お袋
車の修理屋,板金屋‥鉄筋屋‥
嫌な事があるとすぐ投げ出してしまう進歩の無さはガキの頃と変わらない‥
ある日,風邪をひいて仕事を休み家で寝ていた時があった。
「風邪引いてんだから,ふらふら出歩かないで家で寝てなさいよ!」
お袋が言い残して仕事に行ってる時に家中を引っ掻き回して風邪薬を捜していた。
あるはずのない押し入れの中まで捜している時に天袋の奥にしまわれた桐の小さな箱と共に数枚の写真を見つけた。
それは若かったお袋と死んだと聞かされていた親父の写真だった。
あのお袋が‥今では想像もつかない様なきれいな人だった。
親父はかなりヤバそうな‥
桐の箱には杯が入っていた。
「祐ちゃん‥風邪引いたんだって?お見舞い行こうか?」
美樹から電話があったが
「移るから来ないで良いよ。」
なぜだか‥お袋をたまには待っててやりたいと思った。
「ただいま~祐一,風邪どう?今日はすき焼きにしてみたよ。」
出歩いてばかりだったのでお袋と晩飯を食うのも久しぶりだった。
かなり上機嫌で珍しくビールを飲んでは一人でしゃべっては潰れてしまった。
「お袋‥」
「祐一‥ごめんねぇ~母さん飲み過ぎちゃった‥」
「こんなとこで寝てたら風邪引いちまうぞ。」
正体を無くしたお袋を担いで布団を敷いて寝かせてやると呼び止められた。
「祐一‥」
「もう寝ろ。」
「ちょっとだけ座って。」
「なんだよ?もう寝ろよ。」
「祐一‥今日何の日かわかる?」
「何だっけか‥わかんねぇ。」
「今日は死んじゃったお父さんの命日だよ。」
「親父ってその‥病気で死んだって‥」
「うそ。もめ事に巻き込まれた。でも‥お父さんは決して自分から手を出す様な人じゃなかったのよ。下の人からは慕われて,男気のある人だったよ。」
なんとなく‥親父が普通の死に方をしたのではない気はしていた。
年に一度‥この時期になると訪ねてくる遠い親戚と言うおじさんがいたが,とても堅気には見えなかった。
「祐一,デカくなったな。健介さんに似てきた。」
線香をあげては頭を撫でられた。
「お母さんね‥今朝お参りする時お父さんに言ったよ。」
「‥」 「祐一も立派に育ってるって。」
「お袋‥」
「おんぶしてくれたもんね。今日は良い日だった‥」
「そんな大袈裟な‥俺の方がデカいんだから‥」
「美っちゃんの事,大切にしてあげなさいよ。」
「わかってるって。」 「わかってない。あの子は祐一の事を小さい頃からずっと真っ直ぐに見てるよ。祐一の良いところも悪いところもずっと。」
「そうだな‥」
「あれだけ祐一の事を思ってくれる子は他にはいないからね。」
「わかったよ‥お袋は‥」
「何?」
「親父が亡くなってから寂しくなかったのか?」
「そんな暇なかったわよ。あんた育てるので精いっぱいで‥大きくなるにつれてお父さんにどんどん似てきた‥」
「そうか。ありがとうな‥」
「何,お礼言ってんのよ。さ,もう寝なさい。」
「お袋が来いって言ったんじゃねぇか。」
布団を被り背中を向けたお袋‥
電気を消して部屋を出る時に
「祐一,ありがとうね。美っちゃんの事,大切にするのよ。」
そう言われた。
「おやすみ。」
食卓に並べられたままの皿を生まれて初めて洗った。
ボロボロの流し‥小さな頃から見慣れたお袋の後ろ姿‥一度手伝おうとした時があったが
「男が流しなんか立つもんじゃない。」
と言われて止めた。
今度,いつかお袋を温泉にでも連れて行ってやりたいと思った。