別れた女房
ノンエロです。
期待しないでください。
「祐ちゃん!」
その日,俺は仕事を早上がりしてまっすぐに帰る気にもなれず駅前のパチンコ屋で時間を潰していた。
隣の空いてる席に女が座ると呼びかけた。
「美樹‥」
「凄い久しぶりだね。元気してた?タバコ1本貰うね。」
言うのと手が出るのは昔も今も変わらない。
「凄いじゃん。」
時間潰しの‥そんな時は不思議と出るものだ。まだ1時間位しかいないのに日給月給の俺の3日分位は出ていた。
「お前は?」
「全然。」
「1箱やるからやってみろよ。」
「本当?サンキュー」
呆気ない位に呑まれてしまい,俺も勢いが無くなったので止めにした。
「祐ちゃん,おばさん元気?」 「あぁ。ピンピンしてるよ。」
「お腹空いちゃった。祐ちゃん,ご飯おごって。」
「お前,帰んないで良いのか?」
「全然大丈夫。いつも帰り遅いから一人で食べてるんだ。」
4年前に別れた美樹‥別れてすぐに再婚したと聞いていた。
「大丈夫なのか?‥何か美味いもんでも食いに行くか。」
「デニーズが良いよ。オニオングラタンスープ。」
笑ってしまった。
「お前,好きだもんな。じゃ俺はツナサラダの和風ドレッシングにすっかな。」
美樹も笑っている。
「祐ちゃんこそ‥止めて‥お腹痛いよ‥」 楽しいな‥こいつと一緒にいると‥なぜ別れてしまったのだろう‥
美樹と昔よく行った国道沿いのファミレス‥お互いの近況を話しながらとりとめのない会話をした。
「ねぇ祐ちゃん,もう少しだけ。」
ファミレスを出て公園の脇を歩いてる時に美樹が言った。
「祐ちゃん,あのベンチ覚えてる?」
「忘れたよ。もう帰れよ。楽しかったよ。」
「祐ちゃん‥お願いもう少しだけ‥お願い‥」
「美樹‥」
美樹の家も俺と同じように複雑だった。
『祐ちゃん‥もう少しだけ‥』
帰りたくない気持ちがあるのだろう。
幼い頃から兄弟の様に一緒にいた美樹の口癖だった。
「仕方ねぇな‥少しだけだぞ。」 「うん。祐ちゃんありがとう。」
公園のベンチ‥あの日と同じように人影もなかった。
「祐ちゃん‥」
「おい!話しだろ。帰るぞ。」
ベンチに座り,手を繋ごうとする美樹の手を払った。
「なんか懐かしいね。昔良くこの公園で遊んだね。」
「そうだな。」
「タァちゃんとかに私が泣かされて‥祐ちゃんがいつも守って助けてくれた。」
「そんな事もあったな‥」
「いつも祐ちゃんと一緒にいたかった。せっかくずっと一緒にいられる様になったのに‥」
「ごめんな。ケンカばかりだったな‥」
「謝らないでよ。私がもっと‥」
「祐ちゃん‥帰りたくない‥」
「バカ言ってんなよ。俺は帰るぞ。」 俺もつらくなって‥美樹を残して立ち上がるとそのまま帰ってきた。
「あんた!母さんだってご飯食べないで待ってるんだから電話位しなさいよ!まったく!」
帰るとすぐお袋に怒鳴られた。
「悪いな‥今日さ‥」
「何かあったの?」
心配そうな顔で問いかけるお袋‥
「美樹に会ったよ。ばったり‥」
「美っちゃんに?元気そうだった?何で連れて来なかったのよ!」
「連れて来れる訳ねぇだろ。あいつはもう人の嫁さんなんだぞ。」
「だけど‥あんたには‥」
「もう言うなよ。」
幼い頃から美樹を見ているお袋‥母親のいない美樹も引き取られている親戚の親代わりよりもなぜかお袋に懐いていた‥
「そうだね‥」
寂しそうに一人で飯を食うお袋を見ていると辛くなった‥
「ただいま~」
翌日,仕事から帰ると驚いた事に美樹がいた。
「おかえり~」
「おかえり~祐ちゃん。」
「何やってんだお前!」
「何よ。良いじゃない。帰ってきていきなり‥」
「お袋,何考えてんだよ。美樹はもうこの家とは何も関係ねぇんだぞ。結婚してるのに別れた男の家に来るなんて‥普通じゃねぇだろ。帰れ!」
「そんな事言ったって‥美っちゃんの旦那さんって‥」 「関係ないんだって。美樹の旦那がどうだろうとわからねぇのか?」
「だってお前にはやっぱり美っちゃんが‥」
泣き出してしまったお袋を慰める様に
「祐ちゃんごめんね。おばさん,帰るね‥」
美樹が立った。
「美っちゃん‥」
「うん。おばさん,大丈夫だから。帰るね。」
「途中まで‥送ってやるよ。」
「祐ちゃん‥」
「ん?」
「ごめんね‥」
「あぁ。気をつけて帰れよ。」
ちょうど昨日の公園の辺りだった。
「祐ちゃん‥ちょっとだけ‥少しで良いから話しがしたい‥」
予想していたからつい‥笑ってしまった。
「変わらないな。お前‥」
「そう?」
公園のベンチに座り話す事もなく,座っていた。
「祐ちゃん‥」
「ん?」
「なんで私達別れちゃったのかな‥」
「お互いに若かったんだよ。」
「ううん。私,祐ちゃん以外の人考えられないのに‥ずっと後悔していた。」
「もう帰るか‥」
「待って。お願い。最後まで聞いて。」
「‥。」
「やっぱり祐ちゃんの事が好き。別れた後もずっと後悔してたけど,今自分の気持ちをちゃんと言わなければまた後悔するから。」
「何言ってんだよ。お前は結婚してんだぞ。もうそんな事言ったって‥」
