に巻き込まれるのよ〜」
きゃははと明るい笑い声が響く。
そう言えばと、派手な女子生徒がひそひそと小声で指を刺す。
その指の先には、今朝千空を気にかけていた大阪 夜白の姿。
「それよりさ、ひっさびさに見たよね〜」
指差された方を見て、心得たように澪含む三人は頷く。
澪は、嫌でも目立つグレーに染めた髪を弄んでいる夜白からすぐに視線を外した。
「あんまり、関わらない方がいいって和真が言ってたわ」
「あんた、あんな噂しんじてんの??」
「何よ?綾子噂って何?」
見た目派手な女子生徒は、ニヤリと笑むとわざとらしいひそひそ声で話し出した。
「万引きの常習犯で、族にも入ってて、人一人刺して更には学校側を脅して入学したって話!」
きゃ〜〜こわ〜いとまた場が盛り上がる。
そんな話題を図らずも提供した、噂の大阪 夜白は一人昼食を食べ終わったのか、ぼんやりと窓の外を眺めている。
その視線が追ってるのは一人の男子生徒。
元気に校庭で大人数でサッカーをしている木下 千空。
しばらく外を見ていたと思ったら、立ち上がるとふらふら〜と教室を出て、そしてそのままその日は学校には戻らなかった。
大阪 夜白
いわゆる問題児である。
夕暮れ時に、校庭ではサッカー部や野球部、陸上部などが練習に励み、武道館では柔道部とそして千空や八尋が所属する剣道部が激しい稽古に耐えていた。
特に剣道部は大会が近く、部員達の練習に対する意気込みが他の部と比べて大分違う。
普段はやらない試合の形式に則った練習、いわゆる試合稽古始まると、やはり人目を引くのは千空だった。
平均より低い身長から繰り出される多彩な技の数々。更に素早い動きで相手をかく乱し足の止まったところを一気に攻める。
その鮮やかさ。
審判も思わず見とれるほどの。
この試合稽古では千空は今度の大将を務める日下 亨と副将を務める安西 歩以外三人に二本勝ちを決めた。
「千空〜!」
練習も終わり、人のいなくなった武道館にモップをかけていると一足早く着替えを終えた幼馴染である茜が、駆け足で千空に近寄ってくる。
「真夜はいつ学校に来れそう?風邪酷そうなの?」
「あ〜…まぁそんなたいしたこと無いんだけどね。明日には出れると思うぞ」
「ホント?じゃ、明日渡そ〜〜っと!」
「?何だよ?俺が渡しといてやろうか?」
その問いに茜はニヤリと笑い、意味ありげに千空を見る。
何かたくらんでいる時にするこの表情に、千空は何やら悪寒を感じた。
「んふふ〜。知りたいの〜?千空〜?」
「…何だよ?」
茜が取り出したのは一枚の手紙らしきもの。
そこに書かれていた宛名は、茜ではなく
「…木下…真夜さま〜〜??何だそれ?」
「中身は見てないからなんとも言えないけど〜100パーラブレターよね〜!」
ニヤニヤと千空に見せ付けるように、千空の目線の高さで手紙をひらひらと見せ付ける。
「真夜に渡してくださいって頼まれたのよ〜。んふふ〜気になるっしょ〜?ちーあーきー?って…あれっ?っちょっと!!千空!」
茜がひらひらとしている間に、千空は茜に背を向けて更衣室へ向かっていた。
てっきり食いついてくると思っていた茜にとってはかなり予想外な反応である。
双子と言うこともあってか、千空は真夜が一番大切だった。真夜が誰かに告白されたと聞くと、相手がどんな人物か徹底的に調べ上げ、その相手がろくでもない奴と判断すると、徹底的に潰しにかかるのだ。
「…ちょっと…千空…!!あんた相手に興味ないの??」
「別に?真夜が自分で判断するだろー」
しらっとした態度に、茜のほうが逆に焦ってしまう。
「千空??あんたどうしたわけ??いつもだったらすぐ相手がどんな奴か調べにかかってるじゃない!?」
焦る茜を尻目に千空はといえば冷静なものだ。
「もう高校生だしなー。そんなガキみたいなことはしないんだ」
そう言い残すと、さっさと更衣室へ入ってしまった。
呆然と立ち尽くしていると、武道館の出入り口の方で人の気配がする。
加奈子が、部活帰りに寄ると言っていたので、茜は慌てて出入り口へ向かった。
しかしそこにいたのは加奈子ではなかった。
いや、学生でも、教師でも保護者ですらなかった。
異常なほど長い金髪。
スーツに近い服。しかも真っ黒で、外の闇と混じり不気味さに拍車がかかっている。
思わず、その場で動作を停めあっけにとられてしまう。
そんな様子の茜にかまわず、男は笑む。
「桜井 茜で間違いないよな?」
茜は反射的に頷いていた。
モップがけに残っていた数人が、がやがやとにぎやかに更衣室から出てきた。
「あれ〜?この荷物誰のだ〜?」
忘れ物が無いか点検していたら、胴衣の入ったバックが不自然に出入り口のところにおいてあるのを見つけた。
「さくらい…茜のだ。あいつ胴衣忘れて行ったのか〜」
あははと笑い声が人の少ない武道館にこだまする。
「おい?あいつの靴置いてあるぞ?この靴茜のだよなー?千空?」
そう問われて千空が確認する。それは間違いなく茜のものだった。
つい最近新しい靴を買ったと喜んでいたのを思い出す。
「あいつ裸足で帰ったのか??」
と、出入り口に人影が現れた。
「あら?もう部活終わったの?」
茜と一緒に帰ると約束していた加奈子だった。
「あら。千空じゃない。茜いる?今日迎えに行くって約束していたのよ。まだ着替えているのかしら?」
加奈子のその台詞に、千空たちは微妙な表情を作る。
「?どうしたの?」
「…加奈子?途中で茜に会わなかったか?」
加奈子は困ったような、怒ったような顔をして千空を見た。
「なんだ。あの子先に帰っちゃったの?すれ違いになったのかしら。会わなかったわ。」
千空達は顔を見合わせる。
その表情には一抹の不安が出ていた。
それぞれが一つのことに思い当たる。
「…加奈子…携帯もってきてるか?ちょっと電話してみてくれないか?」
「持ってるわけないでしょう?携帯は学校に持ってきてはいけないのよ?」
千空は渋い顔をして自分の携帯から茜に電話をかける。
当たり前のようにポケットから携帯を取り出す千空に加奈子は渋い顔をしながらも、静かに様子を見守る。
と、唐突に静まり返った道場から振動の音が響いた。
茜の胴衣の入ったバックから鳴り響く振動音。
千空は携帯を切ると静かに加奈子の方に向いた。
「念のため、先生に言っといた方がいいかもな。まだ土屋(顧問)いるだろ……」
加奈子は不安げに千空を見上げる。
そんな加奈子に千空は軽く笑う。
「念のためだよ」