エンドの先
垂れた暗幕を切り裂けば、先には一面の光があった。
「ついに倒したっ」
「俺達にかかりゃ、こーんなもんよ」
「ありがとう、皆。ここまで共に戦ってくれて」
お決まりの文句が口々に羅列されていく。
己が欲のために、史上最強を誇る魔力で国を震撼させた魔女――――王の妹の死を以てして、旅は終わりを告げた。
長く途方もない旅だった。この広大な国全てを回り尽くしたと言っても差し支えないだろう。
逃げる敵を必死で追い続けた。いつしか仲間も増え、義勇軍と名乗れるほどになって、王立軍の援護も受けることが出来た。民衆からは感謝され、町へ立ち寄れば歓迎された。
盛り上がる仲間達から少し距離を置き、一人の青年は遥か彼方にある地平を眺め見ていた。うっすらと射す陽の光が夜空を霞ませる。
「綺麗だな」
頭上から降ってきた暢気な声に、青年・カラガン=アンミリは反射的に身構えた。
声の主は木の幹へ背を預けた恰好を変えもせずに木の実を丸かじりしている。
「……ラーシェル=プラム……」
因縁の名を呼べば、ラーシェルは木の上からヒラヒラと手を振った。
「おまえ、何故ここに――――」
「大きな声を出すな。あいつらに気付かれる」
カラガンは、今にも木に飛び掛からんばかりにラーシェルを問い詰めようとしたが、彼の冷めた瞳がそれを制す。
ラーシェルのけぶる金髪は、カラガンの鋼色をした髪と違って日差しを浴びることで美しく煌めく。腰に携えた装飾の剣といい、一見すると細身の優戦士にしか見えないが、彼はれっきとした腕を持つ敵である。敵中でも群を抜く強さを誇り、数多くの仲間を屠った。
カラガンはラーシェルと、最終戦を含めて何度か剣を合わせたことがあった。感情全てを押さえ込んだ瞳に悲哀の一欠けらも見つけることが出来ず、戦慄したものだ。
「皆に突き出してやる」
「ハッ、やれるものならやってみろ。その時は皆殺しにしてやる」
皮肉げに笑って不穏な軽口を叩くラーシェルだが、彼にはそれを実現するだけの力があるのを、今まで彼と戦ってきたカラガンには痛いほどわかっていた。
言い返せず黙りこくるカラガンに視線を投げていたラーシェルだったが、それに飽きたのか、手を取り抱き合い〝悪〟の終焉を歓喜する者達を眺望し、瞑目した。
「もう、いいじゃないか」
「…………?」
「歴史はおまえらを〝善〟とした。僕らの姫は死んだんだ。完璧におまえらの勝ち。それで満足だろう」
どこか棘のある言葉に嫌な気持ちを感じる。
カラガンは無言のまま木へ足をかけ、よじ登った。
大樹の枝はしっかりとしており、二人分の体重くらいではビクともしない。
木のうろに座っているラーシェルの隣に並んだ。
黄緑色の葉が日に透けて、脈まで浮き出ている。眼前に広がる光景は地上で見るより美しいことこの上なかった。
ラーシェルはかじっていた木の実を弄んでいたが、やがて全てを諦めた表情で呟く。
「これからはたくさんの幸せが、この国に訪れるだろうよ」
決して、そんなことはないとでも言いたげな口調で彼は言った。
カラガンは「敵がそんなこと言うと不吉だ」と抗議しながらラーシェルの目線を追う。
戦いが終結した今でも痛々しい傷痕を遺す決戦の地・ザシュバランは遠く。かの地からは絶えず黒煙が立ち昇っている。
「仲間のほとんどがザシュバランで命を落とした。もう、守るべき姫もいない」
ラーシェルは血結晶ピアスを外し、太陽に向かって放った。空しさがその場に充満する。
「…………呪い姫のことは、痛ましく思っている。彼女がまさか自害するなど思わなかった」
呪い姫。魔女につけられた異称である。魔女は気に入らない者がいると呪い殺すということからその名がついた。
尤も、カラガン自身は魔女に対して怒りを感じても、他の仲間のように憎しみを抱いたことはない。だから、魔女が自害したと聞いた時、少しだけ胸を痛めた。こんな内戦が起こる前、民衆に飛びきりの笑顔を送っていた彼女を知っていたから。
ラーシェルは笑った。
「僕らは疲れた。あとは勝者共で、どうとでも好きにするがいいさ」
その言葉に隠された真意を、カラガンが思い知るのはしばらく経ってからであったが、その時はまだ、悪が滅んだ幸せな時間に微睡んでいた。
――――ハッピーエンドは木の上で。