「別れたいの。冷え切ってて‥帰りたくない‥」 「バカにすんなよ!あっちがダメならこっちって‥見下してんじゃねぇよ!」
「そんなんじゃない。ずっと祐ちゃんが‥いつも心の中にいた‥」
「美樹‥」
「私が好きなのは祐ちゃんだけだった。好きなのに意地張って‥」
「でももうどうしようもねぇだろ。俺だって‥」
「祐ちゃん‥お願い‥もう一度‥」
「ダメだ。お前の旦那に何て言えば‥」
「私の事なんて思ってないよ。他にも女作って‥」
「本当か?」
「本当だよ。だからいつも一人でご飯食べて‥もう嫌だ‥」
泣き出してしまった美樹を慰める様に‥つい肩を抱いていた。
幼い頃から‥何度‥泣いている美樹の肩をこうして‥
「本当なんだろうな?他に女がいるっての。」
「本当だよ‥」
「行くか?」
「行くって?」
「旦那に話しつけにだよ。」
「今から?」
「一人で帰せねぇだろ。帰ってるか?」
「たぶん。」
「堅気だよな?」
「普通のサラリーマンだよ。やくざだったら諦めた?」
「諦める訳ねぇだろ。」
「祐ちゃん‥」
「ん?」
「カッコ良くなった。」
「バカか。お前,何こんな時に言ってんだよ。」
「ううん。昔から祐ちゃんは美樹にとってはカッコ良かったけど。昨日久しぶりに会って‥益々カッコ良くなってた。」
「そうか?ありがと‥」 美樹に案内されて美樹達の住むマンションへ着いた。
「帰ってるか?」
「たぶん。灯り点いてるから。」
「行くか。」
「ごめんください。夜分遅くに失礼します。」
玄関口で声を掛けるが返答がないので美樹と二人,上がって行った。
「すいません。御返事がなかったので上がらせてもらいましたよ。」
「何なんですか?こんな時間に失礼だと思わないんですか。」
風呂に入りくつろいでいた旦那が不愉快そうな顔を向けて言う。
「すみません。失礼は重々承知で話しをさせてもらいに来ました。私は田口祐一と言います。美樹の元亭主です。篠原さん,どうか美樹と別れて貰えませんか?」
「何を言ってんだ。いきなり‥常識がないのか?あんたは‥」 「篠原さんがお怒りになるのはもっともです。いきなり昔の男が訪ねてきて別れてくれなんて言われても。まだあなたはそこでそうして聴く耳を持ってくれてるだけ人間ができてるんでしょうね。」
「ふざけるな!許さないからな!」
「篠原さん,誤解の無い様にお話ししときますが,美樹と別れてから俺達は一度も会ったりした事はありませんでしたよ。昨日バッタリ会ったのが初めてでした。小さい頃から美樹の事は見ていたから兄弟みたいなものでした。別れた後も幸せにやってくれていればそれで良いと思っていました。昨日たまたま会って世間話程度におたがいの近況を話してるうちにこうして伺う事になったんです。」
「あんた達の事には興味もない。美樹,許さないからな。」
「何言ってんのよ!他に女作って‥知ってるんだから!」
「美樹!勘違いすんなよ。俺達はケンカしに来てる訳じゃねぇんだから。今日は篠原さんに頼みに来たんだから,そこを間違えんなよ。どうでしょう‥篠原さんも美樹と別れて彼女とうまくやれば良いじゃないですか。頼みます。美樹と別れてやってください。」
「田口さん‥頭を上げてください。少し考えさせてください。いきなりな事なもので‥」
「そうですよね。すみません。いきなり押し掛けてきて言いたい事言って。今日は連れて行きますよ。美樹,着替え用意して来い。何日分かあれば良いからな。」
美樹が着替えを取りに行っている間‥美樹の旦那と二人で向かい合っていた。
「田口さん,私もこれでも美樹には愛情を感じていましたよ。ただ‥一度すれ違うとダメなもんですね‥」
「そうですね‥あいつは小さい頃から色々あったから,そう言うところ他の人よりも敏感なのかも知れないですね。」
「田口さん‥美樹の事,頼みます。」
「篠原さん‥ありがとうございます。」
「祐ちゃん用意できたよ。」
「俺,外で待ってるから。」
「なんで?」
「最後なんだからちゃんと話せ。」
美樹を残して玄関を出た。インテリっぽくて凡そ今まで自分の周りにはいないタイプの奴だったから近寄り難い気がしていたが話してみると相手も人間なんだと‥
「祐ちゃん。」
「ん?」
「ありがとう。」
「あぁ。俺もそうしたかったから。」
「美樹とやり直したいって思ったって事?」
「言わせんなよ。バカ‥」
「祐ちゃん‥」
「ん?」
「おばさんと一緒に3人で暮らさない?」
「構わねぇけど。セックスできねぇぞ。」
「休みの日とかホテル行けば良いじゃない。」
「まぁな。」
「そうしよう。ケンカしてもおばさんいれば。」
「ケンカなんてしねぇよ。」
「そうだね。祐ちゃん‥」
「ん?」
「チュウして。」
「あぁ。」
「ちょっと待って。あの公園に行こうよ。」
「どこでも良いよ。今してやるよ。」
「ダメ。あの公園のあのベンチが良いよ。」
「わかんねぇ‥美樹の考えが‥」
「わかんなくても良いからそうして。」
こうして,別れた女房とまた一緒に暮らす事になったのでした。
法律の色々があってまだ籍は入れれません。
田口祐一と言う俺‥
なんとなく自分を見つめ直してみたくなって書いてみました。